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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第18章 野生馬捕獲でヒャッハーしよう・3日目(1)

 夜が明けて3日目。
「もう半分終わってしまいました。残すところ、今日と明日の午後早くまでですからね。ぜひとも捕獲したいものです」
 サンタのトナカイの背に立ち乗りし、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は下に広がる水場を見下ろしていた。
 より高い位置から見下ろす方が遠方まで見通せるという深謀遠慮な考えに基づいた行為らしいのだが、足場の悪さで早くもぐらぐら揺れている。
 しかしそんなことがいかほどのものか。
 まるで水面下の足掻きを見せない白鳥のごときやせ我慢で、クロセルは悠々両腕を組み、向かい風に立っていた。
「……それで、いつまでここを旋回していなければいけないんですのー?」
 後ろのソリでは魔鎧 リトルスノー(まがい・りとるすのー)が、退屈を隠そうともせず頬杖をついている。
「この付近で昨日見かけた者がいるそうです。動物は毎日決まった道を通りたがるもの。きっとまたここに現れることは間違いありません」
 つまりは現れるまで。
 現れるかどうかも分からないものが姿を現すまで、ここでぐるぐる回っていないといけないわけだ。
 はっきり言って、地上を行く者からはかなり間抜けた行為に見えているだろう。
(一緒に乗ってるワタシも、間抜け扱いされているんですの…)
 はーっとため息が出た。
『東カナンの山にいるという伝説の馬を捕まえ、女王陛下に献上するのですッ!』
 そう叫んだクロセルに同意したのは、間違っていなかったと思う。なにしろ「かつて東カナン領主の始祖が女神イナンナより賜った馬」なのだ。当然、雪だるま王国の女王陛下の騎馬となるにふさわしい品格の持ち馬に違いない。それを捕らえて献上するのは、王国の民にとって当然の筋と言える。
(でも、これでホントになんとかなりますの?)
 ちらり。ソリに急きょ据えつけた機関銃を見た。
 馬の捕獲にしてはかなり物騒な代物だが、中身はただのイカスミペイント弾だ。
 なぜこんな物が必要かというと…。
「ククク…。グラニは賢い馬と聞きます。女神より下賜された特別な馬。それだけにプライドも高いことでしょう。うまく捕獲できたとしても、そんな馬が人間の言うことをおとなしくきくとは到底思えません。そのプライドをへし折ってこそ、勝利と言えるのです!」
 ふんふん。
「では、グラニを負かす――つまり黒馬に土をつけるにはどうしたら良いか?
 答えは簡単です。馬拓をとれば良いのです!」
――はぁ??
「えっ? 因果関係が分かりませんか?」
 はい。ご説明をお願いします。
「よろしい。では特別にご教授いたしましょう。
 黒馬に土をつけるということはつまり、馬拓をとって墨馬にする事なのです!!」
    ズババーーーーーーン!!
 ……えーと。
 ゴメンナサイ。やっぱり意味が分かりません。
「そうですか……やれやれ。まぁたしかにこの高尚な作戦を真に理解できる者というのは、そうはいないのかもしれませんね」
「ただの極寒駄洒落、おやじギャグですのー」
 フーっと息を吐き、肩をすくめるクロセルを、リトルスノーが一言の下にズバンと切り捨てた。
「なっ、何を言うんです! これは崇高な――」
 そのとき、ぐーーんと大きくサンタのトナカイが旋回した。
「うわお!?」
「見つけたんですのー」
 落ちかけたクロセルが必死になってトナカイの背にしがみついている間にソリは急降下し、走る馬の群れと並走した。
 群れの先頭には、たしかに黒馬の姿がある。
「あれこそまさにグラニ! よし、リトルスノー、このまま一気に横に並ぶのです!」
「はいですのー」
 リトルスノーが手綱を打ち、トナカイはさらにスピードを上げる。
「行け! ガーゴイル!!」
 クロセルが物質化で取り出したガーゴイルを前方に投下した。突然の出現に驚いたグラニの足を止めさせる作戦だ。思った通り、急ブレーキをかけたところを狙って、リトルスノーがイカスミペイント弾を乱射する。
