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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 3

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■2−3

「おお。さすが大晦日。なかなかの盛況ぶりだねぇ」
 行き交う人々でごった返した大通りを見渡して、風羽 斐(かざはね・あやる)はのんびりと言った。

「盛況っていうよりカオスってるだけだろ。
 なんだよ? この通り1本に対してのマッチ売りの少女の数は。多すぎだろ」
 と、翠門 静玖(みかな・しずひさ)は目の前の光景に冷静にツッコミを入れる。

「ふむ。しかし、この世界で今進攻しているのはここだけなのだから――」
「ごまかすな、オッサン。ごまかすのは髪の量だけでいい」

 ぴた、と頭を掻いていた斐の動きも言葉も止まる。
「……髪がどうかしたかね?」
 そろそろと頭にあてていた手を下ろす斐に、静玖はうなずく。
「どう見ても普段の1.3倍だ。――あ、今1.5倍になった」

 突っ込まれてよけい気になったのか、斐の毛髪量が一瞬であきらかに増えた。
 どうやら彼、前回のリストラで静玖に「ハゲるぞ」と言われたのを思い出していたらしい。

(気にしていたのかオッサン)

「ま、まぁ、ここで見ているだけというのも何だし。せっかくリストラしに来たのだから、少女を助けようじゃないか」
 かなりわざとらしいもの言いで通りに出て行った斐は、するりと自分のしていたマフラーをはずして目の前の少女の首に巻く。
(仕方ないだろう、人並みに気にする年だ。
 それに……まあ、伸ばす理由も、ちゃんとあることだし)
 ちらりと背中の髪を結んだリボンを見る。
 夢の世界でもリボンはきちんとそこにあった。現実世界そのままに、少し色あせて。
「あのぅ」
 おずおずと、少女が首にかけられたマフラーの両端を持ち上げた。
 とまどった顔に、少女が何を言わんとしているのかを読み取って、にっこり笑って見せる。
「いいんだよ。実はおじさん、マッチが必要なんだけど、お金を持ってなくてね。物々交換してくれないかい? 中古で悪いがね」
「……うわぁ……」
 花がほころぶように笑う少女を見て、斐は、雨泉の小さいころに似ているなと思った。


 身をかがめて楽しそうに少女と話している斐を、なんとなし、後ろからながめていたら。
「お兄さまったら」
 となりで朱桜 雨泉(すおう・めい)がくすりと笑った。
「……なんだ?」
「いけないんですよ? ひとの気にしていることを口になさっては」
 ここでの記憶は現実世界に持って帰ることはできない。けれど、ここは無意識の世界。少なからず影響はどこかしら出る。
 斐が増毛剤らしき瓶を買ってきてこっそり引き出しにしまうのを、雨泉は目撃していた。
 あのときは意味が分からなかったけれど、この世界に再びやって来て「ああ、あのせいで」と腑に落ちた。
「俺は、べつに…」
 自分でも、ちょっと悪いことをしたかな、という思いでいただけに、ごまかしの言葉が見つけられない。
 静玖は小さく舌打ちをし、歩を進めると斐の横についた。
「おい、オッサン」
「うん?」
「その……悪かったよ」
 いかにも言いづらそうな声で、しかもきまりが悪そうに視線をあらぬ方向へ飛ばしている静玖に、斐は「おや?」と片眉を上げる。身を起こし、横に並んだ。

「いいさ。それに、俺がハゲたら将来おまえさんもそうなる可能性がないとは限らんからな」
「なっ!?」
「遺伝とはそういうものだろう?」
「お、俺は、隔世遺伝なんだよ! あんたには全然似てないだろっ」
「どうだかなぁ。俺のおやじさんも、ハゲていたような気がしないでもないなぁ」

 わっはっは、と声を出して笑う斐と本気であせっている静玖に、少し離れた所で立っている別の少女の救済をしていた雨泉が目を丸くして振り返り、ふんわりとした笑みを浮かべる。

「――くっ…。
 そんなに気にしてんだったら、いっそ切っちまえよ! いい年してリボンなんか、恥ずかしいんだよ!」
 周囲にいるリストレイターたちには聞こえないように、ぼそぼそとまくしたてる静玖。
 斐は髪をひとつまみ引っ張った。
「さて。しかしそうすると、せっかく雨泉から貰ったリボンが付けられなくなってしまうからな」

「えっ?」

 斐のつぶやきに反応したのは雨泉だった。
 振り返った2人の前、いつの間にか近づいていた雨泉がとまどっている。

「そのリボン、そうだったんですか…?」
「雨泉」
 すくい上げるようにして、雨泉の手がリボンを持ち上げた。そしてしげしげと見入る。
「気が付かなくてごめんなさい。ずい分と色あせて、擦り切れていたものですから…」
「い、いや。かなり昔のことだからな。無理もないさ」
「それを、こうしてまだ持っていてくださったんですね…。
 ふふっ。すごく嬉しいです。ありがとうございます、お父さま」
 雨泉は、先の少女に劣らない、斐の記憶のままの花のようなほほ笑みを浮かべて斐を見上げた。



