リアクション
* * * 燃え盛る火炎、空を飛び交う翼ある魔族、そして街のいたる所で殺戮を行っている魔族。 街はいまや騒乱のるつぼと化していた。 「やれやれ……これはまたバルバトスはかなり派手に宝石箱をひっくり返したものだ」 シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)は目深にかぶった帽子の下で、視線を道の左右に向ける。 魔族からの不意打ちを警戒しながらも、GPSの指し示す方角へ向かって彼らは全力で走っていた。炎を避けるためには迂回しなければいけないような場所も少なくなかったが、時間をとられることを嫌って、氷術で火勢が弱まった隙に強行突破で炎の下をくぐり抜ける。 携帯に出た騎士から聞いたセテカの状態は、かなり深刻なものだった。昏睡と覚醒を繰り返しているが、覚醒中も意識はかなり混濁しており、昏睡している時間がどんどん長くなっている。出血は止まらず、もうかなりの量が流れ出てしまっているらしい。いつ呼吸が止まってもおかしくない状態だということだった。 であれば、もはや一刻の猶予もない。 「はあっ!」 角を曲がった先、前方をふさぐようにして行進していた魔族のグループを、走り込んだネイトや騎士たちのバスタードソードが切り裂いた。 ミシェルがカタクリズムで彼らの補助を行う一方、騒動に気付いて舞い降りてこようとした飛行型魔族たちを佑一が曙光銃エルドリッジで撃墜する。補うように、シュヴァルツの二丁拳銃が大魔弾『タルタロス』を発射した。 爆音をたてて直撃した『タルタロス』は、周囲の魔族をも巻き込んで吹き飛ばす。 仲間がばたばたと撃墜されていくのを見て、残った魔族たちは攻撃をやめると思い思いの方角に飛び去って行った。地上の魔族もまた、武器を持つ彼らと戦うよりも楽に殺せる相手を見つける方が得策と思ったのか、執着を見せず、走る人影の見えた小路地へ向かってさっさといなくなってしまう。 「やはり頭のロノウェがいなければ、ただの烏合の衆か」 魔弾を入れ替えつつ、シュヴァルツはつぶやく。 もともと多で動くよりも個で動くことを好み、協調性というものが皆無な魔族はまとまりに欠ける。訓練され、魔族の軍隊で一番組織立っていると言われるロノウェ軍でさえ、命令がなければこの有り様。いとも簡単に殺戮という快楽に流される。 「おまえたちはやつらを追いなさい」 「ネイト様? しかし――」 「民の安全が第一です。行きなさい」 「……分かりました」 タイフォン家の騎士たちが、消えた魔族を追って小路地の闇へ消えて行った。 「さあ、行きましょう」 * * * そう時をかけず、彼らはかつて大聖堂があった場所から少し離れた木の下に寝かされたセテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)と騎士たちを発見した。 イスキア家、タイフォン家の騎士たち5名が彼を守護するように円陣を組み、魔族と戦っている。 「見つけた! あそこ!」 ミシェルがパッと表情をあかるくする。 「あなたたち、ちょっとどいてなさい」 騎士たちにひと言言い置いてから、プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)が聖なる手榴弾を燃える大聖堂近くに投げ込んだ。爆発した手りゅう弾は大聖堂の欠片を飛礫とし、破壊力を上げて魔族たちを吹き飛ばす。 「セテカ!」 「セテカさん!!」 周囲の魔族を排除した佑一たちがそちらへ駆け寄ろうとしたときだった。 そばについていた騎士の注意が彼らにそれたのを見計らうように、上空から飛来したワイヤークローがセテカを引っかけて吊り上げた。 「なにっ……!?」 「もーーらいーーーっと!」 いつの間に近づいていたのか。