    パラパラパラパラパラッ
 軽い音を立てつつも、ペイント弾はみごとグラニにぶつかり、中身のイカスミをばら撒いた。
「グラニ、覚悟!! 馬拓もらったぁー!!」
 勝利の確信に早くも快哉を叫びながらバレンと和紙を両手に持ったクロセルが駆け寄る。
 次の瞬間、彼は怒りの蹄をまともに受け、空に輝ける星の1つとなった。
    ブルルルルルルッ…
 激怒したグラニは墨を振り飛ばしながら走り去っていく。
「馬に後ろから近づくなんて、バカですの。おバカすぎですのー」
 あっという間に小さくなっていくグラニたちを見送ったリトルスノーが振り返ったとき。
 そこでは、赤羽 美央(あかばね・みお)によってペタペタとクロセル人拓がとられていた。(しかも転がして両面)



「どうかしたのか?」
 肩を震わせ、くつくつと腹を抱えて笑っているクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)を見つけて、セテカが寄ってきた。
「いや、さっき向こうの方で、なかなか面白い捕り物があってね」
「へぇ?」
 横に立ち、彼が見下ろしていた付近にじっと目をこらすが、それらしき動きはもう何もない。
 なだらかな斜面、そして広がる荒野と、そこに点在する緑地が見えるだけだ。
「見逃したか。残念だな」
「もう行くのか?」
 運搬車の方に戻ろうとするセテカを呼び止めて訊く。
 昨日は昼近くまで移動しなかったのに。今はまだ、9時を過ぎたところだ。
「ああ。今日は少し遠回りの道になる。馬で行けばそうかからないが、車となるとそうはいかないからな。
 きみたちはゆっくりしてくるといい――と、そういえば、きみのパートナーは? 姿が見えないようだが」
「ヴァルナなら、向こうだ」
 クレーメックは自分のいる崖とは反対側にある、緑の崖下を親指で指した。
 そこはこの山でも数少ない樹木が群生した場所で、林と呼べる程度に密集している。
「彼女はああいう場所が好きだから」
「そうか。だが、気をつけてくれ。大地の荒廃が思った以上に進んでいる。町の者に聞いたんだが、立ち枯れたり内部が空洞化している木が増えてきているそうだ。そういう木はもろい。木が朽ちれば根も死滅し、地面も危険になる」
「道理だな。気をつけておこう」
 じゃあまたあとで、と手を挙げて去っていくセテカを見送り、クレーメックはまた崖下の光景に目を向けた。
 国家神の加護を失うとは、こういうことをいうのだ。
 彼らがカナンに入ったとき、もうすでに西も南も荒廃しきっていた。緑は失われ、何もかもが砂の下に埋もれきっていた。
 東も、これからそうなっていくのだろう。今足下にある緑も、明日あるとは限らない。あの水辺も。今踏みしめている大地も。全てが降砂に飲まれていく…。
「どうかしたの? ジーベック」
「――いや。そっちこそ、もういいのか?」
 島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)が横に並んだ。
「ええ。傷ついた緑をできるだけケアできたらと思ったんだけれど……無理だったわ。何をしても、まるで底のない井戸に落ちていくみたいで…」
 貴重な緑なのに。
 自分の無力さが口惜しくて、ヴァルナはキュッと唇を噛んだ。
「そうか」
「それで、何か見えて?」
 話題を転換しようと、努めて明るい声で訊く。
「そうだな…。さっき、向こうの方でクロセルが盛大に吹っ飛ばされた」
「へぇ?」
 昨日グラニが目撃されたという水辺付近に目をこらす。
「昨日の今日で同じ場所に現れるなんて……本当に賢い馬のすることかしら?」
 捕獲者がいるのは分かっているでしょうに。
「あ、ほら。あれ、そうじゃない?」
 疑問を投げる間もなく、ヴァルナは東の方角を指した。
 馬の一群がそちらから砂煙を蹴立てて現れる。南回りに大きく旋回しながら水辺を迂回し、西の方角へ走り抜けようとしている。
 たてがみをなびかせ、先頭を行くは、ひと回り大きな黒馬――グラニだ。
「美しい馬だ」
 遠目からも分かる、均整のとれた体つきと流れるようなフォームに、知らず感嘆の息がもれた。
