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リアクション
洲崎による騒ぎは校庭で活動する人々にも広がっていた。
中心上空に洲崎は浮かび、己が力で多くの男を操作しているのだ。操られた男子生徒は皆手近に居る女性に飛びかかる。けれども迎撃や反撃を受けて撃沈する風景に納まるのがほとんどであった。
そんな中、全く反撃の音を鳴らさない場所がある。和服に身を包んだ秋葉 つかさ(あきば・つかさ)の周辺だ。
「はぁぁ……み、見ないでくださいませ……そ、そんなに見られると……たまりませんっ」
彼女は頬に手を当てしなを作り、無抵抗で男子生徒に今正に捲られている最中なのだが、
「ぐはっ……!」
捲った男が鼻から鮮血を吹いて崩れ落ちて行く。その者一人だけではない。
同じように粘り気ある血を零して倒れている者もいれば、赤で溢れる鼻骨を抑え膝をついている者もいる。
彼女の周囲には鼻血まみれの少年達が二桁単位で溢れていた。
そんな彼らを、着物の崩れを戻した秋葉は見下ろし、
「あら、ここの方々にはまだ早すぎでしたのね。折角気合を入れてノーパンで来たというのに、見た傍から観客が潰れては興ざめですのに」
呟き、築かれた男の屍の間を闊歩していく。一歩を踏むごとに揺れる着物の裾からちらりと現れる部分に、
「ごぶっ!?」
膝立ちで何とか堪えていた男達が終ぞ血に伏した。顔面から地面に突入し、赤い水たまりを作っていく。
屍山血河の景色となったその場。しかし、それを作りだしたのは一人だけではない。
「秋葉さーん。こっちー、こっちに視線くださーい」
「あら、そちら様も終わってしまったんですの?」
デジカメを構えた佐倉 留美(さくら・るみ)の周囲もまた、鼻血まみれとなっていた。
「下着を付けてない位でこうなるなんて、ここの男連中はどれだけ免疫が無いんだろうね」
「全くですわ。肌を露出している訳でもありませんのに」
やれやれ、と首を振る二人の後ろ。そこには、焦燥した顔の男がいた。
倒れ伏すものが続出する中、鼻を血栓で塞がれ口呼吸を荒くした男は、
「ぐ、この程度でえ――!」
叫び、佐倉のスカートに手を掛けた。素早くは無い。だが、佐倉は背面からの動きに避けられず、
「きゃ!」
驚きを見せるだけに留まった。ただ、それだけでも、
「ぐおっ、こいつも穿いてない……だと!?」
男は鼻血を再噴出させ、倒れていった。捲られたスカートを元に戻した彼女は、
「ホント、免疫ないよね」
と、口にして秋葉との会話に戻っていく。
屍を量産するそんな少女らを、遠目から見る影があった。
「ううむ、はいてない、で御座るか」
校庭の木陰に隠れる禿頭の少年、椿 薫(つばき・かおる)だ。
彼は首から先だけを木陰から出し、秋葉と佐倉の下半身を凝視しており、
「やはり、自ら捲るよりも捲られたモノを眺めるのが高尚というもので御座ろう。直視しない分鼻血も出ないで御座るし、直接的なダメージも負う危険性も無いで御座るし、つまりは役得!」
一人、木の裏でガッツポーズを決めて椿は優越顔になり、
「さてさて、では脳内のフォルダに記録せねば」
目を細くして少女らに視線を送っていると、彼の後ろに、一つの姿が現れた。
「――あらあら、いけませんわね。こんな姑息な真似をして」
笑い声と共に語りかけてきたメイド服姿のセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)を薫は目視することなく、跳びのきの勢いで木陰から脱出した。
「逃がしませんわよ? 汚物は消毒しておかねばなりませんので」
わき目もふらず逃げる彼を彼女はデッキブラシを片手に追っていく。
背後から高速で来るセシルに薫は歯噛みをし、
