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【カナン再生記】黒と白の心(第3回/全3回)

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【カナン再生記】黒と白の心(第3回/全3回)
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第3章 白騎士、そして黒騎士 2

「し、白騎士だああああぁぁ!」
 悲鳴とも絶叫ともとれる兵士たちの声が聞こえたのは、戦いが始まってしばらくのことだった。
(来たな……!)
 シャムスは誰知らず思った。
 必ず現れる。それは分かっていたことだった。だが、現実を目の前にすると険しかった表情がよけいにきつく形を変えた。
 南カナン兵をなぎ払って、白馬に乗った白騎士――エンヘドゥがこちらに直進してきていた。その瞳は慈悲も情愛も欠片とてなく、無残に兵士たちを振り払っている。
 シャンバラの契約者たちの活躍で戦況がわずかに拮抗したこの時を狙って、モートがけしかけたに違いなかった。
 シャムスが身構えたそのときには、すでに目の前に迫ってきていた。鎧と同じく白を基調とした装飾を成された剣が、容赦なく振り下ろされる。
「……ッ!」
 だが、それを受け止めたのはシャムスではなかった。
「悠希!」
 真口 悠希(まぐち・ゆき)の構えた両の剣が、エンヘドゥの剣とがっちと打ち合っていた。眉をひそめて、すぐにエンヘドゥはその場から距離をとった。
 黒騎士のそれを模したような、純白の騎士鎧に身を包んでいる。およそシャムスの知るエンヘドゥが扱えるとは思えない一振りの長剣を、彼女は牽制を込めて振るった。
 瞳はまるでこの世に無き何かを見ているかのように冷たく、シャムスの見知っている彼女の色は何一つ浮かんでいなかった。姿こそエンヘドゥであるものの、そこに立っているのは別人のような気分だ。
「シャムスさま……だいじょうぶですか?」
 その頃には、飛び出した悠希に続くように、他の契約者たちもシャムスの周りに集まってきていた。いずれも、エンヘドゥに思いを抱く者たちだった。そうして仲間たちとともにいるシャムスを一瞥するエンヘドゥは、何も語らぬまま剣の切っ先を向けた。
 敵意。それだけは、彼女の放つはっきりとしたものだった。そしてその敵意が向けられるのはシャムスに他ならない。すると、そんな敵意を介したシャムスとエンヘドゥの対峙に、愉快そうな声がかかった。
「ひゃはは……お久しぶりですねぇ、シャムスさん」
「モート……ッ!」
 シャムスたちのもとにやって来たのは、モートだけではなかった。やはりというべきか、そこには坂上 来栖の姿があり、エンヘドゥのごとく白い全身鎧を身に纏った天貴 彩羽(あまむち・あやは)――この場においては、アヤという名であるが――もいた。同じ白き鎧であっても、魔鎧ベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)が紡ぎ作るそれは、禍々しい雰囲気に満ちていた。
 けたけたと笑うモートに怒りを露にしたシャムスが切りかかろうとする。
「貴様っ!」
 その前に、エンヘドゥが地を蹴って飛びかかっていた。だが、それを防ぐのはシャムスではなく、皆の前に飛び出たアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)だった。
「アインッ!?」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)の悲痛そうな叫びが聞こえた。アインは一切武器を握ってはおらず、朱里の胸に抱かれているものこそが、彼の武器であった。
 エンヘドゥの剣がアインの肩口に深く食い込んでいた。傷口からはじける機械音が、彼が機晶姫であるということをいっそう如実に物語っていた。激痛に歯を食いしばるアインの姿を見て、首里が悲しく顔を歪めた。
「エ、エンヘドゥ……これは、闘いだ」
「……」
「僕と、君との一騎打ち……だ」
 それに、エンヘドゥが何を思ったのかは分からない。だが彼女は、食い込んでいた剣を引っ張りぬくと――容赦なく、契約者たちに向けて攻撃を仕掛けた。

