シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

宵闇に煌めく

リアクション公開中!

宵闇に煌めく

リアクション

「壮太殿。吾輩、少し眩しいのだが……」
 ぼんやりと葦の輝きに照らされた洞窟の内部。頭に光精の指輪を括り付けた公太郎の言葉に、再び先頭に立った壮太は不機嫌に「うるせー」と返す。
「ここまで来たってのに、宝の気配なんて全然ねえぞ? マジで財宝なんかあんのかよ」
 トレジャーセンスを発揮しつつ歩く壮太の不満に、『ダークビジョン』で視界を確保しつつ先頭を並び歩く北都は「さぁねぇ」とのんびりした答えを返した。
「えーくん、大丈夫?」
「うん!」
 その後方では、マッピングをしながら歩むヴィナが腕に収まったエーギルへやや過保護に問い掛けている。
「ったく、これで何も無かったらヴラドの野郎を一回シメて……」
 ぶちぶちと一人文句を零す壮太を制するように、北都が片手を伸ばした。
 彼の犬耳はぴこんと跳ね、穏やかに揺れていた尾もまた警戒するように毛を逆立てている。
「……何かいるんですね、北都」
「うん、こっちに来るみたいだねぇ」
 クナイの問い掛けに頷き、北都は緩やかに銃を抜く。一同に緊張が走り、それぞれ武器に手を掛けた。
「えーくん、良いかい。クロスファイアは俺の合図で使うんだよ。あと、前に出過ぎないように」
「わかった! えーくん、すないぱーとしてがんばるよ!」
 ヴィナもエーギルを地面へ下ろし、ティアマトの鱗を手に取った。エーギルも身の丈に比べて大きな銃をヴィナから受け取ると、淀み無くそれを構える。
「……来ますわ」
 セシルの言葉に応えるかのように、広い洞窟の奥から何匹もの大きなタコが姿を現した。
 タコー! などと鳴きながら、タコはそれぞれに剣を構える。
「いやタコじゃねえだろあれ! 鳴いたぞ今! つーか、やっぱり宝なんて嘘じゃねえかよ!」
 文句を喚きながらも銃を構え、壮太は最初の一弾を放つ。
 真っ直ぐに飛んだその一発は先頭のタコの片目を貫き、噴き出す青い血液が武骨な洞窟の岩壁に彩りを添えた。
 それに続くように北都とエーギルの銃が火を噴き、銃弾を追うようにヴィナやセシル、恋がそれぞれの武器を手に駆け出していく。
「くらいなさい!」
 片目を潰され暴れるタコの脚にフックを引っ掛け、その身動きを止めた上で、セシルのスマッシュアンカーが振り下ろされる。脳天にくらった一撃にふらふらと目を回したタコへ、北都とエーギルの銃弾が立て続けに叩きこまれると、タコは水に溶けるようにその形を失った。
 敵の最中でティアマトの鱗を振り回し、ヴィナは二匹のタコを一気に切り刻んでいく。そんな彼へ迫った一本の脚は、壮太の放った銃弾によって弾かれた。その隙をついて、ソーマのファイアストームが
タコたちを蹂躙していく。
 そこへ、密かに側面へ回り込んだタコが弾丸の如く鋭い墨を放った。丁度引き金を引いた直後を狙われた北都は咄嗟の反応がままならず、正に墨が彼を貫くかと思われた瞬間、彼の身体ははたと掻き消える。
「タコ風情が、気安く北都を傷付けるんじゃありませんよ!」
 北都を抱えて飛び上がったクナイは、苛立たしげに言い放ちながらサイドワインダーを放った。二本の矢に挟撃されたタコはそれぞれに脚を貫かれ、苦しげに身悶える。
「北都、怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫だよ」
 丁寧な所作で北都を下ろし、クナイは心配そうに問いかける。北都は無意識にぱたぱたと尾を揺らしながら、気恥ずかしげに目を逸らした。
「前に出ます。……援護をよろしくお願いします」
 タコたちの隊列が乱れた瞬間を狙って、恋が鬼神力を発動する。見る間に身長が伸び、額に立派な角を生やした恋は、二本の刀を手に素早く切り込んでいく。
「ぎゃー! こいつ今雷! 雷撃ちやがった!」
 少し離れたところでは、壮太がぎゃあぎゃあと叫びながら一匹のタコから逃げ回っていた。
 その頭から飛び降りた公太郎は、勇敢にも小さな体でタコへ駆け寄っていく。
「吾輩に任されよ。これを、こうして……」
 疾駆する彼の手には、一粒のみかん。
 公太郎は誰にも気付かれることなくタコの身体へ這い上がると、その目元でぎゅっとみかんを握り潰した。
『!!?』
 突然、タコは声にならない悲鳴を上げて動きを止める。
 喚きながらもその隙を見逃さず、壮太は銃を構えた。
「ヴラドの野郎、覚えてろよー!」
 放った銃弾がタコを貫き、仰け反ったタコを恋が素早く切り刻む。
 しかしその脚からすっぽ抜けた一本の剣が、あろうことか別のタコを狙うエーギルの頭上へと飛んで行ってしまった。
「えーくん!」
 ヴィナが咄嗟に駆け出すものの、間に合うような距離ではない。
 今にもエーギルに剣が突き刺さるかと思われた瞬間。
 剣は唐突に動きを止め、エーギルに届く寸前で地面へと落ちた。
「……? どうしたの?」
 不思議そうに首を傾げたエーギルの無事な姿に、ヴィナはほっと吐息を零す。
 それから、『奈落の鉄鎖』で剣を食い止めたソーマへ目を向けた。
「ありがとう、えーくんを助けてくれて。ほら、えーくんもお礼を言うんだよ」
「たすけてくれたの? ありがとう、ソーマ・アルジェント!」
「……別に助けたわけじゃねぇ。怪我でもされると邪魔なんだよ、手間かけさせんな」
 二人分の素直な感謝を向けられたソーマは、ぶっきらぼうに言い放つと逃げるように顔を背けた。
「くっそー! こうなったらこいつら突っ切って奥行くぞ! 奥!」
 未だ岩壁に残る雷術の余韻に涙目になりながらも、壮太は声を張り上げる。
 キリが無いと思われるタコたちの数を見回した一同は頷くと、互いに庇い合うようにして奥へと駆け出した。



