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夏合宿、ひょっこり

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夏合宿、ひょっこり

リアクション

 
    ★    ★    ★
 
「きゃあああ!!」
「うわああああ!!」
 真っ逆さまに、一同は火口を落ちていく。
「こうなったら、死なば諸共よ。さもん!」
 日堂真宵が落ちながら空中に召喚陣を描いた。
 ボン!
 怪しい煙と共に、あんパンにかじりついている星辰総統 ブエル(せいしんそうとう・ぶえる)が現れた。
「ん? 真宵じゃないか。どうしたんだよ。……って、お、落ちる!?」
 いきなり召喚された星辰総統ブエルが、現状を飲み込めずに軽くパニックになった。
「なんでもいいから、早く助けなさい。命令よ!」
「無理」
 日堂真宵の言葉に、星辰総統ブエルが即答した。
「だって、ワタシ、今あんパンしか持ってないもん」
「キー! この役立たず!」
 日堂真宵が癇癪を起こして、空中でバタバタと暴れた。
「ということで、送還して」
「無理。一緒に死んで」
「NOooooooo!!」
 一度召喚された者は、簡単には帰れない。
「さあ、皆さん、安心してクトゥルフ様の御許へ……」
 じっと腕を組んで目をつむったままいんすますぽに夫が言った。
「落ちるものですかあ」
 空を飛べる手段を持った者たちが、空飛ぶ魔法↑↑、レビテート、光の翼などを駆使して落下をくい止めようとした。だが、さらに、そこへ下から火山の噴火らしい白い煙が噴き上げてくる。
「みんな、大丈夫だよ、ちゃんと減速して……んきゅ
 なんとかなると片手で必死にパンツを押さえた神代明日香がみんなを励まそうとしたとき、ずどどどっと上からだごーん教団事務員たちが降ってきた。頭にキックを食らう形になった者たちが、一時的に気を失った。思わず、神代明日香もパンツから手を放す。
 一気に浮力を失って、一同は真っ逆さまに落下しいった。
「私が盾になる、みんなを私の後ろに!」
 コア・ハーティオンが、全力で防御態勢をとる。その後ろで、源鉄心が気を失った者たちを集めていった。もっとも、この底が溶岩であったなら、誰も助からないだろう。
 一同が白い煙に突入した。熱気だ。だが、不思議と死ぬほど暑くはなかった。
「きゅっ」
 コア・ハーティオンの背中で、イコナ・ユア・クックブックのサラマンダーが小さく鳴いた。
 
