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第四章 発覚

 空京の町に五十坪強の土地に建てられた二階建ての白塗り建造物がある。建造物入り口にはゴシック体で?薬局?と銘打たれている。
 医療関係者ならば名前くらいは知っている、研究所を付設した大型の薬屋だ。
 一階にはカウンターと商品棚が配置され、二階は調剤所兼研究所となっている。
 内装も汚れ一つ目立たぬ白塗りだ。
 そんな真っ白な空間には人影が二つ存在した。
 パソコンを前に、試験官と電子顕微鏡を左右に置いて作業するダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と彼の背後で囃し立てるルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。
「ほらほら、急いで急いで。急いでワクチン作ればきっと団長も喜んでくれるからさ!」
「やることないんだったら少し黙っててくれ。激しく気が散る」
 ルカルカが急かす中、ダリルは右手で手元のキーボードを叩き情報を入力して行く。
 左手では試験管を弄り、時にシャーレに移して顕微鏡で視認し、更に口を動かし言葉を紡ぐ。
「そういや、チラシをばら撒いた人間に連絡するんじゃないのか? 飼い主ならこの事態も知っているかもしれないって言ったのはルカだろ? ま、ビラまいてんの誰だか解らないから接触の以前の話で、まずは紙に書いてある電話番号に連絡するしかないんだが」
「ダリルが研究モード入ったからでしょうが。大通りで猫人に注射器ぶっ刺すわ、それからここに直行するわで連絡する暇なんて無かったじゃん。……悔しいから今からするけど」
「まあ、大通りに居た猫人貰ったサンプル血液で原因ウイルスも突き止めたからな。ワクチンの完成は時間の問題で、特に飼い主に聞くことも無い」
 ダリルの静観に、む、と顔をしかめたルカルカは懐からビラと電話を出し、
「でもさ、念のためって言葉もあるし。とにかく電話かけてみるよ。ヒント見つかるかもしれないから」
 言って、ビラに書かれた電話番号を入力して行く。
 通信音が二秒続き、そしてほとんど待つことなく相手が電話先に現れた。
『――もしもし! 見つかったのか?』
 耳に入る声は、ざらつきのある低い、男のモノ。相当焦っているのか、語気も粗い。
「もしもし? 落ち着いて。まだ捕まっていないけど発見報告はあるから」
 なのでルカルカはまず情報を渡し、安堵を与えようとした。しかし、返ってくる声は不機嫌なもので、
『……対象を捕らえてもいないのに、何故かけた』
 心配ではないのだろうか。懸賞金までかけた飼い主であるならば、少々奇妙な返し方である。
 端的に言うと怪しさ抜群だ。
 試してみるか、とルカルカは言葉を連ねて、
「あのさ、もう目の前に猫がいるんだよね。で、捕まえたら保健所に送るので取りに来てくれない?」
『い、いや、それは困る』
 やや詰まった答えが来た。
 口から出まかせであるが、思いのほか相手は良い反応を返した。よって追及続行。
「何故?」
『むう。……それは、だな………………、そう、ウイルスが撒き散らされると困るからだよ。その猫が親ウイルスのキャリアなのだから、保健所のものが罹患してしまうかもしれない』
 どもりながらもしっかりと返答が来た。
 けれどここで、ルカルカは怪しさを確信に帰る。何故なら、
「……その猫がキャリアだと、何で知っているの? それに、親ウイルスなんて単語、チラシにはそんなこと一切書いていないし」
『…………………』
 そして、横合いからダリルの言葉も追加された。それはパソコンモニタに移された情報と、行ってきた成果で、
「おいルカ、ワクチンが完成した。それと、新情報が来たぞ。どうやらこの猫の飼い主は可愛い女の子、だそうだ。声もしっかりソプラノボイスでだみ声なんかじゃないってよ」
 ダリルの台詞がルカルカの耳に入り、そして電話の向こうに伝わった瞬間、
『くっ、ここまでか……!』
 通話を切られた。
 ルカルカは一定の音を繰り返す、会話相手が居なくなった電話を片手に肩をすくめ、
「色々あるけどまあ、ワクチン出来たから良いか」
「一応言っとくと、作ったの俺だからな……」


 街中でビラを撒いていたスーツ姿の男は焦っていた。
 不用意な通話により、自分の立場が明るみになる可能性を作ってしまったからだ。
 自分のアドリブに対する弱さに少々イラつきながらも、
「こうなったら、早く猫を見つけて脱出するのが先決……」
 決心し、ビラを片手に、街中を走りまわろうとした、その矢先のことだ。
「そこの貴方、ちょっといいかしら?」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に声を掛けられたのは。


 女性二人は男を挟むように陣取り、
「いやね、さっきからこのビラで……キーニャって灰色の猫を探しているから飼い主なのか、と思ってね」
 右方のセレンフィリティは男の眼を見てビラを突き出し、微笑みを持って問い掛けた。
 対しスーツを着る男も、口だけ笑わせる表情で向き直り、
「ああ、そうだ。だからこんなにも必死になって探して――」
「――ねえ、どうして飼い主さんが名前を間違っても訂正しないの?」
 左方のセレアナが眼だけしか笑っていない顔で尋ねると、スーツ姿の頬に一筋の汗が流れた。そして、
「な、何を失礼な。こちらがこんなにも一生懸命で疲れていて、ただ聴き間違えをしただけなのに、余りに無礼じゃないか」
 女性二人を振り払うかのように歩きだした。だが、彼女らは左右を陣取ったまま、
「ええ、だから一生懸命さがしている理由を教えなさいよ。疾しくないなら言えるでしょう――」
 言い切る間に、スーツ姿は身を翻した。
 突然の、逃れる様な動き。
「け、結構だ。あんた方に探されても嬉しくはない」
 こちらに背を向け、ほぼ駆け足状態で離れようとする。
 だがその行為をセレンフィリティは許さない。
 背後から腕をとり、膝を曲げさせ、
「ぐあっ……!」
 地面に叩き着け、身体を乗せてホールドする。
 更に下半身はセレアナが踏みつけることで身動きを取れなくした。
 後ろ手に固定化された男は首だけを動かし、
「な、何を……。もう用はないと……」
「あんたになくてもこっちにゃ用があんのよ。偽飼い主さん」
 言いながら、セレンフィリティは掴んだ腕を捻り上げる。
 ぎゃ、という呻きにも構わず、彼女は声を飛ばす。
「残念だけどね、ちょっと前にかわいい女の子が泣きそうな顔で猫を探しているって聴かされてるのよ。あんたみたいに挙動怪しく、取り繕った必死じゃなく、泣きながらも人に聴いて回る子がね」
 だから、
「じっくり、この事の一部始終は聴かせて貰うからね」