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学生たちの休日8

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学生たちの休日8

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    ★    ★    ★
 
 空京のブティックの一角。さりげなくそこには小さな人だかりができていた。ちょっと遠巻きに、店の中の一般客が二人の少女を見ている。
「たまにはこんな服はどうかなあ」
 緋色の和装ドレスを着た茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)が、以前この服をプレゼントしてくれた若松 未散(わかまつ・みちる)のために、ハンガーに下げられた洋服を一所懸命に吟味していた。
 鮮やかな緋色の和風ドレスは、その色だけでも人目を引く。襟元や袖口にはふんだんに黒いレースがあしらわれ、大輪の芙蓉の花が描かれた振り袖が鮮やかだ。パニエでやや広がった深緋のミニスカートからのびた細い足は、ドレスに色を合わせたストッキングで絶対領域を作りだしている。その後ろでは、長く垂らした帯の端がゆれている。
「うんうん、私の選んだドレスはやっぱり衿栖に似合っているな。まあ、私が選んだんだからな。よし、私も、もっと衿栖に似合う服を探すぞ」
 一緒にいる若松未散も、意匠を合わせた和装のドレスを着ている。こちらのカラーは黒で、帯などは髪の色に合わせて光沢のある水色でアクセントとされていた。袖は振り袖のつけ袖で、フロントの合わせ目が大きく開いているラップドスカートからはクロスした紐の下の白いアンダースカートがのぞいている。黒いストッキングはリボンのついたガーターリングで留められ、足許はぴっちりとした黒いロングブーツに収められていた。
「これなんかどうかなあ」
 茅野瀬衿栖が、白いロリータドレスを選びだしてきて、若松未散の前に広げた。コルセットタイプで胸が強調された白いドレスに、青い薔薇がボンネットの飾りとコサージュとしてセットになっている。長手袋の甲の部分やストッキング留めの部分にも同じ青薔薇のワンポイントがあって、その色味を映した白いドレスがほのかに青みを帯びて見える。
「あっ、それ可愛いかも。じゃあ、それとお揃いで、こんなのはどうだ?」
 若松未散が選んだのは、黒いロリータドレスにこちらは赤い薔薇をモチーフにしたものだ。ちょうど茅野瀬衿栖が選んだドレスと対になる。
「ああ、その色もあったんだ。これって、対になっていていいかも。着てみようよ」
 茅野瀬衿栖が若松未散の手を引いて試着室に入る。
「ああ……、あんなに二人で仲良く……」
 店内のパネルに指を食い込ませながら、その様子を見ていた茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)がつぶやいた。
 やっとできたオフの日、茅野瀬衿栖と二人きりでいられると思ったのに、若松未散もオフだったとは計算外であった。
「まあまあ、二人が楽しそうなら……。あっ、なんだか身体の中から光条兵器が出て……」
 茅野瀬朱里の肩を握り潰しそうにつかんでいた会津 サトミ(あいづ・さとみ)が物騒なことを言いだす。こんな所で武器を取り出していったいどうするつもりだ。
「だめ! 邪魔しちゃいけないんだよ……。でも……」
 理性と感情の狭間で歯ぎしりしながら、茅野瀬朱里が会津サトミをなだめた。
 とはいえ、この二人の放つ負のオーラは強烈である。この負のオーラに挟まれた一般人が、背中に冷や汗をかいて少しざわついた。
同時に行きますよ。じゃーん。どうかな」
「うん、いいぞ。似合ってる」
「未散さんもすっごくいいよ」
 着替えた二人が試着室から出て来た。
 ただでさえ人目を引きやすい格好に加えて、アイドルとして活動している二人は、独特のオーラを放ってあらためて衆目を自然と集めてしまう。
「やれやれ、ハル様も大変ですね」
 少し離れたところに待機していた蘭堂 希鈴(らんどう・きりん)が、ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)に訊ねた。今日の二人は、荷物持ちという役どころだ。
「いえ、荷物持ちといえども、未散くんと同行できればわたくしは幸せでございます」
 努めて平静を装って、ハル・オールストロームが答えた。
「またまたあ。本当は、未散お嬢様と二人っきりのオフを楽しみたかったのではないのですか?」
「そ、そんなことはございません」
「嘘おっしゃい。少しは自分に正直にならないといけませんよ。ほら、あんなにギャラリーがとりまいているのですから」
 ハル・オールストロームをからかいながらも、なんとなく不穏な空気を感じて蘭堂希鈴が周囲を見渡した。
「チッ、鋭い奴」
 あわてて茅野瀬朱里が会津サトミと共に身を隠す。
「希鈴、荷物お願いね」
 そのまま服を買った茅野瀬衿栖たちが、今まで着ていた服を入れたバッグを蘭堂希鈴たちに渡した。
「お預かりいたします。人目が集まりすぎておりますので、どこかに移動なされた方がよろしいかと」
「そうね、お茶にでもしましょう」
 蘭堂希鈴に言われて、茅野瀬衿栖たちは移動を始めた。
