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咆哮する黒船

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咆哮する黒船
咆哮する黒船 咆哮する黒船

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■■第二章







 早朝から昼に至るまでの間、マグロの競りは続いていた。
 その内の一匹――青とも銀とも黒とも着かない美しい大魚が、一匹、解凍されると共に震えだしたのは、まだ日の光が真中へ登る直前の事だった。
「な、なんだ!?」
 漁師の一人が声を上げる。
 それを皮切りに、いくつもの冷凍マグロに扮していた(?)魚人達が蠢き始めた。
「助けてくれぇ――!」
 その様な叫び声が、魚市場に谺する。
 そんな最中、解凍された魚人達は、自由になった手足をばたつかせ、起き上がり始めたのだった。

「なんじゃ、騒がしいな」

 そうした喧噪に、その時まさに船に乗ろうとしていた継井河之助は目を細めた。
 マホロバ人の少年は、古き良き日本の装束じみた衣を纏った袖をふるい、刀で襲いかかってきた魚人を一途両断する。
「すごいじゃん」
 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)のその言葉に、刀を振って血飛沫を払いながら、継井は嘆息した。
「地上とはかくも恐ろしい所なんだな」
「それは勘違いである」
 継井の間違いを正したオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)はといえば、首を傾げながら海を見据えていた。
「それがしが思うに、何かゆゆしき事態があったのだろう」
 オットーの声に、二人が視線を向ける。
 その言葉は的を射ていた。


「なんだか騒がしいけど」
 クロス・クロノス(くろす・くろのす)は、月下 香(つきのした・こう)の手を握りながら、周囲の喧噪を見回していた。
 同時に、宣伝広告にもあった、ギルマン・ハウス内にあるレストランの場所を探しながら、人混みを抜けていく。
 目的のホテルの内部も、至る所で、宿泊客や従業員が、窓から海を見おろしている所だった。
 ――なにかあったのだろうか?
 そんな事を考えながら、目的のレストランへとたどり着いたクロス達は、促された席で、板前のアル・ハサンから、事情を聴くこととなった。
「実は、解凍された冷凍マグロに手足が生えて暴れ回っているせいで、マグロがないのです」
 言われて窓の外を一瞥すれば、確かに釣りをしている客達も、泳いでいた客達も、なにより漁船を繰る漁師達も、続々と浜へと逃げ帰ってきているようであった。
 元々この地――浦賀には、黒船が停泊していることは知られていた、が。
「魚人……」
 呟いたクロスは、顎に手を添えると、三つ編みに縛った綺麗な黒髪を揺らしながら首を傾げた。
「とりあえず、そこらへんに居そうなんで見てきますね」
 その声に、板前は瞠目する。
 ――確かに、元はマグロだったものかもしれない。狩り、元の姿に戻ったのならば、あるいはそれをさばくことと手出来るかも知れない……。
 だが板前の視線には構わず、彼女はパートナーへと視線を向けた。
「香、香はどうする? いっしょに魚人狩る? お店で待ってる?」
 水を向けられた香は、一人、一所懸命に考える。
 ――まぐろをからないとまぐろどんがたべられないみたい――ままだけじゃたいへんだとおもうから、ままといっしょにまぐろをかる。
「ままといっしょにいくもん」
「だけど、危ないし――」
「はなれたとこからこうげきするからいいでしょ?」
 返す言葉が見つからず、クロスは、香をつれて魚人退治へと向かうことにしたのだった。

 こうして二人が魚人退治へと向かった数分後。

 アル・ハサンの姿が、海を臨む漁師主催の簡素な定職屋へとあった。
 主人の黒船マニアである中濱 ジャック・寛二朗が、顔なじみの板前を厨房に呼ぶ。
 初老の中濱は、早朝の内に仕入れていたマグロ丼をエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)へと差し出してから、アル・ハサンへと振り返った。
「仕事は仕舞いかい?」
「魚人騒ぎで、マグロの入手が出来なくなりました」
「魚人?」
 小皿に盛られたショウガと山葵に箸を延ばしながら、耳に入ってきた単語にエヴァルトが顔を上げる。
「まぁこんな場末の料理屋じゃ関係ねぇが、この板前が勤めてるホテルやら、最近出来た麗茶亭さんや、買い付けに来た者たちにゃ、大問題だろうなぁ。月美水産さんの漁師連中も困ってるだろうよ」
 元々は漁師をしていた中濱は、無骨な手で拳を造り溜息をつく。
 大変だなぁ――そんな事を考えながら、エヴァルトがマグロ丼へと箸を延ばした。
 彼は、思い立ったが吉日とばかりに、浦賀にマグロ丼を食べに来たのである。
「いっただっきま――……」
 丁度その時のことだった。

――ドオォォォォォォォォン!!