ワイヤークローの先には、ジェットドラゴンに乗ったゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)の姿があった。 「だぁ〜〜〜っひゃっひゃっひゃっ!!」 まさにトンビに油揚げ状態で、すっかりあっけにとられている地上の者たちを見て、ゲドーの笑いは止まらない。 「――くっ!」 佑一がエルドリッジをかまえる。 「よせ、セテカに当たらずとも、あの高さから落ちれば助からない」 「だけど!」 「ククッ。あわててる、あわててる。俺様ゆーかい〜♪」 大笑いはおさまったものの、いまだくつくつ肩を震わせているゲドー。彼の視界に、激痛から目を覚ましたセテカの姿が入った。なんとかして体に巻きついたワイヤークローをはずそうとしている。 「さらわれるお姫サマは、おとなしくしてなサイ」 「……ぁ……っ!」 ゲドーの放ったその身を蝕む妄執を受け、セテカは再び意識を失った。 「おりょ? きつすぎた? 死んじゃったかなー?」 ぐったりした体を、しげしげと見下ろす。 「ま、問題ないだろ。すぐロノウェ様が魂取って生き返らせてくれるし!」 でも案外、ヨミちゃんサマに魂取ってもらうのもいいかもー? 外見年齢3歳児の、こまっしゃくれたあの悪魔の足元に手をつき『ご命令を、ご主人様』とか言っているセテカの姿を想像すると、また笑いがこみ上げてきた。 『やつらをコテンパンにするのです!』 『はい、ご主人様』 なんつって。アリだろ、これ。 「ん〜、やっぱヨミちゃんサマにするかー」 自分のした想像にニヤついていたゲドーの肩のすぐ上を、そのときヒュッと何かが通りすぎた。 「……ん?」 と、そちらに向けた顔の鼻先を、またも風を切って何かがかすめていく。 「セテカさんを放しなさい!!」 我は纏う無垢の翼を用いてすっくと立ちはだかる人影。月光に半面を照らし出したその者は、エレオノール・ベルドロップ(えれおのーる・べるどろっぷ)だった。 出現に目をむくゲドーに向けて、容赦なく弓矢型光条兵器で射かける。 「これ以上の暴挙は、絶対に許さないんだから!」 彼女が矢を放つたび、夜の闇に美しい花が咲いた。闇に反応し、開花する光輝の花矢。 射られる側のゲドーからしてみれば、おちおち見とれているわけにもいかなかったが。 「うおっ、うおっ……あぶねーっ!!」 次々と連射される矢を避けて、ふらふら危なっかしくジェットドラゴンが揺れる。エレオノールの狙いはそこにあった。わざと当たらないように上から射て、ジェットドラゴンを下降させる。そしてタイミングを見計らい、振り子のようになったワイヤーを断ち切った。 「しまった!」 気付いたときにはもう遅い。 追ってきている者たちを下に見て、分が悪いと悟ったゲドーはジェットドラゴンを加速させ、飛び去って行った。 「セテカさん!」 地表に叩きつけられる衝撃を少しでも軽減しようと、ミシェルがカタクリズムで上昇気流を作り出す。 彼らがセテカの元にたどり着いたとき、エレオノールが懸命にリカバリをかけていた。 「無茶をしてごめんなさい」 「ううん、そんなことない。ボクたちじゃ止められなかったもの。来てくれてありがとう!」 ミシェルやプリムラも一緒に、ナーシングやフラワシでセテカのけがの回復に努める。ぱっくりと口をあけていた傷口はみるみるうちにふさがったが、なぜかセテカは意識をとり戻さなかった。 「回復魔法……効いてない?」 プリムラが眉をひそめる。 回復魔法が効かないということは……つまり……。 「ううん、そんなことない! ちゃんと傷口はふさがってるもの! 効いてなかったら治らないはずだよ!」 「時間が経ちすぎちゃったのかも。目を覚ますほどの力もないとか……?」 「そんな……っ!」 うろたえる3人の前、唐突に佑一がセテカの胸ぐらを掴んで引き寄せた。 「起きろ、セテカ! 