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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~前篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~前篇~

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第一章 囮

 ――そして、数日後。
 静麻の調達した中型飛空艇『翔洋丸』は、物資を満載して、二子島へと向かっていた。
「船長。2時の方角から、接近する飛行物体多数。本船へと向かっています」
「早速、お出迎えか。仕事熱心なことだな」
 船長と呼ばれた男は、見事に蓄えたヒゲを揺らして笑った。
「お客人に、教えて差し上げろ。さぞかし、無聊を託っておられるだろうからな」
「了解です」
 妙にビシッとした敬礼をして、航海士は艦橋を出て行った。
「機関全速。少しでも、二子島に近づいておけ!」
「了解!」
「また、艦橋からあの島を眺めることになるとはな……」
 男は、遠い昔を懐かしむような目で、彼方に見える二子島を見つめた。

『親分、見えました!やっぱり輸送船です。積荷をたんまり積んでますぜ!』
「よし、お前たちは気付かれねぇように、後ろに回り込め。いつも通り、上手くやれよ!」
『了解でさぁ!!』
 先遣隊に指示を出すと、男は、飛空艇のフードを上げた。吹きつける風に目を細めながら座席に立ち上がり、双眼鏡を覗き込む。
 輸送船が、小さく見えた。その周りの雲海に、時々キラキラと輝くモノが見え隠れする。先遣隊が、雲を巧みに利用しながら、獲物の背後に回り込んでいるところだ。
 その様子に満足気に頷くと、男は一際大きな声で叫ぶ。
「よし、行くぞテメェら!しっかり稼いでこいよ!」
「「「「オォーー!!」」」」
 背後に控える数十の船から、一斉に鬨の声が上がった。

「やっと来たか!待たせやがって!!」
 三船 敬一(みふね・けいいち)は甲板に積まれた積荷の影から、こちらに向けてぐんぐんと迫ってくる空賊の飛空艇を見やった。その数、ざっと20程度だろうか。
甲板やコンテナに、弾丸が跳ねる。気の早い空賊が、弾を適当にバラ蒔いているようだ。
敬一は、コンテナを利用して安定と遮蔽を同時に取りながら、先頭の1機に向かい、引き金を引いた。
たちまち、飛空艇の翼から白煙が上がった。しかし距離が遠いため、致命傷にはならない。
 お返しとばかりに、敬一に殺到する弾丸。
 そして巧みにそれを交わし、反撃を加える敬一。
 また1機、戦線から離脱していった。

 激しい銃撃戦をよそ目に、次々と輸送船に取り付く飛空艇。下ろされたロープから、空賊たちがするすると降りてくる。しかし降下中は、飛空艇が一番無防備な瞬間でもある。
 コンテナの影でそのスキを狙っていた白河 淋(しらかわ・りん)エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、攻撃を開始した。

「えぇい!」
 気合と共に、全身に溜め込んだ力を解き放つ淋。
 空間に飛び散った力は一瞬で稲妻と化し、飛空艇へと惹き寄せられていく。
「バリバリバリッ!!」
 耳をつんざく轟音と閃光。
《クラップサンダー》の直撃を喰らい、黒焦げになった飛空艇が一つまた一つと、甲板に墜落していく。
 それを確認すると、淋は、
「すみません、後は頼みます!」
 と言い残し、《レビテート》で浮き上がる。そして【ロケットブースター】で一気に加速すると、敬一と撃ち合いを続ける敵めがけて飛び込んでいった。



