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咆哮する黒船

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咆哮する黒船
咆哮する黒船 咆哮する黒船

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 何処か閑散としている港周囲の食堂街。
 ギルマン・ハウスのレストランを訪れて、捌かれていく魚を眺めながらスウェル・アルト(すうぇる・あると)はまじまじとその光景を目に焼き付けていた。
エントランスの付近からも、解体されていく鮮魚の姿がよく見える。
 ――マグロ丼、マグロ丼……和食マイブーム、到来。
 ――扶桑の和食……マホロバ食? は、とても、美味しい。
 ――今まで、生魚は、食べたことが、なかった。でも、終夏が、「美味しいよ」と言っていたから――なので、食べて見たいと、思うように、なった。
 スウェルはそんな風に考えながら、席を探している様子の幼馴染みを見る。
「良い席空いているかな〜……って! なッ、何でマグロに、足が……ッ」
 そこには今し方釣り上げられたばかりという噂のマグロを目にして、五月葉 終夏(さつきば・おりが)が思わず叫声を上げそうになっていた。
 終夏は、昆虫類やタコ、イカなどの足が多い生き物は、視界にはいると身動きが取れなくなるくらい、苦手である。大量の足をどういう風に足を動かしているか理解できない事が理由だ。
 ――い、いや、落ちつけ私。先入観はいけない。海は生命の母とも言うし、私もまだまだ知らない事は多い。だからきっと、ああいうマグロがいてもおかしくはない!
 折角イトコと食事に来たのだからと、終夏は努めて冷静になるように心を落ち着ける努力をした。
「そうそう、そうだとも。自分が知らないからと言って、それが皆の常識だと思うのは浅薄だ。マグロは止まっていては生きられない魚だから、海がない場所でも走り……泳ぎ続ける為に、きっと足が生えてきたんだろう……うん」
 綺麗な緑色の瞳を動揺で見開きながら、終夏は一人思案を続ける。
 ――いよーし! 落ち着いてきたよ!
「うーん……それにしてもマグロ丼を食べに来ただけなんだけど、なかなか大変な騒ぎになってるなぁ」
 終夏の言葉に、スウェルが顔を上げた。
「魚を捌いている人達は、凄い。包丁の使い方が、とても、綺麗……料理は、そんなに得意では、ないけれど――お寿司とか、こういう生魚の丼の料理なら、捌き方を学んで上手になれば、紳撰組の皆や友達に、食べて貰えるように、なるかもしれない。――……喜んで貰えると、嬉しいと思う」
「きっと喜んでくれるよ」
 胸の内の動揺を鎮めながら、どこか上の空といった様子で、終夏が頷く。
「――その為に、まずは味の、リサーチが必要。だけど……ところで、マグロは、手足が生えて、動く物?」
「ち、違うよね!」
 慌てて声を上げた終夏を見て、赤い瞳を揺らしながらスウェルが小刻みに頷いた。
「……びっくり、した」
 スウェルがそう述べた正面で、終夏が腕を組む。
「自分が食べる分はやっぱり自分で確保しないとダメかな? うーん、よし! 騒ぎを落ち着かせる為にもマグロを何とかしといた方が良いよね。『空飛ぶ魔法↑↑』でマグロを地面から浮かせて足止めしよう」
 終夏が言うと、何度か瞬きしてから、スウェルがこくりと頷いて見せた。
「確かに魚は、釣ったり、網で獲ったりする物だと、思っていたから……自分の食べる分は、自分で確保、するべき? 捌き方の、練習になるかも、しれないから――マグロが足りなければ、自分で、獲ろうと、思う」
 マグロに、軽く、雷術を当てて、感電させている内に、ひょいひょいと、捕まえて、しまおうと考えたスウェルが、つま先の向きを変えると、隣に終夏が立った。
 こうして二人の鮪漁――及び、魚人退治は始まったのだった。


