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リアクション
第三章:悪の露訓露流(あくのロックンロール)
折角落ち着き始めた校内がにわかに騒がしくなり始めた。
悪がうごめいている……。
「よし、まずは学力測定からだ」
薔薇の学舎の早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は音楽教師として分校に赴任してきたはずだった。
なのに、ジャージ姿でグランドに立っている。
え〜……、という表情の生徒たち。
「ひとりずつでも纏めてでも構わない。掛かって来ると良い」
彼は、音楽教師のタクト片手に呼び掛ける。
生徒の一人が恐る恐る手を挙げた。
「あの、先生。これって音楽の授業ですよね?」
「そうだが、何か?」
「もしかして、スポーツミュージックとか新しい分野の音楽なんですか?」
「戦いに於いても、音楽の力は重要だ。動きの機敏さ、相手の行動に対する反応など、リズム感が勝敗を分けることが多い。君たちにとっては戦いも重要だろう? なら、音楽の基礎をこういう形で学んでおいて損はない」
そう説明すると、生徒たちは納得したらしい。
さっそくガタイのいい不良が立ち上がる。喧嘩に自信があるらしく不敵な笑みを浮かべている。
「うおりゃああああっっ!」
不良が飛び掛かってきた時だった。
ずぼり。
何もしていないのに、何の予告もなく、彼は落とし穴に落ちた。
「……」
再び、生徒たちの、え〜……という表情。
「先生、そりゃないっすよ。落とし穴掘ってるなんて聞いてないです」
「……そんな覚えはないのだがな。誰がやったんだ?」
呼雪自身が困って苦笑する。
「こんなのいたが、どうするんだ?」
向こうの方から、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が一人の少女を捕まえてやってくる。
彼は、呼雪のアシスタントで手伝いをしていただけだが、ゴソゴソと何やら細工をしている怪しい人影を見逃さなかったのだ。
「ひ、ひゃっはー!」」
その少女は、パラ実ではちょっと有名な不良少女、屋良 黎明華(やら・れめか)だった。
臨時教員を追い払うため罠を仕掛けていたのだ。イタズラ好きの娘だ。
全員からじっと注目されて、彼女はあからさまに狼狽えたそぶりを見せた。
「ひどい! こんな罠を仕掛けたのは誰? せっかく来てくれた先生たちに失礼じゃない!」
「はははは……」
呼雪は屈託なく笑った。楽しいものを見る目だった。
「そうだな。せっかく出向いてくれたんだ。一緒に授業を受けていくといい」
「え〜……」
「さあ、仕切り直しだ。そこの君、もう一度かかってきなさい」
呼雪は先ほどの不良少年を指名する。授業が再開された。他の生徒たちも熱心に取り組み始める。
「あう〜。勉強いやなのだ」
結局最後まで授業に付きあわされてふくれている黎明華に、呼雪は親しげに声を掛ける。
「お疲れ様。よくがんばったね。明日もよろしくな」
「う〜、今日のところは失敗したけど、次はそうはいかないのだ。覚えているのだ!」
「ああ、また来なさい待っているから」
「じゃ、一緒にご飯たべようか。他の皆も集まっている」
ヘルが料理を用意して招いてくる。
黎明華は、く〜、とかうめき声をあげて走り去っていった。
「いいもんだね、不良も。ああやって少しずつみんなになじんでいくんだ」
呼雪は目を細め生徒たちを見守る……。
「次は、もっと派手にぶっ潰すのだ!」
黎明華はが次に向かったところは大講堂だ。
ここでは、天御柱学院のリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、生徒たちを演劇に招待しているところだった。
情操教育の一環として、芸術は効果がある。そう考えての選択だ。
荒野のこの学校には楽団などやってこない。
リカイン自身が独演するのだ。
歌姫である彼女なら、生徒たちに印象深いソロコンサートを提供できるだろう。
その矢先。
「あのスカした女、しぬのだ」
黎明華ははペンキだの粉石けんだのを持って天井裏に出現する。
コンサートをぶち壊しにしてやるつもりだった。
「ひゃっは!」
「……」
リカインは、歌の途中で不意に黎明華に飛びつき、力任せに首根っこを?まえる。
「ひゃ、っは……!?」
「……」
リカインは不気味にニィッと笑った。
超感覚がオカルティックな妄想を呼び起こす。
客席はざわめいていた。
観ていた生徒たちは何が起こったのかわからない様子。
「裸SKULL(ラスカル)」
リカインは瞳孔を開いて不気味な単語を呟いた。
黎明華をギリギリと締め上げ、頭をもぎ取ろうとして。
「こいつは失礼!」
横合いから飛び出してきたリカインの連れのアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)が、二人を引きはがし、リカインだけ連れて、その場を立ち去ってしまう。
まるで嵐のようだった。
集まっていた生徒たちは何が起こったのかわからない。
