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誰がために百合は咲く 後編

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誰がために百合は咲く 後編

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第4章 イルカ獣人の部族問題


 ──桟橋の上、出航前。
 今日一日イルカ獣人の部族長の一人娘・ヤーナの執事を務めている十六夜 朔夜(いざよい・さくや)は、フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)に尋ねた。
「ヴァイシャリーには、地球でいうところの宅配便──運輸業のようなものはありますか?」
「あることはありますが……十六夜さんがお住まいだった日本ほど、誰にでも、いつでも安価に仕えるような便利なものではありませんよ」
「イルカ獣人による海上宅配便みたいな事は出来ないのかなと思ったのですが。交易の内容自体に口を挟む事は難しいと思いますが、そのインフラ部分をイルカ獣人達が行う事でのメリットがあるかと。コスト面・効率面で今以上の優れたものを掲示できるかどうか……判りますか?」
 朔夜はカイの横顔に一度目をやってから、
「もし事業としての成り立つ可能性があるのであれば、彼を中心にできないでしょうか。交易交渉のプラス材料になります」
 朔夜は、海上をイルカ獣人達が往き来するようになれば海域の情報や新鮮な交易情報なども手に入れる事ができる可能性がある、と言った。
「そうして得られた情報を商人や軍に提供する事で、価値が見いだせると思います」
「……それは、なかなか難しいでしょうね」
 フェルナンは腕を組んだ。
「パラミタ内海には多くの魔物も生息しています。船で行くほどの長距離は、魔物などに遭わずに抜けることも難しいでしょうし、船よりも危険が大きいでしょう。それにイルカでは大きな荷物は運べないでしょうし……どうしても内密にしたい緊急の用事などでない限りは商売としてはリスクが大きいですね。
 例えば、それが群島や安全な海域での小さな範囲に限ってのものでしたら、出来ると思いますよ。街の宅配屋さん、のような形ですね」
「そうですか……」
 そうなると、想像よりかなり規模が小さくなる。勿論無駄にはならないだろうが、交易より、新規事業展開のお手伝いといったところだろうか。
「海域の状況を掴むほどの大きな利益にはならないでしょうが、彼らに他の海域でも生きていける職の一つを提供する、という点では役に立つと思いますよ」
 勿論今の場所に、そのまま住むことができれば良いのでしょうが……と、フェルナンは付け加えた。
 結局……その話に戻ってしまうのだ。
「もうお考えとは思いますけど、ハーララ氏の努力無しには事には話が進まない事態になってると思いますが。如何でしょうか?」
 波間に沈黙が漂い始めたころ、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)はフェルナンにそう告げた。
「ええ、勿論です。ただ、移住問題は気象異常が事の起こりですね。一朝一夕に解決するとは、カイさんのお父様もお考えにはならないでしょう。となると……族長を通じて、引き止める材料の提示。そしてその前に、族長ご自身に、私たちの話を聞いていただく環境が必要ですね。
 とはいえ、急を要する報告を持ってきたのが、移住派のリーダーの息子、そして娘の恋人だということで、おそらくそのまま会いに行ってもあしらわれる可能性があります。一度は船から追い出されているのですから」
「そのあたりは考えています。刃魚さんの状況を利用しましょう」
 オリヴィアと桐生 円(きりゅう・まどか)は、その場の全員に、とある計画を説明した。
「──分かりました。カイさんの件はそのように。もし責任を問われたら、私が取りましょう」
 円はさっそく船内の友人に“テレパシー”で計画を説明する。
 そして彼女たちは大人数では目立つと、二手に分かれ、出航前の船内に戻ってきた。
 ヤーナ他主な生徒は、ヤーナの部屋で待機することになった。