 嬉しそうに海釣りをしているゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)を一瞥しながら、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は微笑していた。赤い髪が綺麗に日に透けている。
 ――最初俺の外出にあまりいい顔をしていなかったゴルガイスだが、場所が海と聞いて少し嬉しそうだ。ゴルガイスは釣りが好きなのに、最近俺を気にして行ってなかったからな。魚人を狩ったら、のんびり釣りをしてもらおう。
 グラキエスのそんな思いを他所に、頑丈な釣竿を海に向けながら、博識による海釣りの知識で、現状でもひっそりと魚人達をつり上げられないものかと考えているゴルガイスはといえば、傍らで見守っているベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)へと視線を向けて、静かに語り始めていた。
「グラキエスは我が釣りに行っていないのを気にしているのもあって、今回の同行者に我を呼んだようだ。人を気遣うようになって……。どうやら学校生活を送る中で精神的に少し成長したようだ。感慨深いものだな」
 しみじみと語るゴルガイスに対し、パラミタ出身の吸血貴族で、これまで生の魚を食べた事がないベルテハイトはといえば、いつか学食で見かけた『丼もの』を想起しながら、ひっそりと呟いたのだった。
「しかし……マグロ丼……」
 グラキエスに対し兄のように接している彼は、長い髪を風に揺られながら、静かに嘆息する。
 その正面で、ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)がグラキエスに抱きつくように、腕を絡ませた。
「魚人が出てきたみたいだな!」
 ロアは――ここは最近へばっているグラキエスにスタミナつけさせる意味を含め、一緒に魚人狩りして魚人の海鮮丼だ! と考えて、この地を訪れたのである。
「くっつくな、暑い」
「グラキエスに触りたいのは俺もなんだぞ! 触らせろー!」
「俺も、って」
 グラキエスが首を傾げる正面で、ロアが周囲を見渡す。
 ――ん。そういや金髪のデカ男は? 一緒にいるって聞いたが。
 暫し考えた後、ロアは視点を定めた。
 ――その黒コートがそうなのか!
 ――ほう、忠実そうな態度してる癖に、実はグラキエスの肌に四六時中直接まとわりつく変態だったのか!
 ――何て奴だ! グラキエスに触りたいのは俺もなんだぞ! 触らせろー!
 二人のそんな絡み合いを眺めながら、レヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)が溜息をついた。
 ――彼もこう何度もロアにつき合わされるとは、大変だな……。ロアも最初は節度を守っていたようだが、最近はだんだん遠慮がなくなってきているからな……。
 そう考えてからレヴィシュタールは、己が何故此処にいるのだろうかと考える。
 ――どうせ私はロアがとった獲物を、氷術で冷凍するための要員なのだろう。何故自分で氷術をおぼえようとしないのか。決して魔力がないわけではないだろうに。解せぬ。
 ――考えるとイライラしてきた。
「ロア! 私も魚人を狩るぞ!」
 ――生臭い魚類どもを雷術で痛めつけて鬱憤晴らしをさせてもらうぞ。
 レヴィシュタールがそう考えたときのことだった。
 見事ゴルガイスが魚人を一本釣りして見せたのは。


 続々と港へと上がり始めた魚人達の前には、アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)の姿があった。
 アルトリアは、後ろで束ねた金色の髪を揺らしながら、女王のソードブレイカーの柄を握り直し、不敵に笑っていた。この櫛状の短剣は、敵の攻撃を受け止め叩き落としたり、剣を折ることを目的とした代物で、利き手と反対の手に装備し盾の代わりとするのが常だ。
しかし勿論、魚人に一撃を与えるという意味では、中々に優秀な武器でもある。
「ちょうどお腹も空いているところですし、生えた手足を切り落として元のマグロにして、
店に持ち込んでマグロ丼やカマ焼きにして食べてやります! 大人しく年貢を納め……もとい、自分のお腹におさまりなさい!」
 騎士道を重んじる勇敢な性格のアルトリアは、緑の瞳でまじまじと魚人達を見据えた。
「築地にも行きたいですぅ」
 ポニーテールにした金髪が揺れるのを、麦わら帽子を被り直すことで制したルーシェリアは、早く一段落して、アルトリアと共に美味しいマグロ丼を食べに行くことを夢想しながら、海を見ていた。彼女が手にする団扇が、涼しい風を、周囲へ送る。
 こうして彼女達の魚人退治もまた始まったのだった。