 爆風と、一拍遅れて轟音が、周囲を劈いた。
「な、なんだ?」
 慌ててカウンターの横へと避難した中濱が叫ぶ。
 アル・ハサンも唖然とした様子で、瓦解し、穴の開いた店舗の片端から、青空を眺めていた。
 黒船の砲撃により、粉々に砕け散った、店内とカウンター。
 見れば、魚人達が、続々と古くから停泊していた黒船に乗り込んでいく姿が見て取れる。
 どうやら彼らが、こちらへと砲撃した様子だった。
「……おあいそ、大将」
 エヴァルトは、無惨に飛び散ったカウンターと、消え去ってしまったマグロ丼のあった場所を凝視しながら呟いた。
「あ、ああ……」
 対象と呼ばれた中濱は、おずおずと札を受け取りながらも、呆然としている様子だ。
 ――怪我人はいないみたいだな。
 その事実に安堵しながらも、通常料金の倍額以上をつりなしで、店主に渡したエヴァルトは、静かに店を後にした。
 潮風が、彼の銀色の髪を揺らしている。
 無言で暫し歩きながら、何度も聞こえる轟音に、スッと目を細めながら、彼は砂の上へと荷物の入ったトランクを置いた。


「相手は手足が生えたマグロですか」
 アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)が、後ろで束ねた金色の髪を揺らしながら呟いた。
「冷凍とは言え仕留めてすぐなら新鮮さもそれほど落ちないでしょうし、暴れてるということは小さなものではないでしょうから、食べ応えもありそうですね……」
 ――じゅるっ。
 そんな舌鼓が聞こえてくるような表情で、アルトリアは静かに笑んだ。
 緑色の瞳が、暴れ出している魚人達へと向かっている。
「……それにしても、普段よりアルトリアちゃんの気合いが入っているみたいですぅ……」
 パートナーの様子を見守っていたルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)は、思わず腕を組んだ。
 通常は二人で一緒に動くか、ルーシェリアが先に出る事が多いのだったが、やる気十分といった様子のアルトリアの様子に、彼女にメインを任せて、サポートに回ろうとルーシェリアは考えたのだった。
 こうして二人の魚人退治もまた、始まった。


「あれ? なんだか、騒がしいみたい」
 綺麗な指輪の光る繊細な指先を唇へと宛がい、夏野 夢見(なつの・ゆめみ)は首を傾げた。
 よく見れば、停戦していた他の黒船が、港に対して砲撃した様子だった。
 彼女は、将来地球に帰ってきたら、パートナーみんなで夏野丸に乗って地球を旅する予定をたてていたのである。その為、定期的なメンテナンスのために、こうして地上へと降りていたのだった。だが突如として始まった眼前での発砲に、瞠目するしかない。
「――一体、どうなっているの?」
「魚人とやらが、黒船を一隻のっとったようでござるな」
 張遼 文遠(ちょうりょう・ぶんえん)が応えると、驚いたように夢見が息を飲んだ。
「そんな、一体何の為に……」
 そこへ、通りかかった騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、口を挟んだ。
「”開国”が云々て言ってるらしいです」
 詩穂のその言葉に、夢見と張遼が揃って振り返る。すると彼女は、セミロングの茶色い神を揺らしながら、海を見た。
「なんでも、黒船でないと黒船は倒せない、とか」
「黒船でないと、倒せない、か」
 その時、皆と同様海で始まった砲撃を眺めていた草薙 武尊(くさなぎ・たける)が呟いた。
 オールバックの黒髪が、潮風に少しばかり乱されている。
「あの黒船は、開国をしようとしているのであろうか」
 武尊の問いに、詩穂が大きな鍋を両手で抱えながら、思案するように瞬きをした。
「――そうみたいなんだよね。なんでも、ペリーって人の英霊が船を操っているとか」
「ペリー? あの、黒船来港の?」
 夢見が唖然とした様子で呟くと、武尊が眉間に皺を寄せた。
「日本は既に開国しているというのに、一体何を――」
「何か別の意図があるのかもしれぬ」
 中国後漢末期に、曹操領の南方の要衝・合肥を巡って曹操と孫権の間で行われた合肥の戦い等で著名な英霊である、張遼は、此処に生じた戦乱の根幹を見定めようと、様々なことを思索する。
 彼らがそうする前に置いて、今まさに、魚人とヒトの枠組みを超えて、黒船と黒船の戦いの火ぶたが切って落とされようとしていたのだった。