ただ、あの不気味な単語だけが頭に残っていた。
「ひどい目にあったのだ。次こそは負けないのだ……!」
黎明華は新たな妨害のために、気を強く持って姿を消す。
「は〜い、みなさんこんにちは。師王 アスカ(しおう・あすか)だよ〜」
彼は空京大学からやってきた美術教師だった。
教室に集まった生徒たちを見まわして、仲良くしようね〜と笑う。
なんだか軽くて優しそうな先生だと、生徒たちは安心した様子だ。
生徒の一人が手をあげる。
「ところで先生。美術なのにどうして音楽鳴らしてるんですか?」
教室にBGMが流れ始めたのを訝しんでいるようだ。
「なんとなく〜」
と彼は意味なさそうに答えてから、アクセサリー作りを教え始める。
生徒たちは興味あるらしく熱心に話を聞いている。
その中で善良な一般生徒のフリをして受講しているのが黎明華だった。
彼女の臨時教師ぶっコロシ計画により、この教室にはたくさんの罠が仕掛けてあるのだ。それにいつ引っかかるかが楽しみだった。
(ひゃっはー。あのスカした先生、ビーズとか作ってるのだ、ゲラゲラ。あれ全部潰したらきっと涙目なのだ)
ん? とアスカがこっちを見たような気がしたので黎明華は頭を引っ込める。
(黎明華が犯人だとは、お釈迦様でも気づかないのだ)
しばし待ったが、アスカは椅子に座ったまま動く気配はなかった。
落とし穴とか倒れる黒板とか色々用意してあるのに。
「……」
「……」
あまりに長い間待っていたので黎明華は眠くなってそのまま眠ってしまった。
その日、彼女は豚になってブタれる夢を見たという。そして、そのまま次の朝まで目覚めなかった。
「師王 アスカ、次に会ったら絶対に泣かしてやるのだ」
その時のために、黎明華は新しい罠を考える……。
「諸君、女性の裸は好きか?」
校内のとある場所。
日比谷 皐月(ひびや・さつき)は、力のある声で語りかけた。
空京大学に通い、『のぞき四天王』の称号を持つ強者であった。
パラ実生たちは、ごくりと唾を飲みこみ、頷く。
男子だけじゃなくなぜか女子もいるのが謎だったが、それはこの際関係ない。
「なら、のぞきにいこう!」
天啓のように、彼は言う。
パラ実生たちは、声は出さない。だがその瞳はファイターだった。
「死して屍拾うものなし。その覚悟がある者だけついてきてほしい」
そんな言葉ごときで脱落者がいるはずがなかった。
「心配いらない。お前らだけでは不安だろうと思って、助っ人も用意してある」
皐月の声に姿を現したのは、イルミンスール魔法学校の『生ける伝説』クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)であった。
称号からして心強いことこの上ない。
「困るんですけどね、こんなことに呼んでもらっては」
クロセルはそういうが、パラ実生たちはすでに神を見る目になっていた。
「あのですね。誤解してもらっては困りますけど、これ道徳の授業ですから。テストとか出ますからね、いやほんと」
「こちらの道徳の先生には、万一捕まった場合の言い逃れ、詭弁等についてよく教わるように」
皐月は力強く訴えかける。
他人から見ればバカなことかもしれない。
だが、こんな行為でも、パラ実生たちの絆が強まれば。そんなことを考える。
「ゆえに諸君、行こう。歴史に残る、大のぞきを!」
のぞきは己の目をもって行うべし。盗撮は邪道である。
その信念さえ曲げなければ、どこで行っても誰をターゲットにしてもいい。
失敗しても恥じることなかれ。その気概はお天道様が知っている……。
「ヒャッハー! おっぱい! おっぱい!」
くさむらの影から息遣いがする。
グラウンドで体育の授業を始めていた酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)は視線を感じて振り返った。誰かに見られている気がしたのだが、周囲に人影は見当たらない
「……?」
「まったく、なんてけしからんおっぱいなんだ。まじまじと見てやるぜ」
皐月はじっとその光景を見つめる。
とんでもない色香だった。
彼女の脱いだところを見る必要などなかった。
衣装のままでも満足できる。いや、むしろ衣装を着けているほうが、エロっぽい。
美由子は校庭の鉄棒を使ってポールダンスにしか見えない踊りを舞った。
授業を受けている生徒たちもガン見だ。一瞬たりとも目を離さない。
「おっぱい! おっぱい!」
「……?」
彼女は首をかしげる。やはり誰かに見られている気がする。
なんというけしからん! パンツの間に札を入れて授業を受けている生徒たちにやる気を出させていた。
あちらもうらやましいが、のぞくだけも悪くなかった。
「おっぱい! おっぱい!」
「おっぱい! おっぱい!」
生徒たちの心が一つになる。
これはこれで、不良たちは幸せに更生できたのかもしれなかった。
「なんてこったい。真面目に体育の授業受けちまったよ」
パラ実生のマリィ・ファナ・ホームグロウ(まりぃ・ふぁなほーむぐろう)は少し後悔していた。
なんだったんだ、あれは?
