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【じゃじゃ馬代王】少年の敵討ちを手伝おう!

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【じゃじゃ馬代王】少年の敵討ちを手伝おう!

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 階段を上った先、2階で真っ先に飛び込んでくるのは、どの部屋より大きく、重厚な扉だった。煮詰めたコーヒー色の両開きドアがずっしりと沈黙している。見張りは立って居ない。しかし、おそらくここが首領の部屋だろう。2階の部屋を虱潰しに捜索している紫音と淳二から連絡も無い。
桜葉 忍(さくらば・しのぶ)はブラックコートを織田 信長(おだ・のぶなが)は影形の術と隠れ身で姿を隠す。 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)も同じようにブラックコートを被った。忍と信長は首領を、涼介とアリアはライルの姉妹、それぞれ隙を突いて行動してもらう。
 それにしてもと信長は呆れたようにぐるりと砦を眺め、鼻を鳴らした。物見櫓といい堀といい、使い方を正せばもっと効率よく敵の侵略を食い止め勢力を削れるはずだ。
「せっかくの砦が台無しじゃな。使い方を誤っておる。砦としての機能が働いとらんな」
「まあ、軍隊とは違ってちゃんとした訓練はされてないから。上手く使いこなしていないのも当たり前だな」
「この砦自体は小心者の用心深い金持ちが立てた家のようじゃが――だからこそもう少し使い様もあるだろうに」
 苦く笑いつつ忍は目の前の部屋へと視線を移す。中から大きな物音は聞こえてこない。耳をそばだてると小さくうめき声のようなものが聞こえた。
 ――姉貴と妹かも知れない!
 真似をして壁に耳をつけていたライルは咄嗟にドアノブへ手を伸ばそうとした。それを止めたのは理子だ。
「駄目よライル」
「でも!」
 理子の真剣な眼差しにライルは言おうとしていた言葉をすっかり忘れてしまった。左右にわかれ、壁に張り付く。ゆっくりとノブを捻る。鍵は掛かっていないようだ。ドアは押し開ける形になっている。頷き合い、ドアを中へ押し込むように蹴破り再び壁に張り付くと、すかさず銃弾が襲ってきた。
「――ッ!?」
「さっきと一緒。こういうの、お約束なのよ」
 目を見開いたライルへ理子が片目をつぶって見せる。バカ正直に中へ入っていたら今頃ハチノスだ。銃声が止み、辺りがすっかり静まり返った頃、思い思いの武器を構え、顔を見合わせる。3カウント。ゼロで部屋へ突入だ。理子が3本指を立てる。2本。ライルがつばを飲む。1本。剣を握りなおしたところで、出鼻をくじかれた。
「入って来いってよ」
 とっさに理子たちは武器を構えた。部屋の中から現われたのは竜造だった。顎をしゃくり、中に入れと促してくる。向けられる切っ先や銃口にも顔色一つ変えない。
「撃ちゃあしねえよ」
「信用しろって? さっき撃って来たのはそっちじゃない」
「じゃあ一生ここに居ろよ」
「……どういうつもり」
「さあな。直接聞いたらどうだ」
 警戒の色を隠さない理子の顔をみつめてから、竜造はふいと顔をそらした。その手には武器の類は握られていない。どうする。視線で皆に理子は問うた。ここでじっとしていても事態は動かないかもしれない。少しでも可能性があるなら飛び込むべきだろう。これだけ味方も居るのだ。
 警戒を緩めず理子たちは部屋へ踏み込むことにした。ライルを庇うように菜織と美幸が後続する。正面には壁ではなく、大きな窓がはめこまれていた。大荒野が広がっている。艶の褪せたデスク。アーミーショットガンを手にした男2人が寄りかかるようにして立っている。さっきの銃弾はこの2人だろう。男達を視界に捕らえたライルが叫んだ。
「あいつらだ!」
「あの2人が、ライルの雇った護衛なの?」
「そうだよ! オレ達の事、だましたんだ!」
「やっぱり、仲間だったのね」
声を上げたライルに二人が顔を向けた。男達はしばらく首を捻り、ああ、と興味無さげに一人がうなった。
「あん時のボウズか」
「大人しくベッドで震えてりゃあ良かったのになあ」
「ふざけんな! お前等のせいで……!」
「ライル!」
「そいつらは俺が用心棒として雇ってる」
 部屋の左手にあるソファから立ち上がった男がいた。焼けた肌、軽く撫で付けた金髪。がっしりした肩は黒いジャケットで覆われても隠し切れない。金色の太い指輪をした指で、銜えていた葉巻をテーブルへ押し付ける。
「お前らが積み荷を取り返しに来たってやつか。遠足ならもっと別のところへ行けよ。カクレンボ会場はココじゃあねえぜ」
 飛び出そうとした菜織と美幸が先をふさいだ。
 ギロンゾはライルを一瞥し、先頭に立つ理子へ問いかけた。
「俺はギロンゾってんだ。お嬢ちゃん、あんたは」
「あんたに名乗る名前なんて無いし、それはちょっと違うわね。この子のきょうだいを返してもらいに来たの。もちろん積み荷もだけど」
