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ポージィおばさんの苺をどうぞ

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ポージィおばさんの苺をどうぞ
ポージィおばさんの苺をどうぞ ポージィおばさんの苺をどうぞ

リアクション

 
 
 
 苺風味の時間
 
 
 
 良い天気だからドライブに付き合って欲しい。
 そうローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に誘われたセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)に否の返事は無い。
 ローザマリアの運転するクラシカルなスーパーカーの助手席に収まり、セオボルトが連れて行かれたのは一面に広がる苺畑だった。
「ここで苺狩りが出来るらしいの。やってみない?」
「苺狩りですか。せっかくなので楽しみましょう」
 広い畑で苺狩り。といってもローザマリアは食べるよりも、テイクアウトの苺を摘むのが主だ。次々にテンポ良く、良く熟れた苺を摘み取ってゆく。
 籠に何杯も苺を摘み終えると、ローザマリアはセオボルトに尋ねた。
「場所を変えない? 折角のデートだもの――2人きりの時間が、欲しいかな、なんて」
 苺畑も良い場所だけれど、蒼空学園に張り紙をした効果あってか、苺狩りの参加者は多い。
「ええ。こんなドライブ日和ですから、他の場所に出かけるのも良いですな」
 たくさん摘んだ苺はすべて持ち帰り。
 車の座席の後ろにどっさりと積み込むと、ローザマリアは見晴らしの良い高台を目指して車を走らせた。
 さわやかな初夏の風吹く高台につくと、ローザマリアとセオボルトは車のボンネットの上に腰をおろし、摘み取ってきたばかりの苺を食べる。
「収穫したての苺はやはりそのまま食べるのが美味しいですね」
 赤く色づいた苺をそのまま口に運べば、ジューシーな甘みとほのかな酸味がいっぱいに広がる。新鮮な苺は何もつけなくても十分に甘くて美味しい。芋ケンピの優しい甘みも美味しいけれど、たまにはこんな瑞々しい甘みも良いものだ。
「そうね。この季節ならではの味だわ」
 もう1つ苺を食べると、ローザマリアは隣に座っているセオボルトを振り仰いだ。
「セオ、今日はデート兼新車のお披露目会兼苺狩りに付き合ってくれてありがとね」
「いえいえ、誘ってくれて嬉しいですよ。最近あまり2人で出かけていませんでしたから。今度またどこかに行きましょう」
 答えるセオボルトをしばし眺めた後……ローザマリアは視線を伏せるようにして次の苺を取り上げた。
 その苺は今までのようにぱくりと食べてしまわずに、そっと半分ほど口にくわえる。そしてもう片方の側をセオボルトにすっと突き出した。
 苺を使ったポッキーゲーム……とはいえ、いくら大粒だといっても苺の長さはしれているから、ゲームに乗った時点で結果は決まってしまう。
 恥ずかしさに耐えているローザマリアに微笑みかけると、セオボルトは甘い苺とその先にあるもっと甘い口唇を味わった。
 苺の甘酸っぱい果汁に包まれたキス。
 口唇を離すと、ローザマリアは頬を赤らめ、はにかんだ微笑を浮かべた。
「――こういう、甘い口付けも善いものね。とても印象に残るし、何より……最高の想い出になるもの」
 苺の季節になるたびに、きっと今日のキスを思い出す。
 ひそやかに、甘やかに。
 苺の味する最高の想い出として――。
 
 
 
「え? 苺狩り?」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の声が漏れ聞こえてきて、ネオフィニティア・ファルカタ(ねおふぃにてぃあ・ふぁるかた)はぴくりと反応した。いつもの植木鉢から出てそっと覗いてみると、弥十郎は携帯電話を耳に当てて喋っている。
「そうだね。去年は運悪く学校からの呼び出しがあったから……」
 ネオフィニアが聞いているとも知らず、弥十郎は話し続ける。
「ん? 今度の日曜日? うん、空いてるけど。――うん、いいね。今年は一緒に美味しい苺を食べよう」
 苺、苺、美味しい苺。
 ネオフィニティアはごくりと唾を飲みこんだ。
 
 そして苺狩り当日。
 苺狩りに誘ってくれるかな、と期待していた弥十郎はやけに機嫌良さそうに1人で出かけて行ってしまった。
「お土産に苺買ってくるからね」
 恋人の水神 樹(みなかみ・いつき)との苺狩りデートなのだから、ネオフィニティアを連れていけないのは当然のことなのだけれど……やっぱりお土産苺よりも、実際に畑にある苺を食べてみたい。
 弥十郎に見つからないように、ネオフィニティアはポージィおばさんの苺畑までこっそりとついて行った。
 苺畑まで行くと、ネオフィニティアは大好きな苺を両手でリスがどんぐりを持つようにしっかりと支えて、夢中でかぶりついた。
 