「グラニは女神イナンナがハダド家の始祖に与えた、という伝説が事実だとするなら、グラニは単なる馬ではなく女神の眷属、または彼女の化身の1つなのかもしれないと考えていたが…」
「でも、それは伝説でしょう? あれはその子孫というだけのはずだわ」
「私もそう考えてはいた。しかし、あの優美さを見ると、案外本物なのかもしれないと思えてきてね」
「まさか」
 ジーベックがそんな非現実的なことを言うなんて? と目を丸くするヴァルナに、クレーメックは薄く笑みを刷いた表情を見せた。
「ぜひ近くでその雄姿を拝ませていただきたいものだ」
「……そうね。そのためにも、彼らに頑張ってもらわないといけないわね」
 今また、かの一群に果敢にも向かっていく箒や馬たちが見える。
 長期戦に備えて敷いた敷物の上で、2人は声援を送った。



 再び現れたグラニの群れを真っ先に見つけたのは、上空でワイルドペガサスを駆っていたリネン・エルフトだった。
「あれが、グラニ?」
 砂煙がもうもうと立っているため全身が把握できないが、先頭を行くのは黒馬だ。
「30頭前後の群れだというし……多分間違いないわね…」
 リネンは指を口元にあて、ピーッと吹き鳴らした。
「おっ、リネンが見つけたようだぜ」
 指笛を聞きつけたフェイミィ・オルトリンデが、そちらに向かおうとペガサス“ナハトグランツ”を方向転換させようとする――が、いまいち反応がにぶい。しぶしぶといった感じだ。
「なんだよ? まだ拗ねてんのか? いいかげん聞き分けろよ。オレたちはここへ手伝いに来てんだぜ? 成果がかんばしくなかったりしたら、それこそ名がすたるってもんじゃねーのか?」
 さしものナハトグランツも、この言葉で一念発起したらしい。
 フェイミィの指示に素直に従い方向転換したと思うや、突然フルスピードで駆け出した。
「うわっ!! ちょっ、おまっ、はやす――」
 地表すれすれを駆け抜ける、その速さは並の馬など比較にもならない。
 美しいS字を描きながらクイックターンで木の間を走り抜け、グラニへの距離を最短で詰めようとする。
 その姿は、まるで人など乗せていないかのよう――。
「わぷっ!!」
 当然上に乗っているフェイミィは、木の枝に弾かれまくりだ。
 多分、ナハトグランツは彼女の存在を一切気にもとめていない。
 そんな彼女の目前に、水辺が現れた。ナハトグランツはこれを飛び越えて、一気に距離を詰める算段なのだろう。しかし先までの立ち枯れかけてもろくなっていた木の枝と違って、すぐ先に伸びているのはぴちぴちの大枝。
「冗談じゃねぇ!! あんなの当たったらマジで死ぬぞ!! 止まれグランツ! おいこらてめーっ!?」
 せめて上に飛び上がりやがれーっ!!
 めいっぱい手綱を引いたフェイミィは、次の瞬間、ぽーーーーんと前方に投げ出され、水の上に舞っていた。
「……へっ?」
 逆さまになった視界で、水辺ギリギリに止まったナハトグランツの姿が見える。
 ナハトグランツは彼女の指示に従ったのだ。忠実に。正確に。
 どうなるか分かった上で。
「どわーーーーっ!!」
 自翼を使うことを思い出す暇もなく。フェイミィはドポーーーーンと音を立てて着水した。
「――何をしてるのかしらね…」
 盛大に上がった水しぶきを下に見て、リネンが顔を覆う。
 こうなったら自分1人でも動くしかない。
「追って、ペガサス! ……あなたもグランツの群れの野生馬でしょ?」
 先回りして、前方をふさぎましょう。
「あー、くそ…。なんてこった…」
 飛び去って行くリネンを見ながら、なんとか岸へ這い上がる。水が入ってガボガボになった靴を逆さに振っていると、ナハトグランツが、かっぽかっぽと蹄の音を立てながら悠々岸を回ってきた。
「……これで気がすんだか? いいか? 二度とこんなことすんじゃねぇぞ」
 服から水を絞り落とし、その背に飛び乗ろうとする。
 がしかし。
 そんな格好で乗るなとばかりにナハトグランツが跳ねた。
「てめぇ、まだ上下ってのがわk……ぶべら!?」
 踏まれ、蹴られ、地に叩きつけられる。
 かっぽかっぽと蹄の音を立てながら、悠々歩み去るナハトグランツ。
 あとには、プシューっと真っ赤な血を吹き出して横たわるフェイミィの姿があった…。



