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学園祭に火をつけろ!

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3.――てんやわんやで後半戦



     ◆

 白砂 司(しらすな・つかさ)は一人、人混みの中にいた。勿論彼も文化祭を楽しむためであり、偶然にも暇な日とこの日が重なったが為に此処にいる。
「万博で結構疎らかと思ったが、そんな事はないのか」
 彼が今いるのは施設内ではない。校門を潜り抜け、中央に延びるメインの通り。出店や呼び込みの激しい通りにいるが故に、その人の数や、尋常なものではない。彼はその賑わいを横目で見ながら、宛もなく前進していた。
「さて、普段とは違う雰囲気だが、どこからまわったものか」
 先程から目の前に聳える校舎を当面の目的地(などと言ったところで、結局具体的な目的はないが)としている彼は、しかし一向に校舎へ到達しない事に驚きを持って見詰めているだけだ。
「何処かに全体の見取り図はないものだろうか……建物はわかるが、どこで何をやっているかがわからん……とりあえず教養学部校舎を目指すか…はたまた」
 自分の後ろにも人が連なっていることを知っている司は、足を止めることなく辺りを見回す。すると隣を歩く一組のカップルに目を止める彼。
そのカップルの女は、手に何やら冊子の様なものを持っているではないか。
「君たち、その冊子は何処で手にはいるんだ?」
「えっ? 入り口の受付で貰えたけど…」
 彼の質問に答えた青年。司はそうか、と難しい顔をして言葉を止める。すると青年、司の様子を見て提案を投げ掛ける。
「何処に行きたいか言ってくれたら、そこまでの道のりは見てみるけど、どう?」
「おお、そうか。それは有り難いな。俺はあの、正面に見える校舎、『御神楽大講堂』と言う場所へに行きたいんだが」
 「わかった」と言って、青年は彼女からパンフレットと受けとるとじっと見ている。無論、この間にも人の流れが止まっているわけではない。
「あれ…あそこって、何もやってないみたいだよ」
「何だと!? それは本当か?」
「うん。『御神楽大講堂』ってだけ書いてあって出店団体がいないみたい」
「そうか、それはすまなかったな。」
「大丈夫だよ」
 一通り挨拶を済ませた司は、何とかメインの大通りから抜け出て、出店のない通りまでやって来る。流石に普段通い慣れているだけあり、どの辺りに店が出ていないのかが何となく理解できているらしい。大講堂に出店団体がいないのには流石に驚いてはいるが。
「さて、ならばこれからどうしたものか」
 暫く思考を巡らせていた彼だったが、やはりパンフレットがないと不便だと感じたらしい。今まで歩いていたルートとは違う行き方で出入口を目指し、歩き始める。
「昼食時までにはまだ時間もある。パンフレットを取りに行ったら今のうちに何か食べておくとしよう」
 そんな事を呟きながら、彼は足早に校門へと向かう事にする。黙々と歩き続けて約十分。校門前に着いた司は足を止めて受付を探した。
如何せん人が多いので、仮設テントを見付けるのも容易な話ではない。やっとの事でテントを見付けると、彼は受付の青年に声を掛けた。
「すまんがパンフレットを一冊頂けないか?」
「はーい、いらっしゃいませ。って、あれ? お兄さん、空大の人かな?」
「うん? そうだが」
「やっぱりそっか。うーん、見取り図付きの来賓者用と、生徒用の簡易パンフレットと二つあるけど、どっちがいい?」
「校内の造りはあらかた知っている。簡易のでいいよ」
「はーい、生徒用ね。って事はお兄さん、教養学部か社会福祉学部の人か」
「そうだが? 何故わかるんだ?」
「ほら、その二学部は結構奥まったところにあるでしょ。医学部の人とか他の学部の人は行ったことない校舎の方が多いと思うし、それに比べれば奥まったところにある学部の人は色々な学部の校舎の前を通るからね。はい、これ。簡易パンフ」
