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【カナン再生記】黒と白の心(第3回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第3回/全3回)
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終章 黒と白の心

 その後――モートを失った敵軍の兵士はそのほとんどがキシュへと逃亡したものの、かつて南カナン兵として働いていた兵士たちの一部はシャムスの厚意もあって南カナン軍へと編成されていた。
 キシュへ逃亡した神官兵たちはみすみす逃した形となるが、こちらの兵も大きな打撃を受けていたため贅沢を言っている場合ではなかった。それに、モートを打ち倒しただけでも上々というものだ。
 ニヌアに戻ってきたシャムスたちは、その後復興作業へと勤しんでいた。幸いにもモート軍はニヌアを支配はしたものの、破壊の限りを尽くしたわけではなかった。戦争の火種で被害を受けたところは、すぐにでも復興されるだろう。
「――と、いうことです」
「報告ご苦労だった」
「はっ……!」
 シャムスに復興状況の報告にやってきた兵士は、恭しくその場を立ち去ろうとした。すると、ふと何かに思い至ったようにシャムスがそれを呼び止める。
「おい」
「は、はい! なんでしょうか?」
「この後は祝勝会だ。もちろん、お前も出ろよ?」
「私も……!? よ、よろしいのですかっ?」
 兵士は信じられないという顔で聞いた。だが、シャムスは当然のように頷いた。
「当たり前だ。お前の報告は実に明瞭簡潔で、オレもよく助かっている。この戦いの功績は、お前にも大きいだろう。今後も期待しているぞ」
「は、はい!」
 兵士は嬉しそうに返事を返すと、急いで部屋を立ち去った。それをどこかから見ていたのだろう――兵士が立ち去ると、エンヘドゥがすぐにやってきた。
 これからの祝勝会にあわせてドレスを着込んだ姿は、どこかのお姫様のようにきらびやかで美しい。対し、シャムスはラフで軽いシャツとズボン姿のままだった。
「おお、エンヘドゥ」
 シャムスが彼女に気づくと、エンヘドゥはなにやらじと……とした非難めいた目をシャムスに向けた。
「お兄さま……またその格好ですか?」
「悪い、か?」
 よく分かっていないように首を捻るシャムス。エンヘドゥは呆れたようにため息をついた。
「せっかく女性と皆さんにバレてしまったのですから、少しは女性らしい格好をしたらいいと思いますが……」
「こっちのほうが楽でな。ヒラヒラしたものは性に合わない」
 なまじ、今までが男性として生きてきただけに、彼女は自分の魅力というものを理解していない。女性領主を民たちが認めてからというものの、今度は誰の目にもさらされていなかった彼女の美しさに、改めて心を奪われる男どもが続出しているのである。いまだ男口調を続けている彼女であるが、中には「それが良い!」と、よく分からない嗜好を語りだす者もいる始末である。
 それはさておいても、だ。やはり妹としては、女性としての楽しさもまた、シャムスに知ってもらいたいところなのだった。
「まあ、今回は仕方ないです。それじゃあ、行きましょうか?」
「ああ、そうだな」
 ……長い挑戦には、なりそうだが。