彼女は普段は学校には遊びに来ているだけであった。
教室にはいるだけ。本を読んだりお菓子を食べたりしているだけだが、さっきの体育は少し違った。
おっぱいだったのだ。
だからどうというつもりもないし、特にそんなものに興味はないのだが、皆が面白そうにしていたのでついつい参加してしまったのだ。
おかしなダンスを踊らされて不覚にも汗をかいてしまった。
シャワー室へ入った。次の授業でぐっすり眠れるように身体を清めるのだ。
「なんか、先生が踊っているだけの授業でしたね」
苦笑しながらシャワーを浴びにきたのは、マリィの監視役のリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)だ。
「あなたが何か悪さするんじゃないかって、心配してたんですよ」
「ほとんど見てただけ。……ってか、シャワー浴びちゃったら、またネイル塗りなおす必要がでてきたじゃねーか、めんどくせー」
「その調子で大人しくしていてくださいね」
「うっせーんだよ、バーカ」
「……」
「……どうした? 怒ったか? ぎゃははは」
「……誰かいます。エアダクトの向こう……。こっちをのぞいています」
リリィは言葉が終わるより先に殺気感知をしていた。
「!」
向こうもこちらが気づいたことに気づいたらしい。
カサカサと逃げていくのがわかった。
「逃がすわけありませんわ!」
彼女は最大出力で攻撃をぶっ放す!
「くっ……!」
のぞきのリーダー、日比谷 皐月は髪の毛一本の差でなんとかかわした。
「怖ぇぇ……! 本気でコロシにきてるよ」
なりふり構わず退散する皐月。
「おのれ〜、ですわ! 今すぐ全校に知らせて非常事態宣言発動させます! あんなのぞき絶対に許しません!」
リリィは激怒して飛び出していった。
あの勢いだと、下手するとのぞき魔はこの世から消えることになるだろう。
「のぞき、か」
マリィはちょっとだけニンマリする。
「でもまあ、なんだか普通の女子高生っぽかったかな……」
「それで? 死ぬ前に何か言いたいこと、ありますか?」
リリィはのぞき魔たちを前に聞く。
あの後、彼女が怒りにまかせて追いかけて、皐月やクロセルはあっさりと捕まったのだった。
「ええ、言い訳はしません。確かにのぞきましたよ。ですが、あれは道徳の授業だったのです」
クロセルは堂々と言い放った。
「あなた方は美しかったです。その言葉に偽りはありません。たとえあなた方が私の目をえぐろうとも、心の映像は消せないでしょう」
嘘をつかない。これが最大の武器になることもある。
これはクロセルの持論だった。
「分校生たちもとてもいい思い出ができたでしょう。私たちの絆は深まりました。交流は成功し、私たちの臨時教師としての評価も上々でしょう。任務は成功したのです」
「……」
「すべてうまくいくはずだった。なのに、ああ……。たった一つの汚点。それがあなたが怒っているということなのです。私たちはなんということをしてしまったのでしょう。それさえなければ完璧だったのに……」
クロセルは目頭を押さえた。あくまでフリだが。
「……ふう。もういいです」
リリィは呆れたような諦めたような表情で首を振った。
「もうしないでくださいね」
彼女は釘だけさして帰っていく。もう一回シャワー浴びなおそう……と言いながら。
「……助かったよ、ありがとう」
皐月はクロセルに礼を言った。
「でも、一つ言わなかったこと、あるだろ?」
クロセルは頷く。嘘はつかない。だが、情報は欠落させておく。
「ええ、分校生があの場にいまだスタンバイしていること」
「……むちゃしやがって」
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