「なるほどな、ありがとう。感謝するよ」
 パンフレットを受け取った司は、踵を返して今来た道を引き返す。理由は簡単で、人が少ないから。故に彼はパンフレットと広げて眺めながら歩き出す。
「何々……飲食ブースは奥にあるのか。隣のアミューズメントブースもなんだか気になるし……まぁいいか。とりあえず行ってみよう」
 どの校舎で何をやっているかが何となくわかった彼は、人の少なそうな道を通りを、家政学部の校舎に到着した。
「勿体ないな、外にあれだけ空きスペースがあるならそこに店を出しても良いだろうに」
 オレンジ色でレンガ造りの校舎に入っていった司は、廊下に掲示されている店一覧を見上げてみる。
「たこ焼き、クレープ、サラダバー? 兎に角、何だか凄いな。さて、どこから行ってみるか……」
 と、彼は思わず目を奪われる。店の一覧の中、とある文字を発見したからだ。
「こ、これはっ!? 『オキナワお菓子のお店』だとっ!? 何処だ、何処にある! 1104教室! なんと此処から近いではないかっ!!!」
 司は直ぐ様1104教室を見つけ出し、瞳をキラキラさせながら店に入っていく。店内は琉球音楽が流れ、内装にも凝った作りになっている。
「メンソーレー」
 笑顔で出迎えたのは、司が何処かで見たことのある誰かさん。
「お一人様ですかー?」
「あぁ、って君は――」
「民俗学の講義で一回お兄さんの事、見たことありますよ」
 にっこり笑いながら椅子を司に促す女子生徒。彼にメニューを渡すと「ごゆっくりー」と言って奥へと消えていった。
ふとメニューに目を落とした彼は、興味津々。
「サーターアンダギーにミミガー……まずはどれから行くべきか………」
 恐ろしく鋭い目付きで真剣に考え込む司。
「よし、まずは紅芋のタルトだ。これは譲れん! 実に興味深いぞ、お姉さん!」
 眼鏡を指で直しながら、姿勢良く座る司は綺麗に天高らかに挙手し、係りの生徒を呼んだ。
「まずはこの、紅芋のタルトとシークァーサージュースを戴こうか」
「はーい、紅芋のタルトとシークァーサージュースですねー」
「ああ、頼む!」
「……あ、はい」
 彼の気合いに圧倒され(ているより、ただ困っているだけの)生徒は慌てて奥へと走っていった。
この後、紅芋のタルトとシークワーサージュースを飲みながら、「喜びの言葉」を声高に叫ぶ司と、一回ずつその言葉に反応し、ビクビクする女子生徒のやりとりがあった後、サーターアンダギーとミミガーをお土産として買った彼は、ある種、何かをやり遂げた様な顔つきになって店を後にした。
「琉球文化……実に面白い! 機会があれば一度学んでみたいな」
 テンションが乗ってきた彼は、今度は宛もなく校舎内をぶらついてみる事にしたらしい。たこ焼き、焼きそばなどの基本的な物はしっかり押さえつつ、秋田のきりたんぽ、長崎のちゃんぽんなどと言った、大陸ではなかなか出会わない料理も食べ歩く彼。
「素晴らしいな。よし、来年も必ずや客として参加しよう。にしても、万博がなければサクラコにも食べさせてやれ――」
「私が、どーかしましたっ?」
「なっ!?」
 いきなりの声に思わず驚く司。彼の後ろには、此処にはいる筈のない彼のパートナー、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の笑顔がある。
悪戯っぽく笑う彼女は、司の持っているお見上げ、サーターアンダギーを見付けて目を輝かせる。
「……これはやろう。やるからちゃんと事情を説明するんだ。良いな?」
「やーった! んじゃーいただきますよ」
 からからと、相も変わらず悪戯な笑みを浮かべる彼女に頭を抱えながら、彼はため息をついた。


 近くにあったベンチに腰掛ける司とサクラコ。サクラコは司からもらったお菓子を食べながら、ニコニコと事情を説明していた。
「てー訳なんです」
「いや、良いのか? 万博の方は」
