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【カナン再生記】黒と白の心(第3回/全3回)

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第1章 切り開く翼 2

「ふっ……!」
 アムドは大剣を振るった。
 巨大な鉄刃が風を切り、敵兵を横なぎになぎ払った。刃の勢いで宙に打ちあがった砂粒が落下するよりも早く、更にアムドの大剣が咆哮する。
 それは、ヤンジュスの武器庫に隠されていた大剣に他ならなかった。強固な鉄鎖の封印を施されていた大剣は、およそ並みの兵士が操るには重過ぎる代物だ。アムドがそれを軽々と振るえるのは、一重に彼の強靭な肉体と技術が物を言っていることは確かであった。
 大剣はまるで久方ぶりの戦場を喜ぶかのように唸りをあげる。喜々とした声となって敵を打ち払い、更なる興奮を求めて叫ぶのだ。
 黒騎士を模したような鎧に身を包む騎士団の仲間、そして新たな相棒となった大剣とともにアムドは大群の敵兵と戦う。アムドと騎士団の苛烈かつ卓越した技量は神官兵士が束となってもそうそう敵うものではなかった。
 それでも、数は確かに劣勢を生み出す。アムドたちの勢いに躍起になった敵兵が横合いから騎士の一人に飛び掛ってきた。気づいたときにはすでに遅く、反応が間に合わなないが、騎士は何とか剣を振るおうとした――そのときに。
「ハアアアアァァ!」
 裂帛の声が轟いた。
 瞬間。
 天空から打ち落とされた刀が敵兵を迎え撃ち、切り倒した。
「菜織さん……!」
 レビテートの空中浮遊でアムドの前に飛び込んできたのは綺雲 菜織(あやくも・なおり)だった。彼女はアムドに振り返ろうとしたが、それよりも先に続けざまに飛び込んできた敵を迎撃した。身を引いて打ち下ろされた剣を避け、相手が体勢を整えるよりも早く切りかかる。
 そして雷撃を纏った刃“業雷閃”が、更に飛び掛ろうとしていた敵兵をなぎ払った。そうして完膚なきまで敵を叩きのめした菜織は、じり……と迫って敵に向かって獅子の一声をあげた。
「覚悟のある者から前に出よ!」
 黒曜石の澄んだ瞳が鬼のような烈気を生み、敵兵たちは思わずたじろいだ。その隙に、改めて彼女はアムドに声をかける。牽制の表情は敵兵を見据えたままだ。
「君の役割を取ってしまったよ」
 くすりと笑った菜織の声に、騎士もまたほほ笑んで応えた。
 数は確かに敵が圧倒的かもしれない。しかし、それを前にしても、菜織たちには最善を尽くして戦う“覚悟”があった。
 そんな菜織の覚悟を前にして、彼女の背後に回ったアムドが言った。
「やるな、菜織。お前がいれば、俺たちも心強い」
「……褒めるのが上手いな。その言葉には、もちろん全力で応えるつもりだ」
 声を交わす間も、二人は襲い掛かってきた敵兵を既に5人ほど打ち払っていた。
「しかし……やれるでしょうか?」
 そう言った騎士の一人は、額に冷や汗を流していた。無数の敵を前にして、どこか不安にでも駆られたのだろう。無理もない話だった。
「なに……やれるだけはやるんだよ」
 菜織が言った。不敵に笑った彼女の視線は、騎士団たちから少し外れていた。
「それに……仲間だっている」
 菜織が見つめた先では、共に戦う仲間たちがいた。

