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とりかえばや男の娘 三回

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とりかえばや男の娘 三回
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4 ヤーヴェ 

 翌日。
 藤麻は昨日の事など忘れたかのように、顔色もよく、食欲も出て来たようだ。朝食もよく食べる。昨日までとはうってかわって元気なその様子を見て、竜胆はとても嬉しくなった。
 朝食を食べ終わると、一行は早速出発した。奈落人達の襲撃に耐えながら先を急いでいくと、やがて、道が途切れ、そこに大きな扉が立ちはだかった。

「扉が……」
 竜胆が言う。
「ぶん、聖なる門か」
 藤麻はつぶやき、扉に近づく。そして、軽く触れた。青白い光が藤麻の手に走る。
「ち……!」
 藤麻は顔をしかめると、竜胆を振り返った。
「大丈夫ですか? 兄上? 何か細工でもしてあるのですか?」
「いや……なんでもない。この扉を開けられるか?」
「どうでしょうか?」
 竜胆は、藤麻に代わって扉に触れてみた。何の変哲もない扉のようだ。しかし、鍵がかかっているのか、押しても引いても扉は開かない。その時、どこからか声が聞こえた。

 ……汝、闇の者なるや?

「え?」

 ……この先には、巨大な力がおさめられており、闇にも光にも傾く。かつて、その力で多くのものが苦しんだゆえ、この地に葬られた。あの悲劇を繰り返さぬためにも、この先に闇の者を通すわけには参らぬ。

「ふん」

 藤麻がせせら笑った事に誰も気付かない。

「私は闇の者ではありませぬ」

 竜胆が答えると『声』は言った。

 ……ならば、証明してみせよ。

「証明? 証明と言っても」

「笛を吹けばよいのではないか?」

 藤麻が言う。

「邪鬼の力すら封じ込めたあの笛の音を」

「……そうですね」

 竜胆は頷くと、笛を取り出し口にあてた。霊妙な音が辺りに響き渡る。

 ……この笛の音……美しい。まさに聖なる調べ……

 その『声』とともに扉がゆっくりと開かれる。その向こうは大きな石室になっていた。

「空いたぞ」

 藤麻が叫ぶ。

「ついに、扉が開いた!」


 中に入った竜胆達の目に真っ先に入ったのは大きな祭壇だった。誰が作ったのか、石室の奥の岩を掘り創られた美しい祭壇だ。その祭壇の前には、9のつの石像が並んでいる。コウモリの翼を持つ美しい男女の像で、いずれも手に皿を掲げていた。そして、部屋のほぼ中央には錆びた剣があった。剣は、岩に刺さっている。きっとあれが双宮の剣だ。
 竜胆は剣に向かって走り出した。そして、岩から抜こうとする。しかし、どんなに力を入れても抜く事はできなかった。

「ただ……抜こうとしても無駄だ」

 藤麻が言う。こころなし、顔色が悪い。

「剣を抜くためには、石像に捧げものを差し出さなければならない」

「石像?」
 竜胆は、祭壇の手前の石像を見た。
「ああ、分かりました。あの皿の上に、珠姫の宝玉を捧げろという事ですね」
 すると、藤麻が突然苦しそうな声で言った。
「……早く行け。扉が開いた今、奈落人達が押し寄せて来るだろう。今の『双宮の剣』は魔性が勝っている。聖剣を手に入れるためには、少なくとも5つに宝玉を乗せなければ……」
「兄上? どうされましたか? 具合が悪いのですか」
 突然苦しみだした兄を、竜胆がいぶかしげに見つめる。
「いや……なんでもない、大丈夫だ」
 藤麻は胸を抑えて首を振る。そして、つぶやいた。
「しぶとい奴め」
「兄上?」
 竜胆は、いぶかしげに藤麻を見た。先ほどから何かがおかしい。
「あなたは、本当に藤麻兄上ですか?」
「そうでなければ、なんだというのだ?」
 藤麻はそう言って笑った。その目が赤く光っている。
「お……お前は……邪鬼……!」
「気付いたか。まあいい。お前達をここに連れて来たのは、扉を開くためのみ。目的を果たした今は、もう用済みだ」

 そういうと、藤麻は刀を抜いた。そして言った。

「ちょうどいい。こやつに愛する家族を殺させて、その魂を捧げるとしよう。今の『双宮の剣』は魔性が勝っている。罪人の魂一つで封印は解けるだろう」

 そういうと、藤麻は竜胆に斬り掛かって来た。

「ああ……!」

 間一髪で避ける竜胆。そして、叫ぶ。

「目をお覚まし下さい 兄上!」

「無駄だ!」

 邪鬼が叫ぶと同時に、

 ダダダダダダダダ!