「ねえ、お兄さま」
 てっとり早くこの人数を温めるには、やはり火だ。炎だ。キャンプファイヤーだ。ということで、ドラム缶をクリエイトした静玖に雨泉がつぶやく。
「どうした」
「こちらの記憶は、どうしても持って帰れないのでしょうか…。スウィップさんにお願いすれば、なんとかなるでしょうか? 1つだけ、持って帰りたい記憶があるのです」
「リボンか?」
「……はい」
 そして、新しいリボンをプレゼントしてあげたい。
 そんな雨泉の思いを読み取ったように、静玖はぽんぽんと頭をたたいた。
「ここは俺たちの無意識にも直結している。おまえが強くそう思っていれば、必ず向こうでもそれなりに残っているさ」
 はっきりとした記憶ではなくても、そうしたいという思いとして。
 きっと。
「はい、お兄さま」
 うなずく雨泉の前、静玖はパイロキネシスで強力な炎を起こした。



 突然生まれたドラム缶キャンプファイヤー。
 周囲を暖かく保つため火力は強力だが、静玖が火を操っているからもちろん周囲への飛び火といった危険性はない。

「火…」
「あたたかい…」

 ふらふらとそちらに吸い寄せられるように、大通り中の少女たちが歩き出したとき。


  ピーーーーーーーッ


 疳高いホイッスルの音が響いた。

「はい! そこ! 持ち場を離れないっ」
 
 『ラグランツ商会』との腕章とエプロンを付けた男がボールペンで少女を指す。
「さあ持ち場に戻って戻って。査定に響きますよー」
 コンコン。
 手元のボードをペンで叩いてにらむと、少女たちはすごすごと元いた街路へと戻って行った。

「まったく、最近の販売員はなってませんねっ」

 ぶつぶつつぶやきつつ何かを書きとめながら路地の目立たない位置へ戻る男。
 路上商品販売員の査定を行う査定官とは仮の姿。彼の正体はエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)、リストレイターである。

「……少し厳しすぎやしませんか?」
 同じく調査員として影から少女たちの様子を伺っていたディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)が訊く。
「この天気です、少しくらい暖をとってもかまわないでしょう。休憩時間だって彼女たちには必要――」

「甘い! 路上販売員という仕事はね、給料制じゃないんですよ! 歩合制なんです! ノルマだってあります! それも達成できていないうちから休憩をとりたい、食事がしたいというのは、単なる甘えです!
 働かざる者食うべからず! 成果を挙げてこそ、仕事中に1人前に食事もとれれば休憩もとれる! それも分からない彼女たちはまだまだ半人前です!!」


「そ、そうですか……?」
 エオリアの勢いに押されて、ディオロスは黙りこむ。
 何をするにしても、やるのであれば完璧にこなさなくては気が済まないエオリアは、すっかり査定官という役に没入しているようだ。
 かごに入れた商品の扱いが適切か、販売価格は遵守しているか、客への対応は丁寧か、強引に売りつけてはいないか。
 その他もろもろ、複数ある査定項目にチェックマークを入れ、自由記載欄に細かく記入している。

「どの子も全然駄目ですね。これではノルマを達成するより先に日が暮れてしまいますよ」

(ああ、ほかのリストレイターたちの視線が痛い…)
 氷の視線がぐさぐさ突き刺さってくるような気がして、無意識のうち、背中を丸めてしまうディオロスの手からボードを引き抜いて、エオリアは、ふむ、と考え込む。

「どうもあなた、査定が甘くないですか?」
「そんなことはないと思いますが…」
 物々交換や少女への差し入れを見逃してきた自覚のあるディオロスは、つい目を泳がせてしまう。
「ああ、もう…。分かりました、これからは全部私がします。やはり基準は統一した方がいいでしょうから。
 あなたは客へのアンケートを受け持ってください」
「えっ?」
「何を驚くことがあるんです? 顧客の満足度調査も重要な査定項目ですよ。
 ああほら、今ちょうどマッチを購入したお客がいます。あの男性からアンケートをとってきてください。いいですか? 販売員から十分離れてからですよ」



「ああ、やってるやってる」
 通りの反対側でエオリアにせっつかれて走り出したディオロスを『株式会社ラグランツ・ブラザーズ』とのステッカーが貼られた移動販売車の窓から見て、エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)はくつくつと肩をゆすって笑う。
「ロスってば、すっかり尻に敷かれてるなぁ」
 独り言をつぶやく彼の横で、がらりとワゴンのドアが開いた。

「ただいま――って、エルシュ、何そこで笑ってるんだ?」
 路上販売をしていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が戻ってきて、カラになった釣り箱を置く。
「いや、ロスも大変だと思って」
「ああ…」
 大通りへ目を向け、そこで必死に通行人に声がけしているディオロスの姿に、エースも苦笑した。
「それで、向こうの様子はどうだ?」
 釣り箱へ商品の補充をしつつ訊く。もちろん、女性のお客にサービスとして渡す赤バラの補充も忘れない。
「あまりよくはないかな」
 エースからの質問に、こっそりエオリアから回収していた膝上の売上調査票を見て、エルシュは渋面をつくった。
「ほぼ完売状態になっているのは101番のセラだけで、あとはどれも似たりよったり、ほとんど売れてない。全く売れてない少女もいる」
「やっぱり…。だから、絶対俺たちが邪魔になってるんだよ!」
 くるっと振り向き、手に握り込んでいた商品――100円ライターを突きつける。