 彼らが見据える海を、黒船天城が通り過ぎていく。
 乗船しているのは、天城 一輝(あまぎ・いっき)ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)だ。
 続いて、コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)が乗るプッロもまた、海原をかけていった。

「こうしてはおれん」
 それまで呆然と瓦解した店舗を見守っていた中濱 ジャック・寛二朗だったが、騒ぎはじめた海の様子に、激しく眉を顰めた。
 彼は黒船マニアであり、同時にジョン万次郎が大好きな、領主上がりの、気の良い場末の小料理屋の大将ではあったが――その血脈を辿れば、母国は英国にある。
「俺も出るぞ――リヴェンジで!!」
 彼は骨太のがっしりと下手で、店着である和装をかなぐり捨て、音を立てて白いYシャツを纏った。頭髪が後退した禿頭に、白い巻き毛のカツラを装着したその姿は、さながらモーツァルトの肖像画のようである。赤い外套をはおり、彼は黒い帽子を被った。
 ――リヴェンジとは、英国海軍のGalleon船を契機に、1968年に進水したレゾリューション級原子力潜水艦に至るまで名を継承している、由緒正しき船である。
 最も中濱の船は、名前だけを継いだに等しいものだったが……。
 無論畏れ多すぎて、キャプテン・ロア某や、クイーン・アンズ・リベンジ号には関係性が皆無である。ただ、これは黒船だというだけだ。

「な、なぬっ!? それは真か、戦列艦リヴェンジが参戦するとな?!!」

 船の陰影と、中濱の船の名前を聴いて、アンリ・ド・ロレーヌ(あんり・どろれーぬ)が声を上げた。
 緑色の瞳が、真摯に水面を見据えている。
「フランス海軍の意地と優雅さを見せ付けてやりますとも!!」
 アンリのその声に、汽走戦列艦ナポレオン号を操っていたフラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ)が振り返った。
 汽走戦列艦ナポレオン号は、1850年に完成し、当時最強のスクリュー推進型90門搭載戦艦として最高時速14ノットを観測させた船である。その9年後に外洋航行可能な世界初の本格汽走装甲艦ラ・グロワールを完成させた、アンリ・デュピュイ・ド・ローム造船技師の成した船として名高い。1840年から開発された舷側外被装甲とペクサン式炸裂――散弾砲、ダールグレン式前装填式滑腔砲でナポレオンは武装されていた。他、英国のカロネードも取り入れられている。
「我こそは太陽王なり! 世界帝国フランスの意地と心意気を見せ付けてやるのだ! 決して、イングランドのヴァージンクイーンだけが人気者ではないことをな!!」
 ルイ・デュードネ・ブルボン(るいでゅーどね・ぶるぼん)が、そう言って笑った。
 彼は、かつて太陽王と賞賛されたルイ14世こと、ルイ=デュードネ・ブルボン、フランス国王の分霊である。
「ボク、頂点には興味ないんだけど……」
 呟いたアンリは、溜息をついた。
「ペリー――オリヴァー・ハザード・ペリーといえば、エリー湖の英雄と呼ばれた米国海軍にて英雄視されている人物ではないか! 彼らは、大陸軍が独立戦争時に、英国艦隊総の攻撃を阻止時分からのツケを払っていない」
 ルイがそう述べると、アンリはおずおずと頷いた。
「それは今目の前にいる魚人の英霊のお兄さんだと思うけど……多分」
 このようにして、彼女達もまた黒船で参戦することとなったのだった。

 彼らの正面を、続いて二隻の黒船が通り過ぎていく。
 指揮をしているのは、ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)である。彼は、世界三大提督の一人の一人だ。引き連れているのは、ヴィクトリークィーン・エリザベスである。
 旗艦であるヴィクトリー号に乗船しているのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)、一方のクィーン・エリザベスに乗船しているのは、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)である。水棲哺乳類最兇の鯱に変身する獣人であるシルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)はといえば、イコン用爆弾の用意をしていた。
 彼らの気迫――それは、三笠公園の記念艦にも、あるいはその気配は伝う程だったのかも知れない。


