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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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遅い雛祭りには災いの薫りがよく似合う

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                              ☆


「――っと! やっぱ敵の数が多いと大変っ!!」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)もまた一般市民の警護と誘導に当たっていた。彼女は白百合会のメンバーでもあるので、その行動はごく自然と言える。

「こっち! こっちだよ!!」
 一般市民を目がけて襲ってきた三人官女を相手に、戦闘を仕掛けるミルディア。目的は敵を撃破することではない。あくまで彼女の目的は敵の意識を自分に向けて一般市民の誘導をスムーズに行なうことだ。
 次から次へと襲い来る3体の敵。その攻撃を捌ききるのは大変だが、こちらは幸いタワーシールドや騎士兜、マクシミアンとそれなりの重装備なので、さすがにすぐに致命傷を受けることはない。
「ふっ! やあっ!!」
 こちらからの攻撃は申し訳程度に抑え、じりじりと官女の攻撃を受け流しながらも前へと出る。
 ミルディアが一歩前へ出れば、それは官女達を一般市民から一歩遠ざけることになる。地道で忍耐力のいる行動であるが、彼女の作戦はじりじりと功を奏していた。事実、一般市民は視界の端で他のコントラクターに護られながらゆっくりと移動している。
 守るための戦いとして、彼女は自分の選択に忠実に行動していたのだ。

 だが、パートナーのイシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)はそうは考えられなかったようだ。
「甘い! みるでぃは甘いんだよっ!!」
 ローラースケートで加速して高らかにジャンプしたイシュタンは、ミルディアと三人官女を通り越して着地し、官女達の後ろから攻撃を仕掛けた。
「こういうやつらは理性なんかぶっ飛んでるんだから、完膚なきまでに叩き壊すしかないんだよっ!!」
 イシュタンの攻撃スタイルはスピード重視の『電光石火』。

 先の先と軽身功で一気に3体の懐に入り込んだイシュタンは、至近距離から一気に等活地獄を放った!!


「だめ、いしゅたん逃げて!!!」


 ミルディアの叫びにイシュタンは我に返った。
 そして知った。
 甘かったのはミルディアではない――自分だ。

「――ふん。この程度でスか?」
 確実に攻撃がヒットした筈の官女が呟いた。
 イシュタンの攻撃は、わずかに官女達の着物を破いただけで、紙一重でかわされていたのだ。
「今度は、こちら番ですわ!!」
 3体の官女は、それぞれの長く鋭い爪で、イシュタンを刺し貫こうと振りかぶる。
「――ひっ!!」

 一瞬、死を覚悟する瞬間。だが、その爪は官女たちとイシュタンの間に割り込んできたミルディアの盾と鎧によって防がれた。
「――いしゅたん、大丈夫っ!?」
 ミルディアは叫んだ。見ると、さすがに3体の攻撃は同時に捌ききれなかったのか、盾と鎧の隙間を縫って官女の爪が腹部に刺さっていた。
「――たぁあああっ!!!」
 気合を入れて、ミルディアは爪を差し込んでいる官女に向かって強烈なランスバレストを放つ!!
「――ギッ!!」
 さすがに至近距離からの重い一撃は効果があったようで、官女達はミルディアの防衛線を突破するのは容易ではないと判断し、態勢を立て直すために一度退いて行った。

「みるでぃ、みるでぃ!!」
 腹部から血を流すミルディアを、ナーシングとアリスキッスで手当てするイシュタン。その瞳から涙がこぼれる。
「――うん、大丈夫。いしゅたんや、みんなに怪我がなければ……」
 だが、いくら防御に重点を置き回復の手段もあるとはいえ、攻撃を受けて平気でいられるわけではない。
 それでも、ミルディアは笑った。

「――護るって……案外、大変なことなんだよね。まだ来るよ、もうひとふんばり!!」

 その笑顔が皆を勇気づけることができると、知っているから。


                              ☆


 そんなミルディアや真人たちの頑張りもあって、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は比較的スムーズに一般市民の誘導を行なっていた。
「……OK。道路の広さからいって、こちらの方がいいんじゃないかな」
 ヴィナ・アーダベルトの空からの誘導を受け、一般市民を動揺させないように極力おだやかに移動を促すエース。
 それは共に避難行動を誘導している清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)も同様だった。
 誘導しているのはあくまで一般市民。こちらが険しい顔をしていればすぐにその空気を読み取ってしまうだろう。
 だから、エースも北都もあくまで笑顔で誘導を務めていた。

「――っと!」
 超感覚で用心していた北都は、列の中の少女が石に躓いて転んでしまったのを見逃さなかった。
 すかさず駆け寄って抱き起こす。怪我はない。
「痛かったねぇ、大丈夫かい?」
 頭を撫でてやると、少女はいつ襲ってくるか分からない人形の恐怖に怯えながらも、こくりと頷いた。
「す、すみません!」
 少女の母親だろうか、この混雑ではぐれてしまっていたのだろう。若い女性が駆け寄ってきた。
「いえ、お怪我がなくてなによりです、僕たちの……仲間……たちが護衛していますから、心配はありません。どうか、ゆっくりと避難して下さいね」
 笑顔を見せる北都に少し緊張が緩んだ様子の女性、深々と頭を下げた。
 そこにエースがやって来た。どこから取りだしたのか、薔薇の花を一輪差し出す。
「そうとも――ここは我々が全力で守る。だから安心していい。一番怖いのは、慌てて列を乱すことだ」
 その花を受け取って、女性は微笑んだ。
「はい、そうします――ありがとうございます」
 母親に抱きかかえられた少女は、ぶんぶんと無邪気に手を振った。
「おにちゃん、ありがとーっ!!」

 北都とエースは、少女の無垢な笑顔に応えて手を振る。
「エース。油を売っていないで、きちんと自分の持ち場を受け持ってくれないか。市民の方々が困っているよ」
 ディテクトエビルで周囲を警戒しながら、メシェが呼んだ。
「ああ、すまない。今行くよ」
 返事を返したエースは、北都の肩をぽんと叩いて去って行く。
「じゃ、よろしく頼むよ」
「あ、――うん」
 北都はその気安さに少しだけ戸惑いながらも、自分の先ほどの台詞を反芻していた。
 先ほどの女性に対して、人形たちの応戦に出ているコントラクターを『仲間』と表現してしまった。だが、実際の知り合いばかりではない。
 他人に接されることがあまり得意でない以前の北都なら、彼らを仲間と呼ぶことはなかっただろう。
 しかし、今の彼には自然とそう思えたのだ。

 それが、自分でも少しだけ意外だった。

「――北都様っ! ご用心をっ!!」

 北都はパートナーのクナイの声で我に返った。
 見ると、遠間から刹苦人形の数体がこちらに向かっているのが見える。
「――行きます!!」
 聖騎士であるクナイは率先して前に出て、オートガードで人形達の攻撃を受け止めていく。
「ふむ、多勢に無勢だね、手助けしよう」
 そこにメシェが後ろから奈落の鉄鎖で人形の動きを妨害した。
 エースも人形の中に突進し、則天去私で牽制する。
「――クナイ!!」
 その隙を突いてクナイに仕掛けられた人形の攻撃を、北都はサイコキネシスで弾いた。


「――ありがとうございます!!!」


 皆の協力を得て敵の攻撃を防いだクナイは、人形達にライトニングランスとライトブリンガーで次々と放った!!
「――グギッ!!」
 人形はクナイの攻撃を受け大きく後退し、一度攻撃を諦めて去って行く。
「よし、じゃあ落ち着いて進もう。慌てることはない」


 と、笑顔を向けるエースに、自然に笑顔を返していた北都だった。