校長室
取り憑かれしモノを救え―調査の章―
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●取り憑かれたミルファ6 戦いの音を耳にしたセルマ・アリス(せるま・ありす)は、中国古典『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)――シャオと一緒に音のするほうへと足を向けた。 そして霧で煙る中にあったのは、死闘の跡だった。 なぎ倒された木々にちりちりと火種が燻っている。暫くすれば燃え広がるのは簡単に予見できていた。 「これは……」 セルマは言葉を失っていた。 戦場の真ん中にぽつりと立っているのは、白銀の剣を持った女の子。ミルファであるのは想像に難くない。 そんなミルファは現状を見ることをせずに、服の端を切り剣の柄と自分の手を縛っていた。 あたりを見回すと戦いに敗れた人がいる。近くに二人、茂み中に隠れるようにしているのは誰かが運んだのだろうか。 更に木々の合間に見える影が二つ。息を潜めるようにして飛び出す機会を伺っているようだった。 そこまで状況を確認して策の一つが潰れていることに気づいた。 剣を持ってから豹変したのだから、剣を落とせればと考えていた。しかし、当の本人は今まさに剣を取り落とさないように固定していた。 「シャオ……あの剣は落とせると思う?」 「どうかしらね……あそこまでしっかり固定してたら……」 いつになく自信なさげのシャオ。セルマが見る限りでも確実にあれは落とせそうには見えなかった。 それでもやらないといけないと思っている。村を拠点として使わせてもらっている御礼として、事件があれば何とかしてあげたい。 「俺が彼女の動きを封じられないか、試してみるから、シャオはあの剣をどうにか落としてみてくれ」 「無茶言うわね。まあ、いいわ。私が合図するから、それに乗じて行ってきなさい」 「わかった」 セルマはうなずくと、シャオから離れた。 待つこと数分、 「行きなさい、セルマ!!」 シャオは茂みから飛び出し【叫び】をあげた。鼓膜を震わせる大声に、ミルファがシャオに振り向く。 それを合図にして、茂みから飛び出すセルマ。そして近場から、機会を伺っていたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)も飛び出してきた。 「すまないが共闘させてもらう。どうにも、体の調子が普段と違ってな」 エヴァルトはセルマにそう言った。 セルマも二人より、三人の方が成功率は高いだろうと思い頷くだけで返した。 「俺は左から行きます」 「じゃあ、俺は右からだな。何か考えがあるようだしあの女の動きを止めるのは任せろ」 「ありがとうございます!」 セルマはお礼を言って、ミルファの左側方からエヴァルトに遅れて攻めた。 まずはエヴァルトが右側方から、ミルファを羽交い締めにする。 「力比べといこうじゃないか!」 絡みつくようにミルファの両腕を封じ、暴れないないように足もきめる。 女性に対しては紳士に応対するエヴァルトだが、それが敵としている場合にはその限りではない。遠慮や容赦の一つも無く行動した。 「い――」 ミルファの術式の詠唱も口をふさぐことで防いだ。 その隙を見て、セルマは[ウルクの剣]を器用に扱い、剣を固定している服の切れ端を切りつける。 切れ味の鋭いその剣は簡単に結び目を切り裂くと、布がはらりと舞った。 「よし……!」 体をこわばらせ抵抗していたミルファだが、ふっと脱力する。唐突の喪失にエヴァルトのホールドも緩んでしまう。それに気づいたミルファはエヴァルトの手を思い切り噛み座り込むように全体重を下へと向けた。 「くっ」 痛みに顔を引きつらせたエヴァルトにミルファは屈伸運動の要領で、伸び上がりエヴァルトの腹を蹴りつけその場から離れた。 ピィ――――――ッ!! しかしそれをフォローするかのように、シャオが指笛で魔獣を呼んだ。【野生の蹂躙】で呼び出された魔獣達は一斉にミルファへと殺到する。 「魔獣……」 ミルファの目つきが変わった。どこか空虚さが浮かんでいたその双眸には激情の色が滲み始めた。 「コロス」 相対しているセルマやエヴァルトを差し置いて、ミルファは魔獣達へ向かっていった。 大量の魔獣相手に、切り伏せ、薙ぎ、雷を落とし、焼き殺す。 血飛沫が舞い上がり、生物が肉塊へと変貌し、放った魔法の余波が今動いている3人の身を焼いた。 程なくして殺戮は終わった。 「お前か」 ミルファは怒りを抑えることも無く、シャオへと歩み寄る。 シャオは逃げることも許されず、その場に立ち竦んだ。 編まれた【天のいかずち】の術式を、辛うじて【風の鎧】で身を守る。 「ま、待て!」 セルマがシャオを庇うために割ってはいった。 そして無造作に振るわれた剣を[狂騎士の盾]で受け止めた。細腕からは信じられないほどの重さの一撃に表情を歪める。 そんな中後ろから不意打ちで、エヴァルトがミルファの足元を払った。 注意をシャオに向けていたおかげでがら空きになった背後からの一撃に、対応できずにミルファはしりもちをついた。 「俺を忘れてもらっちゃ困るな」 エヴァルトはその大柄な体を生かして、ミルファを押さえ込み、局所的に間接を極めようとする。 しかしその直前にミルファの指が天を指し術式を完成させる。 「雷よ――落ちよ」 3人をまとめて屠るつもりで放った【サンダーブラスト】の雷撃になすすべも無く3人はダメージを負う。 しかし、それだけでは終わらなかった。 まずはエヴァルトの鳩尾に剣の柄で一撃をいれる。鍛えようの無い急所への一撃に息が詰まり身動きが取れなくなるエヴァルトを確認することも無く、ミルファは勢いをつけてセルマへと振り返る。 腕をしならせ加速のついた剣閃はかろうじて【ファランクス】の構えが間に合ったセルマに防がれる。 しかし威力を完全に殺すことはできずに、防御の体制が崩れる。そのまま連撃で繰り出される【ツインスラッシュ】でセルマの防御は完全に崩された。 「く、くそ……」 シャオを庇ったことで完全に敵とみなされたセルマに容赦のない攻撃が浴びせられる。しかし、ミルファの攻撃はエヴァルトの乱入でとまった。 「邪魔をするな!」 「そういうわけにはいかない」 激昂するミルファにエヴァルトは痛みを抑えながら答えた。 そして、今度の標的はエヴァルトに移った。 「今のうちに!」 短くシャオに声を上げたエヴァルトは、振るわれた大振りの袈裟を掻い潜る。そして、そのまま肉薄しミルファの顔面に拳を叩き込んだ。 鼻骨の折れる音が拳に伝わる。吹き出たミルファの鼻血がエヴァルトの拳に付着する。しかし、エヴァルトがミルファを見たときにはその傷は完全に再生していた。 「やはり、回復するか……」 隠れひそみ、ミルファを観察していたからこそ驚くことは無かった。 それならば、とエヴァルトは完全に手傷を負わせる攻撃ではなく、根競べの攻撃にシフトした。 (……超進化人類のならしがこれとは、大分キツい仕事を請け負ったものだ) 胸中でぼやく。 既にこの結界の中から出られないことは事前に確認済みだ。もう選択肢はやるしかないだけしか残っていないのだ。 エヴァルトは腹を括りミルファへと向かっていった。