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長雨の町を救え!

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長雨の町を救え!

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第4章

 遺跡深部。この状況を作り出している女王器、『招雨の宝珠』は地下部分にあり、そこは丸ごと水に沈んでいる。
「……まずいです」
 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は、内心歯がみしながら呟いた。
「……どうしたの? ようやく、遺跡の中に入ることができたのに」
 その様子を背中からうかがうように見つめていたティアン・メイ(てぃあん・めい)が聞く。玄秀は、悔やむように足下を見つめている。現在も大量の雨が流れ込み、水位はどんどん上がっている。気を抜けば、足下をすくわれて水の中に落ちてしまいそうだ。
「人数が少なすぎます。僕と荒巻 さけさん、それに三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)さん……三人だけじゃ、全域を凍らせることなんてとてもできやしない……」
 氷術で遺跡の水を凍らせて、潜ったりしなくても中心部まで移動できるようにする……それが玄秀の作戦、梅雨氷華の陣である。が、そのためには多くの術者が、同時に協力することが不可欠であった。
 玄秀は爪を噛みたくなるのを押さえながら、ティアンに告げる。
「作戦を変更します。さけさんやのぞみさんに連絡を」
「……う、うん。大丈夫?」
 心配げに問いかけるティアンだが、玄秀は視線で指示に従うように求めるだけだ。渋々、という様子で、ティアンは頷いた。

「はっきり言って、この水量全てを塞ぐことは不可能です。そこで、我々は予定を変更し……遺跡の水を直接砕くのではなく、一部の進入路だけに搾って、段階的に掘り進んでいくことにします」
「あちゃあ、だいぶ規模が小さくなっちゃったね」
「まあ……規模を考えれば、仕方ないとも言えるな」
 のぞみの言葉に、ミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)が言う。玄秀はそう言われても仕方ない、というように額を押さえる。
「まずは、入り口周辺を土嚢代わりに凍らせます。その入り口からこれ以上雨が流入しないようにしてから、内部の水を凍らせ、その氷の中を掘り進んでいく」
「術者はひとりずつ、潜っていってね。それで、余裕がなくなったらボクのところまで戻って来て」
 と、皆川 陽が付け加える。
「オーケー、それじゃあ、さっさとはじめましょ」
 ぽんと手を打って、のぞみが言う。

 しかし、数分後……
『ダメですの、雨の勢いが強すぎて、防ぎきれませんの!』
 入り口を補強し続けるさけからの連絡。これ以上補強すれば、その氷のサイズ自体が重りとなって、自壊してしまいそうだ。
『内部の水圧が強すぎる……。あたしが凍らせられる氷の厚さじゃ、水圧に耐えながら掘り進むなんてできないよ!』
 と、のぞみ。中を掘り進むテディからも、
『さっきも、掘っている時に氷に穴が空いて……。慌てて氷のほうを補強したけど、次も氷が砕けずに耐えられるかわからないよ』
 陽はティーセットで精神力の回復に努めている玄秀の顔を盗み見た。苦渋の表情だ。
「引き返しましょう」
「……え?」
 意外な言葉に、皆の視線が集まる。玄秀はゆっくり首を振った。
「作戦は失敗だ。これ以上続けるのは、危険さを増すだけです……現場から帰還、ひとまずこの茶会場で合流しましょう」
「シュウ……」
 心配するような視線を向けるティアンに、玄秀は言葉も私撰も返さず、首を振った。
『わたくしは、ゲンちゃんは立派だと思いますの。失敗を失敗と認められるなら、次はきっともっといい結果が出せると思いますわ』
 と、さけ。玄秀は気に入らないあだ名に文句をつける気分にもなれなかった。陽はさけの言葉に同調して頷いた。
「テディは泳げないから、たぶん水が決壊してたら、タダではすまなかったと思う。だから、その判断は正しいよ」
『うわあっ、言うなって!』
 弱点を暴露されたテディの慌てた声。
『まっ、あたしたちは失敗したけど……他の人たちがうまくやってくれることを祈りましょ』
 のぞみが言う。
「ええ。……とにかく、他の方々に連絡します」
 と、玄秀は答えた。