「おぅ。任されて!」
 飛び立っていく淋を、眩しそうに目を細めて見送るエヴァルト。
 その周りを、甲板に降り立った空賊たちが取り囲む。無事降下できた者、墜落した飛空艇から這い出した者、合わせて10人ばかり。全員が、敵意のこもった目でエヴァルトを見つめている。
 戦意が高まっていくを感じながら、エヴァルトは、ゆっくりと構えを取った。
「友の為、仲間の為!この命、捨てはしないが全賭けだ!」
 言うが早いか、一気に仕掛ける。
 【先の先】と【神速】による予想外の速さに、完全に虚を突かれた空賊たちは何も出来ずに倒されていく。
 ようやく我に返った何人かが斬りかかって来るが、その時にはもう半数近くが足元に横たわっている。
「遅いぜ!」
 常に相手の先を読み、その裏をかくようにしながら、絶対に側面や背後を取らせないように立ち回る。
 エヴァルトの身体が一つ円を書くたびに、1人の空賊が甲板に沈む。
「……おいおい、もう終わりか?」
 戦いは、呆気無いくらいあっさりと終わった。



「クソッ!どいつもこいつも不甲斐ねぇ!たったアレっぱっちの人数に、いいようにヤラレやがって!!」
 劣勢な戦況に、怒鳴り散らす空賊の頭目。
 怒りに任せてケータイを手に取ると、後ろに回りこんだ先遣隊に連絡を取った。
「オイ、オマエ等!何をグズグズしてる!」
『ダ、ダメだ親分!敵の待ち伏せにあって……ウワァ!』
 爆音を最後に、通信は切れた。
「な、ナニが起こってやがるんだ……」
 今までと明らかに違う成り行きに、頭目はただ動揺するのみだった。



 【空飛ぶ箒】にまたがり、《光学迷彩》で身を隠しながら、じっと空賊を待っていた日下部 社(くさかべ・やしろ)は、雲間に光るモノを見つめた。そのまま見つめ続ける社。やがて、それが何機もの飛空艇だと分かると、懐から愛用の【懐中時計】『リヒト・ヒンメル』を取り出し、時間を確かめた。バッチリだ。
 社は首から下げた銀色の笛を吹く。長く甲高い音が、辺りに流れた。

 しばらくすると、彼方から黒い塊が社の方へと迫ってきた。近づくにつれ、それが巨鳥の群れだと分かる。
 二子島や周辺の島に生息している、巨鳥たちだ。
 魔獣使いとしての腕を振るい、社が手懐けた鳥たちである。
「ヨシヨ〜シ!今日もイイ子にしたってやぁ〜!言うコト聞いてくれたら、またええモンやるさかいになぁ〜」
 社は、その鳥の群れに向かってブンブン手を振ると、空賊たちの方へと箒を向けた。巨鳥の群れも、その後を追う。
「さぁ、《野生の蹂躙》の始まりや!!」
 社は、一直線に突っ込んでいく。目指すは敵のど真ん中だ。
 その社に、盲目的に付いて行く巨鳥たち。行く手にいる飛空艇のコトなど、まるで意に介した様子はない。
 空賊たちが物凄い勢いで接近してくる鳥の群れに気づいた時には、もう手遅れだった。
 鳥たちに隊列を乱され、攻撃のチャンスを失したばかりか、巨鳥にぶつかり墜落する者、避けようとして他の機体を巻き込む者まで出る始末だ。
「よっしゃ!!」
 空賊の狼狽ぶりに喝采を叫ぶ社。
 社は、機首を翻してもう一度空賊の間を通り抜けると、“もう役目は果たした”とばかりに、そのまま戦線を離脱した。

 程近いところにある小島に降り立った社は、パンパンに膨らんだ風呂敷包みを解くと、中に詰め込まれた【お菓子】を取り出した。
「みんな〜。よぉ〜やってくれたなぁ〜!ほなコレ、いつもの“お礼”や!」
巨鳥たちに向かって、盛大にばらまく。
 先を争うようにしてお菓子をついばむ鳥たち。
「しっかしこのお菓子、まさか鳥にまで大人気とはな〜。まさに“購買部恐るべし”っちゅうトコロやな!」
 社は、満面の笑みでお菓子をほうばった。