「私だってお休みとってもいーじゃないですか。それに元々、この文化祭を進めたのは私ですよ、私にだって楽しむ権利、あると思いますけどー」
「まぁ、サクラコが良いならそれでいいが……しかしだな、仕事ほっぽり出してもくる必要は――」
「あれー? 司君。私が来ても嬉しくないんですか? そーゆー事言っちゃいます?」
「違う、そういうことを言ってるんじゃない。俺はあくまで君を心配して――」
「姉貴分としては、司君が一人で楽しめるか心配だったんですよ。ただのそれだけですよ」
「…………………」
 彼女のペースに巻き込まれっぱなしの司と、そんな彼の事などお構い無しに口一杯にサーターアンダギーを頬張るサクラコの前に、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の二人がやって来た。
「ねねっ! そこのお兄さんとお姉さん! そのお菓子、何処に売ってるの!?」
「ちょっと美羽さん、いきなりそんな事聞いたら失礼ですよ……あの、ごめんなさい」
 どうやら美羽、サクラコの持ってるお菓子が気になったらしく、突然二人に声を掛けたらしい。隣にいたベアトリーチェが申し訳なそうにお辞儀をする。
「(なんか知らんが助かった……)これはすぐ近くの店、『オキナワお菓子のお店』で売っているよ。元来この料理は地球の『琉球』と言う文化で古くから愛されていてだな――」
「司君。あのお嬢さん、もう行っちゃってますよー」
「ご、ごめんなさい!」
 司が解説しようとしている時、すでに美羽はお買い求めに行ったらしく、残されたベアトリーチェが本当に申し訳なさそうに謝罪している。
「いや、良いんだ。彼女の希望はサーターアンダギーであって、俺の解説じゃないのは薄々気付いてはいたから」
「薄々、なんですねー……ところで、貴女はあの子についていかなくて良いんですか?」
「えぇ、彼女に『このおにーさんたち楽しそうだから、此処で待ってて!』と言われましたから」
 「そっかー」と、そう呟いたサクラコは最後の一口を口に放り込み、満足そうに『ご馳走様』と司に言った。
「時に、その制服は蒼空学園の生徒さんかい?」
「えぇ。そうですよ。お兄さんたちは、此処の生徒さんなんです?」
「そーですよ。今回はお客さんとして、楽しみにきましたー」
「と、いう訳なんだ。店の場所まではわからないが、校舎の位置なんかは知っているから、行きたいところがあるなら言うと良い」
「ありがとうございます」
 丁寧にお辞儀をするベアトリーチェに、『礼儀正しい子だなぁ』と感じながら、二人はそうだ、と簡単に自己紹介する。
「ベアちゃんお待たせーっ!」
「で、こちらが私のパートナーの小鳥遊 美羽さんです」
「あれ、もう自己紹介とかしちゃった感じ?」
「えぇ、たった今」
「そう言う事だ、俺は白砂 司と言う。隣の彼女はサクラコ・カーディだ。よろしく頼むよ、小鳥遊」
「よろしくね、ツカサン先輩にさぁちゃん先輩っ」
 満面の笑みで、相変わらずなあだ名をつけてそれで呼ぶ美羽。
「つ、ツカサン………?」
「さぁちゃんですかぁー、なんか可愛いかも」
「でしょ!?」
「(美羽さんのあだ名を、久しぶりに気に入られたみたいね)良かったですね、美羽さん」
 首を傾げる司と、美羽と二人でニコニコしているサクラコ。と、サクラコが突然『朝御飯食べたい』と言い出した。
「朝食を抜いたのか?」
「それは良くないですよ?」
「違うの違うの。持ってこようとして、忘れたんですよ」
 苦笑しながらサクラコが言うと、うーん、と考えていた美羽の表情がぱっと明るくなった。
「ならさ、私の先輩がやってるらしいお店があるんだよね! お昼そこで食べようと思ってたから、皆で行こうよ!」
「カレーライス、らしいですよ」
「まーじーっすかぁ! 食べにいきましょーよ、司君」
「そうだな、次はカレーか。悪くないな」
 よし、という司の掛け声で彼とサクラコが立ち上がり、四人で一路、二階にあるスカイホリディを目指すのだ。