目、覚めてるんだろ! 本当は!」 叫ぶなり、ぱんぱんほおを張る。 「ゆ、佑一さんっ!?」 そんな乱暴な。 「さっさと目を開けろってば!」 やめさせようととびつくミシェル。そのとき、セテカの体が震えているのが分かった。 「……やっぱり、そういうやつだったんだな、おまえは……」 目じりに涙までためて、セテカはおかしそうにくつくつ笑っている。 「セテカさん!」 「やっぱりたぬき寝入りしてたな、このばか! 一体どこまでひとに心配させたら気がすむんだ!!」 「誤解だ。さっき目が覚めたんだ、おまえが耳元であんまりうるさく怒鳴るからっ」 憤慨して、もう一発殴ってやるとばかりに手を振り上げた佑一に、これ以上殴られるのは勘弁とセテカが両手でかばうしぐさをする。 「……よかった……」 ぽつりと、エレオノールがつぶやいた。 緊張の糸が解けたのか、両目から涙がぽろっとこぼれた。 彼は東カナンになくてはならない人。連れ去られそうになっているのを見て、絶対彼を助けると決めていた。誓いのイヤリングに誓い、もしものときは自分が身代わりになってもいいとさえ思いつめていた。 「助かって、よかった……」 息を止め、顔を赤くして、それ以上泣くまいと我慢しているエレオノールを見て、セテカは膝の上の手を上から優しく包み込む。 「うっすらと覚えている。こうしていられるのは、きみのおかげだ。ありがとう」 その手に戻ったぬくもりと優しい声に、顔を上げたエレオノールが笑顔になったとき。 「……なぜ……まだ生きているのです……?」 弱々しい女の声が背後で起きた。 よろめきつつも建物の影から前に出る、伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)。激闘と燃えた大聖堂からの脱出で、屠(ほふり)・ファムルージュとしての変装は半ば以上解けていたが、本人は気付けていないようである。 そんな余裕はないだろう。全身に傷を負い、左腕は二の腕の半ばから失っている。大量に血を失い、蒼白した面は、べっとりとほおにつけた血の色と対照的だ。 だが胸が悪くなるほどの殺意は、なおその身から放出されていた。狂気に支配された目もまた。 それと敏感に反応し、セテカ以外の全員が戦闘態勢をとる。 「セテカ・タイフォン……あなたは死んだはずだ……この手で、殺した……。 ああ、そうか。もう一度、殺してほしいんですね……。いいですよ。何度でも、何度でも、殺してあげましょう……」 ふらつく足が、死した魔族にぶつかった。よろけ、壁に肩をつく。そこから走った激痛に、藤乃は声もなく身を折った。 「腕……私の……」 ぼたぼたと血の塊を落とす傷口を押さえる。なぜそうなっているのか、不思議そうに見たその目が、魔族の死体に流れた。 神遺物:斬業剣斧ジャガンナートで切り落とした魔族の左腕と傷口を合わせ、火術でくっつけようとする。 「――ひっ」 衝撃のあまり、全員が息を飲む。 正気の沙汰とは思えなかった。いくら火術で皮膚や肉を溶接しようと、人の腕と魔族の腕が同化するはずがないのに。 「ふ……ふふ……」 表面上くっついた腕を見て、藤乃は満足げに笑った。 「……狂ってるよ、あの人……」 「ミシェル、きみはここでセテカを守って」 あの女は危険すぎる。近づけてはだめだ。 体中に鳴り響く警鐘に突き動かされるように、佑一は剣を抜き、走り込んだ。 パワードアームによる無光剣と鬼神力によるジャガンナートの一閃が交錯する。拮抗した一瞬を狙って、エレオノールが矢を射た。 光の花が右腕を貫通する。それを引き抜く藤乃の顔にはもはや苦痛はなく、むしろ痛みを享受するかのようなうっとりとした恍惚の笑みが浮かんでいた。 「ハハハハ……ッ」 力ずくで佑一を弾き飛ばし、ジャガンナートで横なぎした。もはや剣技も何もあったものではない。