校長室
魂の器・第3章~3Girls end roll~
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歌菜達は静かに退出し、その後に正悟とエミリア、菫達、ジョウとトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が続く。山田を助けられなかった慙愧の念はあるが、自分が言うべきことではない。そう思い、トライブは静かに、短い時間手を合わせた。 次に線香を立てたのはリネン・エルフト(りねん・えるふと)とユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)だった。 「…………」 リネンは、遺骨に対して無言で相対した。口を開けば恨み言になってしまいそうだから。ユーベルも、彼女の隣で手を合わせ、思う。 (長くて短い冒険でしたわね……リネンには、余計な心配をさせてしまいましたわ) 目を開け、黙祷を終えたリネンと共に振り向く。 (……心配なのはチェリーさんのことですけれど……) 順番を待っていたチェリーに場所を譲る。事件の被害者ではあるものの、ユーベルも過去、パートナーに振り回された人間だ。彼女には同情気味の念を持っていた。 チェリーと輝石 ライス(きせき・らいす)、ミリシャ・スパロウズ(みりしゃ・すぱろうず)が遺骨の前に立つ。 「故人の前だ。フラフラするな」 ミリシャは先程からどこかしら体を動かしているライスにぴしゃりと言った。理由は分かるが、それについてはアドバイスせずに線香を取る。 彼女自身は、事件でのことはよく覚えていなかった。気がつけば終わっていたから、犯人に対して特に何かあるわけでもない。事件自体は解決したのだろう。ライスが問題ありつつも加わり、対応していたから。 日頃厳しいことばかり言うミリシャだが、そういうところは信頼している。手を合わせて黙祷し、目を開けると一歩下がってライスとチェリーを見守る。 チェリーもこういった場所は初めてなのだろう。これでいいのかと半信半疑ながらも、一動作ごとに心がこもっていた。 そして、チェリーは手を合わせた。後方で見ていた時はなぜ手を合わせるのか分からなかったが――こうしてみて、少し分かった。 この方が、想いを伝えられるような気がするから。 山田太郎―― 小さかった頃。まだ何も分からなかった頃からの事が思い出される。診療所で語った以上の事が。 「――――」 事件の日から、様々な事があった。 沢山の――本当に沢山の剣の花嫁を、攻撃した。 パートナーロストを体験した。ロストは肉体に影響を与えるだけではない事を、知った。 殺されかけて仇を知って仇と言われて、憎しみと悲しみを、知った。許せないという感情を、 新しい感情を知った。 そして、沢山の人に助けられた。支えてもらった。優しさを温もりを、愛情を知った。 また、新しい感情を知った。 仲間が居て。家族と呼んでくれる人達が居て。 自分の視界に広がる色が、変わった。 価値観も多分――だいぶ、変わった。 わからない。わからない。 私は酷い事をした。許されないことをして。 それなのに、沢山のものを得てしまった。 この感情は、事件を起こさなくても得る事が出来たのだろうか。山田太郎と一緒に分かち合える日が来たのだろうか。馬鹿な事ばかり言う山田太郎に、もっと暖かい気持ちで突っ込みを入れられる日が来たのだろうか。 ――罪の意識。 後悔が胸をよぎる。何であんな事をしたのか、過去の自分自身と山田太郎に、倒錯した怒りが湧き上がってくる。 だけど、後悔は、過ちを犯した後にしか出来ないから。先に後悔することなんて、かなわないから。 時は進んでいる。 多分、私は先に進まないといけない。山田太郎の代わりに。 山田太郎――フルネームで呼ばれるのを嫌う男。 彼が何故寺院に入ったのか、剣の花嫁にあんな現象を起こす機械を、何故作ったのか。その理由も分からない。ただの興味本位だったのか、もっと深い理由があったのか。 私は、彼の事を何も知らない。 人の関係は案外そんなもので、知らなくても、相手を信頼していれば要らないのかもしれないけれど。 今になって知りたいと、解りたいと思う。 でも、もうおそいから。 だから、1つだけサービスしてやる…… 『こうしていると、デートに見えなくもないんだな』 ――“そうだな”って。 「…………」 複雑な思いを抱きながら、ライスは手順に従って焼香を行っていた。勢いで来てみたもののすっきりしない。もやもやとしたものが残っている。 準備し、ここまで来る間に何か整理出来て落ち着くかと思ったけれど一向に落ち着かない。 ――正直、酷い事やってくれたというのは拭えないから。 もう蒸し返す気はないが。 手を合わせ終わり、チェリーの横顔を見る。彼女はまだ、目を閉じていた。