「お、こっちだ、シャムス」
「セテカ、それに皆も」
 祝勝会に着いた二人を迎えたのはセテカ、それにともに戦った契約者の面々だった。彼らはそれぞれに思い思いの楽しみ方をしている。どこぞかで、シニィが兵士たちと大酒飲み対決をしているのが視界の端に見えたが……シャムスは見なかったことにした。
「そういえば、バァル様は?」
「ああ、あいつならあっちさ」
 シャムスに尋ねられて、セテカは仰々しい連中が集まっているところを顎で示した。そこでは、なにやら高齢な男たちに囲まれて苦笑いしているバァルがいた。いかにも、そこから逃げ出したそうな顔だった。
「まったく、上役の爺さんたちの相手は大変だろうな」
「後で十分に言い聞かせておこう」
「……あー、いいさ。どうせあの手の奴らは言ったって無駄だろう? それに、ああいう仕事も大事だってことさ。俺はごめんだけどな」
 セテカはそう言って軽く笑った。なるほど、バァルはある意味生贄ということか。
 それに甘えるわけではないが、シャムスもまた上役の爺さんたちの相手をするのは勘弁だと、見えないように席を離れることにした。こういうときにロベルダがいれば、上手くあしらってくれるのだが……彼は彼で、シャウラたちと話し込んでいるらしい。
「セテカさん……少し残念そうでしたね」
「ん……? なにがだ?」
「お兄さま……」
 どうやら、エンヘドゥは席を離れるときにセテカの表情がわずかに哀しそうに見えたらしいのだが、シャムスがそんなことに気づくはずもなかった。呆れたエンヘドゥに首を捻ったそのとき、綾香の声が彼女を呼んだ。
「おや……姉妹揃ってドレスで、っていう話じゃなかったのか?」
「オレがドレスなんて着るわけがないだろ?」
「うーん、残念だね」
 二人の会話に、他の契約者たちも和やかそうに笑った。思えば、こうしてエンヘドゥもそれに混じって笑えるのも、皆のおかげだった。なにやら感慨にふけった顔をしているシャムスに、緋雨が聞いた。
「どうしたの、シャムスさん?」
「いや、皆には本当に助けてもらったと、思ってな」
 本当に、そうだとシャムスは思った。きっと、一人ではエンヘドゥを助けることもできなかったろう。いや、助けようと考えることすらなかったかもしれない。みんながいてくれたからこそ、いまこうして、姉妹が揃って語らえる。
 きっと、これからもエンヘドゥとの間には、嫉妬や怒りが残されたままで、あるいは、これからもそんな心が生まれてしまうのかもしれない。しかし……今なら二人は、そんな心があったとしても、お互いに話せるような気がした。きっとそれは誰もが持つ感情で、姉妹だからこそ生まれるものもあるのだろう。だけど――そんな黒くて白い心は、絆とともに歩むことで強くなれる。シャムスは……そんな気がした。
「ねえ……シャムスさん……」
 ふと、隣にいたレジーヌがシャムスにおどおどしく口を開いた。彼女はどこか言いにくそうに口を開いたり閉じたりしていたが、やがて意を決して言った。
「あの……その……ワタシ、シャムスさんを……『友達』って、思っても……いいの、かな?」
 レジーヌはそう言うと、すぐに恥ずかしそうに顔を背けた。一瞬、放心したようになっていたシャムスだったが、やがて彼女はくすっとほほ笑んだ。
「ああ、もちろん」
「ほんと……!?」
「レジーヌだけじゃない。ここにいるみんなは、きっと、ずっとオレの友達だ」
 そう言って、彼女はレジーヌと笑いあった。この戦いで得られたのは勝利だけじゃない。友というかけがえのないものも得られたのだと、そんなことをシャムスは思った。しかもそれが、仮面のない、黒騎士ではない自分に得られたものだと思うと、なぜか、無性に嬉しかった。
「じゃあ、もちろん、エンヘドゥさんんもだねっ!」
 と、シャムスの言葉を聞いたあうらが、エンヘドゥに笑いかけた。
「え……わ、私もですか?」
「嫌?」
「い、嫌ってことは、ありませんけど……で、でも、私なんか友達で……いいんですか?」
「うん! もっちろん!」
 あうらの明るい笑顔につられるように、エンヘドゥも笑った。そんな二人を、ヴェルはほほ笑ましそうに見守っていた。
 ――やがて、語らう時間もすぐに過ぎてしまう。
 上役の重圧から解放されたバァルがシャムスたちのもとに戻ってきた。
「南カナンがネルガルの支配から抜け出せたっていうんで、爺さんたちもご機嫌だったよ。まったく……いつもそれに付き合わされるのはわたしなんだがな」
「お爺さんたちもきっと、うれしくて仕方がないのよ」
 緋雨が言った。
 と――バァルが殊勝な声で呟いた。
「しかし……まだ、全てが終わったわけではないな」
 そう、南カナンは救われたかもしれないが……いまだ、中央カナンにネルガルは……征服王は鎮座している。
 天音はワイングラスをゆらゆらと揺らしながら、その水面を見つめて言った。
「菫君が引き連れてきたモート軍の兵士の話だと……ネルガルの近くには常にある神官がいるらしいね」
「神官? ……ああ、あの人のことか」
「そう、名前はアバドン。彼女はネルガルに代わって軍事指揮も執ることがあるようだし……何かネルガルの隠していることを知っているかもしれないね」
 天音の言葉に、仲間の契約者たちは唸りをあげた。
「……もしかしたら彼女自身が、その秘密なのかもしれないけど」
 誰知らず囁かれたその声に気づく者は、誰もいなかった。天音は一人だけ満足そうに微笑している。綾香が、沈黙の中で言った。
「どちらにしても、ネルガルのもとに……キシュにいかないと何も始まらないかもしれんな」
「ああ……」
 南カナン以外にも、カナンには苦しむ民が大勢いるはずだ。それを全て救わぬ限りは、ネルガルを打ち倒さぬ限りは、カナンに本当の平和が戻ってきたとは言えない。
 終わらぬ戦いを予感して、シャムスは決意を胸に刻み込んだ。



