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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第16章 ゆる農場で収穫祭り!(5)

「ワームで土壌改良かぁ。それは思いつきませんでしたね」
 話を聞きつけて、緒方 章(おがた・あきら)は頭を掻いた。
「馴らすことができればいいんでしょうけど……無理でしょうね。ねぇ、樹ちゃん?」
「こういう下等生物の場合は「馴らす」とは言わない。「コントロールする」と言うんだ」
 足の上によじ上ってきたワームをピン、と指で弾いて、林田 樹(はやしだ・いつき)は答えた。
 午前中は収穫作業をしたが、午後はワーム対策だ。
 ――本当は、対策作業は午前中にして、午後から収穫をすればよかったのだろうが…。

『ねーたん!! おいもほじーおいもほじー!!
 おいもは、やくとおいしーれす、って、こた、きいたお!! おっきーおいもほって、おいもぱーちーしたいれす。
 やきいもれしょ、らいかくいもれしょ、いもてんれしょ、すいーちょぽてとも。
 こた、とってもたにょしみれす〜』

 東カナンの農場へ作物の収穫に行くと聞いたときから、林田 コタロー(はやしだ・こたろう)は舞い上がってしまった。
 プラスチック製のおもちゃのスコップを握り締め、寝るときも片時も放さない。寝言でまで「お、いも……ほじ…」とかつぶやいているコタローを見ると、せっかく農園についたのに、これ以上おあずけをするのもかわいそうで…。
『ねーたん、ねーたん! これ、でんぶ、こた、ほっていいお? お?』
『ああ、いいとも。好きなだけ掘るといい』
『う〜、こた、ほうーっ』
 大きな目をキラキラさせて、コタローはさっそくおもちゃのスコップを突き刺して、一生懸命土を掘り出した。あらかじめ樹たちがやわらかくほぐしてあったので、コタローのおもちゃでも難なくじゃがいもを掘り出すことができる。
『あった! ねーたん、あったっ。うーーーっ』
 掘りあてたじゃがいもを、まるで宝物のように両手で掲げ持っていろんな角度からためつすがめつ眺めてからカゴに移す。それを何度も繰り返し、
『こえ、こたの。こえ、ねーたんの。こえ、まもたんの。そんで、こえがあきのなのれす』
 カゴで4等分したじゃがいもを前に、えっへんとふんぞり返った。そんなコタローの無邪気な姿を見ていると、なんだかこっちまでうれしくなってきて。連れてきて、本当によかったと思った。
『そうか。ありがとうな、コタロー。お昼のときに、一緒に焼いて食べよう』
『はいなのれす!』

「それでコタローは?」
「ぐっすり寝てるよ。さつまいも抱えて」
 新谷 衛(しんたに・まもる)が指差した先では、コタローがすやすやとさつまいもを抱き枕にして眠っていた。
「昨夜はうれしすぎて、あまり寝られなかったみたいですからねぇ」
「うるさいやつ、いねーし。今のうちにみんなで作戦会議しよーぜ」


