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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

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ここはパラ実プリズン~大脱走!!~

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   3

「どうなさるおつもりですか?」
 ゲブー・オブインの襲撃と確保の報告を聞いたクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は、纏に尋ねた。
「来るべきものが来た、それだけですよ」
 クレアの柳眉が僅かに上がる。
「あの二人を引き受けた時から、こうなることは分かっていました。正直、余計な荷物を背負いこんだと思いますが、我々としては他の受刑者に影響が出ないよう全力を尽くすだけです」
「正直な人だ」
 クレアは笑った。「余計な荷物を背負いこんだ」などと、査察官である彼女を前にして口にするセリフでもあるまい。
「とはいえ、もし二人、或いは他の受刑者の脱獄を許せば、貴女の進退問題に関わってきます」
「自分の身を案じるぐらいなら、私腹を肥やすことに夢中になりますよ。刑務所の所長なんて立場は、やりようによっては何でも出来ますからね。――ま、やったことはありませんが」
 ジュリアの目配せに気づいて、纏は付け加えた。
「防止については、出来うる限りの手を打ってあります。査察官の助言通り、ストーンとニコルソンの緊箍については、通常より効果を強めてある――と噂を流しました」
と、ジュリア。
「そういえばあの首輪は、本当に使えるのですか?」
「それについてはつい先頃、看守のヒューレーとガイザックが試しています」
 そこでジュリアの表情が微かに曇った。
「どうしました?」
「いえ――実は、ヒューレーが【対電フィールド】を使った際には、動けなくなるほどの電流が流れたのですが、ガイザックには……」
「使えなかった? 故障ですか?」
 ジュリアはかぶりを振ると、
「実は緊箍は、ある特定のスキルを持った者には効果がないのです」
「それは本当ですか?」
「前々から指摘されていたことです」
 事もなげに纏は言う。
「重大な欠陥ではありませんか」
「世の中、完璧な物なんてありはしませんから」
「改良を続けているのですが、その点についてはなかなか……」
「欠点があるなら、それを補えばいいんです」
 ジュリアの困惑顔に対して、纏はあくまであっけらかんとしている。この二人はお互い、ないところを補い合っているのだなとクレアは思った。
「分かりました。その点については、所長を信じましょう。後は何を?」
「人員の増強を図りました。全員、身元の確かな者を雇いましたので――」
 所長室のドアがノックされた。纏の許可を得、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が入ってくる。
「ゲブー・オブインの治療を終えました」
「ああ、助かりました。ありがとうございます」
「いいえ。わたくしに出来ることがあれば、何でもおっしゃってください」
 ハンスは優しい笑みを浮かべた。
「そういえば、医務室に運ばれる怪我人や病人が多いという報告もありましたね」
 多くは、食堂でエクス・シュペルティアに殴られた受刑者であるが、どれも軽傷である。とはいえ、あまりの患者の多さに遂に医者が逃げ出してしまった。新しい医官がやってくるのが今日であったため、ハンスに臨時で治療を頼んだのである。
「クレア様、ちょうど新しい先生がいらっしゃいました」
「ほう、こんな朝早くにか。熱心な医者だな。名前は? どこから来た?」
ロビンソン先生です。空京からいらっしゃったそうですよ」