 宙を飛んだのは、一瞬天使か何かが降り立ったかと見紛うような少女であった。いや、あるいは――それは戦の天使であったのかもしれない。
 少女の周りを漂う光の粒子は翼のような形を描いて彼女に浮遊を可能とさせていた。そうして透き通った光の翼を持った少女は、両手に持った二つの剣で敵陣へと飛び込んできたのである。
「あの小さな花の為に……カナンの大地よ、力を貸して!」
 少女――アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が言い放った。
 すると、大地は、かすかに生き残った土中の中の植物の命は彼女に応えてくれた。うねるような根の生命力は一つ一つはわずかな力であるが、集まって一塊のものとなるとアリアの中に活力を与えた。
 すると、全てが見えてくるようになる。植物が根を張るように鋭くなった感覚で、彼女は二つの剣を手足のように振るった。
 彼女の剣が上空を飛び交うハルピュイアの翼を撃墜してゆく。敵の攻撃は素早く、すぐにアリアを包囲するが、アリアはすぐに身を引き戻して体勢を整えると、呪文の詠唱を始めた。
「想いの光よ、この剣に輝きを! たあああぁぁ!」
 言霊に応えて集まった光は刃となり、敵を次々と切り倒していった。更に、アリアはそれだけにとどまることなく地上へも刃を振るう。機をうかがっていたグールたちに刃が打ち落とされた。
 そんな上空のアリアを緩い目で見上げながら、天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)はぼんやりと呟いた。
「女の子だってのにすごいな……こりゃあ、俺も負けてられねぇかね」
「そうですよ。菜織さんたちだって頑張ってるんですから、男を見せてください」
 咎めるように言うグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)に、ヒロユキはのんびりと伸びをした。しかし、すぐに背後からグールが襲い掛かってこようとする。そいつは、いかにもけだるそうにしていた彼を格好の獲物だと思ったのだろう。
 だが――次の瞬間にグールは槍をもって貫かれていた。前方を見つめたままのヒロユキの手が、逆手で槍を持っている。
「ん……ちょっくらやるか」
 きまぐれな男は、グールから槍を抜くと生臭い血を払って敵陣へと突っ込んでいった。
 そんな彼に呆れたようなため息をつくグロリアもまた、すでに戦闘準備を整えていた。身に着けたパワード装備一式のバックパックから、構えたレーザー銃にエネルギーが充填される。
 引き金を引くとレーザーが一気に射出されて、空で戦っていたルカたちの背後――旋回して牙を剥いていたハルピュイアを撃ち落とした。
「グロリアさん……!」
「援護射撃は任せてください」
 驚くルカたちにそう言って、グロリアは銃を連射した。
「レイラ、続けられますか?」
「ククク……もちろん」
「……テオドラッ!?」
 グロリアに答えたのは、横にいたはずのレイラ・リンジー(れいら・りんじー)ではなかった。……いや、違う。確かにそこにいたのはレイラであったが、いつの間にか彼女は漆黒の闇の如き黒髪になり、爛々と輝く銀燭の瞳を宿していたのである。首に見え隠れする刺青状の痣は、レイラが奈落人テオドラ・メルヴィル(ておどら・めるう゛ぃる)に憑依されていることを如実に証明していた。
 グロリアのもう一人のパートナー、アンジェリカ・スターク(あんじぇりか・すたーく)も、驚愕を隠し切れない。
「どうして、あなたがレイラに……」
「愚問ですな。ワタシとて分別はあるのですよ。さすがにこの場でグロリアに憑依するのは、いささかはばかられるでしょう?」
「…………」
 グロリアはテオドラを不信の目で見つめていた。
 なにせ破壊と血肉を好む冷徹非道の女だ。信用があるかと言われれば怪しい上に、なまじ誰かの肉体を借りる存在だ。その挙動には不信感が付きまとう。
 普段は温和で優しげなアンジェリカも、わずかに嫌悪を垣間見せてテオドラから目を離さなかった。
 テオドラはそれを理解しているのだろう。まるで状況を楽しむかのように笑った。
「ククク……そう怖い顔をするものではない」
「あなたが出てくるのでしたら、どうしてもそうなりますよ」
「悲しいですな。でも……なに、今日はただの見学に過ぎない。安心してくれるといい」
 レイラの顔で、テオドラは不敵に笑った。
「戦いの場に参加できぬことは残念だが……まあ良い。また次に会うときは、そのときはグロリア――次はあなたの裡にいることを望むよ」
 次のとき、それまで漆黒だったレイラの髪が、もとの銀髪へと変化した。瞳の色もあの冷たい銀燭のものではなく、潤んだような紅玉へと戻っていた。
「あれ……グロ……リア」
 レイラは薄ぼんやりとした声を漏らした。
“次はあなたの裡にいることを望むよ”
 グロリアの心で、テオドラの声がレイラの唇に合わせて聞こえてきた。まるで未来を予兆するかのようなそれにぞくりとした冷たいものを感じる。
 どこも体調的に異常がないかアンジェリカに調べられていたレイラが、自分のことよりも彼女を心配した目を向けてきた。
 今は、気にしている場合じゃない。そうグロリアは思って、彼女にほほ笑みかけた。そして、銃を再び構える。
「……レイラ、いける?」
「…………」
 無言で頷いたレイラは、すぐに状況を察して刀を構えた。まだレイラの様子を心配そうに見ていたアンジェリカであったが、彼女もグロリアの言葉で他の味方兵士たちの介護へと回る。
 たとえ自分がテオドラに心を奪われようとも、体を憑依されようとも……彼女たちを傷つけることにならないことを……それだけをグロリアは心に刻んで、レイラとともに味方の援護射撃を続けた。