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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

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   10

 冷たい風の吹く外で夜を明かすわけにもいかず、纏は受刑者たちを塀の内へ入れた。独房は火事そのものと消火活動のせいで使える状態ではなかったため建物には入れなかったが、焚き火のおかげで寒い思いをした者はなかった。
 そして東の空に太陽が昇り始めた頃、ロイ・グラードが真っ直ぐ、堂々と正門から入ってきた。
「おまえ! どうしたんだ!?」
 妙な質問だと思いつつ、淵は真っ先に駆け寄り尋ねた。まさか自分から戻ってくるとは思わなかった。
「先生、合格ですか?」
「……は?」
「テストです。スキルを使わずに脱獄できるかどうか。他の連中は、駄目だったようですが」
「……どういう意味だ?」
 ロイはそこで、声を落とした。
「実は俺は、勘違いしていたようで」
「そ、そうか」
 ああ、遂にここが刑務所と気づいたか――。淵は動揺を隠せなかった。早く教えてやればよかったろうか。
「てっきりパラ実の寮だとばかり思っていたのですが、職業訓練所だったのですね」
「――――は?」
「俺の勘違いで、先生方にご迷惑をおかけしたかもしれません」
 淵は必死になって考えた。どうやらこの男、更に勘違いをしているらしい。周囲の受刑者がしていた噂話を、「脱獄のテスト」と思い込み、実行した、ということか。
 淵はロイの肩をぽんと叩いた。
「ああ、合格だ。中へ入って、所長に帰ってきたと報告しろ」
「分かりました」
 まだ勘違いしているならさせておこう。その方が平和でいい、と淵は思った。


 その三十分後、プラチナムに引きずられて鮪が戻ってきた。
「放せェ、このアマ!!」
「どこにいた?」
「それが……旅の吟遊詩人と一緒でした」
 ジュリアの問いに、プラチナムは困惑気味に答えた。
「吟遊詩人?」
「ヒャッハァ! 南門、見つけたぜぇ〜!!」
 ジュリアの後ろにいた纏が、思わず一歩下がった。
「所長? どうかしましたか?」
「いや……なぜかこいつに近づいてはいけないような気が」
「これを見ろ!!」
 プラチナムに襟を掴まれたまま、鮪は懐に手を突っ込んだ。ジュリアがさっと身構える。
 だが、鮪の手に握られているのはパンツだった。
「おお、それは!!」
 国頭 武尊がそれを見て言った。
「生地は綿百パーセント! 国産のゴージャスフリルがついて、しかも足長効果がある! セコール社の最新モデルじゃないか! どこでそれを!?」
「旅の行商人から貰い受けた!!」
「……吟遊詩人と言ってなかったか?」
とジュリア。
「吟遊詩人でセコール社のセールスマンだったんです」
 プラチナムが答えた。
「まさか下着を買っているとは……しかし、お金は持っていないはずですが」
「金なんか払うか!」
「まさか盗んだのですか?」
「違う! 俺と所長の愛の物語をしこたま聞かせてやっただけだ!」
「……愛の物語?」
 纏のこめかみがぴくりと動いた。
「そうとも! おまえの愛をビシバシ感じるぜ! ひゃはぁ!」
 プラチナムを振り切り、鮪は纏へ突進した。緊箍が電流を流すが、応えていない。いや、感じていないわけではなかった。
「このオシャレネックレス気に入ったぜ、所長の痺れる愛をびしびし感じやがる!!」
 鮪にはスキル封じが効かないらしい。【対電フィールド】も使っているようだ。
「俺の愛を受け取れぇ〜!」
「受け取れるかぁ!!!」
【正義の鉄槌】が炸裂した。木刀の切っ先が鮪の喉に突き刺さり、真ん中が大きく膨れ上がるや、爆発するかのように裂けた。
 その後、鮪はロビンソンとハンスの懸命の治療により一命を取り留めた。