鼻先に指が当たる程、顔に手を近づけて。 チェリーは何を思って此処へ来たんだろう。逆の立場だったら……、此処に来るのは全て終わった時、だろうか。 それにしたって、もっと何年も後だろうけれど。 チェリーが目を開ける。今、此処に来れるのは―― 「やっぱ、強えーと思う。本当に」 「……え……」 心なしか潤んだチェリーの瞳が、驚きで少し見開いた。そんな彼女に向けて不器用に笑い。 ……俺も強くなれっかな。 と、ライスは思った。 ◇◇ シーラと真菜華が焼香を済ませ、ピノを振り返る。 「ピノちゃん、だいじょーぶ?」 「うん……」 前に出るピノの隣に立ち、エースが花束をそっと奉げる。 白百合と白のトルコキキョウ。それにブルースプレーのデルフィニウム。白基調の青と紫がアクセントになっている、花束。 「こんなに、なっちゃうんだ……」 骨壷を前にピノが言う。彼女にとって、大人の人が、自分よりもずっと大きな人がこんな、手で持てるサイズになってしまうことが信じられなかった。 マンガやアニメとかでよく誰か死んじゃったりしてても、あんまり気にしてなかったな。いなくなっちゃうっていうことは分かってたけど、こんなにちっちゃくなっちゃうなんて……。 なんだかすごく、ショックだった。 沈んだ表情のピノを見て、エースは彼女が心配になった。傷ついた心は時間が解決してくれる。しかしそれは、時として年単位で抱え込んでしまう事もある。成長途上の彼女にとって、今回の出来事は―― 「これ、持っても、いいかな……」 ピノが骨壷を見つめ、聞いてきた。そこには好奇心の類ではなく切実な何かがあって。 だめ、なんて言えるわけもなく口を開こうとした時。 「いいよ。落とさないように気をつけてね」 同じ事を思ったのか、警部の部下が優しく言った。ピノはおそるおそる、骨壷に手を伸ばす。持ち上げてみると。 とても、軽かった。 「…………」 なにかが、おなかにずん、とおちこんできた。それが何かわからないまま、ピノは壺を戻す。そして線香を持って。強く抓みすぎて折れてしまって、慌てて別のを持ち直して。 ろうそくの火に近付ける前に、エースを見上げた。 「おにいちゃん達は、どうして山田さんに会いにきたの?」 悪い人とかいい人とか関係ない。壺を前にするだけでこんなに、痛いのに。 「そうですね……」 エオリアは少し考えて、彼女に言う。 「僕は、彼と直接関わる事はありませんでした。それは、ある意味幸運でもあったのだと思うのですが。 関わらなかったから、弔いは関係ないっていうものでもありませんからね」 「……そういうものなの?」 良く分からない、ときょとんとするピノ。そこで、エースが言った。 「……区切りをちゃんと付けないと、前には進めないからね」 「……くぎり?」 「罪人といえども、弔いは丁寧にしたいんだ。亡くなった人を送るのは、生きている人の務めだからね。心はいつもプリーストだしね」 最後に茶目っ気を入れてエースは言う。山田太郎と山田太郎と直接顔を合わせたわけではないけれど、死者はちゃんと送りだしてあげないといけない、と思う。 色々あったけれど、死者に鞭打つような事も言いたくはないし。 「『罪を犯した者は未来を失って当然だ』とは考えていないんだ。1人の存在が永遠に未来を失ったのだから、それを悼み、弔う。……最後を見送ってくれる人が居ないのは凄く寂しい事だとも思うから」 「……寂しい……?」 その言葉を聞いて思い出したのは、先日、土偶ファーシーに自分が言ったこと。記憶が足りないと、さみしいんじゃないかと思った。だから、そのままを土偶に伝えた。その時のこと。 少し違うかもしれないけど……。 「うん、ひとりは、寂しいよね……」 「でもね、ピノちゃん」 「?」 「葬儀ってのは亡くなった人の為というよりも、残された人達の心の整理の為にあるようなものなんだけれどね」 「…………? 山田さんのためじゃないの……?」 「そういう側面もあるっていうこと」 ピノは骨壷を見て、それから出入り口を振り返った。チェリーを、みんなを、振り返った。確かに、そんな感じがした。 心の、整理。 あたしも、整理をしに来たのかな……? 持ったままだった線香に火をつける。ぶんぶんと振って炎を消して、灰の中にぷすりと刺す。 手を合わせて、彼女は祈った。 祈り始めたピノを見て、エースとエオリアは安堵の視線を交わした。線香を手に取り、彼女の線香の隣に立てる。 ――生まれ変わる事があれば。 ――今度はもっと幸福な人生を過ごせますように。 エースはそう祈り、エオリアもまた、遺骨を前にしんみりとした気持ちになっていた。 生まれてきたものはいつか死んでしまうけれど、その生涯がなるべく幸福なものであるといいと思う。そして、こういう場に立ち会うと、これからの人生をどのように生きていくべきかちょっと考え込んでしまう。 亡くなった人達が見れなかった景色を、これから見ていく。 