【フレアライダー】の上に仁王立ちになった緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は敵が固まっている空域に、精神を集中した。
陽子の周囲から急速に光が失われ、彼女の姿が闇に包まれていく。闇の中に怪しく光る朱い双眸だけが、彼女がそこにいることを物語る。
そして彼女が深く濃い闇に沈んでいけばいくほど、空賊たちのいる空に、黒く塗りつぶしたような闇が広がっていくのだ。
《絶対闇黒領域》と《紅の魔眼》で強化された《エンドレス・ナイトメア》が、空賊たちの心と身体を蝕んでいく。
 苦痛に耐え切れず、バタバタと倒れていく空賊たち。
 しかし中には、強靭な精神の力でその闇を跳ね除け、陽子目がけて攻撃を仕掛けてくる者もいる。
 だが、闇の中に立ち尽くす陽子は、自分に浴びせられる銃弾を避けようともしない。《痛みを知らぬ我が躯》で、痛覚が完全に麻痺しているためだ。

「陽子!」
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は、銃を乱射しながら陽子目がけて突っ込んでくる空賊に狙いを定めると、【プロミネンストリック】で、宙を駆けるように飛んだ。
 急降下しながら陽子に一撃を加えた空賊は、今度は機首を引き上げて、上昇しながら陽子に再度攻撃を加えようとする
その動きを《行動予測》した透乃は、飛空艇に倍する機動性を活かして一気に距離を詰めると、思い切って飛空艇の上に飛び乗った。
「よくもやってくれたな!おまえ、生きて帰れると思うなよ!」
透乃は陰惨な笑みを浮かべると、渾身の力を込めて飛空艇に突きを見舞った。
《チャージブレイク》で威力を増した拳は、一撃で飛空艇の機関部を破壊した。
「う、うわわわぁ!」
 あまりのことに、半狂乱になって銃を乱射する空賊。
 しかし、《不壊の堅気》と《龍鱗化》で身を鎧う透乃は、まるで銃弾をまるで意に介した様子はない。
 左腕を、大きく振りかぶる透乃。
体重を乗せた拳の一撃を喰らった空賊は、遥か彼方へと吹き飛ばされた。



 樹月 刀真(きづき・とうま)は、敵目がけてミサイルを発射すると、その航跡を追うようにして、【小型飛空艇ヴォルケーノ】を走らせた。
 敵は、必死に回避行動を取ってミサイルを交わす。
 敵の注意がこちらから完全に逸れたところに、一気に飛空艇を突っ込ませる。
 刀真は、《光条兵器》『黒の剣』を抜いた。
 迫る殺気にようやく気づいた敵は、機体を急降下させて何とか逃げようとするが、それも刀真は《行動予測》済みだ。
 《先の先》で相手の頭を押さえるように機体を滑らせ、彼我の距離をほぼゼロにまで詰める。
「終わりだ……死ね」
 空賊の首は、驚愕に目を見開いたまま宙を舞った。



【ブラックコート】で完全に気配を消した漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、別働隊の隊長らしい男を見つけると、【機晶スナイパーライフル】を構えた。
スコープを覗き込むが、男はこちらに全く気づいた様子がない。
月夜は、男の側頭部を《スナイプ》した。
《機晶技術》で整備、調整をしたライフルの弾は正確に男の頭を貫き、吹き飛ばす。
 
本部から、空賊撃滅のための囮作戦への参加を指示されてから、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、空賊の手口を徹底的に研究していた。
 《ユビキタス》と《資料検索》を駆使して集めた情報を、《記憶術》で完璧に頭に叩き込んだ。そしてその情報を元に《防衛計画》を練り上げた。
それが、“こちらの退路を塞ごうとする敵の別働隊を、待ち伏せて叩く”という作戦だった。
 翔洋丸からの連絡によれば、あちらの戦況も圧倒的有利に推移しており、多数の捕虜を獲得出来たということだった。
 全ては、月夜の思惑通りに進んでいた。