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五月のバカはただのバカ

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第6章


「ふにゃやあああっ? どっぺるべんばーだ!!」
 それを言うならドッペルゲンガーです嘉神 春(かこう・はる)さん。
「ふえええぇぇぇっ!? な、何ですかっ!?」  
 その春のフェイクはどうも大人しい性格らしく、開口一番に叫び声を上げた本物の春に驚いた。
「あらー、何コレ可愛い子がまた増えちゃって困るわぁー」
 と、全く困った様子を見せずに、神和住 瞬(かみわずみ・またたき)は二人の春をぎゅっと抱き締めた。
「えーと? どうも噂によると似顔絵ペーパーとかいうマジックアイテムで作られたフェイクらしいな……てことは、春とは別人ってわけですね?」
 神宮司 浚(じんぐうじ・ざら)は一応、フェイク春に確認してみた。
「は、はい……別人……だと思います」
 律儀に頷くフェイクの返答に満足する浚。
 浚は春のことが好きだが、顔がいくら似ていようとも別人であり、それは浚の好きな春でないことは明白だった。
 とすれば、特に興味もない。
 気になるといえば、ドザクサに紛れた瞬が本物の春とフェイク春を一緒くたに抱きしめて、モゾモゾとセクハラしていることくらいか。

「やーん、くすぐったいー」
 と、本物の春は笑いながら瞬の手を逃れようとする。
「あんっ、そんなところ触っちゃダメですよっ」
 対してフェイク春は過度なスキンシップは苦手らしく、こちらもその手を逃れようとする。

 なんとか瞬の手から脱出した二人、改めて顔を合わせると本当に良く似ていた。
「なんか双子になったみたいー、楽しいなー」
 笑顔を見せる春に対して、フェイク春も笑う。
「えへへ……ボクも楽しいです……」
 どうやら、性格が大人しい意外はオリジナルの春に近い性格をしているらしく、二人の春はすぐに仲良くなった。

 そんな春を眺めながら、瞬はふとした思いつきを春の耳元でささやいた。

「――どうしました?」
 ふと浚が気付くと、フェイク春が自分の足元に来ていた。そのまま服の裾を引っ張って、可愛い笑顔を見せた。
「ねぇねぇ、ざっくん大好きぃー、ボクをお嫁さんにしてー?」
 突然の愛の告白に、戸惑う浚。
「え、ええええ? ど、どうしたんですか? あれ、敬語じゃないってことは本物?」
 だが、もう一人の春に目をやると少し離れたところから拗ねたような顔を見せている。
「――ひどいよざっくん。そっちは偽者なのに……本物よりも偽者のボクの方がいいんだ……」
「え、え? ちょっと待ってよ、どっちが本物?」

 そう、瞬が二人の春に提案したのは、『口調を統一して浚を混乱させて遊ぼう』だった!!
 大人しいだけで根本的な性格は本人と同じのフェイク春もこれに同意し、早速浚で遊び始めたのだった。

「てめぇこれクソ羊!! 何してくれてやがんだ……!!」
 怒りを露わにする浚に対し、瞬は余裕の表情を浮かべた。
「おお怖い怖い、あんまり怖いからうちの子たちが怯えてるよ?」
「え……?」
 すると、二人の春はめそめそと泣き真似をして、浚をからかった。
「えーんえーん、ざっくん怖いよぅ怖いよぅ」
「怖いよぅ怖いよぅ」

 どちらが本物か分からないままで、しかし春の泣き顔には弱い浚。
「あ、あ、ゴメン春。別に俺怒ってないから、ほら……あ、そうか。フェイクは軽いんだった!」

 フェイクの体重は10kg程度という話を思い出して、持ち上げて確認しようとする浚。
 だが。
「へっへーん、つまかんないよー、ざっくんのえっちー♪」
「えっちえっちー♪」
 元々身が軽い春と、普通紙フェイク春はその浚の手を逃れてぴょこぴょこと逃げ出した。


「ああ、待ってよ春、ねえってばー!!」
 こうして、春の気が済むまで延々と遊ばれる浚だった。


                              ☆


 その頃の緋ノ神 紅凛(ひのかみ・こうりん)
「ん……ぅん」
 昼だというのに、自室のベッドで寝ていた紅凛は、ようやく目を覚ました。
 特にパジャマは着ていない。タンクトップに下着のみというある意味ではセクシーな格好で寝ていた紅凛だが、それも掛け布団を蹴っ飛ばしてガニ股で腹出して寝ている時点でアウトであろう。

