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第五章

「清少納言は、『冬はつとめて』って言うけれど……」
 と、かまくらに案内された宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、リースに話しかけている。
「私は、冬は夜のほうが好きかな? 澄み切った空気、真っ白な月明かりと雪景色。そして、冬の星座。雪に埋もれて、音のない静かで月明かりに照らされるだけの世界は、寂しくもあり美しくもある……」
 そう言った途端、第二露天風呂の方から、「ひいー」という女性の悲鳴、旅館併設の露天風呂の方からは、「ふぎゃー」という男性の悲鳴が聞こえた。
「す、すみません……」
「まぁ、温泉宿だから、そこらじゅうに『音』があるんだけどね」
 しきりに謝るリースに苦笑いして、祥子は、火鉢を借りた。
「燗をするための水は、そこら中に積もってるしね」
 と、言いながら、スルメを焼いて、雪見酒。
 明日の朝は、一番に露天風呂にはいろう、と思いながら、熱い日本酒をきゅ〜と一杯で、身体が、ぽかぽか温まる。
「冬はつとめて。雪の降りたるはいうべきにもあらず。霜のいと白きも、いと寒きに、火など急ぎ熾して、炭もて渡るも、いとつきづきし」
 枕草子を口ずさむうちに、やはり、夜の温泉も楽しんでみよう、という気になった。
「……うん。脱衣所に、借りてきた暖房器具もっていこう」
 酔った勢いで、火鉢を抱えて第二露天風呂への雪道を歩き出す……までは良かったのだが。
「なんで、北斗七星なのに、星が8つみえるのかしらね?」
 見上げた夜空の星座に、首を傾げた途端。
 ガツーン!
 女物の服をひっかけて疾走してきたアシハラザルに激突!
 ふっとばされた勢いで、祥子は、頭から雪に突っ込んでしまった。

「んー、これはこれで、風流よね」
 併設の露天風呂で、アシハラビッグフットとアシハラザルと他の客たちにいちゃつきを見せつけた後で、かまくらに戻ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、満足げに呟く。
 秋には、任務多忙で訪れることのできなかった温泉旅館。ようやく取れた週末の休暇は、恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)とともに、まったり楽しむつもりだ。
「今宵の夕餉は、雪見鍋となります。お口に合えば幸いです」
 カセットコンロの上に熱々の鍋をセットした涼介に礼を言い、熱燗のとっくりを傾けて、セレアナの杯を満たす。
「雪景色、きれいね」
「桜の季節も、山全体が濃淡のあるピンク色に染まって、とてもきれい、って聞いたわ。機会があれば、旅館の方にも泊まりに来たいわ」
「そうね、またふたりで、ここに羽を伸ばしに来ようか。雪みたいな桜の花の中で……」
 セレアナは酒に強いが、セレンフィリティの方は、お猪口一杯分で、もうすっかりほろ酔い加減。とりとめのないことを口走りつつ、まったりとした気分に浸っている。
 ふと気付くと、ふたりは無言で、雪景色を眺めていた。
「今夜はこうやって、のんびりと過ごしたいな」
 ぽつり、と雪に浮かべるように、セレンフィリティが呟く。
 普段なら、かまくらにテンションあがりまくりで、はしゃぎまくるはずのセレンフィリティなのに、今回ばかりは、なぜか、妙におとなしい。
 セレアナが訝しげにその顔を見ると、ほんのりと上気していた。
 お酒がまわったのかしら? と思いつつ、ふたりで過ごす静かな時間を味わうセレアナの方へ、セレンフィリティが、顔を向ける。
「……」
「……」
 言葉を交わさなくても、互いの意図を悟ることができるセレンフィリティとセレアナは、どちらからともなく、くちびるを重ね合うのだった。


「アニス、雪とかは見たことあるけど、“かまくら”をみるのは初めてだから、楽しみ〜♪」
「雪とくれば、氷結精霊である私の出番ですよぉ〜♪」
 はしゃぐアニス・パラス(あにす・ぱらす)ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)を連れてやってきた佐野 和輝(さの・かずき)が、隆元に案内されたのは、風船屋が用意した一番大きなかまくらだった。
「これが、“かまくら”だ。雪で作っている割には、暖かいだろう?」
「おお〜、本当に雪だけで出来てる〜♪ それなのに、中が暖かいよ!? すご〜い!!」
 アニスは、早速、中へと潜り込み、ルナは、連れてきた動物たちと、雪の中を転がり回った。
 旅館の騒ぎは気にはなるが、和輝は、純粋に客として過ごすつもりだった。
「そっちは、他の奴がどうにかするだろうし、解決する者ばかりで、客が居ないと困るだろうしな“金銭的に”……」
 客として休暇を楽しく過ごせば、それもまた、風船屋を救う手立てのひとつとなることだろう。
「アニスに、“かまくら”を見せてやれて、よかったな。さて、定番かどうか分からないが、かまくらの中でする事と言ったら、『火鉢で餅を焼く』っていうのが思い浮かぶから、実践してみるか」
 隆元が運んできた火鉢に網を乗せ、博識と財産管理の応用で、良いものを安く手に入れた自前の餅を並べる。ポットに入れて持ってきた飲み物も、暖かい。
「まあ、今回は、事態が解決するのを眺めつつ、ノンビリしようじゃないか」
「うん、こういう所で食べると、美味しく感じるね。いつも食べてるお餅より、ずっと美味しく感じるよ♪」
 うれしそうに餅を頬張っていたアニスが、コロンと寝転ぶ。
「う〜。お腹一杯だし、思ったより暖かいから、眠くなってきちゃったよ……」
「雪の上だと、冷たいだろう。こっちに来い」
「え? いいの? やった。和輝の膝枕と、和輝の上着を、毛布代わりに寝られる〜♪ えへへ〜、和輝の匂いで一杯……くぅ〜」
 和樹を独り占めにしたアニスが、幸せそうに丸くなったところに、ルナが、帰ってきた。
「ずっと和輝さんとアニスの二人きりは、ズルイですから、ちょっとした邪魔モドキですよぉ〜♪」
 そう言うルナに続いて、かまくらに入ってきたのは……、
「アシハラザル……!」
「人間と同じで、猿さん達にも個性があるから、全員が騒がしいのが好き、というわけではないのですよぉ〜。だから、適者生存や言語で、知り合えた話の分かる猿さんたちを、かまくらへ招待しちゃったですぅ〜」
「……まあ、変な事をしないなら、同席は構わないが」
「猿さんたち、かまくらに入る前に、身体を綺麗にするですよぉ〜」
 のんびりと笑うルナに従って、雪や土を払い落としたアシハラザルたちが、和輝と一緒に、餅の乗った火鉢を囲む。
「……本当に、大丈夫か?」
 と、言いつつ、餅を餌に与えてみる和輝の横に、のっそりとやってきたパラミタ虎が、背の上から、バサッと荷物を下ろした。
「人間……? 遭難者か?」
「みんなで雪から掘り出したですぅ〜」
「はっ……ここは……」
 火鉢で温められて目覚めたのは、アシハラザルと衝突して気を失っていた祥子。
 立てまくった死亡フラグをへし折っての生還だった。
「……何にしても、良かった。遭難者が出たら、風船屋の評判が落ちるところだったからな」
 面倒ごとを回避した和輝が、胸をなで下ろす。
 仲間や猿たちとともに、ようやく、のんびりと夜を過ごせそうだ。