「大変!」
 クロセルの治療をしていた三笠 のぞみが、ふと上げた視界に、噴水のように頭から血を吹いて倒れているフェイミィを見つけて血相を変えた。
「あとはよろしくね!」
「任せてくださいですのー」
 治療は終わって、あとは気を失っているのを起こすだけ、とリトルスノーが目を回しているクロセルに連続往復ビンタをかます。
「ネーヴェ、来て」
 呼び声に応えて駆け寄ってきた白馬に飛び乗った。
 倒れたままぴくりとも動かないフェイミィ目指して走る彼女の姿を、少し離れた丘の上から見る者が1人。
「――私はグラニを追っている皆さんの勇姿を描きたいんですけどね。おかしいですよね。どうして皆さん、自爆ばかりされてるんでしょうね」
 これじゃあコミックイラストにしかならないじゃないですか。
 ディング・セストスラビク(でぃんぐ・せすとすらびく)はため息をつきつつ、カンバスに大きく×印を入れて、ポイッと後ろに投げ捨てた。
 何度かこれを繰り返しているらしく、そこにはちょっとしたカンバスの山ができている。
「彼らのすることに不満があるのなら、キミも少しは手助けしてみてはどうですか?」
 ――あ、もう1人いた。
 鏡の中から抜け出してきたようなそっくりサン。六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)だ。
 ディングは、ちらとそちらを流し見て、そっぽを向いた。
「鼎さん、私、言いましたよね。こんな埃っぽい所に二度と呼び出してくれるなと。あなた、耳大丈夫ですか? それともヤバいのは頭の中身の方ですか? ついに劣化してきたとかですか? 悪魔は召喚されても帰れないんですよ? こんなにホイホイ意味もなく呼び出さないでくれますか」
「意味もなく、って…」
「ないでしょ」
 ジロリ。
「……えーと」
 まぁ、ないですね。
「でも、そうやって伝説の馬の絵を描くことができているんだからいいじゃないですか」
「私はあんまりヒマだから絵を描いてるんです。描きたくて描いてるわけじゃないんです」
 ペタペタペタ。
 カンバスに筆を走らせ――また背後にポイ。
「しかし皆さんこそ私に協力する気がないというか、やる気が今ひとつというか。ちっとも絵になる構図がありません。これでは馬がただ走っていて、その周りでバカやってる人の集まりというだけの絵です」
 新しいカンバスをイーゼルに乗せ、シャッシャッと木炭を走らせる。
「分かりました。では今回特別に、私がキミの手助けをしましょう。――サシャ」
 鼎は空を仰ぎ、愛馬の名前を呼んだ。
 それに呼応するようにワイルドペガサスが舞い降りてくる。
「サシャ、キミの出番です。あそこにいる黒馬を、キミの走りで負かしなさい」
 好き好き大好きー、とばかりにすり寄ってくるサシャを引き剥がしながら、鼎は遠くを走っている野生馬の一群を指差した。
 黒馬に統率されたその群れは、左右から迫るランサーたちを矢のようにすり抜け、南へ北へと彼らを翻弄しながらも、一糸乱れぬ動きで西へ走り去ろうとしている。
「グラニよ! この私が乗っているペガサス、サシャはシャンバラ聖騎士の騎馬を祖先に持つ由緒正しきペガサス!(野生化してたけど)
 その方が真にかの伝説の名馬グラニであるならば、真剣勝負を挑みたい! 正々堂々これを受けるや否や!?」
 ――って、言葉通じてるかなぁ?
「もっと近くに行って言わないと、全然聞こえていませんよ」
 無表情なディングから、至極もっともなツッコミが入った。
(……だからこいつは苦手なんです)
「えーい、サシャ! 行きなさい!!」
 鞍等装具一式をはずされたサシャは、鼎の命令に従ってグラニの一群へと駆けて行った。
「さあディング、思う存分私のサシャとグラニが競争し、打ち負かす姿を描きなさい!」
 自信満々、声高々に言い放つ鼎に、ディングはポリポリと頭を掻いた。
「それってただ馬とペガサスが並んで走ってるだけですよね?」
「……うっ…」
 それはそうかもしれないけれどっ。
「ま、いーか。
 あ〜くま〜の絵〜は〜ま〜しょう〜の絵〜♪」
 適当なフレーズをつけながら、ディングは大判カンバスにデッサンを取り始めたのだった。