彼が出来なかった経験を、積み重ねていく。 ――僕は出来れば、その積み重ねた経験を、嬉しい事も悲しい事も―― ――何一つ失うことなく、歩いていきたいと考えています―― 目を開けて、ピノは一緒についてくれていた4人を順に見上げた。 「マナカちゃん、シーラちゃん、おにいちゃん達……行こっ!」 その笑顔は、いつもの明るい彼女のもので。 「手、つなぎますか〜?」 人懐っこさを感じる微笑を浮かべ、シーラがピノにのんびりと言った。その言葉は他愛ないものだったけれど――まだどこかで剥き出しになっていたピノの心を、ふわりと包んだ。なんだか、不思議な感じだ。 ちゃんと話したのはこれがはじめてに近いのに。 「……うんっ! マナカちゃんもっ!」 「そうだね、繋ごー、ピノちゃん!」 シーラと真菜華の手を繋ぎ、出口に向かう。扉を開ければ、その隙間からはきっと光がもれてきて。 それはきっと、楽しいことの始まりだから。 「あたし、山田さんのこと、忘れないよ……。会ったことないけど、これで、会ったことになるんだよね」 あたしは、幸せだ。 それを思い切り感じる前に、やることがあるけれど―― ◇◇ 『おにいちゃんの…………バカぁーーーーー!!!!!!!!』↓やること 「な、なに?」 やはりこういった事が初めてであったファーシーは、しかしこれまでに皆の動きを見てかなり学習していた。さあ、完璧に間違えないように――と意気込んで線香を持ったところでその大音声を聞き、見事に線香をぽきりと折る。 「あっ!」 「大丈夫ですよ! 線香はいっぱいありますから」 隣にいた花琳が明るく言って新たな選考をファーシーに渡す。そのまた隣にいたカリンは、呆れたように言った。 「あのくれぇの事で驚いてんじゃねえよ。肝っ玉が小せぇな」 「ブラッドちゃんの線香も折れてるよ?」 「…………」 ◇◇ て、わけで。 「ば、バカ?」 耳がキィーン……となるような大声で言われ、廊下で待っていたラスは驚いてピノを見返した。 「そうだよ!! 1番居てほしい時に居なくって、どうでもいい時にまとわりついてきて!! それは、困らなかったけど、みんながいれば安心できるけど……、それとはまた違うのに……。今日逃げたこと、ぜったいに後悔するからねっ!!!」 「べ、別に、逃げたわけじゃ……」 及び腰になるラスに、ピノはえいっ、と飛び掛った。 「秘技、むきプリ蹴り!」 「……っ!」 思いっきりスネを蹴られた。地味に痛い。 「お前、むきプリ蹴りって……何だそのネーミング……!」 「むきプリ君から逃げた時の技だよ! スネを狙って蹴るのはみんなむきプリ蹴りだよ!」 「型は無いのか、型は……」 ◇◇ バカぁ! の叫びの後にそんな劇場が繰り広げられているとも知らず、ファーシーと彼女達、一緒に来ていた朔とスカサハは山田太郎に焼香した。 手を合わせる時にファーシーが気になったのは、朔達4人のこと。 (わたしと一緒に来るって言ってくれたけど、嬉しかったけど……。みんなも、あの時……。良かったのかな……) 外で待っててもらった方が良かったのかな。多分わたしは、外に出てからピノちゃんみたいに『バカぁ!』と叫ぶことはないだろうし。 何を考えてるのかな、とは思うけれど、ごめんと言うのはやめておこう。それは、違う言葉だから。 そして、ファーシーは改めて山田太郎に対して祈る。 彼が死んだと聞かされた時に、ショックだった。もういないのに、彼の為に何が出来るかと考えた。でも、出来ることなんか何も無くて。 思いついたのが、彼の弔いだった。 ――太郎さん、遅くなってごめんなさい。えっと……、あんまりちゃんとしたこと言えないけれど……きっと、どこかで聞いてくれてると思うから……。 うんと……。 ――『悪いようにはしない』っていう言葉、確かに『悪いようにする時の常套句』だったね。えっと、こういうのって、フラグっていうのよね……。もう使わないようにします。 もう、亡くなる人なんて、出したくないから。 ――わたしはきっと、誰かが亡くなるということに、すごく敏感なんだと思う。わたし自身が……ルヴィの死に関わってしまったから。 わたしの周りには……何故か、大切な人が亡くなってしまう人が多い気がするから。 今日、ポーリアさんとスバルさんに子供が生まれて、嬉しかったんです。 また大切な人が出来たら、もう絶対になくしたくないな。 太郎さんも、今度は幸せに―― ――でも、なんでこの世界には『天国』が無いんだろう―― ファーシーが祈りを終えて目を開いた頃。 「……マスター、長居しては体に良くありません」 シャルミエラがアシャンテを促した。あれだけの事があった後だ。早目に戻って休まなければ、とシャルミエラは考えていた。 「ん……? そうだな……」 アシャンテも同意して、2人は音を立てないように外へ出て行く。 見届けることは、出来たと思うから。