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長雨の町を救え!

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長雨の町を救え!

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「確かに、ここから聞こえたのか?」
 ペガサスに跨がっていたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)は、犬の耳をぴんと立てた清泉 北都(いずみ・ほくと)に、確認するように問いかけた。
「間違いない……この中には、まだ人が居るよ」
 超感覚で捉えた声だ、間違いない……。だが、信じたくはなかった。
「すでに水没している! いつ水圧で窓が割れるか分からないぞ!」
 建物の窓よりも高い位置に水位が上がっている。このままではいずれ、水が入り込むか、そうでなくても窒息は免れない。せめて中から補強すべきだが、それを伝える方法があるだろうか?
「どういたしますか?」
 レッサーワイバーンの背に乗ったクナイ・アヤシ(くない・あやし)が問う。
「天井に穴を開けるか? いや、しかし……」
 ペガサスと共に雨を浴びながら、ヴァルが独りごちる。水が背中を伝って、異様に冷たい感触がした。
「とにかく、状況を周りに伝えるべきであろう。良い考えを持っているものがいるかもしれん」
 箒に跨がって、ヴァルに並んだ神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)が言う。
「……ああ。こういうときこそ、冷静にならなければ」
 ヴァルが答え、腰に差した銃型ハンドヘルドコンピューターを取り出す。
「こちらヴァル・ゴライオンだ。ポイントCの14。要救助者が居る建物が水没している。まだ浸水してはいないようだが、時間の問題だ……」
 数秒の間。ザッ、と小さな音を立てて、ハンドヘルドコンピューターに返事が届いた。
『こちら鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)。ポイントに向かいます。しかし、その周囲には排水溝があって、そこまでの水は溜まらないはずですが……』
「きっと、土砂か何かで詰まってしまったんだ。だからこんな風に……」
 北都が水面を見つめる。濁っている上に雨が激しく打ち、どこに排水溝があるのかは分からなかった。
「どうすれば彼らを助けられる!?」
 ヴァルがいきり立って問う。
『方法がないことはないです』
 真一郎の返事。それを聞いたヴァルが、顔色を変えた。
「正気か? ここは町なんだぞ!」
『人命には変えられません!』
 真一郎が一括するように言う。今は、迷っている時間が惜しかった。
「わかった。……どうすれば良い?」
『水の流れを見極めてください。どこから来て、どこに流れているのかを』
「この区画は2本の流れが合流するようになってるんだ。なのに、水の出口は1つしか無い。だから、建物より高くなるくらい水が溜まってしまっている……」
 北都が周囲を見回し、言う。確かにその通り、他の場所のように道を通って水が流れていくのでは間に合わず、建物から溢れているのだ。
「どの点を崩せば水の流れを作れると思う?」
 ヴァルが問う。それを聞いて、北都の顔にも驚愕が広がった。
「まさか、建物を壊して水を抜くつもり!?」
「まずは人だ! 町があっても、そこに住む人がいなくてどうする!」
 断腸の思いで、ヴァルが叫ぶ。その決断の早さに、ゼミナーは内心舌を巻いていた。
「他に方法はないんですか? なんとか……」
 クナイが問う。しかし、北都が首を振った。
「あるかもしれない。だけど、それを考えてる時間で、誰かを助けられるなら……そうすべきだと思う」
 今度は、北都が決断する晩だった。水に濡れた耳を立て、周囲をじっと見つめる。流れ込んだ水が、どこに逃げるか。可能な限り、被害を少なくすることができる場所を。
「……あの建物を。そうすれば、向かいの通りに繋がる道ができるはずです」
 北都が、苦渋の表情を浮かべながら、言う。
『分かりました、俺がやります。離れていてください』
 と、真一郎。4人は顔を見合わせ、上空へと逃れた。
 しばしして、どん、と水にくぐもった爆発音が響いた。北都が示した建物が、生活の証と共に崩れ、流されていく……。
 区画に溜まっていた水が、目に見えてその建物のあった場所から別の通りに流れ込んでいく。区画の水位が目に見えて下がっていく。やがて、建物の窓が覗いた。
「必ず、助けるぞ」
 我知らず、ヴァルは呟いていた。北都はそれに何も言わず、頷いた。


 避難所。長雨の町から逃れ、あるいは連れられた人たちが居る場所だ。
「それって、どういうこと?」
 ルカルカ・ルーは現場へ急行し、町長や長老から話を聞いているのだ。
「つまり、もともとこの町は、全域が居住のために使われていたんですよ、今みたいに女王器が設置される前までは。当時の地図や住民台帳も残っていますから、間違いありません」
「それじゃあ、女王器の周りに町が作られたわけじゃなくて、町があるところに女王器が置かれるようになったんですか?」
 横から顔を覗かせたルネ・トワイライト(るね・とわいらいと)が首をかしげながら問う。
「ええ。古王国の時代に、何かの目的があって、この町に雨を降らせ続けるために設置されたものだと聞いています。ゴーレムも同じ頃に置かれたんで、今の町部分しか使えなくなってしまいましたが」
 町長が答える。いぶかしげに、ベネトナーシュ・マイティバイン(べねとなーしゅ・まいてぃばいん)が腕を組んだ。
「いったい、何のために?」
「さあ……。そこまでは、私にはさっぱり。珍しいから人が来てくれるんで、今までは困ってなかったんですが」
「もしかして、女王器が暴走をはじめたのは、その原因に関係があったり……?」
 と、ルカルカ。しかし町長は首をひねるばかりだ。
「そこまでは、分かりませんってば。でも、まあ、無関係ではないんじゃないでしょうか」
「……そう。なるほど」
 ルカルカは思案した。そして、今聞いた内容を、テレパシーで彼方のパートナーへと伝えた。

 そのパートナー、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、百合園女学院の書庫にこもっていた。
「ということは、女王器が設置された理由が分かれば、破壊せずに済むしかない方法が分かるかも知れない、ということか……」
 考えながら、信じられない速度で書をめくっている。普通なら、閲覧することはできないようなものも、その中には含まれている……古王国時代の出来事を示したものだ。
「確かに、おかしな話だ。あの町には、別に水がなけりゃ困るようなことはない」
 同じく資料を繰る和泉 猛が呟く。
「すぐ近くにはサルヴィン川があるし、水を大量に必要とする産業があるってわけじゃない。あえて言うなら観光だが、観光や避暑のために女王器を作ったわけじゃないだろう」
「サルヴィン川……か」
 ふと、ダリルの手が止まった。
「あの町に降った雨は、どこに行くんだ? サルヴィン川か? ヴァイシャリー湖か? もしかして、あの雨は水を作り続けるためにあるんじゃないのか?」
 ダリルの頭脳が回り続ける。猛がうなる。
「あの町の地下に、何かあるかも知れないってことか……?」
「確かめよう。あの町の下に何があるのかを」
 ふたりが新たな資料を求めて書庫を駆け回る。そして、数十分の後、ダリルはルカルカへ念話を返した。
「ルカ、いいか。皆に伝えてくれ。……女王器を破壊するんだ。そうしなければならない」