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【カナン再生記】黒と白の心(第3回/全3回)

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第2章 誰かのために 8

 戦場に降り注ぐ岩石の雨があった。いくつも落下してくるそれは強烈な打撃力となって敵陣を粉砕し混乱を引き起こす。そんな岩石の雨――投石が発射されているのはヤンジュスの古城だった。
 古城の屋上にて投石器の指揮を執るのは、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)である。軍人らしい明瞭な声を発して、兵士たちに次なる投石の準備を告げる。
「次弾装填! 発射せよ!」
 残念ながら時間もさほどなく、満足いく数が造れたとは言いがたいが……それでも10はあるであろう投石器の威力は十分に敵を圧倒させた。装填と発射を回転させる戦術は、休むことなく敵に石弾を放り込んでゆく。
 投石器製作の指揮をとった島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)としても、冥利に尽きるというものだった。
「石弾の数が足りませんわ……急いで加工を進めてください」
「はい!」
 古城の崩れた城壁を利用して石弾は作られるが、そうそう容易く加工できるというものではなかった。多少は荒っぽく大量生産を心がけているが、やはり数も徐々に限られてくるようになる。それでも……島本 優子(しまもと・ゆうこ)は投石部隊を叱咤激励し、あきらめるという言葉を封じ込めていた。
「大丈夫、イナンナさまのご加護を信じて頑張り抜けば、この戦いは必ず勝てます!」
 彼女の声に呼応した兵士たちは、いっそう気合を込めて投石を始めた。そこにいるのは、兵士だけとは限らない。照準士は兵士が務めているが、兵数の足りなさを補う意味でも、一般の民からの志願兵がバネの巻き上げや石弾の装填を行っていた。
 優子の激励は、そんな一般の志願兵たちへ向けられたものでもある。戦場というものに慣れていない彼らは、恐怖に足がすくみあがることもあろう。そんな彼らに希望を見せることこそが、優子の本分に他ならなかった。
 そうして投石を行い続ける彼らのもとに、遠くから飛来する影が見えた。それを真っ先に視認したのは、警戒にあたっていた三田 麗子(みた・れいこ)だった。
「ジーベック、敵が……ワイバーン、そしてヒポグリフ部隊がこちらに向かってきてますわ!」
「上空から攻めてきたか」
 ジーベックの表情が険しくなった。
 投石の難点はそのコントロールと射出時間に難があることだった。投石で上空の敵を蹴散らすことは出来まい。すぐに麗子が空飛ぶ箒に乗って迎撃の準備を進めるが、それで対応できるような数には思えなかった。
 それでも、今はやるしかない。ジーベックも自ら銃を構えて迎撃に移る。奴らは見事に訓練されているようで、手綱を操る兵士に従って獰猛な牙を剥いた。ワイバーンに至っては、火炎を噴き出してくる。投石器の一つが、焼き尽くされた。
「くそっ!」
「ジーベック、焦っちゃダメ!」
「分かっている……!」
 しかし、敵の攻撃は猛威だった。満足な兵士が揃っていない状況で、これだけの数を相手に戦うことは、ある意味無謀に近い。兵士を守るためにも、逃げるしかないか。そんな考えが脳裏に浮かび上ったそのとき――閃光が鳴った。
「……!?」
 いや、違う。閃光のように見えたそれは、ヴォーチャースピアの反射した光だった。
「ユーフォリア様……!」
「遅くなりましたわ!」
 ユーフォリアは関口一番にそう言うと、すでにスピアで敵を貫いていた。
 護衛の前線に出て空中部隊と戦っていたはずだが……なぜここに? その疑問に答えたのは、投石器を壊そうとしたヒポグリフの前に飛び出た、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)だった。