「今年は一緒に来られて良かったね」
「ええ。去年食べたこの畑の苺があんまり美味しかったので、今年こそは一緒に食べたいと思っていたんです」
 願いが叶って良かった、と嬉しそうに笑う樹を見るにつけ、去年来られなかった分も取り返さなければと弥十郎は思う。
「確かに美味しそうだね」
 瑞々しい苺は赤くふっくらと。
 その見た目の愛らしさと、含んでいるに違いない甘さ。それはまるでキスを待つ少女の口唇。
「弥十郎さん?」
 苺に目を据えたまま黙り込んだ弥十郎を樹が不思議そうに見上げてくる。
「いや、何でもないよ」
 視線がつい樹の口元にいってしまうのを全力で押しとどめながら、弥十郎は苺を頬張った。
「美味しい苺は何もつけずにそのままいただくのが良いですよね」
 弥十郎の心の波立ちには気づかず、樹はまた1つ、苺を食べた。
 甘くてわずかに酸っぱくて。
 瑞々しくてころんとした形をしていて。
 緑のヘタをちょこんとつけた赤い赤い苺はとても可愛いと樹は思う。けれど。
(それ以上に可愛いのは……)
 さっきから苺を眺めては百面相している恋人に目をやって、樹はこっそり微笑んだ。
 良く晴れた空からは穏やかな日の光が降り注ぐ。
 苺が去年よりも美味しく感じるのはきっと、弥十郎と一緒だからなのだろう。
「いつも楽しい時間をありがとうございます。今日もこうして一緒の時間を味わえて嬉しいです」
 樹は思っていることを素直に伝えると、目を引いた特に美味しそうな苺の粒を摘み取り、弥十郎に差し出した。
 弥十郎はそれを受け取ろうと、ひょいと畝を飛び越えて樹の隣に行こうとした。けれどその時、どこからか走ってきたネオフィニティアが弥十郎の足を下ろそうとした所にしゃがみこみ、すぐ近くにある大粒の苺へと手を伸ばす。
「あわわっ……」
 跳んだ後のバランスの悪い所に足下を掬われて、弥十郎の身体が大きく宙を泳いだ。
 掴まるものを探した弥十郎の手は、支えようと踏み出した樹の身体にかかる。けれどそれで止まるには、弥十郎の身体は傾き過ぎていた。
(……どうしたら……)
 傾いた頭の位置はちょうど樹の胸の位置。倒れまいとするならば、樹の胸に顔を埋めてしっかりと抱きしめることになってしまう。それでは心臓に悪い。
 かといってそうしなければ、苺畑に樹を押し倒してしまうことになる。それもまたキケンな図になりそうだ。
 須臾の間に弥十郎は考えを巡らせ……そして……樹も苺も傷つけない方を選択した。
 凛とした雰囲気があり、よく身体も鍛えている樹だけれど、こうしてしっかりと抱きしめればやはりそれはやさしい女性の身体。
「や、弥十郎、さんっ……?」
 真っ赤になって慌てている樹が可愛くて、弥十郎はもう少しだけ抱きしめる腕に力をこめたのだった。
 
 
 