「あ、こっちですよー、来栖さん」
 そこはなんてこともない夜の酒場だった。来栖はそこのテーブル席に座って手を振っているクドを見つけると、そちらに向かう。彼の対面に座って、早速タバコに火をつけた。
「来栖さん……さっそく煙草ですかい?」
「ま、空気みたいなものですよ。気にしないでください」
 呆れるクドに対して、来栖はそう言うとメニューを開いた。手早く軽いものを数品頼んで食事が運ばれてくるのを待っている間、クドがそういえば、と口を開いた。
「今頃、祝勝会をやってる時間ですかね?」
「そちらのほうに行きたかったんではないんですか?」
「まさか。そういう畏まった食事ってのは面倒ですよ。俺はここぐらいの場所がちょうどいいんです」
 実際は、祝勝会に行ったとしてもあの仲間たちであればそうそう畏まることもないと思えた。しかし、それよりも来栖と食事をしてみたかった。ただ、それだけだ。きっと。
「お客さん……なんかあんたにって預かったぜ?」
「私に?」
 食事を待っている間に、来栖のほうへ店員がなにやら紙らしきものを持ってきた。誰かに頼まれたものらしいが、名前は名乗らなかったらしい。
 封を開ける来栖。すると、中に入っていた手紙だ。それを読んでいく来栖の表情が、次第に険しくなった。
「どうかしたんですか?」
 クドが怪訝そうに声をかける。だが――来栖はそれに対して、手紙を煙草の火で燃やした。
「あ……良いんですかい、それ?」
「別に……ただのラブレターですからね」
「ラブレター!? ほぇ〜……来栖さん、モテるんですねぇ」
 感嘆するクドを前にして、来栖は何も答えず、ただ薄くほほ笑んでみせただけだった。



 闇の中で、チェスの駒と盤だけが浮いていた。白い駒は盤上に置かれる。続いて、相手の黒い駒がゆらりと浮いて、これもこつ――と細い音を立てて配置された。
「なぜ、奴は心を取り戻せた?」
 どこかから声が聞こえた。いや、声というにはあまりにも幻想的で現実感のないものだったかもしれない。そんな声に、わずかながらそれよりもはっきりとした声色が答えた。
「クックック……それが、人の面白いところなのさ」
 再び、白い駒が動いた。
「理想を作り上げることのできる力。運命に抗う力。そして、一人では打ち勝てぬ闇でも、仲間というものがそれを支える力となる」
 白い駒は、キングを捉えた――チェックメイト。
「クックック……悪くない。そう思わぬか?」
「ふん……つまらぬよ」
 いつの間にか、白いチェスの駒はキングを弾いて転がしていた。もう、幻想の声は聞こえない。誰とも知れぬ者が、静かに笑う声だけが響くばかりだった。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
まずは遅延公開になったことをお詫び申し上げます。
本当に申し訳ありませんでした。

南カナンシナリオ「黒と白の心」最終話、いかがだったでしょうか?
最後というだけあって、皆さんのアクションにも気合が入ったものが多かった印象があります。
様々な人と人との思いが交錯しあう物語を、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

エンヘドゥが生き残り、南カナンはようやくモート軍を撃破して支配から逃れることができました。
しかし、カナン全域の平和はまだ取り戻されていません。
征服王ネルガルがいる限り、また、いつ南カナンも征服されてしまうか分からないのです。
その後の話は、また南カナンではないところで……ということで。

これまで書き続けることが出来たのも、ひとえに、こんなにも遅延や、荒く拙い部分の目立つ若輩者の作品にお付き合いくださった皆さまのおかげです。

また皆さまとお会いできるときを楽しみにしております。
最後になりましたが、これまでの南カナンの物語にご参加くださった皆さまに尽きぬ感謝を。
本当にありがとうございました。