 午後になって、日差しが強くなってきたのでトウモロコシ畑の日陰で作戦会議。
「それで結局、ワームの大量発生の謎は解けてるの?」
 衛の質問に、メイベルが首を振った。
「フィリッパが確認に行ってるんですが、まだ帰らないんですぅ」
「うちの真人も行ったままよ」
 ちらちら、畑の方を気にしながらセルファが言った。
 人手が足りないからと三輪係に加わったトーマが、また何かしでかしやしないかとそっちに気をとられているせいで、2人を結びつけるまでいかないらしい。
「まぁ、原因がそんなに近い距離でしたら、こちらの方がとうに見つけていますわよね」
 シャーロットの意見に、全員が納得して頷いた。
「じゃあまぁ、そっちは2人に任せるとして。ここの農園の対策についてなんだけど」
「原因が何にせよ、ワームの幼生が発生してここまでやってきているのは事実なんだから、畑から駆除するだけじゃなくて根本的な解決が必要だよね」
「50〜60センチ程度の深さの溝でこの農園の周りを囲っちゃうとか」
 セシリアが提案をした。
「これ、フィリッパの受け売りなんだけど。そうしたらワームはその溝に落ちて、畑に侵入できないんじゃないかな」
「どう思う? 樹ちゃん」
「――たしかにワームの幼生は30センチ程度しかもぐれないようだから溝には落ちるだろうが、それではすぐに向かい壁から農園に侵入してしまうだろうな」
「あー、そっかぁ」
 堀にすれば溺れ死ぬのでいいが、そこに常に水を流すような余裕は、今の東カナンにはないだろう。
「天敵対策はどうでしょうか?」
 加夜が、はい、と手を挙げて、発言する。
「ワームを食べる動物っていないんですか? ミミズを食べるモグラみたいな。もしいるなら、どこかで探してきて、ここにお引越ししてもらうとか…」
 これは、自分たちでは分からない。
「バジさん?」
「ワームの天敵ですか…。そうですねぇ……サンドドルフィンや砂鯱とか、肉食系の捕食動物でしょうか。あと、幼生の状態でしたら、まぁいろいろな生き物が捕食しているようですが……だから一度に生まれる数が多いというのもあるんですが。しかし、幼生の期間は2〜3カ月なんです。彼らは悪食で、目に見えて大きくなりますから」
 東カナンは荒野で大地は固く、ごく一部の地域を除いては砂鯱やサンドドルフィンは入れなかった。――降砂が続いて砂に埋もれれば、彼らも入って来るようになるだろうけれど、直近の対策にはならない。
「そうですか…」
「うーん…。
 僕からの提案なんだけど」と章。「さっきのセシリアさんの案にちょっと変更を加えて、掘った溝に鉄板か何か埋めるっていうのはどうかなぁ? そうしたらそこから侵入できないでしょ」
「そうさねぇ、新規のチビワーム対策はそれで良いかもしれねーな」
 衛の意見に賛成するように、皆が頷く。
「だがよぉ、今いるチビワームはどうするよ、あっきー。とても拾いきれたもんじゃねーぜ?」
「そうですぅ。午前中にちょっと私たちも拾ってみたんですが、あっという間に袋がいっぱいになって……結局諦めてしまったですぅ」
「だってサ」
 肩をすくめて見せる。
「ん? それは焼き畑農業すれば良いんじゃないの?」
「ヤキハタ?」
「一度、燃やすんだよ。収穫が終わったあとに芋のツルとか葉っぱとかで喰えない種類の物や枯れたやつを畑の上に撒いて、火をつけて燃やしたら土の温度が上がってワームも死ぬんじゃないかな。――可能性だけど」
 なにしろ、ワームの生態についてはよく分からない。どのくらいまで熱に耐えられるのかは知らない。
「んーで、燃やしたあとにヒョコヒョコ出てきたヤツらをモグラ叩きよろしくぶちのめすってか?
 ……んあ〜、何かもうちっと手っ取り早い方法ねぇのかよ!!」
 衛が頭を掻きむしった。
「焼き畑か…」
 ジガンが考え込む。
「灰はアルカリで畑の土にいいからな。それにもう1つ、俺の案を付け足そう。飛空艇で金網を引き回すんだ。そうすれば網にかかったワームの体は細切れになる。生きていようが死んでいようが関係ない。土と灰も攪拌されて、ちょうどいいだろう」
「あ、それいいかも」
 なんたって、オレ様が楽できるのがいい。
「じゃあそのヤキハタってやつは明日やるとして、まず鉄板を――」
「……うーーーー」
 衛の語尾に重なって、なにやら不満げな声が後ろからした。
「ねーたん? まもたん? あきーーーーっ?」
「――げ。うるさいやつが起きた」
 振り返ると、コタローが目を覚まして、周りをキョロキョロ見回していた。だれもそばにいないことに気づいて、心細くなったらしい。
「コタロー、こっちだ」
「う!!」
 樹の呼び声に気づいて、大急ぎ、畑を横切ってぱたぱた駆けつけた。
「ごめんな、1人にして」
 飛びついてきたコタローを樹が胸に抱きとめる。
「……ねーたんたち、ここでなにやってるれすか?」
「やってねーよ。これからやるの。
 さーって、とにかく夕方までに溝掘って、鉄板なり何なり埋めちまおうぜ!! いっちーもこたの助も手伝ってくれや!」
 ガシガシガシッ、樹に抱かれたままのコタローの頭を掻き回した。
「!! ……まもたんのばか〜!! こた、おにゃのこらもん。こたのしゅけじゃらいもん〜!!」
 しかもこの乱暴な仕打ち!
 みるみるうちにコタローの目に涙が盛り上がった。
「うみゃーん、ねーたんねーたん、まもたんがいじめた〜!!」
「そうか」
 即座に樹の足蹴りが入る。
「なっ…! オレ様いじめてないってば、いっちー! 見てただろー??」
「そうか?」
 樹は平然と、真顔で言い切った。
「魔鎧よ。理由はどうあれ、年長者が年少者を泣かせてはいけないだろうが」
 うんうんうん、と周りの者の大半が頷く。
「ひどっっ」
「とにかく、やるだけやってみよう。まずは溝掘りからだ」
「よし。みんな、鍬を持って出入り口に集合だ」
「おう」
「はい」
 「とにかく」のひと言でうやむやにされた衛の不幸に同情する者は、だれもいなかった。
「――えー…? ってか、オレ様の名前、誰もまともに呼んでくれねぇのな」