「あーあ。名物のマグロ丼を食そうと思ったら、何やら騒動が発生している模様」
 気怠い暑さと陽光に晒されながら、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がそう呟いた。
 通常であれば、日光浴をすることや、水泳をして海を楽しむのも悪くないはずである。
「冷凍マグロが手足を生やして大暴れしているなんて!」
 髪を結び治し、動きやすいキャミソールとホットパンツに履き替えたセレンフィリティは、つややかな生足を披露しながら、眼前で蠢いている魚人達を睨め付ける。
 ――隣の横須賀港でも黒船が大量に出現して艦隊戦をやっているみたいだけど、これと関連しているかな?
 彼女はそんな疑問を、首を振って振り払うと、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)へと視線を向けた。
 猛暑にもかかわらず涼しそうな表情で、セレアナは見せブラの上にストールをはおり、足下にはパレオ状のスカートを纏っている。
「まずは、こちらの防御を完全なものにしましょう」
 そう告げたセレアナは、ディフェンスシフトで守りを固め、守るようにセレンフィリティの背後へ立った。それから群がってくる魚人達に対して、ランスバレストとチェインスマイトを用い、串刺しにしていく。ランスバレストの強力な突進攻撃で、魚人達の隊列が崩れる。同時に、続けざまに繰り出されるチェインスマイトの武器攻撃が、周囲の風を切った。その衝撃と海風に消される強い啼き声が辺りに谺した頃には、魚人達の一群が砂浜にひれ伏している。
「そうね、今は目の前の魚人騒動をどうにかしないと話にならないわ」
 頷いたセレンフィリティはといえば、正面に群がってくる魚人達に対して、強い視線を向けていた。
 大暴れしている魚人を片付ける為、彼女は、女王の加護で守りを固めた後、シャープシューターで魚人を焼き魚にする。
「まったく、マグロ丼食べに来たのか焼き魚定食を作りに来たのかわかりゃしないわよ!」
 セレンフィリティのそんなぼやきに、セレアナが微笑した。
「あら、焼き魚は調理が難しいのよ? 大雑把なセレンじゃ魚の消し炭を作るだけだわ」
 喉で笑うように肩をすくめたセレアナに対し、セレンフィリティが唇を尖らせる。
 その不満をぶつけるかの如く、魚人我利に邁進するセレンフィリティだったが、ふと思いついたように彼女は告げた。
「できれば魚人の発生源等があればそれを突きとめてどうにかしたいわね。魚人を倒しても根本のところをどうにかしないと話にならないだろうから」


「ぎょじんさんってかたちがとってもしゅーるだよね。あのかっこうで、てあしがむきむきまっちょだったらないてたとおもう」
 魚人達が闊歩する砂浜まで訪れた月下 香(つきのした・こう)は、その場の光景に思わず呟いた。
 その愛らしい桃色の髪を撫でながら、クロス・クロノス(くろす・くろのす)がスッと目を細める。
 ――何事も経験ね。
 クロスはその様に考えていて、香が一緒に狩ることを望んだ為、二人は一緒にマグロを狩る事にしたのだった。
 ――香は弓が得意なので、マグロの目に狙って攻撃してもらう。
 これからの戦闘の算段をつけながら、クロスが標的を定める。
 クロス自身は、槍を持ってマグロにジリジリと近づいていた。
「香、目を狙って」
 的確な指示を出したクロスの、艶やかな黒い三つ編みが揺れている。
「めをねらえばいいのね。わかった〜、がんばる」
 気合い充分といった様子で、子供らしくすべすべとした柔らかそうな頬に、僅かばかり朱を指した。
「刺さった」
 香の矢がマグロの目に刺さった事を確認したクロスは、砂を蹴る。
 そして、とどめを刺すために、マグロに接近して槍でエラのあたりを攻撃した。
「新鮮なうちにお店に持ってこうね」
 鮮度が命――そう考えて、クロスは急いで海鮮丼を提供している店に持って行く決意をした。
 ――ままといっしょにかったまぐろをつかったまぐろどんはとってもおいしいとおもうな。
 狩った、あるいは勝ったからか、兎角嬉しそうに内心でそう思い、香はたどたどしい足 取りでクロスを追いかけ始めた。


