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リアクション
ひとしきり歌い終えたクリストファーとクリスティー、そして郁と貴瀬がステージを降りるのと入れ違いにステージへ上がったのは、遠野 歌菜(とおの・かな)と月崎 羽純(つきざき・はすみ)の二人だった。
備え付けのマイクを手に取る歌菜。羽純の演奏によるイントロが始まり、明るいポップスが空間を包み込み始める。
「ふぅん……これは綺麗だね」
そんなステージから少し離れたところに、これまた湖面のジェイダス人形提供者の一人である黒崎 天音(くろさき・あまね)がいた。水着の上にパーカーを羽織った彼は、誘い合わせた鳥丘 ヨル(とりおか・よる)から少し離れた所で興味深げに葦を眺めていた。
ぼんやりと淡い光を放ち、水の流れに静かに揺れる葦。そっと伸ばした指先で表面をなぞると、小さな水泡が輝きを帯びて緩やかに水面へと昇っていく。
薄らと口元に笑みを湛えてそれを見送った天音は、同じくパーティーの中心からは離れた場所で料理に勤しむブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)へと目を向けた。彼の広げた鉄板の上では、彼の火術によって炙られた串が適度な焦げ目を作り始めている。
水中で為される串焼きに重ねて知的な好奇心を煽られた天音は、暫し葦とブルーズの手元とを交互に眺めていた。
「食べるか? 天音」
差し出された一本を素直に受け取り、口へ運ぶ。地上と同様に焼けたそれに舌鼓を打つ間に、串焼きに気付いたらしい人々によって囲まれ始めるブルーズをこれまた愉快気に眺める天音は、ふと自分へと注がれる視線に気付いて目を向ける。
「君も、もっと近くで眺めてみないかい?」
視線の主、串焼きを受け取ったばかりのヨルへ手招きをして、天音は軽く微笑んで見せる。片手が塞がっている所以か上手く前進できないらしいヨルの空いている手を取り、自分の元へ引き寄せると、ヨルは嬉しそうに笑った。
「ここ、涼しげだしロマンチックだよね〜。こんなところを見付けたヴラドは天晴れだよ!」
感動した様子のヨルの言葉に頷くと、天音は彼女から葦へと目を戻した。見渡すように広く眺めながら、静かに口を開く。
「綺麗だね。地球にも綺麗な場所は沢山あるけれど、こんな不思議で綺麗な光景が見られるだけでも、パラミタに来た甲斐があるよ」
「うん、ボクもそう思う。……あ」
突然天音の懐から飛び出した二匹の金魚に、ヨルは驚いたように目を瞬かせた。葦の間をひらりひらりと優雅に泳ぎ、舞うように絡んでは離れる貴金属の金魚を、二人は暫し目で追う。
葦の光を映して輝く金魚たちは葦の周りで遊び回ったかと思うと、からかうようにブルーズの手元を一周し、パーティーへと消えていった。視界から外れるまでを見届けた二人は、どちらともなく顔を合わせて小さく笑い合う。
「本当に、綺麗な場所だ……」
視線を巡らせ、感慨深げに呟く天音の精悍な面持ちを眺めながら、ヨルもまた彼の言葉に頷いた。
「すごいよ、ここ!」
歓声を上げて跳ねるのは、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)。軽く地を蹴るだけで高く体が浮き上がり、そして緩やかに落下していく感覚にすっかり夢中になって、楽しげにぴょんぴょんと跳ね回っている。
「やれ、レキはお子様じゃのう」
そしてそんな彼女を腕組みしながら見守っているのは、ミア・マハ(みあ・まは)。しかしうずうずと小さく揺れる腕が、彼女もまたこの不思議な空間に興味を惹かれていることを表していた。
「だって、こんな体験滅多に出来ないもん」