「お下がりくださいませ」
 後をついてこようとする一般人を、ハル・オールストロームが追い払う。
「そうはいかないんだよ……」
 追い払われてたまるかと、会津サトミと茅野瀬朱里が、その後を尾行していった。
「なんだか、凄く人が移動していったみたいですけれど、今はああいうのが流行なのかなあ。みんなピカピカですぅ
 茅野瀬衿栖たちを見送ったヴィサニシア・アルバイン(びさにしあ・あるばいん)が、自分用の服を探しながら言った。とはいえ、あそこまでど派手な服はちょっと勇気がいる。
「こんな感じかなあ」
 いくつかの服を試着して、ヴィサニシア・アルバインがなんとかお気に入りを見つけだした
 基本は重ね着で、黒のセーターの上にウエイキャミソールを重ね、その上から黄色のチェックとピンクのショールを重ねて掛けている。下はブルーのショートパンツで、ピンクのスニーカーに白いストッキングと実に健康的な服装だ。
「うーん、小物もほしいですぅ。そうだ、バッグも買っちゃいましよう」
 そう思いたつと、ヴィサニシア・アルバインは売り場を移動していった。
 小物売り場にはいろいろなバッグもならんでいる。
「これ可愛いかもぉ」
 青いチェックのバッグを見つけると、ヴィサニシア・アルバインはレジへと持って行った。
 隣では、精算を済ませた織田 信長(おだ・のぶなが)が、小さなつつみをいくつか受け取って桜葉 忍(さくらば・しのぶ)たちのいる売り場へと戻っていった。
「しーちゃんに服を選んでほしいな〜」
 東峰院 香奈(とうほういん・かな)におねだりされて、桜葉忍はまだいろいろと悩んでいるようだった。
「やれやれ。まだ少しかかりそうかな」
 そう見切ると、織田信長はいろいろと試着しているノア・アーク・アダムズ(のあ・あーくあだむず)の横の試着室で、気に入った服を試着し始めた。けれども、どうにもマントとセットにしたり、ぴっちりとした男物の黒いスーツだったり、ちょっとセンスが独特だ。
「こんなものかしら」
 いくつもの服をためつすがめつしていたノア・アーク・アダムズが、やっとお気に入りを決定したらしく、一着の服をかかえてレジへと行く。対照的に、織田信長は試着した服全部をかかえてレジへとむかった。
「ちょっと待て、これ全部俺に運ばせるつもりか!?」
 その量を見て桜葉忍が織田信長に詰め寄った。
「あたりまえであろう。そのための荷物持ちではないか」
 平然と受け答えしながらも、織田信長が桜葉忍に小さなつつみを渡した。
「これは?」
 つつみを開けた桜葉忍が、中に入っていた桜の花弁型のキーホルダーを見て言った。
「たまには、プレゼントをもらうのもいいものだろう?」
 自分用には髑髏型のキーホルダーを刀の鯉口近くにつけた織田信長が言った。
「ありがとう。これ大切にするよ」
 桜葉忍が、ちゃんとお礼を言う。
「香奈とノアの分もあるぞ」
 織田信長が、ちゃんと東峰院香奈に渡すようにと、十字架型のキーホルダーを桜葉忍に渡した。
 次に、猫の肉球型キーホルダーの入ったつつみをノア・セイブレムに手渡した。
「何それ。プレゼント? ふーん、本当は興味ないけれど、せっかくだからもらっておくわ」
 内心では飛びあがるほど喜んでいながら、興味ないを装ってノア・セイブレムが言った。
「ところで、ノアは一着しか買わないのか?」
「いいのよ。私が買いたかったのは、この一着だったんだから」
 桜葉忍に聞かれて、ノア・セイブレムが答えた。まったく、素直でないノア・セイブレムである。
「遠慮するなよ。じゃあ、その服に似合う物を買おう」
 そう言うと、桜葉忍がノア・セイブレムをアクセサリー売り場に連れていって、メダルの繋がったデザインのブレスレットを買ってあげた。
「も、もらっとくわよ。ふ、ふふん」
 ちょっと顔を赤らめてから、ノア・セイブレムが言った。ちょっと足取りがスキップしかけていて怪しい。
 桜葉忍たちが戻ってくると、東峰院香奈が着替え終わって待っていた。
 白いフリルの衿に薄紅色のワンピースに、明るいグレイのミニスカートを着て、ちょっと早いが春めいた清楚な感じの服だ。頭のカチューシャの左右には大きな白い花をつけ、ストッキングも白なのは桜葉忍の見立てで白などの明るい色が似合うと感じたかららしい。
「似合ってるよ」
 桜葉忍の言葉に、東峰院香奈がちょっと顔を赤らめた。
「今度は、忍と二人っきりで来たいな」
 素早く東峰院香奈が桜葉忍の耳許で小さくささやいた。
 
    ★    ★    ★
 
「結構人がでているね」
「ええ。ちょっと……」
 九十九刃夜の言葉に、三歩離れてついてきていたミリア・アンドレッティがうなずきつつ言いよどんだ。空京公園なら人は少ないと想っていたのだが、意に反して結構な人出がある。やはり、これだけ人が多いと、ちょっと怖い。
「大丈夫。僕の後ろについてくれば、何も怖くないさ」
 足を止めることなく振り返って九十九刃夜が言った。
「……」
 なんと答えたらいいのかちょっと考えつかなくて、ミリア・アンドレッティが九十九刃夜の背中を見つめた。ちょっと心が落ち着いてくる。これが、安心と言うことなのだろうか。ちょっと違うような気もする。だとしたら、この気持ちはなんなのだろう。
「そうだなあ、久しぶりに歩いたから、そろそろ喫茶店で少し休もうか」
「ええ」
 そううながす九十九刃夜に、ミリア・アンドレッティは静かにうなずいた。