 ――ガチャッ。

 砂浜の一角でそんな音を立てて、トランクが開かれた。
 中に入っていた衣裳――それに瞬時に着替えたのは、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)である。
 大人びている赤い瞳によく似合う武装の下、俯きがちに砂を見据えた彼の銀髪が垂れる。
「フ、フハハハハハハハ――!!」
 彼の方が揺れたのとほぼ同時に、喉が哄笑を放つ。
「……俺のマグロ丼、返せぇぇぇぇッ!!!」
 ディーヴァの某スキルもびっくりな叫びをあげつつ、彼は超人的肉体によりリミッターを解除した感のあるドラゴンアーツを用い、黒船に乗り込まんばかりの勢いで暴れようとしていた。
 ――狙うは魚人どもだ、奴らが全ての元凶!
「!?」
 海にひしめきつつあった魚人達は、その威圧感に気圧されるように、動きを止める。
「うりゃぁぁぁぁぁ!!」
 えげつない攻撃を繰り出したエヴァルトは、一番間近にいた魚人の首(?)を切り離した。
 続いてその隣にいた魚人の上顎(?)を、掴んで振り回す。その遠心力と魚人自身を使ってエヴァルトは、周囲の魚人達を薙ぎ払っていく。
 哀れにも彼の武器としてグルグルと回転させられた魚人はといえば、最後には床に叩きつけられ意識を永遠に失った。
「ナニ奴ダ!」
 どこか畏怖を覚えているような眼差しながらも歩み寄って魚人に対し、一瞬でその正面からエヴァルトは姿を消す。彼は何処に行ったのか――そう、魚人に後ろに、彼はいた。
 背後に回り込んだエヴァルトは、エラに手をねじ込み、引き裂いた。
 年齢制限在りの作品どころか、自主規制を強いられるような、惨状が、エヴァルトの周囲には散見できる。
 それから彼は、魚らしくギョロリとした、その隙だらけの魚人の目を潰し、辺りには、粘着紙綱水音が響き渡ったのだった。桃灰色の内蔵が、砂浜に散乱している。
 そのままの勢いで彼は、ペリーが操っていると思しき黒船目指して泳ぎ始めた。
 辿り着くまでの間、数多にいた黒船の砲撃手やらは、片っ端から大砲の弾にして飛ばしてしまう程の余裕を感じさせたまま、彼は驀進していった。
「フハハハハ……思い知ったか、食べ物の恨みを! 破壊された場末の料理店の憎しみを!
そしてこの俺の怒りを!! このまま操舵室も占拠し、体当たりさせてやるわッ!!」
 いつしかペリーの黒船近くにまで辿り着いていたエヴァルトは、高々とそう叫んだのだった。


 その頃月美水産の市場から少し離れた施設の管理場では。
「みんな見てて、この大きなマグロをあゆみがエクセレントに解体しちゃうからね」
 綺麗なピンク色の髪をした月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)が、包丁を握っていた。
 実際その解体作業の風景は素晴らしく、周囲から、拍手が巻き起こる。
「おっと拍手、サーンクスフレーンズ☆」
 この時は、未だ喧噪の巻き込まれていなかったその場所で、ミディア・ミル(みでぃあ・みる)が声を上げた。
「あゆみ、かっこいいにゃ。早くさばいてマグロ丼にするにゃー。ほら、ご飯も炊飯器ごと持って来たにゃ」
 背負っている炊飯器を嬉しそうに見せたミディアに対して、あゆみが微笑みを返した。
「あははミディは炊飯器ごとご飯もって来たんだ。おまかせQX。すぐ新鮮な美味しいマグロ丼を食べさせてあげるよ」
 QX即ち、了解だと告げたあゆみに対し、ミディアが嬉しそうな顔をする。
「完璧にゃ」
「代表も楽しみにしててね」
 それに頷きながら、あゆみがブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)を一瞥した。
「ヴァイシャリーは港の街だし漁業も盛んだから、市場自体は珍しくも無いけど、一度見たかったのよ、マグロの解体ショー」
 代表と呼ばれたブリジットは、興味深そうにあゆみの包丁さばきを眺めている。
 一方の橘 舞(たちばな・まい)はといえば、おっかなびっくりといった様子でそれを見守っていた。
 ――月美さんのご実家が水産業をされているそうで、今回、市場を見せてもらえるということで帰省途中に寄らせて頂いたのですが……。
 実家が京都にある彼女は、目の前で捌かれている魚たちに、少しばかり怖さを覚えて、両腕で体を抱いた。
「どうしたのよ、舞?」
 ブリジットの問いに、曖昧に笑って舞いが視線を逸らす。
「私はちょっと……あ、お刺身は好きですよ」
 そこへ突如として、轟音が響き渡った。

――ドオォォォォォォォォン!!