 激しい乱射音がして、奈落人達が乱入して来た。
「ヤーヴェ様、お手伝いいたします」
「そのかわり、我々の復活を」
「ああ、約束しよう」
 藤麻を乗っ取ったヤーヴェが頷いた。
「まず、先に、こやつらを血祭りに上げろ!」
 そう言って藤麻の姿をした邪鬼は竜胆に斬り掛かって来た。逃げる竜胆。しかし、すぐに追いつめられてしまう。

「くくくくく」

 竜胆ののど元に刃を突きつけて、邪鬼は笑った。
「珠姫の力を受け継ぐ者か……」
 嬲るように竜胆をみつめる。
「正気に戻って下さい兄上! 邪鬼に心を渡してはなりません」
 竜胆は兄の目を見て訴えた。
「ここまでされても兄を信じるとは、けなげな奴。しかし、それもここまでだ」
 そう言って邪鬼はじわりじわりと、刀を持つ手に力を入れていく。

 その時、いきなり背後から声がした。
「ヤーヴェさんもしつこいですねぇ。あまり粘着質だと嫌われますよ? ……いや、もう嫌われ者でしたね(笑)」
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)だ。
 邪鬼は、振り返って答えた。
「なんだ。お前は?」
「『なんだ、お前は』とはお言葉ですね。何度か味方して差し上げたのに。もっとも、諸事情で今回はこちらに味方しております。とはいえ私の性質上、どうやっても聖剣を手にすることだけはできませんが」
「思い出したぞ。六角道元とともに戦ってくれた者だな。どうだ? 聖剣を手にする事ができぬのなら、魔剣として手にしてみないか? もし、成し遂げれば悪いようにはせんぞ」
「ありがたいお言葉ですが、性格的に魔剣にもならないような? どっちつかずな男なのでw」

「馬鹿な男だ。後悔するなよ」

 そう言うと、邪鬼はエッツェルの背後に立っている奈落人に目配せする。奈落人は頷くとエッツェルに向かってマシンガンをぶっ放した。

 ダダダダダダダダ……

 エッツェルの体のあちこちから血がほとばしる。さらに、剣を持った童女が、背中から斬りつけていた。しかし……

「ふふ……ふふふふ」

 エッツェルは平気で立ち続けている。

「ききませんねえ」

 『痛みを知らぬ我が躯』で苦痛に耐えやすくなるなっている上に、『リジェネレーション』でどんどん傷を回復させていく。

「なるほどな」

 邪鬼は笑った。
「ますます、気に入った。私の配下にならんか?」
「お断りします。私は美しいものの味方ですから」
「では、本気で私と戦おうというのか? 愚かな」
 するとエッツェルは言った。
「ヤーヴェさん。あなたは確かに強いのかもしれません。しかし、その体はあくまでも藤麻さんのものです。しかも、あなたはその体に馴染めていないと拝見しました」
「なんだと?」
 邪鬼が気色ばむ。
「図星でしたか」
 エッツェルはにやりと笑うと、奇剣「オールドワン」を引きずり出し、邪鬼に向かって投げかけた。
 
 シャ!

 藤麻の体を刃が切り裂く。
「ち!」
 邪鬼は舌打ちした。使い慣れない体で避けるのが遅れた。
 さらに、エッツェルは大魔弾『コキュートス』を掲げ詠唱をする。
「奈落よりも深きモノ、冥府の闇より暗きモノ、大いなる海原に封じられしモノ……古き深淵の盟主よ!!」
 詠唱を引鉄となり、『古き深淵の盟主』たるクトゥルーの力の一部を引き出しあたり一面に凄まじい冷気を含んだ闇黒の嵐を巻き起こる。
「うわああああ!」
 邪鬼は、嵐の中で悲鳴を上げた。ヤーヴェとて闇の者。本来なら暗黒の力に負ける者ではないが、いかんせん体は藤麻のものだ。せめて、刹那ほど馴染みきっていれば回避できたのかもしれないが。
「ヤーヴェ様」
 邪鬼を助けに入った奈落人どもが叫ぶ。しかし、邪鬼はあえなくそこに倒れ込んでいた。その邪鬼に向かいエッツェルは再び奇剣をふるう。藤麻の肩から血がにじみ出た。
「く……この役立たずがあ……」
 邪鬼は傷をかきむしって叫ぶ。
「なぜ、私に逆らう?」
 どうやら、やはりヤーヴェは藤麻の体を思うように操れぬらしい。藤麻の意識がまだ消えずに残っており、ヤーヴェの動きを妨げているからのようだ。
「もうよいわ。こうなれば最後の手段あるのみ……」
 ヤーヴェは手に持った刀を捨てた。そして、藤麻が首から下げていた念珠を引きちぎると、呪文のような言葉をつぶやきはじめた。藤麻の体から黒い瘴気が立ち上って来る。それは煙のように藤麻の体を包み、ゆっくりと天井に向かって上っていった。
「あ……ああああ……」
 藤麻が苦しみだす。
「ああーーーー!」
 藤麻の叫ぶのと同時に瘴気の煙は渦を巻きだんだん人の形をつくりだしていく。
 全ての瘴気を吐き出してしまうと、藤麻はがっくりとその場に崩れ落ちた。

「兄上!」
 竜胆が駆けつける。
 その竜胆の目に体中から炎を吹き出した巨大な鬼の姿がうつる。
 しばらくぼう然とその姿を見た後、竜胆はつぶやく。

「もしや、お前がヤーヴェか……?」

 竜胆の言葉にヤーヴェはうなずいた。

「いかにも……」

 ナラカの地で、邪鬼ヤーヴェの魂はその本来の姿を実体化させたのである。