 エンヘドゥを阻むアインを面白く思わぬモートが、視線と腕のみで敵で排除を命ずる。敵兵と、そして彩羽たちがアインたちのもとへと向かうが……その前に立ちはだかったのは、黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)らだった。
「させねぇっての!」
「この先には、行かせないのじゃ」
 健勇とともに、ルシェイメア・フローズンたちもその道を阻む。だが無論、それでとどまるはずもない。
「オヤオヤ……邪魔をするような悪い子は、お仕置きデスヨ!」
「フハハハ! 彩羽の邪魔するんじゃないよ!」
 アルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)は闇をまとって魔術を放ち、隠れていたアルハズラット著 『アル・アジフ』(あるはずらっとちょ・あるあじふ)が背後から健勇たちを狙ってきた。アルラナのファイアストームは業火となって健勇たちへ襲いかかる。
「くっ……健勇、彩羽を止めるんじゃ!」
「あ、ああっ!」
 アルラナや神官戦士たちが襲いかかる隙に飛び出した彩羽へと、天津 麻羅が指示を飛ばした。緋雨はシャムスを守ろうと彼女の傍にいる。緋雨……そしてアインたちを守るのは、自分の役目だと、そう麻羅は心に刻んでいた。
「命!」
「ふあぁ〜い」
 麻羅に呼ばれた火軻具土 命(ひのかぐつちの・みこと)はのんびりとした声を発しながらも、強力なカタクリズムを発した。あたり一面に広がったうねりのような念力が、地面の砂を波のように弾き飛ばす。
「姫神、今じゃ!」
「ええ、いきますよ」
 更にそこに、櫛名田 姫神(くしなだ・ひめ)の真空波が叩き込まれる。波のように形を作っていた砂は、真空波の衝撃で敵兵に向かって拡散した。
「ぬ、ぬああああぁぁ!」
 砂だとてあなどるなかれ。真空波と念力が混ざり合ったその威力は、視界を奪うだけではなく相手を飲み込んでしまう勢いだった。しかも、その隙に乗じて麻羅は自らグリフォンに乗って空中へと飛ぶ。
「こざかしいマネをするでないわ!」
 遠くから弓兵が矢を放とうとしていたが、グリフォンの翼のはばたきが生み出した竜巻は、それを許さなかった。かろうじて射抜かれた矢も、姫神たちの砂と風に阻まれて進路を失ってしまう。
 今はとにかく、シャムスたちへの攻撃を守ること。それこそが麻羅の果たす役目であった。気がかりであるとするならば、緋雨の説得をシャムスが受け入れなかったということか。いや……受け入れなかったのは当然といえば当然かもしれない。
(恐らくはきっと、正しいのじゃろうな)
 シャムスが容易に“戦わない”という選択肢を選ぶのは無理というものだ。心はそれを願っていても、現実が許さない。麻羅は、心のどこかでこうなることが分かっていたのだろう。
 しかし……きっと緋雨は諦めない。
「頑固者じゃしのぉ……」
 人知れず麻羅は呟いていた。
 その諦められない道へ向けた、道標の一端となれば……。そう思いながら、彼女はグリフォンを駆った。