「火打ち石ならともかく、そもそもこの時代にライターなんてあるわけないだろ!? しかもなんだよ、この移動販売車って! おまえ時代考証完全無視してるだろ!?」

 車内の補充用商品棚にずらりと並んでいるのは、着火に最適100円ライター、曇天の下を歩くならこれ灯用LSDランプ、暖をとるのにピッタリホッカイロ、ついでにウォームサーバーには暖かい缶飲料がぎっしり。

「いくらこの先が真っ白で何も書かれてないからって、童話の世界にこれはないんじゃないか!? 第一、これじゃあマッチなんか売れるはずないに決まってる!」

「ばかだなぁ、兄さん」
 対照的なほど冷静にエルシュはふっと前髪を払い、まるで頭の弱い不憫な子を見るような目でエースを見つめた。

「だからこそ審査になるんだよ。試練のない審査なんて、炭酸の抜けたコーラじゃないか」
「いやいやいやいや。おかしいだろ、それ。
 そもそもマッチ売りのリストレに、審査がどうして必要なんだよ!」
「ただ街頭に立って売るだけなんて、だれにだってできるよ。
 いいかい? 僕らはあの少女たちを立派なマッチ売り販売員に育てなければならないんだ。なんといってもこれは『マッチ売りの少女』というタイトルの本なんだから」
「育てるのにどうしてライターが必要なんだよ? 販売の邪魔しなくちゃいけないわけ?」

 この場合、必要なのは教育じゃないか? エオリアのしていることはまだ分かる。いたらない箇所を洗い出して、そこを直させればいい。
 でも、ライターの販売???

「お話には起承転結というものがあって、内容を盛り上げるためには試練が必要なんだ。マッチ売り販売員の試練とは何か? あの少女たちが成長するために必要なものは?
 それはライバル! 競争相手がいてこそ少女たちは立派に成長するんだ。そしてその試練に打ち勝つ姿にこそ、読者は感動する!」
 自分で自分の言葉に酔ったのか、エルシュは身ぶりまで加えて熱弁する。
「ただ街頭に立って売るだけなんて、だれにだってできる! そんなことにひとは感動しない! ひとを感動の渦に巻き込み、涙を流させるためには、苦難を乗り越えなければ!!」

  そう! それがこの審査の本当の目的! そして100円ライター移動販売員という僕ら!!

「それなら同じマッチで勝負するべきじゃない? ライバルならさあ!」
「だってライターの方が便利だから売れるでしょ」
「じゃあせめておまえも外出ろよ! 同じ土俵で戦えよ!」
「えー? 外、雪降ってるじゃん。寒いよ」
「おまえ……っ!!」
「あ、ちゃんとお代はもらってね。かわいい子がいたからって、サービスは兄さんのバラだけにしてよね。もしあとで計算が合わなかったら、どうなるか分かってるよね? 兄さん」

  ――エルシュさん……。


「エルシュ、おまえとは一度じっくり話し合う必要がありそうだな…」
 いつの間にこんな子に育ってしまったのか…。
 ずくずく痛みだしたこめかみに指をあて、エースは目を伏せる。
「これは僕らも昔通った道。パトロン見つけて乗り越えたじゃないか。大丈夫、僕らがやらずとも彼女たちを助ける手はいくらもあるよ。今だって彼女たち、パトロン候補者さんたちからいろんな物もらってるんだから」
「いやエルシュ、俺の話聞いてる?」
「大体、小さい子どもや小動物ってそれだけで得なんだよね。笑って差し出すだけで何でも売れるんだから。ねぇ兄さん、覚えてる? あのころの僕らはそういうわけにもいかなくて」
 ……ふう。
「そこ! 1人で思い出にふけってため息つかないで! 今それどころじゃないから!」
「だーかーらー『マッチ売りの少女』のリストラでしょ? あの少女を立派なマッチ売り販売員に育て上げる話の。そのための試練が僕らなんだってば」
 黒幕は僕で、ライバルがきみさー♪

「それ、ほんとに間違ってない? 自信ある?」
 俺、もうぜんっっぜん自信ないんですけどーーーー!?

「まぁまぁ。あんまり興奮しないで。いいから兄さんは街頭販売に出ておいでよ。細かい事気にしてたらハゲるよw



「――ん?」
「どうした、オッサン」
「……いや、なんだか背筋がゾッとする言葉を聞いた気がしてね」
「気のせいだろ。何も聞こえなかったぞ」
 静玖は首を振って、深々とため息をついた。
「――はぁ。とうとう幻聴まで聴くようになったか。まさかボケてきたんじゃないだろうな?」
「ボケかね? いや、さすがにそれはないと…」