 三笠公園といえば――夏休みを利用して地球に降り、横須賀で海軍カレーを食べた後はのんびりと日露戦争の記念艦三笠やら横須賀港に浮かぶ海自や米海軍の軍艦でも見物して、それから三崎港でマグロ丼を、と考えて当該の地を訪れていた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が唖然としていたのも、浦賀湾の事である。
 海自といえば、七月後半に行われる晴海埠頭での上官でも有名だが、横須賀地方総監部が見守る横須賀地方隊が属する横須賀基地も高名だ。米軍の横須賀ベースとは、横須賀『海軍』基地として区別されている事がある。
「浦賀の街を突如黒船が砲撃しはじめるなんて……」
 ゆかりの声に、隣にいたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が顔を上げた。
 青い短髪が揺れている。
「海軍カレー美味しいわ」
「そうじゃなくて、ですね……」
「ええ」
 ゆかりの瞳を輝かせながら、口元をナプキンで拭い、マリエッタは頷く。
「折角、横須賀で海軍カレー食べて非常に満足していたところへ、いきなりの黒船騒動に巻き込まれるなんて、酷い悲運だわ」
「そうですね」
 ゆかりが頷くと、マリエッタは黒船が咆哮している海を険しい眼差しで見据える。
「このままじゃ海軍カレーのお店が吹っ飛ばされてしまう」
 こうして二人もまた、黒船との抗戦を決意したのだった。
 二人は代金を置くと、静かに麗茶亭を後にした。この店は、マグロの他に、海軍カレーも扱っているようである。
「どうなるのかねぇ」
 店主であるレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が呟く隣で、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が静かに代金をレジへとしまった。

 その正面をオスマン帝国に縁を持つ黒船バルバロッサが通り過ぎていく。
 続いて黒船のゼーアドラーもまた通り過ぎていった。

 進んでいく数多の黒船を眺めながら、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は、自船を操縦している諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)を見た。
「黒船も続々と集まってきているみたいだね」
 優斗はそう呟くと、未だ平和な空を、その黒い瞳で見上げた。
「何せ、一般の者が集う港に向けて砲撃していますからね……政府も動いたのでしょう」
 理知的で冷静な色を浮かべた黒い瞳で、孔明が近くの砂浜を一瞥した。
 今も、存在感が他よりも甚だしくある黒船・サスケハナ号からの砲撃は止んではいない。
「この船は孔明に任せても良いかな」
「構いませんが――優斗殿はいかがなさるのですか?」
「日本は母国だ。この惨状を見過ごすことは出来ない。敵船に――ちょっと、ね」
「なるほど。では、この船は私が守りましょう」
 そうして優斗は、ひしめきつつある様々な黒船の中から、いくつかを見定め、乗り移る計画を立てたのだった。


 その頃。
「よーし、おにーさん、黒船奪っちゃうぞ♪」
 実に静観で良い笑顔を浮かべた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、一人高々とそう宣言していた。
 周囲の観客じみた漁師達が驚いて視線を向ける中、彼は緑色の綺麗な髪を揺らして、豪脚を見せた。
「あ」
 周囲が息を飲む。
 その前で、彼は美形と評するにふさわしい面立ちの色を一切変えることなく、黒船リヴェンジへと飛び移ったのだった。
 まずは、自分の黒船で相手の黒船に体当たりして動きを止め、バーストダッシュで相手の船に乗り込んだのである。
 作り上ロープが多い――それを念頭に置きながら、彼は追突の衝撃で混乱した一瞬の隙を突き、登山用ザイルを素早く船内に投げ込んだのだった。そしてフェイントで馬賊の銃を乱れ撃って、敵を牽制し、飛び移ったのである。
 局所的な先述だけを見るのであれば、この行動は今回の黒船咆哮にまつわる動乱の中で一・二を争う良策だ。
「何者だ!?」
 船員達が驚いて声を上げる。
 だがそれには構わず、軽やかに靴の音を響かせて看板へと立った牙竜は、意地の悪い笑みを浮かべて人々に詰め寄った。
 隙を作るため放り込んだ登山用ザイルをサイコキネシスで素早く地面を這うように操った彼は、船員達の足に次々と絡ませてバランスを崩させていく。
 そして横転した水兵達の隙をつき、『さざれ石の短刀』の効果で石化させていった。
「石化した奴は人質だ。無事に返して欲しくば、海に飛び込め――ああ、抵抗するなら石化した奴壊すぞ」
 その声に、畏怖に駆られた船員達は、一人、また一人と海に飛び込んでいった。
「こ、この船には、爆薬がつんであるんだぞ! お前もろとも――」
 最後まで抵抗を見せた操舵士がそう言ったのだったが、牙竜はといえば実に良い笑顔で、さざれ石の短刀を突き刺すだけだった。なお船長の中濱はといえば、早々に海へと避難していた。