 それは、何度目かになる、黒船からの砲撃音だった。
「じゃ行くよ……って何の音? ティチミーホワーイ、教えて」
 驚いてあゆみが顔をあげる。
 すると月美水産の社員達の幾人かが、歩み寄ってきて彼女に現状を報告した。
「え、冷凍マグロが港を襲ってる? 冗談じゃないわ、ここを荒らされた両親が泣く……じゃなかった。浦賀育ちのレンズマンがこの港を守る!」
 あゆみの声に、金 仙姫(きむ・そに)が嘆息する。
「三色丼が食べられると聞いて楽しみにしておったのじゃが……どうやら、簡単には食べさせてもらえぬようじゃな。騒動が収まるまで舞の傍について、護衛でもするかな」
 その言葉に、怯えるように舞が瞳を揺らした。
 市場はパニック状態である。
「マグロ丼も楽しみにしていたんですけども……これはどういうシチュエーションでしょうか……冷凍マグロから手足が……地味に怖いんですが……」
 怯える舞の隣で、仙姫が腕を組む。
「しかたない、ここはわらわの美麗な歌声でマグロどもを沈めてみるしかないの」
「マグロには、耳が?」
 舞の疑問に、仙姫が顔を背ける。
「何? マグロに耳があるのか? じゃと……たわけ、よい歌というのは、聴く者の心に直接響くものなのじゃ。東京のショップで買ったばかりのお気に入りの服が汚れそうじゃし、出来れば近づきたくないしの」
 市場見物が目的だったので、洋服姿の彼女達はそれぞれの洒落たスカートに手を伸ばす。
「皆、マグロ丼はおあずけ。まずは逃げ出したマグロを冷凍庫に戻す簡単なお仕事よ」
 あゆみがそう告げると、頷いた月美水産の社員達が走っていく。
「武器は各自好きなものをとって、出刃でもチェーンソーでもお好みのものを☆」
 続いたその声に、ヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)が視線を向ける。
「やはりこうなりましたね。あゆみさん皆さん落ち着いて行動を。私達でやれます――あゆみさんターレットトラックを」
 日本の中央卸売市場をはじめ、工場、倉庫、駅構内などで荷役用として広く利用されている運搬車であるターレットトラックを視線で指し示してから、ヒルデガルトはミディアへと視線を向けた。
「ミディさんはおとなしくし……いえ、もう噛み付いてしまっていいです。ここに冷凍イカがありますね。これを投げつけてやって下さい」
 その声にミディアが顔を上げる。
「にゃんと、うにゃー。そのまま噛み付いてやるにゃー☆ ――冷凍イカ? これどうするにゃ。投げるんにゃ? ああミサイルか」
 それからミディアは、首を捻るようにして続けた。
「ん? なんにゃ? 魚人? あれは食べてもいいんにゃ?」
 彼女達のそんな様子を見守りながら、舞いが不安そうな顔をする。
「このままでは仕入れが出来なくなって、月美さんのお店も大変でしょうし、何とかしないといけないですね。と、言っても、まさかこんなことになるとは思っていなかったので、まぁ、それはそうですけど、武器になりそうなものとか持ってきてないんですよね。手近に何か使えそうなものは……」
 するとブリジットが綺麗な金髪を、方の後ろに流しながら、武器へと手をかけた。
「武器も持ってきてないし、解体ショーに使われるチェーンソーを使って、冷凍マグロの手足を狙っていくわ。本体には極力傷つけないように。価値下がっちゃうしね」
 舞もまた考えるそぶりを見せながら頷いた。
「ブリジットはさっそくチェーンソー?」
 そこへヒルデガルトが声をかけた。
「皆様、いいですか港にいる物達は仕方ありません。手足を狙って下さいそれがなくとも商品価値はさほどかわりません。最小限の被害でおさめましょう」
「よし、皆、このターレットトラックに乗って。あゆみの運転をなめたらいかんぜよ。それつっこむよ」
 一同は、慌ててトラックに乗り込んだ。
 その時にヒルデガルトが静かな声で告げる。
「元兇はあの魚人と黒船ですね。始末は他の方がして下さるでしょう」
 問題があるとすれば、未だ凍ったままの状態で収納されている魚人だろう。
 そう判断して、ヒルデガルトは提案した。
「まだ開いていない倉庫――コンテナをチェックした後、封印し新たな被害を防ぎましょう」
 不安そうな表情をする皆に、その時彼女は笑って見せた。
「あと87分耐えて下さい。それでこの混乱は終わります――あゆみさんそこを左です」
 指示通りにあゆみが曲がると、すぐに魚人の姿が視界に入ってきた。
「代表7秒後に右をお願いします」
 ヒルデガルトに言われるがママに、ブリジットがチェーンソーを構える。
 なんとか魚人の強襲を切り抜け、彼女達が乗るターレットトラックは進んでいった。
「あの大きな倉庫はなんとしても封鎖します」
 ヒルデガルトの宣言を聞きながら、あゆみは声を上げた。
「のらーっ」
 真空波があたりを切り裂く。
「そこっ」
 続いて赫奕たるカーマインが踊った。
「流星レンズマイト!」
 ビームレンズが威力を見せたその時、ミディアが遠方に見える魚人を見据え、大きく瞬きをする。
「うおっ、この車すごいにゃ。狭いとこもすいすい。だけどこれじゃミディー噛み付けないにゃ」
「冷凍イカを投げつけて下さい」
 冷静なヒルデガルトの声に、納得したようにミディアが頷く。
「よし行くにゃー。イカミサーイル!」
 ――シュッ、スバッ、ボスッ。
 そんな音を響かせて、冷凍イカは魚人を倒していった。
「にゃはは、完璧なコントロールにゃ。みんなやっつけてミディーが食べてやるのにゃー」
「流石です」
 ヒルデガルトの声に、ミディアが微笑む。
「アイ愛サー!! 皆もがんばるにゃー」
 こうして魚人達をけちらせながら、冷凍マグロがひしめく倉庫に向かっている彼女達の元で、その時、一拍高い電子音が鳴り響いた。
「ん? こんな時に円から電話?」
 慌てたように通話ボタンを押したブリジットは、暫く相手の話を訊くと、眉間に皺を寄せた。
「黒船? 開国? ごめん、意味よくわかんないけど、今こっちも冷凍マグロとバトル中だから後でまた掛け直して」
 意図がよく分からない桐生 円(きりゅう・まどか)からの電話を終了したブリジットは、運転している歩の肩に手を乗せ、強い口調で言葉を続けた。
「倒したマグロは、あゆみのターレットトラックに載せて冷凍庫に戻していきましょう。
舞は……魚を入れる木箱を作る時に使っている釘打ち機を護身用に渡しておくわ」
「拳銃じゃなくて――釘打ち機ですか。確かに釘打ち機って意外に威力あるそうですよ。あの……でも、これ……使うには密着しないといけないですよね」
 困惑した様子の舞には構わず、ただしっかりとブリジットは前方を見据えて、今後の方略を考えていたのだった。