持ち込んだペットボトルを傾けながら、レキは機嫌良く言葉を返す。聞こえてくる歌菜の歌声にタイミングを合わせるように跳ねる彼女は、ふと流れ着いたジャガベーを手に取ると、ぱくりと口に入れた。
「美味しい! ミアも食べてみると良いよ」
高く飛び跳ねて二つ目を手にし、レキはミアへと差し出した。「ふむ」と口へ運んだミアもまた、満足げに一つ頷く。
「うむ、これは合格じゃ」
「そう言えば主催者さんのクッキーもあるみたいだよね、頂いてみようよ」
絶えず跳ね続けるレキにやれやれと肩を竦めながらも、ミアもまた彼女に続いて地を蹴った。ふわりと浮かび上がる感覚に、こっそりと笑みを浮かべたりしつつ。
「それ、ボクも一つ頂いて良いかな?」
「ええ、お好きなだけどうぞ」
そうして辿り着いたテーブルでレキが口にした言葉に、ヴラドは嬉しげに頷いた。同席しているエメやシェディが止める間も無く、籠いっぱいのクッキーを差し出す。
「チョコクッキーかな? 頂くよ、……」
一欠片の炭素を手に取ったレキは、半信半疑で呟きながらも、一先ずそれを口へ運ぶ。傍らでは呆れ顔のミアが「無理せずとも良いのに」と小さく呟いていた。
口内に入れた途端に広がる、苦味。とにかく苦味。思わずえずきそうになりながらも、レキはもぐもぐとその塊を咀嚼する。
永遠とも思われるような時間の後に、レキはようやくそれを飲み込んだ。期待を込めて向けられるヴラドの瞳に応えるように笑みを浮かべたまま、「オリジナリティ溢れるお菓子だね」と気遣いの塊のような感想を述べた。
「ただの炭じゃろう」
傍らでぼそりと呟かれたミアの言葉に、レキは慌てて彼女の口を塞ぐ。聞こえていないのか疑問気に首を傾げるヴラドの隣、シェディの手によって差し出されたケーキを受け取ると、二人は再び別のお菓子を探すべくその場を離れた。
「味見はわらわに任せるのじゃ。……うむ、美味い」
「あ、ボクも食べる!」
ぱっとケーキを掠め取ったミアが満足げに頷き、レキも慌ててケーキへ手を伸ばす。
「うん、これも美味しいね。こうなったら全部の食べ物に挑戦するよ!」
握り拳を作るレキの宣言に、ミアは「懲りないのう」と呆れたように溜息を零した。
楽しげな歌声が響き渡る、パーティー会場。
その一角、誰の目も届かない場所で、不穏な出来事が始まろうとしていた。
「変熊潜水艦トリム角30度〜。アクティブ・ソナー開始〜、ぴこーんぴこーん」
一人仰向けで水中に漂う変熊仮面。誰からも相手にしてもらえなかったことですっかり拗ねた彼は今、葦の群生する空間の端に独り浮かんでいた。
「ははは、ちきしょう……湖面が眩しいぜ……」
ゆらゆらと揺れる光を見上げ、寂しげに呟く変熊仮面。
そんな彼を誘うように、不意にぐいっと足首を掴む何かがあった。
「ん? 誰? 足引っ張るの」
変熊の力無い問い掛けに、しかし答える声は無い。目を落とそうとした変熊は、しかし半ばでぴたりと動きを止めた。
「そういえば聞いたことある……海で足引っ張られて、下見たら白装束着たお婆さんが怖い顔して掴んでたってやつ」
もしもこのまま視線を落として、そこに白装束のお婆さんがいたとしたら。そして目が合ってしまったりなんかしたら。
「ぎゃー! 絶対見れない! ってちょっと待って、そっちはまずいまずい」
変熊が独り騒ぐ間も、彼の足はぐいぐいと引っ張られていく。その先は葦の外側だ。
「やばい! でも見たらもっとやばい! そうだ、誰かに代わりに見てもらごぼがぼ」
ばたばたと足をもがかせる変熊の努力も虚しく、脚を引く力は強まるばかり。
そうして言葉を水に呑まれた変熊は、意識の途絶える寸前に、遂に意を決してそれを見たのだった。
自分の足首を掴む、吸盤に覆われた一本の長い脚を。
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