 東カナンの砂漠しか知らないラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)に、多くの世界を知って欲しい。
 そんな社会見学のような目的で、師王 アスカ(しおう・あすか)はラルムの為にとパートナーたちと共に苺狩りにやってきた。
「これがいちご……?」
 アスカが苺狩りの申し込みをする間はびくびくと、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)の髪にぎゅっと掴まって顔を伏せていたラルムだったけれど、苺畑を前にすると興味を示した。
「そうよぉ。緑の葉に赤い実、ラルムと同じ色合いで可愛いわよね〜」
 アスカはラルムの緑の髪に咲く赤いリースフラワーに軽く触れた。
「おいしそう……? お花さんとおしゃべりしながら食べてもいい……?」
「いいけど、苺にいじめられても泣かないでねぇ」
 食べるな、ときつく言われてしまうかも知れないからとアスカは先手を打ってラルムに注意しておく。
「……いぢめる?」
 ラルムはちょっとひるんだが、ルーツの頭から下りて苺の花に話しかけた。
 最初はおっかなびっくりだったラルムだったけれど、やがてはうち解けた様子で苺としゃべり出した。
「どんな話をしているんだ?」
「あのね、ポージィおばさんのこととか……」
 ルーツが尋ねると、ラルムは苺と話していた内容を教えてくれる。
「よくお世話してくれて、きもちいいって……」
「これだけの畑を世話するのは大変だろうにな」
 ラルムが機嫌良くしてくれていると、ルーツにも面倒がなくて良い。適当に相づちを打ちながらルーツは苺を口に運んだ。
「うん、甘いな」
「こっちはもっと甘いって言ってる……あ、こっちの子も、あっちも……」
 ラルムに熟した苺を教えてもらいながら、ルーツは次々に苺を食べていった。
 そんな様子をアスカは少し離れたところに座って眺め、スケッチブックを取り出した。
 アスカがいつも持ち歩いているそのスケッチブックには、パラミタ各地で出会った人々や景色が描かれている。
 その新たなページを開くと、アスカはバハァリヤと名付けられた水彩色鉛筆セットのトランク型木箱を開いた。
 そこから色を選び出し、さらさらとスケッチブックに色鉛筆を走らせる。
 緑も赤も様々な色合いがあるけれど、つい柔らかな色に手が伸びるのはこの風景の温かさの所為だろうか。
「ほら」
 スケッチに夢中で苺狩りを忘れているアスカの為に、蒼灯 鴉(そうひ・からす)が摘んできた苺を渡してくれる。
「ありがと〜」
 アスカは礼を言って食べてみたけれど、適当に摘んできたらしい苺は甘かったり酸っぱかったりのばらばらな味だ。
「酸っぱいな」
 自分でも食べて顔をしかめつつ、鴉はアスカの描くスケッチを眺めた。
 こういった所に来てもアスカは相変わらずだ。どうしてここまで来て絵なのだろう。
「何でそこまで絵に人生を捧げられるんだろうな……」
 心の内にあった疑問をふと鴉が漏らすと、アスカは絵を描く手は止めずに答えた。
「私が絵に人生を捧げるのは……自分の為よ」
「あの校長の為ではなく、か?」
「もちろん、ジェイダス様がきっかけなのは正解だけどねぇ」
 それはただきっかけであるというだけ、とアスカは言葉を続けた。
「きっと私の絵が有名になれるのは……私が死んだ後だわ〜。数多くの後世まで知れ渡る画家や芸術家にも同じことが言えるわよねぇ。今や天文学的な金額がつけられる絵を描いた画家には、生きているうちは貧乏してた人が少なくないもの。私はね、生きている内に沢山の絵や作品を残して、自分が存在していたという証を残したいの〜。そして、最後の時まで、皆が笑顔になる作品を描き続けたい。それが今の私のすべてかしらねぇ」
 絵にも寿命はあるけれど、それは人の生よりもずっと長い。
 人の生命が失われた後も絵や作品は残り、多くの人の心を揺さぶり続ける。
「言いたいことは分かるが……」
 鴉はアスカの言葉に一応は納得したが、楽しめる時は楽しんでおかなければ疲れてしまうような気もする。絵に夢中になっている時には休憩しろと言ってもなかなかうんと頷いてはくれないアスカだから、時々は止めて休憩させるのも自分たちパートナーの役目なのだろう。
「鴉たちも、私はこんな変人だから覚悟しといてねぇ」
 笑いながらもアスカの目はスケッチブックと苺畑を行ったり来たりしていて、なかなか鴉の所にはやって来ない。
「覚悟はしてる……が」
「え……?」
 スケッチブックに落ちる鴉の影に、アスカは顔をあげた。
「恋人としての時間も貰わないとな」
 すっと落とした鴉の口唇が、アスカのそれに軽く触れる。
 甘いのは苺?
 それとも触れ合ったところから伝わる想い?
 酸っぱいのは苺?
 それとも恋人としての初めてのキスに戸惑う心?
 甘酸っぱい苺の香りに包まれて、アスカはそっと目を閉じた……。

「アスカ、おいしいいちごあげる……」
 両手いっぱいに摘んだ苺を持って行こうとするラルムの姿を目で追ったルーツは、その先にいるアスカと鴉の姿に気づいて慌ててラルムの目をふさぐ。
「どうして目を隠すの……? ……いぢめる?」
「いや違う。その苺は土産にして、我々は先にスイーツフェスタに行こう。……あれを邪魔するのは無粋だ」
 あの中に入るほどの勇気と空気の読めなさは自分には無い、とばかりにルーツはラルムを抱えてそそくさと苺畑から立ち去って行ったのだった。