 彩羽に追いついた健勇たちは、彼女の道を阻んだ。ルシェイメアやセレスティアが指示するスライムやゴーレムたちが、彩羽のダークネスウィップが織り成す多彩な攻撃を受け止める。
 彩羽は軽く舌打ちを鳴らし、ウィップの攻撃の隙間を縫ってその間を跳躍とともに駆け抜けようとした。しかし、健勇のセフィロトボウから矢が放たれ、それを防ぐ。
「どうして……どうしてモートたちの手助けなんかするんだよっ!」
 健勇の悲痛な声が彩羽に届いた。地に降り立った彩羽が、彼を見据える。彼女は何かを考え込むように黙っていたが、やがて口を開いた。
「決まっているでしょう? カナンに戦わされる者……まだ子供な私たち自身を解放するためよ」
「そんな……そんな、自分は子供だから大人に戦わされるのが嫌だなんて、甘えたことを言うな!」
 健勇は叫んだ。
「俺達ジャタの獣人は、生まれた時から戦ってんだ。校長とか国とか、そんなことは関係ねえ! 自分が正しいと思ったことをやればいいんだ! みんな笑顔で大団円が一番いいに決まってるんだ! そのためなら俺は、誰にも命令されなくたって、父ちゃんや母ちゃんや、この姉ちゃんたちを守る!」
 父や母――アインと朱里が、健勇の脳裏に浮かんでいた。彩羽は白き仮面の奥でそれを見つめる。哀しそうに……彼女は聞いた。
「そう……それが、あなたの生き方?」
「そうだ! くだらねー屁理屈こね回して、結局モートのクソッタレの手先になるよか、よっぽどマシな生き方だ!」
 健勇の目が睨むように彩羽を見ていた。彩羽はウィップを握りなおして、健勇と向き合った。
「良い生き方ね。きっと、あなたのように生きられたら、幸せになれるんじゃないかって思う」
「だったら……」
「でもね。私たちは脆いわ」
 俯くようになっていた彩羽の顔が持ち上がる。
「私たちは脆くて、だからこそ誰かの言葉や、誰かの助けに後押しされて生きている。それがきっと自分を壊してしまうかもしれなくても、それがきっと誰かを傷つけることになっても」
 健勇はあまりにも昏く、鬼気迫るようなその声に、なにも言葉を返せなくなっていた。
「そして、いつか気づくこともあるかもしれない。これが……自分のやってきたことの真実だって、目の前に恐怖が迫るときが来るかもしれない。でもそのときには……きっともう遅いのよ」
 もしかしたら、彼女は何かを知ってしまったのかも。健勇はぼんやりとそんなことを思ってしまって、その思いに囚われていた隙に、気づけば彩羽は彼を飛び越していた。
「しまっ……!」
 振り返った彼に、彩羽は告げた。
「あなたの言うとおり、自分が正しいと思うことをするならば……私にとって正しいのは、確かにこの道なのよ」
 そのまま、彩羽が去っていくその背中を見て、なぜか……健勇はすぐに動き出すことができなかった。それでもなんとか自分の足を突き動かすことが出来たものの、彩羽の言葉は彼の中でずっと反響し続けていた。

 彩羽だけではない。
 シャムスたちのほうまで向かおうとしていたのは、胸に十字架を抱く自称神父の少女だった。そんな少女の前に現れたのは、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)である。クドの姿を視認した少女は足を止め、彼と向き合った。胸の十字架が静かに音を立てて揺れた。
「調子はいかがですか? 来栖さん」
「……そうですね、良いと思いますよ。しかし、障害は出てしまいましたが」
「あちゃ〜……その障害ってのはやっぱり?」
 クドはお茶らけた仕草で自分を指さした。頷く来栖と笑いあうその姿は、戦場で対立するこの場でなければ、誰も二人が敵だとは思わなかったろう。
「シスタさんを纏ってるとは、珍しいですね」
「はは……いちおう、これで決着つけなきゃな〜とか思ってですね。そしたら、身体を貸してくれました」
 クドが纏う魔鎧は、パートナーのシスタ・バルドロウ(しすた・ばるどろう)だった。普段は魔鎧らしからぬ粗暴な態度で、自分の魔鎧姿も嫌いなようだが……今回は特別、ということだった。
“今回ぐらい、使わせてやる。ありがたく思えよ、『マスター』”
 そんなことを言っていたシスタのことが思い出されて、クドはくすくすと笑った。
「どうしたんですか?」
「いやいや、シスタが俺にあんなこと言うの珍しいなーとか思ってですね。まあ、期待には答えないといけないですよね」
「そうかもしれませんね……ルルーゼさんもいらっしゃるようですし」
「お久しぶりです、来栖さん」
 クドの傍らで来栖を見つめるルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)は、恭しく頭をさげた。彼女は友人を前にしていまだに信じられぬ目をしていた。クドから事情は聞き及んでいたものの、実際に来栖を前にしては頭が理解を及ぼさないのだろう。
 だがそれも……まるで彼女に理解を与えるように構えられた来栖の弓矢が、確かに彼女が敵であるということを教えてくれた。
「いきますか、クドさん、ルルーゼさん」
「ええ、来栖さん……お兄さんはさ、今回だって手加減しませんよ。お前さんが壁として立ちはだかってもその壁を踏み越えて――ハッピーエンド、目指しますからね」
 瞬間。矢が射抜かれる音と、クドの銃が火を噴く音が交錯した。