 そして、目を覚ました紅凛の隣で、その様子を見つめていたのが全裸の奏 シキ(かなで・しき)だ。

「おはようございます紅凛、良く眠れましたか?」

「――ほへ?」
 寝起きの紅凛は、まだ何が起こったか理解していない。
 誤解のないように述べておくと、シキと紅凛の間柄はまだそういう色気のある関係ではない。
 可愛ければ男の子でも女の子でもオールOKな紅凛だが、本命の相手には全くの奥手なため、その方向には一切進展しないのだ。

 つまるところ、このシキはカメリアの似顔絵フェイクであり、本物ではないわけだが、ついさっきまで寝ていた紅凛にそんなことは知る由もない。
「昨日の夜は――ステキでしたよ、紅凛……」
 とても色っぽく紅凛を見つめるフェイク・シキだが、当然紅凛には見に覚えがない。


 結論、これは夢。


「ふんっ!!」
 夢なら覚めよと言わんばかりに自分の顔面を強打した紅凛は、その痛みにもんどりうった。
「どうしたんですか紅凛――まだ寝ぼけているんですね、ふふ……紅凛は本当に可愛いです」


「誰だお前は!! だーれーだーーーーーーっっっ!!!」


 ようやく状況を理解し、ご近所に響き渡るような絶叫を上げた紅凛。


 その頃、本物の奏 シキはスーパーのタイムセールスで奥様方と格闘中だった。


「誰って、紅凛のパートナー、シキですよ。昨晩はあんなに燃えたじゃないですか……さあ、おはようのキスをして下さい……」
 と、紅凛に迫るフェイク・シキ。
 そこに部屋のドアを蹴破って入ってきたのが、レイスデット・スタンフォルド(れいすでっと・すたんふぉるど)だった。
「紅凛、今の声はなんだーーーっ!? って――邪魔したな」
 だが、部屋に入ってきたレイスデットはベッドの二人を見た瞬間に踵を返し、どこかに走り去ってしまう。
 フェイク・シキのキスから逃れるため、ベッドの上でじたばたと暴れる紅凛は叫んだ。
「お、おい助けてよ!! 何しに来たのよあんた!!」
 だがレイスデットはすぐにパートナーの機晶姫、イヴ・クリスタルハート(いぶ・くりすたるはーと)を連れて戻ってきた。
「うひゃひゃひゃ、見ろよイヴおもしれーぞ!! つか見るだけじゃ足りないな、録画だ録画!!」
 そう、レイスデットはわざわざ一度引き返し、紅凛の痴態を録画するためだけに連れて来たのだ。
「きゃー、お姉様だいたーん!! きゃー、きゃー!!」
 と、きゃあきゃあ言いながらもしっかり録画するイヴだった。

「あんたらっ! 録画してないで助けなさいよぉっ!!」
 いよいよ唇が触れんばかりに接近したフェイク・シキだったが、紅凛はそこで反射的に手が出てしまい、フェイク・シキを殴り飛ばしてしまった。

「へぷしっ!!」
 空気が漏れるような音を出して壁に激突するフェイク・シキだが、その衝撃で一枚の似顔絵に戻る。

「あ――消えた……なんだったの……というか、あんた達―――っ!!」
 とりあえず目の前の脅威が消えた紅凛にしてみれば、次のターゲットは二人のパートナーである。
「やべ、逃げろ!!」
「了解ッ!!」
 紅凛の殺気を感じてレイスデットとイヴは逃げ出した。
 それを下着姿のままで真っ赤になって追い回す紅凛。
「こら、待ちなさい!!!」


「ふー、やれやれようやく買い物が終りました……って騒がしいですね、何があったっててて紅凛!?」
 と、そこに当然のように帰って来る本物のシキ。


 時間が、止まった。


「……」
 紅凛は、ドアを開けて入ってきたシキが本物であることを瞬時に理解し、その次に自分が下着姿であること理解して、

「あーーーーーーーーーっっっ!!!」

「紅凛、紅凛!? どうしたんですか!?」
 結果として、部屋に逃亡。


 恥ずかしさのあまり、次の日の朝まで出てこられなかったという。


                              ☆