 船内で円からのテレパシーを受けたのは、船内を警備中のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だった。
「うわー。何だか部族の分裂とか色々難しい事があるみたいだね」
 ロザリンドから事情と計画の説明を受けたテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)は、思わず声をあげた。
「まあ、私らも分裂して統合してとやってたから、先輩?」
「……不謹慎ではありません?」
 シャロン・ヘルムズ(しゃろん・へるむず)がテレサに冷たい視線を向ける。
「あ、シャロン、そんな怖い目で見ないで。冗談冗談」
 と言ってみたものの、シャロンは疑いの目で彼女を見ている。
(……そんなにマズいこと言ったかなー? 先輩ならなんかいいアイデア浮かびそう、って感じもあるんだけどなー)
 お気楽なテレサは、魔鎧なのにキャリアウーマン風で真面目なシャロンがちょっと苦手だ。
「ちゃんとお手伝いするからさ。ね、メリッサ?」
「うん! 喧嘩はだめだもんね。だから仲良くするためのお話をするんでしょ? 難しいことは分からないけど、お手伝いならできるよ」
 メリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)がロザリンドの背を追いながら元気に頷くが、シャロンはちょっと疲れたように黙って首を振っただけだった。
 ロザリンドたちが尋ねたのは、提督フランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)の執務室だった。
「失礼いたします」
「──何かあったか?」
 いえ、ハーララさんの部族の件で折り入ってお話があります、と彼女が言うと、フランセットは彼女たちに椅子にかけるように示した。
「シャンバラで、海面上昇の報告はありましたか?」
「いや、そのような報告は受けていないが……急にどうした?」
 ロザリンドは、実はと、ヤーナから聞いた部族の問題、カイが重要な情報を持って、わざわざハーララとヤーナに会いにここまで来たことを説明した。
 そして彼女たちの問題を解決する必要があると感じていること、ラズィーヤに全員が揃っての会談を提案しに行こうと考えていることを。
「そうか。これは従妹殿の領分だが……海に関わることだ、話してくれ。聞いた言葉は、私から従妹殿に伝えておく」
 シャロンが、いつもの厳しい表情のままフランセットに問った。
「内海の事情はヴァイシャリーといいますか、シャンバラはこれまであまり深くは関わっていないのでしょう? それならば今回の事で、言い方が悪いですが族長に恩を売り、足掛かりとするのがいいでしょうか?」
「そうだな」
「まあ、商売とか移住や技術の提供に関しては適正に行うのが、その後に問題が起こりにくくなりますので、過不足の無い、お互い対等な立場での交渉で。生活の安心を保障させるのが移住派の性急な行動を抑えることになり、また、そういった交渉結果を族長が持ちかえる事になれば、部族の結束に繋がりますし」
「はい。そしてできれば、今後の原色の海に住むという種族との、仲介をしていただければいいかな、と思います。
 生活の安心の保障、技術というのは、ヴァイシャリーの水上生活技術の供与です。即座の判断は難しく、損失を生むかもしれませんが、このまま見過ごしその後の交易に支障をきたす損失より、部族の分裂を押しとどめた利益が高いと思います」
 それに海面上昇の問題もある。
「今現在影響がなくとも、我が国も見過ごすことはできないですし、調査には部族の協力も必要になります。お互いが必要とする事を補い合うためと考えるのはどうでしょうか?」
「──分かった。従妹殿に会談を設けてもらうよう、私から頼んでおく。少し待っていてくれ」
 フランセットは会場警備の生徒に伝言を頼んだ。しばらくして彼女が戻ってくる。答えは、イエスだった。
「では一時間後、宜しく頼む」
 ロザリンドたちはフランセットに礼を言うと、事情を伝えに、ヤーナの個室へと向かう。