「どうもすみませんねえ」
 ぺこぺこと頭を下げているのは、昨日、豚肉を丸々持ってきた業者だ。実は学園祭で豚の丸焼きショーを行うために、解体していなかったのだと説明した。書類が入れ違い、こちらに来てしまったのだという。
「やはり手違いであったか」
 エクス・シュペルティアは業者を睨んだ。こういう仕事ぶりは彼女が最も嫌うところだ。
「二度目はないぞ」
とエクスが言うと、業者の女性は厚みのある封筒を差し出した。
「何だ、これは?」
「些少ではございますが……」
「たわけ!!」
 エクスの怒声に、女性は目を丸くした。
「わらわに賄賂とはいい度胸だ。この包丁で三枚に下ろしてくれる。そこに直れ!」
「そ、そんな、こちらとしては誠意をですね……」
「何が誠意だ。そういったものは仕事で見せるものだ。ええい、腹が立つ。その顔、二度と見たくないわ! 以後、二度とここに顔を出すな!!」
 かくて新しい業者は、新棟の食堂への出入り禁止を言い渡されてしまった。


 検査を終えてトラックが門を出た。十分ほど走ったろうか。ふう、と助手席の女は息をついた。
「本気で殺されるかと思った」
 運転席の大柄な男は苦笑した。
「お前が言うんだから、相当なものだな」
「笑い事じゃないわよ。ああいうタイプは、怒らせると怖いんだから。何するか分からないし。あたしなんか、きっと活け造りにされちゃう」
 女はぶるりと震えて見せた。
「お前なら、その状態でも生きてるだろうよ」
 女が男の脇腹を小突くと、背中でコツコツという音がした。振り返って、荷台と運転席を仕切る小窓を開けた。
「もういいんだろ?」
 ウィリアムが渋面を突き出した。
「あんた、臭いよ」
「ふざけんな! 人を豚肉に押し込んどいて、何だその言い草は!」
「助けてやったんだ、そう怒るんじゃないよ」
 空京大学に爆弾を仕掛けたメリッサ・ゴードンは、笑いながらウィリアムの鼻を摘んだ。
「挨拶すべき? はじめまして、って」
「いらねーよ。どうせ、これっきりだろ」
 ウィリアムは顔を引っ込め、メリッサの魔の手から逃れると、荷台に座り込んだ。運転席からはウィリアムの姿は見えず、声だけが聞こえる。
「あら、そうでもないと思うけど。場合によったら、あんたのお友達を逃がさなきゃいけないしね」
「あいつは別にいいんじゃね?」
「放っておくのか?」
 運転席のマックス・ハロウェイが、ミラー越しに尋ねる。
「別にー。出たかったら、俺じゃなくて自分が逃げただろ?」
 ゲドーは依頼人からメモを預かっていた。それには一人だけが助かる方法が書いてあった。アイザックは迷うことなくウィリアムに渡し、自分は開きもしなかった。ゲドーもアイザックもメモは読んでいないから、この計画については何も知らない。メモは焼いてしまった。
 ウィリアムは騒ぎに乗じて厨房の冷凍庫に忍び込み、吊るしてある豚肉に入り込んだ。内臓代わりの詰め物は外に放り出し、これも焼いた。
 寒さと臭いで死にかけたが、とにかくひたすら一晩我慢しろとメモにあったので、我慢した。ウィリアムにとって、一生に一度あるかないかのことだ。外へ出て、黒幕たる人物に会うチャンスがあったらぶっ飛ばしてやると決めたのも精神的支えになった。
「ま、いつかチャンスがあれば、助けに行ってやるさ」
 寝心地の悪い荷台に転がりながら、ウィリアムは付け加えた。ガタガタと揺れ、時折、十センチほど体が浮くが、今はとにかく眠かった。それにシャワーを浴びたい。他のことはどうでもいい。
 メリッサは小窓を閉めた。
 空京爆破犯三名を乗せたトラックは、舗装されていない道を町へ向けて走り続けた――。