「くうっ!? 覗きがばれるとは」
のぞきがばれたらもう覗きでは無いので御座る、と悔しさを口にしながら、逃走を図る。
彼の前方には秋葉と佐倉の両名がいる。彼女らの注目は既に薫へ向きかけている。
「彼女らにも見つかる……? それはのぞきをしていたものとして駄目で御座る!」
一瞬で判断を下した彼は、走る向きを反転。セシルと相対する。
「観念なさいましたの!?」
眉をひそめて問うセシルに、薫は不敵な笑いをまさか、という台詞と共に返し、
「のぞきがばれてはお終いで御座る。が、それは拙者がのぞきで無くなればいいだけのことで御座るよ!」
言ってセシルに突っ込んだ。正確に言うと、セシルのスカート目掛けて、だ。
互いが走っているからこそ、距離は直ぐにつまり、
「貰った!」
薫の手がセシルの着るメイド服に届く。
スカートに付いたフリルに触れる。だが、
「あらあら、おいたが過ぎますわよ……?」
掴もうとする寸前、デッキブラシの柄が彼の後頭部に落ちた。それも、垂直に。
ご、と鈍い打撃音と呻きを上げて彼は地面に身を叩きつけられた。
解剖された後の蛙のように痙攣する薫の現状を、気絶であると瞬時に確認したセシルは、
「次は貴方様の番ですわよ!」
校庭中心に降りて来た洲崎にブラシを向けて言い放つ。
「ほほう、いい度胸じゃな嬢ちゃん。だがのう、わしの力……否、昭和の伝染力を甘く見て貰っては困るぞ?」
セシルが? を頭上に浮かべた時だった。
「だめなの!スカートをめくっちゃだめなのー!」
「きゃあっ?」
「こ、これはまた、激しいですわ……!」
彼女らの後方には、必死なようで全く必死ではない声で秋葉や佐倉のスカートを捲るミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)がいた。
「うわっ!? 穿いてない……じゃなくて、これミーナのせいじゃないの。あの地祇さんが勝手にやっている事なのー」
満面の笑みで弁解する彼女に、その場で意識がある全員が生温かい視線を向けた。更には、
「いや、わし、まだ何もやってないんじゃが」
ミーナは無視した。
彼女は集まる視線に堪えた様子も無くは左右に穿いていないコンビを置いて、
「着物を捲ったの初めてだけど、凄いねこれ。背徳感バリバリだよー。あ、シャッターチャンスだよ今」
「――うふふ、ここまで豪快にされたのは久しぶりですわ」
「いやいや、わたくしもスカートを捲られながら写真を取るのは始めでのことで、何だか緊張しますわね」
それ程遠くない後方で為される会話に、セシルは苦笑いを浮かべていたが、
「あれれ?」
目の前に意識を戻すと、洲崎が消えているのに気付いた。だが、その居場所は直ぐ近くで、
「見つけたわよ元凶!」
「逃げないで欲しいであります。打撃が当たらないでありますよ」
刹那・アシュノッド(せつな・あしゅのっど)とアレット・レオミュール(あれっと・れおみゅーる)が、武器を携えて洲崎を追いまわしていた。
「こらあー、降りてきなさい!」
「降りろと言われて降りるのは素直な子供か正義の味方だけじゃよーっと」
「こ、このっ! 空中に逃げるなんて卑怯よ」
刹那とアレットに対し数メートルの高空からほくそ笑む洲崎は、
「さて、ここも旗色が悪くなってきたようじゃし、別の場所に行くのが吉かのう?」
「こっち見ながら言うんじゃないわよ! 何? 嫌みのつもり」
「お、落ち着くであります。感情に身を任せては思う壺であります」
荒れる刹那をアレットがなんとか宥めようとするが、
「ふははは、鬼さんこちらーっと」
「待ちなさい、こらああ!」
「これは、駄目でありますね……」
洲崎の挑発による鬼ごっこは、刹那が彼を見失う五分後まで続いた。