 会談の成立を聞いた部屋は、ぱあっと明るい雰囲気に包まれた。
「良かったですね! これで大きく前進ですね」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、ひとしきり手をぱちぱち叩いた後。
「あ、いけないいけない」
 庶務に立候補していたことを思い出したのかと思いきや。
「ちゃんと打ち合わせしないとですね。せっかくの会談、成功させなきゃ!」
(お互いのこと好きなのに、離れ離れになっちゃうなんて……。何とかして皆が幸せになれる道を探さなきゃ!)
 恋人たちに感情移入して、すっかりお茶会が選挙の一環であったこと。そして選挙の投票が行われることなど、忘れてしまっていた。
「うん、難しい話は良くわかんないけど、ヤーナねーちゃんとカイにーちゃんには幸せになってもらいたいもんね。ボクも出来る範囲でお手伝いするよー!」
 七瀬 巡(ななせ・めぐる)もうんうん、と頷く。
 歩同様に人が良い、というより王子様っぽい巡もすっかり乗り気だった。
 さっきは、「カイにーちゃんは、ヤーナねーちゃんのこと好きなんでしょ? じゃあ、ヤーナねーちゃんのこと守ってあげなきゃね! 仲直りするまで色々あるだろうし、男らしくビシッとね」なんてハッパをかけて、カイを了承させていた。
「ただ、どうしてもダメならいっそのことヴァイシャリーにきて百合園に入っちゃえば良いよ。皆歓迎するよー」
「ありがとうございます」
「ええっと、じゃあ、まず聞いておきたいことは──そういえば、ハーララさんってお二人の関係を知ってるんですか? もし、知ってたとしたら、部族が分かれる前はどんな感じだったんでしょう?」
 歩の問いかけに、ヤーナは、知っていると答えた。
「……それは……父も、私たちの仲は知っています。別れる前は交際について何か言われることなんてなかったんです。でも、カイさんのお父様が本島を出てから、付き合うな、と。多分……立場的なものと、そこからくる悪感情なのでしょう」
「あたしは、お二人の仲がずっと続いてるのって、説得の大きな武器になるんじゃないかと思うんです。お二人だけじゃなくて、その家族との思い出とかもありそうですし。ハーララさんにそういうお話できないでしょうか?」
「……話して、みます」
「それから、カイさんは移住に固執してるわけじゃなさそうだし、カイさんにお父さんと交渉の席についてもらう約束をしてもらって……ヤーナさんは、ハーララさんにカイさんのお父さんの説得に協力してもらえないでしょうか?」
「お二人とも、気を張りすぎず、気落ちせぬことです」
 伊東 武明(いとう・たけあき)が穏やかに、緊張の隠せないカイとヤーナに話かける。
「確かに、カイ殿のお父上は今、移住の交渉へ向かおうとしている……しかし、そんな簡単に決まる話ではない気がしますな。たとえ部族がまとまったところで、相手も受け入れに色々な準備が必要でしょう。また長を通していないのならば残った部族とは険悪にならざるを得ない。
 おそらくその青の旗を掲げる部族としても、即決できる事柄ではありますまい。ならばまだ話し合う猶予はあるかと」
「確かにそうだ」
 カイが武明の冷静な指摘に頷き、フェルナンも同意する。
「私もそう思います」
「我々として、支援を行える体制を作っておくのは当然ですが、部族の中のことは部族で決めること。成果がすぐには出ぬやもしれませぬが、信頼という木は実を結ぶのに時間がかかるもの、信じて待ちましょう」
 それはカイとヤーナだけでなく、歩たちに向けての言葉でもあった。
 パートナーの言葉を受け、歩は会議で話す予定の幾つかの提案について話し、フェルナンの確認を取った。
「──こういう形で進めたいんですけど、できるでしょうか?」
「分かりました。他の会議所の方々にも、話をしておきます。私も努力してみますが……、頑張ってくださいね」
「はい。みんな頑張ってるんです。きっと上手くいきますよ」
 冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)は歩の言葉にそうですねぇ、と同意してから、ヤーナをいたずらっぽく見つめた。
「……あ、そうそう。お二人の……恋愛の事で、もし……相談したいこととか、あれば…相談に乗りますよぉ。こう見えても……私、結婚してますし〜、あ……もちろん、秘密にしますから〜」
 誇らしそうに、恥ずかしそうに、嬉しそうに。日奈々がヤーナに話しかける。
「そういえば……カイさんって……ここまで、泳いで、来たんですかねぇ?」
「あ、ああ。そうだけど……」
「それなりに……距離が、あると思うんですけど……」
 カイの肯定を受け、日奈々はヤーナににっこりと笑った。
「……いい人、ですよねぇ……ヤーナさんも、それだけ……愛されてて……幸せじゃないですかぁ?」
「あ、はいっ。いえ、あの、いい人っていうところに返事をしただけで、あの、あの、幸せじゃない、っていうわけでは決してないのですが……」
 真っ赤になって俯くヤーナ。どうも恋愛の話には耐性がないらしい。
「ふふ、いいですよねぇ。恋愛って」
 その後、歩とフェルナンが打ち合わせをしながら会議に向かってから。
 残った日奈々とヤーナは雑談(というか恋愛についての話)をしていたが、
「……あ……テレパシーですぅ」
 あるタイミングで、日奈々は友人からのテレパシーを受け取った。
「ヤーナさん、傘ねぇ、呼ばれましたよぅ」
 傘ねぇこと赤羽 傘(あかばね・さん)が立ち上がる。
「よし、行くかの」
「……ヤーナさん……ここが、正念場……ですから……頑張って、ください、ですぅ」
「はい。ここまでしてくださって、ありがとうございます」
「人の恋路は見てて楽しいけん、幸せになってほしいわ。やけど、まず自分がどうしたいか、っていうのが大事やな。
  ヤーナとしてはカイと離れたくない、部族が分裂してほしくないって、ことでええやろか?」
「はい」
「んで、そのカギになっとるのが移住のことと。……現状維持ができるんが一番じゃけぇ、まぁ、そのための方法は族長さん達に任せるしかないかの。
 やけど、方法の前の部分、自分のいっちゃん大事な思いは、ちゃーんと伝えないけんよ」