 同様に、別の進入路。
 スウェル・アルトはたたずむように水量を増す入り口に手をかざし、水を……その中に広がる暗闇を照らしていた。
「……中で、誰も、迷いません……ように」
 出口を示すための目印である。とはいえ、複雑な迷路の体を為している深部に、どれだけの効果があるかは分からないが……。
 それでも、スウェルは誰かのために、照らし続けた。雨と水で、底冷えするような寒さが生まれ、体力が奪われていく。
 それでも、照らし続けた。
 そのとき……、ぼこ、と水面に泡が立った。かと思った直後には、ぬっと人の姿が、光に照らされた水面に現れる。
「……く、はっ!」
 現れたのは、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)。水中での呼吸のためにつけていたマスクをはぎ取り、直接肺の中に入り込んでくる空気にあえいでいる。
「……平気?」
 苦しげな様子に、スウェルが問いかける。
「いや、それが……私たちが中を探ってたら、誰かが氷で道をふさいでてね。砕いてやったら、一気に水が流れ込んで……もう、私が守ってなかったら、水圧で壁に押しつけられて潰されてたかもね」
 答えたのは、彼が着ている魔鎧……リリスティア・ハイゼルノーツ(りりすてぃあ・はいぜるのーつ)である。
「それって、他の人たちが、作戦のために作った、氷……?」
 スウェルがいぶかしげに首をかしげる。遺跡の一部を凍らせる作戦を玄秀らが行っている、という話は聞いていた。
「そうでしたか、なるほど……。そんなことが」
 と、呼吸を整えたウィング。他の者の動きに注意を払っていなかったのである。
「……消耗、してるみたい。あぶない……よ」
 ともすれば、再び水の中に飛び込みそうなウィングを心配するようにスウェルが言う。ウィングは、誰よりも早く遺跡の中に侵入するため、独りでゴーレムと戦い、そのまま潜っていたのだ。
「しかし……」
「私も、その方がいいかな。ウィングは、まだ大丈夫かもしれないけど、こっちは、ちょっと……辛い、かも」
 リリスティアが訴えた。ウィングはわずかの間、考えてから、
「……分かりました。一度、引き上げましょう」
 そして、静かにスウェルに向けて感謝の言葉を継げてから、遺跡の入り口を引き返していった。
 スウェルはほっと胸をなで下ろしてから、再び入り口を照らしはじめた……。


「水中遺跡、かあ。ロマンチックだけど、こうこう寒くっちゃ、いまいち雰囲気が出ないわね」
 ダイビング道具の調子を確かめながら、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が言う。
「物見遊山のつもり?」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が咎めるように言う。
「物見遊山とでも思わなきゃやってられないでしょ」
「あのねえ、まったく……」
 やれやれと肩をすくめながらも、ふたりは水の中へ飛び込む。ハンドサインで呼吸ができることを確かめ合ってから、奥へ。セレアナが水中照明を向ける方へ、セレンフィリティは先行し、次々に扉を開く。
「昔のことだから、地図が一部しか残ってないなんて……。文化保護を何だと思ってるのかしら」
「絶対、セレンには言われたくないと思うわ」
 水中でも、女同士の軽口は止まらない。セレンフィリティが別の戸に手をかけたとき……
 セレンフィリティが手を引くまでもなく、戸が一気に押し開かれる。向かい側に溜まり、戸一枚の危ういバランス出たもたれていた水圧が一斉に流れ込み、狭い通路を急流と化してふたりの体を押し流す。
「……っ!」
 むちゃくちゃに押し流されながらも、セレアナは声を聞いた。
「……捕まってください」
 ぬ、っと現れた棒を、藁よりはマシだろうとすがる思いで掴む。さらに奥に押し流されそうになるセレンフィリティの手首を反対の手で掴んだ。
 しばしの間、水が通路の中を荒れ狂う。が、やがて水圧が落ち着きはじめると、セレアナは自分が掴んだものを確かめる余裕が戻った。それは、どうやら槍の柄であるらしかった。
「けがはないか?」
 同じく、ダイビングの装備を着込んだ閃崎 静麻(せんざき・しずま)が問う。彼は、その傍ら……装甲についたスパイクを遺跡の床に打ち込んで水流に耐えていたクリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)にしがみついていた。セレアナが咄嗟に掴んだ槍は、クリュティに握られている。
「あんまり、ヒロイックって感じじゃないわね」
 その姿に、セレンが言う。
「実用的と言って頂きたいです」
 クリュティの返事。その通りだ、とセレアナは頷いた。
「とにかく、助けてもらっちゃったみたいね。助かったわ、ありがとう」
「この水で遺跡の罠は大部分が機能しなくなっているようですが……しかし、水自体がもっとも危険な罠になっています。気をつけてください」
 レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が言った。
「罠や遺跡に詳しい人が一緒に居てくれると助かるんだけど」
 と、セレンフィリティが肩をすくめる。
「わお、デートに誘われちまったよ」
「遊びじゃないんですよ」
 水中でじと、とレイナが静麻に告げる。
 セレアナはどこかで聞いたことがある会話に苦笑していた。