    ★    ★    ★
 
「もっとどんどん燃やすのじゃあ。ブリザード! ファイアストーム!」
 魔女のビュリ・ピュリティア(びゅり・ぴゅりてぃあ)が、ボイラーの中にむかって容赦なく呪文を放った。
 氷結の嵐と火炎の嵐が交わって、激しい水蒸気となってボイラー内を駆け巡った。
「まさか、この島がでっかいポンポン蒸気船だったとはな……」
 呆れたように、雪国ベアが言った。
「凄いですねー」
 ソア・ウェンボリスは感心しているようだ。
「あくまでも、燃料節約のためだ。ビュリがいるので、このへんのエネルギーには事欠かんからな」
 教導団の寮監であるジェイス・銀霞が、この人工島の内部に迷い込んできた者たちに説明した。
 大方の者が予想した通り、この島は海京と同様のポンツーン型のメガフロートを利用した人工島だ。巨大な箱をいくつも連結して海に浮かべる方式の人工島であり、安価で簡単な構造と、ブロックそのものが隔壁となる安全性の高さ、内部がすべてフローターであると同時にカーゴでもあるので、高い積載能力を有する。
 この島は、海京の追加ブロックとして当初制作されたものだが、工期の遅れから海京そのものに連結するのではなく、予備施設として離れ小島の形で海京に随伴させる計画となっていた。そのテストもかねて、今回、夏合宿の舞台に選ばれたのである。
 性能テストもかねていたので、ビュリ・ピュリティアの魔法を応用した流動体加速推進装置をフルに使って海京から100キロ以上離れた場所にまで移動してきている。この推進装置は、本来は吸水した海水を電磁加速して噴射して推力を得るものであり、スクリューを有しないために静音であり、高速航行が可能となっている。今回は、補助システムとしての熱膨張による流体加速システムの実験というところだ。
「だというのに、貴様たちはやり方が荒すぎる。まったく」
 むすっとした顔で、ジェイス・銀霞が言った。
 海岸線の船舶、及びガネット用のドックの扉を無理矢理こじ開けて入ってきたのがソア・ウェンボリスと雪国ベアだ。海岸近くの洞窟に偽装した内部への出入り口奧にある扉を壊して入ってきたのがラブ・リトルであり、アリス・テスタインにおいては、ドリルで隔壁をぶち破って潜入してきている。
「まったく。各部の保護装置や隔壁が働いて沈没などはしなかったものの、もっと状況を把握してだな……」
 偶然とは言え、あっけなく中央に侵入されてしまい、ちょっと苦々しくジェイス・銀霞がしゃべっていると、突然ボイラーが爆発した。
 いや、吹っ飛んだのは扉の部分で、その後から火口に落ちた者たちが雪崩を打って吐き出されてきた。
うきょきょ、いたたたた、あう
痛いですぅ〜
 下から噴き上げる蒸気がクッションとなったのか、スキルの駆使による減速と防御が功を奏したのか、一同は全員かすり傷程度で、無事だったようだ。
「こ、これは、生きています。ということは、僕はまだ生きていなさいという神の……」
「貴様が言うかあ!」
 なんだか一人納得するいんすますぽに夫が、全員に袋叩きに遭った。
「まったく、このていたらくはなんだ」
 やれやれという顔で、ジェイス・銀霞が問う。
「確かに、ちょっと無様だが、島の中枢に侵入できたことは間違いない。ここを制圧させてもらい、シャンバラに帰らせてもらう」
 落ち着きを取り戻した源鉄心が、ガイドたちにむかって言った。
「ほう、たいそうな口をきけるようになったものだ。その通りならりっぱだが……」
「はっ、用意は調っております」
 ジェイス・銀霞に合図されて、タシガンの家令であるジェイムス・ターロンが軽く一礼した。次の瞬間、鉄格子の檻が降ってきて、源鉄心たちを閉じ込めた。なんだかお約束通りの罠である。
「こんな鉄格子なんて……っ」
 超人的肉体を駆使して鉄格子をねじ切ろうとした源鉄心だったが、のばした指先が何か鋭い物に触れてあわてて手を引っ込めた。指先にわずかな切り傷が出来ていて血が滲んでいる。
「そこには、すでにナラカの蜘蛛糸が全体に絡みつかせてあります。暴れますと、少し痛いことになりますが……。ほれ、このように」
 ジェイムス・ターロンが、軽く何かを引っぱった。カタンと音がして、切断された一本の鉄格子が床に転がった。
「助けてよね、ワタシは無関係なんだから! このバカに召喚されただけなんだもん」
「あっ、こら、自分だけ助かろうと……」
「あたりまえだよ」
 星辰総統ブエルと日堂真宵が場をわきまえずに取っ組み合いを始めた。
「ええと、あれはほっておいて、さすがに一瞬では無理だと思うが」
 そう答える源鉄心の後ろで、遅ればせながらにコア・ハーティオンと毒島大佐がボイラーの中から出てきた。
「ラブ!? とりあえずいい所に来てくれた」
 まだ状況を正確に把握していないコア・ハーティオンが、ラブ・リトルの姿を認めて言った。
 微妙な戦力配備だ。こう一部の敵味方が混ざってしまっていては、どちらが有利とも言いがたく、どちらも無傷での勝利はありえなさそうでもある。
「うむ、まあ、こんなところだろう。侵入を果たした時点で、一応、一つの正解を出したと認めよう。状況認識は及第だ」
 いや、それでいいのだろうか。いんすますぽに夫に巻き込まれただけの者も何人かいるように思えるのだが……。
 ジェイス・銀霞がパチンと指を鳴らすと、ジェイムス・ターロンがスッと腕を動かした。源鉄心たちを捉えていた鉄格子だけがバラバラになって弾け飛ぶ。
「さあ、お茶にでもしよう」
 ジェイス・銀霞が、一同をうながした。
 
    ★    ★    ★
 
 ジェイムス・ターロンに配られた軽食とコーヒーを手にした一同は、案内に従って警備室へと移動していった。
「他の者たちはどうしている?」
 ずらりとならんだ島内モニタの前にいるキーマ・プレシャスたちに、ジェイス・銀霞が訊ねた。
「船は、少ないな。氷で作って溶かしたのが何人かいるけど、まともに使えそうなのは一、二隻かな」
 神戸紗千姐御が、後ろに半分倒した椅子をゆらゆらとゆらしながら言った。
「みんなよくやってるよ。食料の方は、お肉でバーベキューやっているぐらいだからね」
 水着にウインドブレーカーを引っ掛けたままのキーマ・プレシャスが言う。
「ちょっと待て、どこにそんな肉があった?」
「石化して持ち込んだ物を、解除して手に入れたみたいだねえ」
 おかしいと訊ねるジェイス・銀霞に、キーマ・プレシャスが答えた。
「誰だ、持ち物検査をしたのは……」
「は、はい……」
 ジェイス・銀霞に言われて、大谷文美がおずおずと答えた。
「どうして気づかなかったんだ」
「ええっと、変わった形の漬け物石だなあと……。ごめんなさい、ごめんなさい」
 引きつり笑いを微かに浮かべてから、大谷文美がブンブンと頭を下げて謝った。勢いがよすぎて、豊かなたっゆんまでブンブンとゆれる。
「まあ仕方ない。今回は、細かいところで学生たちの方が上手だったからな。よろしい、研修はここまで。一同、ついてこい、運んでもらいたい物がある」
 そう言うと、ジェイス・銀霞が学生たちをうながして歩き出した。