ただひたすら、その凶悪なまでに巨大な戦斧を眼前の敵にぶつけようとしているだけだ。 しかも、笑いながら。 「――くっ!」 パッと飛び退いた佑一の前髪の先をかすめるように、今またうなりを上げてジャガンナートが振り下ろされた。地響きをたて、地表が割れる。あんな超重量の斧、まともに受けては剣がもたない。藤乃が歴戦の武術を発動させたのを見て、佑一は歴戦の立ち回りで回避率を上げる。だがそれでもかわしきるのは難しい。後衛についたエレオノールの的確な補助により、とうにかしのげている状態だ。正面から剣で斬りつけてもブレイドガードで弾かれる。佑一の氷術そしてエレオノールのバニッシュが白光を放って空を裂けば、藤乃の火術が迎え打った。 そんな彼らの戦闘がひと目を引かないはずがなかった。クロスボウのプリムラとカーマインのシュヴァルツが上空から来る魔族を担当し、地上の魔族はネイトと騎士たちが応戦する。 「……すまない」 壁に背を預け、セテカは立てた膝の間でうなだれた。肉体の傷はふさがっても、まだ死の直前までいった精神的な消耗から回復しきれていない。小刻みに震えている指先に、ぎゅっとこぶしを固めるセテカの前、ミシェルがすっくとかばい立っていた。 ミシェルの脳裏に浮かぶのは、かつて、北カナンでの出来事。あのときもまた、こうして傷ついたセテカの前に立っていた……。 「セテカさん……今度こそ、守るからね」 (ただ怖くて震えてるしかなかったあのときとは違う。ボクは……ボクにだって、大切なひとを守れる力があるんだ!) ぎゅっと蒼き水晶の杖を握る手の力を強める。 「行って、ミーアシャム!」 騎士の剣をすり抜けて飛び出してきた魔族に向け、ミシェルは鉄のフラワシを放った。 鋼を砕く音を立て、数本の花矢がジャガンナートの側面に突き刺さった。 「今です! 矢野さん!!」 エレオノールの指示が飛ぶ前に、佑一は動いていた。狙いはジャガンナート。 「はあっ!!」 大上段より振り下ろす。渾身の一撃を受け、花矢によってひびの走っていたジャガンナートはその衝撃を受け止めきれず、破砕した。 だが同時に、無光剣も折れる。砕けた破片が佑一、藤乃双方を傷つけて飛び散った。 「……ち」 武器を失ったことで身をひるがえす藤乃。路地の暗がりへ消えて行く彼女を、佑一は追わなかった。撃退できればそれでいい。 「矢野さん、大丈夫ですか?」 「うん。また助けられたね、ありがとう」 気遣うエレオノールに礼を言い、佑一はミシェルたちの方を向いた。そちらの戦闘もひと区切りがついたらしく、2人の元へ全員が駆け寄ってくる。その中には、回復を果たしたセテカもいた。 「それで、これからどうするの?」 答えたのはネイトだった。 「われわれは消火に回ります。一番手が足りていないようですから」 「セテカは? 城へ向かった方がよくない? バァルさんが心配していたし」 てっきり応じるとばかり思ったのだが。しかしセテカは意外にも首を振った。 「いや、今の俺では足手まといになる。あちらにはカインたちが向かったそうだから、俺も消火に回ることにした。バァルには伝令を出せばいいだろう」 「そう」 「佑一さん、ボクたちも行こう」 レーベン・ヴィーゲで佑一の負った傷を癒していたミシェルが、きゅっと袖口を引っ張る。 「このままだとアガデがなくなっちゃうよ」 「私も行きます。……あんまりお役に立てないかもしれないけど、でも今は、どんな微力だってないよりましでしょうから」 エレオノールも進み出た。 「うん。じゃあ、みんなで行こう」 セテカは守り通すことができた。だがアガデを守る戦いは、まだ終わっていない。 ネイトを先頭に、彼らは最も火の勢いの強い地区に向かって走って行った。 |
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