 そのころ、黒船リヴェンジ同様、奇襲を受けている船があった。
「何者ダ!?」
 船の正面に出てきた船長――英霊であるペリーが叫んだ。
「通りすがりの海賊ですわ。すいませんが船をいただきに参りました」
 そう告げて微笑んだのは、セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)である。
「海賊!?」
 狼狽えたペリーに対し、腕を組んでセシルは続けた。
 金色の長い髪が潮風に揺らされている。
「ヒャッハー! フォークナー海賊団参上ですわ! ……と言っても今は私一人ですが!」
 どうしたものかと鱗を撫でながら、ペリーが考える。
「この船を譲り渡しなさい」
「ソレハ出来ナイ――我々ハ”開国”シナケレバナラナイノダカラ」
「開国?」
 その言葉は、マサチューセッツ州アーカム出身の詩人である、エドワード・ビックマン・ダービイが綴った叙事詩『アザトースその他の恐怖』で人々に衝撃を与えた祖となる神の総帥であるアザトースと、二十一世紀初頭よりしばしば反進化論と進化論双方の揶揄として用いられる、インテリジェント・デザインの一側面としても名高い、ヒトはスパゲッティモンスター神が触手で押したため背が低いという説を採用する所以たる神こと空飛ぶスパゲッティモンスターを信仰するセシルにもよく分からなかった。
 しかし魚人達からすれば、通常の箒の三倍の速度の空飛ぶ箒シュヴァルベと、特技である操縦――空飛ぶ箒を駆使して空を飛んできた上、砲撃をかわしながらサスケハナ号に肉薄した彼女の実力に舌を巻かずにはいられなかった。
 その上、内部に乗り込んできたかと思えば、出てきた乗組員を全員アンカーで殴り倒してから、ペリーを脅して操縦させようとしているのである。歴戦の武術でアンカー振り回したり、蹴り倒したりしているとはいえ、限度があろう。
 ――こうして、”開国”の野望は捨てないことを条件に、ペリー達はセシルの部下になったのだった。


 こうして黒船の群れが闊歩する海原の正面――砂浜にて。
「俺が……俺達がマグロ丼だ!」
 南 鮪(みなみ・まぐろ)は叫んでいた。
 何せ至る所にあるアル・ハサンお手製のフライヤーもポスターも、どこからどうみても、鮪の事だと誤解できるマグロ丼の宣伝広告なのである。
「マグロ丼は港から逃げ出す! 簡単に食われてたまるかってんだぜ! ヒャッハァー!」
「逃げ出すって、どうしたんですか、急に」
 そばにいたアル・ハサンが、驚いたように包丁を振りかぶった。
「いましたねぇ、鮪」
 店をミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)に預けてきたレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)もまた歩み寄ってくる。
「あ、まぐろドン!」
 そこへ日下部 社(くさかべ・やしろ)もまたやってきた。
 始めは冗談で口にしていた鮪だったが、思わず生唾を飲み込む。
「仕方ない、手伝おう」
 眼鏡を中指で押し上げた白砂 司(しらすな・つかさ)の仕草に、鮪は思わず叫んだ。
「って、助けろよ!」
 しかし望月 寺美(もちづき・てらみ)サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)も、彼を狙っている様子である。
 こうして鮪の逃避行は始まったのだった。


 ここまでが、咆哮する黒船の序幕であったのは間違いがない。
 また讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が呟いた、錯綜した情報もまた、この混乱の勢いを煽ったのは間違いないだろう。

「ふむ、成る程。黒船によるバトルロワイヤルの勝者が、一番良い魚を得られるのじゃな」