 クローラたちが下番し、今日の勤務者が上番した。
 高峰 結和(たかみね・ゆうわ)が受付をすませたのは、その後だ。面会相手はアイザック・ストーンとウィリアム・ニコルソン。当然、共犯者ではないかと警戒された。
 が、問い合わせの結果、二人が確保された折、現場にいた契約者の一人であることが分かり、ようやく許可が下りた。ただし、ブルタ・バルチャが付き添うのが条件だ。
「悪いね」
「いいえ、仕方ありませんから……」
 普通の受刑者は広々とした面会室を使うが、二人の場合は強化ガラス越しでの面会となった。
 二人が入ってくると、結和はぱっと立ち上がり、頭を下げた。
「あ、あのぉ……」
 ごくり、と結和の喉が鳴った。まあ座りなよとブルタが結和の肩に手をかける。
「こ、こんにちは……えっと、覚えて、ないですよ、ね……?」
 ウィリアムが面倒臭そうに結和の顔を見上げた。アイザックが代わりに答える。
「覚えているよ。手榴弾を凍らせた人だね?」
「お、覚えていてくれたんですか?」
 結和の顔がぱっと明るくなる。
「忘れるわけねーだろ。余計な真似しやがって! ぶっ殺すぞ!」
 ウィリアムが壁を蹴飛ばし、ブルタが叱った。結和の体が微かに硬直する。弁護士にすら会おうとしなかった二人がこの面会を望んだのは、結和の正体を知っているからか、とブルタは考えた。
「あの……あ、改めまして、高峰結和といいます……。さ、差し入れを持ってきました……」
「ハンバーガーか?」
 ウィリアムがガラスに顔を近づけた。
「い、いえ、花束……です」
「チッ、使えねー女」
「す、すみません……次は持ってきます……」
 その花束は、既にブルタが調べてある。巷には「ぽいぽいカプセル」という便利な代物があり、花束にも隠せる大きさだ。もしこの結和が偽者で武器でも入れてあれば、大事である。
 幸い何もないようだったので、
「後で渡すよ」
とブルタは言った。
「いらねーよ! ンなもん!」
「じゃあ僕がもらおう」
「アイザック、お前、この女に惚れたのか?」
「本棟に移送されたら、花を愛でる機会もないかもしれないからな」
 アイザックの笑みを見て、結和はずっと考えていたことを口にした。
「その……ひとつ、なんていうか……知ってもらいたい、ことが、あるんです」
 言っていいのか分からない。ここにこうして来ることも、仲間からは反対された。だが、彼女はその友人たちにも黙ってやってきた。伝えることがあるために。
「アイザックさん、ウィリアムさん。……お二人にも、私は幸せになって、欲しいんです」
 ぽかん、とウィリアムの口が開いた。アイザックの眉がやや寄る。
「すみません、変なこと、勝手なことを言ってるってことはわかって、ます」
 結和は唇を湿らせ、続けた。喉が渇いた。水をもらうということすら、頭になかった。
「お二人の望みが、何かは私は、知らないです。でも、それは、あなた方の幸せを……犠牲にしてまで、成し遂げなくてはならないこと、ですか?」
 後ろで聞いているブルタも、顎が外れそうになった。――魔鎧なので、そんなことはなかったが。
「もし、よかったら、刑期を終えた後でも、またお話しませんか。力になる事ができれば……あ、出来ないことはできないですけど、力になりたい、と、思ってるんです。ほんとう、です」
 結和は真剣だった。それは真摯で、腹に含むものなど一切ない言葉であった。それだけにこの発言は、言いようのないおかしさを伴っていた。
「え、えと、なんか変な感じになっちゃいましたが、お二人と、お、お友達になりたいってことです! そうです!」
 最後にそう言い放った瞬間、ウィリアムが遂に噴き出した。ゲラゲラ腹を抱えて笑い続け、足をバタつかせた。ヒーヒー言いながら、ウィリアムは言った。
「こ、こんなおもしれー話、久しぶりだぜ、なあアイザック!」
「ああ」
 アイザックも口の端を上げている。
「いいぜ! 友達になってやろうじゃねーか」
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
 ウィリアムが再びガラスに近寄り、舐めるように結和の体を眺めた。
「――趣味じゃねーけど、まあ、いいか。おい、友達ならここを出せ。ちったあコネがあるだろ?」
「そ、それは出来ません……」
「あぁ!? 使えねー女だな!!」
 ウィリアムはまた壁を蹴って、椅子にふんぞり返った。
「すみません……」
「無理を言うものじゃない、ウィル」
 フン、とウィリアムはアイザックの言葉も聞こうとしない。
「すまない。こいつはこういう男だから――さっきの質問だけどね。僕たちの幸せを犠牲にしてまで、って」
「は、はい」
 アイザックはちらりとブルタに目をやり、それから結和に視線を戻した。
「幸せの定義は人それぞれだ。僕たちはこれでいいんだ」
「そんな……」
「心配してくれてありがとう。友達なら喜んでなろう。でも、だからこそ、僕たちのことは放っておいてくれないか。価値観の違いを認めるのも、友達だろう?」
「……」
 結和は、もう何も言えなかった。
「面会は終わりです」
 面会を行うかどうかの決定権は、アイザックたちにある。結和は後ろ髪を引かれる思いで、面会室を出た。
 ブルタは、ガラスに顔を近づけて低い声で言った。
「ニコルソン、このままではキミたちは殺されるかもしれない」
「あぁ?」
「実行犯たるキミたちを、主犯が生かしておくだろうか? ボクはそうは思わない。何としても口を塞ぐはずだ。知っていることがあるなら、全て話すんだ。今の内に。そうすれば、守ってやれる」
「気味の悪ぃツラ近づけんな。そんな心配はねーよ。な、アイザック?」
 ウィリアムは相棒に同意を求めた。アイザックは何も答えず、結和の出て行ったドアを見つめていた。


 結和が重い足取りで廊下を曲がると、彼女の影から男が現れた。
「潜入成功、ありがとよ、子猫ちゃん」
 ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)だった。
「さて次はあいつらのところまで行かねぇと」
 コツコツと足音が近づいてくる。ゲドーはそっと息を殺し、次の運び手を待った。