 凶報は、ステージで歌う歌菜の元に真っ先に齎された。
「え? タコの群れ?」
「そう! 剣を持ったタコの群れが襲ってくるんだよ!」
 ヘルの言葉に怪訝と問い返した歌菜は、しかし少し遅れて耳に届く誰かの驚いたような声を受けて彼の言葉を信じると決めた。手にしたマイクを握り直し、羽純と目線を交わし合って一つ頷くと、深く息を吸い込む。
「皆さん、葦の外側から巨大なタコの魔物が現れました! 戦えない人はすぐに中心部に避難して、戦える人は充分に警戒して下さい!」
 マイクを通して響き渡る歌菜の声に、空間がざわめきに包まれる。
 ひとしきり案内誘導を終えた歌菜はマイクを手放すと、羽純を振り返った。
「歌菜はコイツを使って身を守れ」
 それを待っていた羽純は、自身の光条兵器を歌菜へ差し出す。
「え? 羽純くんはどうするの?」
「大丈夫だ、俺はこうする」
 そう言うや否や、羽純は『龍鱗化』を発動させた。硬質化した手足で殴るようなポーズを取って見せると、納得した様子の歌菜が不安そうに首を振る。
「無茶言っちゃダメだってば! よーし、こうなれば私が羽純くんを守るから……!」
 そんな会話の間に、既にタコの一匹は空間の端に位置するステージまで脚を伸ばしていた。
 一直線にタコへ向かって行く歌菜に、羽純は驚いたように声を荒げる。
「ってコラ歌菜、なんでお前が前に出るんだ! それじゃ俺がお前に光条兵器を渡した意味がないだろーが……」
 焦ったように言いながら、羽純は素早く歌菜の手首を掴んで引き寄せる。
「でも……」
「分かった、そうだな、お前は大人しく守られてるようなヤツじゃなかった」
 苦笑交じりの羽純の言葉に、歌菜は大きく頷いて見せる。
 その間にもすぐ近くまで迫るタコをきっと睨み、羽純は面持ちを引き締めた。
「俺から離れるなよ。……二人で、魔物を退ける」
「……そうだね、うん! 羽純くんと二人でなら、きっと何とかなるよ!」
 その言葉に歌菜もぱっと目を輝かせ、油断なく槍を構え直す。
「来た!」
 ステージへ迫るタコは、一匹。しかし幾つもの脚を自在に蠢かせ迫るタコは、一対一では分の悪い相手だ。
 そのタコが、ゆるりと全ての脚を振り上げた。ばちばち、と閃光を迸らせ、タコは魔力を溜めていく。
「させない!」
 しかしそこに、歌菜の『シーリングランス』が炸裂した。立て続けに繰り出される槍の一撃が全ての脚を叩き、魔力を散らす。
 発動を妨げられたタコは驚いたように動きを鈍らせた。そこへ、一気に距離を詰めた羽純が脚を振り上げる。
「くらえ!」
 そして振り下ろされた『則天去私』の一撃が、タコを大きく吹き飛ばす。為す術もなく飛ばされていくタコを見送り、二人は視線を交わし合った。
「うん、息ぴったり! 流石夫婦……だね」
 照れたように頬を色付かせながら歌菜が告げた言葉に、羽純は気恥ずかしげに目を逸らしながらも小さく頷き返した。