 まじまじと理子の顔を見定めるように凝視していたギロンゾは、満足げに顔をゆがめる。
「――へえ……なるほどな」
 理子から竜造へ視線をうつす。大して面白くも無さそうに壁にもたれている。代王に似た女が居る。そう言ってきたのは竜造だった。その一言は天啓にも似たひらめきをギロンゾにもたらした。
「姉貴と妹はどこだ!」
「ああ、弟が居たんだったな。よく来たなボウズ。まあ、ちょっと待てよ、今頃うちのと宜しくお楽しみ中だろうから、なあ?」
 ギロンゾが用心棒へ視線を向ける。にやにやと下卑た笑いを浮かべるだけだ。
もちろん嘘だ。姉妹は隣の部屋で絶賛捕らわれのお姫様ごっこの最中だ。しかしライルを煽るには十分だった。菜織と美幸を押しのけ飛び出した。慌てて手を伸ばすも火事場の馬鹿力とでも言おうか、あと少しのところで2人の手を擦り抜けてしまう。咄嗟に美幸がサイコキネシスでライルの足を引っ張った。動かなくなった足に、つんのめったライルはそのまま転んでしまった。すると突然、部屋の隅にあるチェストが爆発した。
「何!?」
 蛮族側も予測外のことだったらしい。火の代わりに煙がもうもうと立ち上る。部屋全体を覆う煙の正体は、ブラックコートで気配を消していた徹雄がばら撒いた「煙幕ファンデーション」だ。依頼主をライルだと見極めていた鉄雄は、ライルを始末することだけを考えていた。気を逸らした瞬間を狙い始末しようと、ギロンゾの部屋に爆弾を仕込んでいたのだ。
 嫌な予感がする。咽ながら周囲を見回した理子は、忍び寄り薙刀を振りかぶる鉄雄を煙の合間に見た。
「ライル!」
 そこまで迫った相手の一刀に、理子はライルを抱き、硬く目をつぶるのが精一杯だった。すると何者かに突き飛ばされ、予想だにしなかった衝撃に小さくうめく。腕をつかまれ引きずられる。誰だ。煙幕が目に染みて周りが見えない。他者の顔を認識できるようになった頃、ようやく理子は自分の置かれた状況を把握した。ライルと理子めがけて振り下ろされた攻撃をすべりこんだ陽一が食い止めたのだ。そして理子自身は――。
「本当、代王にそっくりだな、お前」
 銃口を理子のこめかみに押し当て、ギロンゾは顔を愉悦にゆがめた。用心棒の1人に拘束されている。さっき引っ張たのはこの男だったのだ。陽一は笑みの理由に気づいた。渾身の力で鉄雄をはじき返し思い切り叫ぶ。
「お姉ちゃんを離せ!」
 何を言ってるんだと目を瞬く室内。美由子など「お、お兄ちゃん、お兄ちゃんは実はお姉ちゃんだったの!?」と涙を浮かべている。一方で、理子と陽一の顔を見比べ、ギロンゾは口笛を吹く。
「へえ。おめーらもきょうだいか。そりゃあ調度いい。なあ、坊主。仕事の話をしようぜ」
「仕事……?」
 怪訝な顔でライルは問い返した。
「お前ン所のきょうだいと、この女きょうだい。交換しようぜ」
「な――」
「理子っち!」
 理子の腕を引き立たせると、ナイフを理子の首元でぎらつかせる。
 ロイヤルガードは一斉に武器へ手を伸ばした。叫んだのはフェンリルだ。理子が視線で静止させ、ライルを見つめて1つうなずく。これはチャンスだ。何も理子はギロンゾの言葉を信頼しているわけではなかったが、上手く運べば姉妹を奪還できる、姉妹の居場所が分かるかも知れない。陽一はライルの名を呼んだ。その声は提案を受けろと言っているように聞こえた。ライルは動けずに居た。きょうだいと他人。天秤にかけるまでも無いはずだ。たった数時間前に出会っただけの人間だ。迷う理由などないだろう。しかし、蛮族側の言葉を信じられるのか。答えはノーだ。あいつらが約束を守る人種だとは到底思えない。
 交換と言っておいて、用済みだと妹と姉を殺されたら?
「……お前らなんか、信用できない」
 血を吐くように、そう呟くことしか出来なかった。ギロンゾはそんなライルの胸中を見透かしているのか鼻で笑い飛ばす。
「お姉ちゃんとあたしを捕まえるなら、ここにライルのお姉さんと妹さんを連れてきて」
妹らしき少女はおびえた様子も無い。裏があると思うのは当然だろう。探りあいはお互い様だ。
「分かったよ。おい、つれて来い」
 顎をしゃくると、蛮族が「はい、ボス」と左の部屋へと消えていった。もう1人の用心棒が陽一を拘束する。あえて逃げなかった。いざとなれば理子だけでも蛮族の手から開放させられれば良い。幸運にもろくな拘束道具も無いらしかった。気配を探りつつ蹴りでも何でもお見舞いすれば良い。
 気になるのは蛮族側に加担している竜造が大人しいことだ。鉄雄はライルを直接狙って来たというのに。
 ――何を考えているんだ?
 長ドスを手に、腕を組んでいる竜造を陽一は探るような目で見た。
「代王と似た女、それもきょうだいだ。高く売れるだろうよ。」
 理子の顎を掴み顔を上げさせる。確かに、雰囲気は似ている。髪や服をいじれば、それこそ“本物の代王さま”に仕立てることも出来るだろう。射殺さんばかりにねめつけてくる瞳も悪くない。それが二人ともなれば――。
「うちには化粧が好きな男が居るんだ。少しいじればお前も代王様になれるぜ、お嬢ちゃん」
「ちょっと、勝手な事いわないでよ。僕はあの姉妹が欲しいのに」
 一連の流れを見ていた右天はソファに座ったまま唇を尖らせた。