「皆さん、あそこで何をなさっているんですか?」
 ぞろぞろ農園の入り口に集まり始めた者たちを見て、神和 瀬織(かんなぎ・せお)はじゃがいも掘りの手を止めた。
「……さあ? だがクリスがさっそく聞きに行っているようだから、すぐに分かるだろう」
 ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)の言葉通り、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)は駆け戻ってきて、理由を教えてくれた。
「なるほど。溝を作って鉄板を埋めるのか。たしかにそうすれば、これ以上のワームの侵入は防げるだろうな」
「それでここの作物は守られるんですね。よかった」
 ほっと胸を撫で下ろす。
「でも、中にいるこのワームたちは?」
「こちらは明日、ジガンさんや章さんたちが対処されるそうです。なんでも、ヤキハタ…? それをするとか。ヤキハタって何ですか?」
 神和 綺人(かんなぎ・あやと)の質問に、クリスは疑問をつけて返した。
「焼き畑っていうのはね、畑を焼いて、消毒するっていうことだよ」
 ああそうか、その方法が……と綺人は納得している。
「焼く?」
「うん。正確には、上に乗せた枯れ草とかを焼くんだけど。灰は畑の栄養になるし、火や熱が害虫を駆除してくれて、とても効率的な方法なんだ。地球では許可が必要なんだけど……燃え広がっちゃう可能性があるからね。でもここなら、風下で氷術を使えば大丈夫だと思う」
「便利な方法があるんですね」
 瀬織の感心したような声に「うん」と綺人は笑顔で頷く。
 そのそばで、クリスは再び3人が掘り出したじゃがいもを自分のカゴに移し変えた。そのまま、サイロへ向かおうとする。彼らの掘っている場所からは、三輪の回収場所よりサイロの方が近いためだ。
「ああ、待てクリス。今度は俺が行こう」
 クリスにばかり運ばせては悪い。立ち上がったユーリはクリスが持っていたカゴを受け取って――その重さに思わずよろけた。
「ユーリさん?」
「…………」
 無言でカゴの上の部分を少し戻して、量を調節してからあらためて立ち上がる。
 ちょっと滅入っているような、うつむきかげんでサイロへ向かうユーリを見て、クリスもまた、軽く落ち込んでしまった。
(――ユーリさんのような成人男性より力持ちって、どうなんでしょう? これって、女子として問題でしょうか?)
「どうかしたの? クリス」
「あ、いいえ。なんでも……なんでもないです。じゃがいも、拾いますね」
 綺人が鍬で引っ張り出した土を払って、瀬織と向かい合わせでじゃがいもをせっせとカゴに集める。
(いえ、今さら非力な女の子のフリをする気はありませんが。それに、私は守られるお姫様より、アヤを守る騎士を目指しているのですから…!)
「クリス、クリス。じゃがいも、握りつぶしちゃってますよ?」
「あ…」
 見下ろすと、瀬織の言う通り手の中でじゃがいもが粉々に砕けていた。
「もう。どうしたんですか? 一体」
 じゃがいもの汁だらけになったクリスの手を水筒の水で洗って、タオルで拭く。
「あぅー、ごめんなさい…」


「それにしてもさっきのじゃがバター、おいしかったよね」
 あまり先々やっても、拾う2人が追いつけない。鋤に寄りかかり、小休止しながら綺人が話題を振った。
「新鮮だから、ゆでたじゃがいもに塩をふっただけでもおいしくて。にんじんとじゃがいものきんぴらもよかったな。それから、チーズを乗せて焼いたやつ。トロトロのチーズがすごく合ってて」
「アヤ、おいも好きですか?」
「う、うん……すごく好き、特にじゃがいもが」
 ――なぜそこで照れる? 綺人。
(アヤはじゃがいもがすごく好き)
 クリスは胸に刻み、決して忘れまい、と思う。
(あとでユーリさんにじゃがいも料理のおいしい作り方を教えてもらいましょう)
 将を射んとすればまず馬から、なのです。(←それ、多分違う)
 殿方を射止めるには胃袋から、とも言いますし。(←これは正解)
「わたし、肉じゃががとてもおいしかったです。ベアトリーチェさんたちは料理がお上手ですよね」
「うん! ベアの料理はすっごくおいしいんだよ!」
 隣の畝で作業していた美羽が、2人の会話を聞きつけて加わった。
「――私はじゃがいもより、アヤを食べたいです…」
 ぼそっと言ったクリスの病んだつぶやきは、瀬織に黙殺される。
「あと、おいもの葉、ですか? 初めて食べたのですが、あれもおいしかったです。ねばりがあって」
「ああ、あれ、こっちの人も相当驚いてたみたいだよね。おいもの茎とかツルとか葉っぱとか、こっちの人は食べないみたい」
「へぇ。じゃあ喜んでくれたでしょう?」
「うん。それで、今度はベアがこっちの料理を教わるんだって。夕食を一緒に作るって話してた」
 それを一生懸命覚えて帰って、バァルに食べてもらうのだ。
(東カナンの農園でとれた新鮮野菜で作った料理……きっと喜ぶだろうなぁ)
「それは楽しみですね」
「うん!」
 美羽は元気よく頷いた。