 呼雪たちが変熊とタコの存在に気付くのとほぼ同じ頃、先遣隊として送り込まれたタコに気付いた者がいた。
 賑やかなパーティーが苦手な三井 静(みつい・せい)は、三井 藍(みつい・あお)を伴って空間の端で静かにお茶を楽しんでいたのだった。そこで藍の張り巡らせた『殺気看破』に引っ掛かったのが、正に前述のタコだった訳である。
「タコ……?」
 思わず呆然と眺めてしまう静に焦点を合わせたタコは、じりじりと彼へ向けて近付いて行く。
 適度な距離を取った所で動きを止めたタコの鼻先に灯る炎に気付き、藍は咄嗟に水底を蹴った。
「静!」
 勢いのままに静の腰を抱き、放たれた炎弾を倒れ込むようにして回避する。
 驚愕に双眸を丸めた静を宥めるように軽く肩を叩いて、藍は『宵闇の爪』を構えた。
「ありがとう、藍。そうだ、魔物が出たって他の皆に知らせに行かなくちゃ……」
 怯えた様子ながらも不安げに空間の中心を仰ぐ静に頷いて、早速飛び掛かってきた小柄なタコを、藍は爪先で切り捨てる。
「分かった、行こう。大丈夫、静は俺が守る」
 静かに、しかしはっきりと発された宣言が、温かく静の心中へと染み渡る。
 静は一つ頷くと、躊躇いながらも駆け出した。一歩後に続く藍は、静へ降りかかる火の粉を払うように次々とタコを退けていく。
 そうして彼らがヴラドたちの元へ辿り着いた頃には、追い縋るタコはいなくなっていた。
 丁度その頃、クリストファーとクリスティーにダンスを教わっていたヴラドはと言えば、静の言葉に驚きを隠せずに目を瞬かせる。
「またタコ、ですか」
 それを遮るようにやれやれと肩を竦めたのは、ファルだ。
「ボクたちのセリフだよ、それ。でもおっきなタコって美味しいのかなあ……」
「大きなタコですからね、きっと食べるところも沢山あって……」
「……良いから、避難するぞ。ありがとう、お前たちは……?」
 シェディは呆れた様子でヴラドを引き摺りつつ、静たちへ問い掛ける。
「僕たちは、もう少し皆に知らせて回ろうと思うんだ」
「静には俺が付いてるから、心配は要らない」
 自信ありげな藍の言葉に頷き返し、シェディ一行は中心部へ向け歩いて行く。
 彼らを暫し見送ってから一度目線を交わし合い、静と藍の二人もまた葦の外周に沿って移動を始めるのだった。