 そのようにして彼女達が乗るターレットトラックと、進路を意にして、全力疾走でその場を離れようと走っていたのが、南 鮪(みなみ・まぐろ)である。

「ヒャッハァー! マグロを食いたけりゃ俺を倒すしかねえなァ〜!」
 逃げながら、これまでに目にしたマグロ丼を全て保護しながら、彼は全速力で走っていた。
 良い感じのモヒカンが、夏の風で揺れている。
「俺を食おうとは恐ろしい連中だぜ」
 マグロ丼の『鮪』とは自分の事であると思いこんでいる彼は、内心恐慌半分で逃避行を行っていた。
 そうなったのも、パラミタの各校へと、マグロ丼の宣伝に来た板前・アル・ハサンの配っていたフライヤーと、彼が様々な場所に貼っていったポスターにでとれたを用いた、美味しい丼というキャッチコピーが書き連ねてられていたからなのかも知れない。
 ――うかつな人も、マグロ丼とは彼の事だと誤解を招くだろう、勘違いさせるような宣伝広告だったことは間違いがない。
「兎に角逃げ切ってやる――いや、ここは、代わりに腹を満たしておかないとヤバイ、代わりの丼を用意してみるか!」
 そこまで考えて、彼は新メニューを考案するに至った。
「いたぞ――!」
 彼を追いかけて走ってきた誰かの声がした。その時鮪は、意気揚々と振り返る。
「手前らは俺が特別に用意した、このパンツ丼でも食ってろ!」
 鮪は、マグロ丼の変わりにパンツ丼を提供しておいて見る事にしたのだった。
 ――パンツは足りない分は現地調達だ、パンツフィッシングだ!
 こうして横須賀港沖に、新たな名物丼(?)が誕生したのだった。