「ヘイリー!」
「その隙、ヘリワード・ザ・ウェイクは……逃さない!」
 ワイルドペガサスのに乗ったまま放ったヘイリーの矢が、ヒポグリフに突き立った。そして、彼女はすぐに野生の蹂躙で操る鳥の群れをけしかけて、ヒポグリフたちの視界を奪う。その隙に、背後のジーベックたちに声をかけた。
「大丈夫、ジーベック」
「あ、ああ……それより、どうしてここに? 前線はどうしたんだ?」
「向こうも最初からヤンジュスの城を押さえることを狙ってたみたいね。私たちが戦っていたのは足止めのためのほんのわずかな戦力だったってわけ。それに気づいて、すぐにこっちのほうにね」
 だから――敵は難なく古城のほうまでたどり着いたのか。しかし、それにしても……
「足止めされていたんなら、どうしてこんなに早く……」
「そりゃ……」
 ヘイリーが答えようとしたそのとき、上空でユーフォリア――そして彼女とともに戦うリネン・エルフト(りねん・えるふと)の剣がワイバーンを切り屠った。すでに数体を撃墜している彼女の気合の叫びが空を渡り、それに負けじと、もう一人のパートナー、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)の大剣が襲いかかってきた他のワイバーンを叩き切った。
「二人とも、行きますわよ」
「はい!」
「了解しました! ……いくぜ、グランツ!」
 ユーフォリアの声に従って動く彼女らの連携は見事なもので、一斉にペガサスを加速させた。狙いはワイバーンではなく、指揮官の駆るヒポグリフだ。一気に距離を詰めたユーフォリアたちの槍と剣が、ヒポグリフを切り払う。
 だが、その背中へと仲間のワイバーンが迫ってきた。
「後ろよ、ユーフォリア!」
 とっさに、城からヘイリーが声を張り上げて矢を放とうとするが……その動作は間に合わない。と、その瞬間――ジーベックが引き金を引いていた。
「ジーベック……」
「空が専門分野じゃないとはいえ……役には立たないとな」
 翼を撃ち抜かれたワイバーンがもがき苦しんだその隙に、振り返ったユーフォリアの槍がその心臓を貫く。さらに、再度彼女はヒポグリフへと向き直った。そのときには、すでにリネンたちが数体のヒポグリフの翼を切り裂いていた。
「これで終わり……ですわ!」
 身動きを取れなくなった敵に、槍がとどめの一撃を放った。
 さすがはユーフォリア・ロスヴァイセ。いや……違うな。
 そのとき、ジーベックは彼女たちがここまで素早く向かってこれた理由を悟った。
「すごいな、あなたたちは」
「私たちも舐められたものってわけよね。敵兵が紛れ込んでたっていうじゃない? どうせ慢心でもしてたんじゃないかしら。『あんな少数の部隊、この程度の戦力で十分だ』みたいにね」
「かもな」
 敵兵がそんなことを話している光景が、目に浮かぶようだ。笑ったジーベックに、ヘイリーは続けた。
「ま、そうでなくとも、もしかしたらユーフォリアなら、どんな敵がきたって蹴散らせたのかもね……悔しいけど、実力は本物だもの」
 どこか不満げに言ってみせたヘイリーは、再びペガサスに乗りこんだ。ライバル意識を持ってる相手を褒めるのは、もしかしたら彼女の性分が許さなかったのかもしれない。
 ヘイリーが飛び立つのを待っていたユーフォリアが、ジーベックに告げた。
「では、ジーベックさん。私たちは再び前線へ戻りますわ」
「ええ、助かりました。ありがとうございます」
 空を渡り去っていったユーフォリアたちの背中に、ジーベックはなぜか、彼女の過去を見たような気がした。かつてユーフォリアが英雄として戦っていたときの背中も、今のような勇敢なるものだったのかも、と。そして、きっとそのとき――リネンたちのような戦友が、傍にいたのかも、とも。
「よし……投石器の確認! そして破損箇所の修復を急げ! 戦いはまだ終わっていない! これからが正念場だぞ!」
 振り返ったジーベックは、部下たちに謹厳なる声を発した。その目は、いっそう決意に満ちたものであった。