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リアクション
★ ★ ★
「ここが燃えていたなんて、今では夢みたいだな。でも、痕跡は残っている……か」
茨ドーム跡にやってきた新風 燕馬(にいかぜ・えんま)が、地面に微かに残る草木の燃えかすを取りあげてつぶやいた。だが、それは脆くも手の中で崩れて、地面へと落ちていった。
「俺は、いろいろと取りこぼしてきているんだな」
微かに汚れた手を見て、新風燕馬が言った。
「あれだけ燃えたのに、すっかり元通り……。いえ、あの霧の事件のときよりも森は深く濃くなっていますね」
サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)が、下生えを踏み分けながら新風燕馬に近づいてきた。
「そういえば、あのとき、燕馬は悪夢だとかなんとか言っていませんでしたっけ」
「言ったかなあ」
サツキ・シャルフリヒターの問いに、新風燕馬がとぼけた。それは、サバイバルナイフを持った女に追いかけられるのを悪夢じゃないと言える人間は少数だろう。
「……燕馬、少し聞きたいことがあります。あなたは、私と契約したことを、後悔しているのですか?」
「君の手を取ったこと、後悔なんてしていないさ」
そうきっぱりと答えたものの、どうも言葉に重みがない。
だいたい、パラミタで危険な冒険の日々を送らなくても、新風燕馬は地球で平々凡々な日々を暮らすという選択肢をとれたのだ。それを、サツキ・シャルフリヒターと一緒にパラミタにいる理由を説明するには……。
「うーん、こういうときは言葉より行動だよな」
返事を待っていたサツキ・シャルフリヒターの腕を、新風燕馬はぐいと引っぱった。ふいをつかれたサツキ・シャルフリヒターが、新風燕馬の腕の中に倒れ込んでくる。
そっと唇を重ねた。
「君が飽きるまで、俺に力を貸してくれ。俺が言えるのはそれだけだ。対価として俺の生命を預ける。君の使いたいように使ってくれ」
「不意打ちを仕掛けておいて、何を言いだすんですか」
至近距離で見つめ合ったまま、サツキ・シャルフリヒターが言った。
「また勝ちだな」
「もう」
「そういえば、よくレモンの味がするっていうけど、これはむしろサツキの味と言うべきか」
「ちょ、何こっぱずかしい台詞言ってんですか!?」
「もう一度確かめてみるか?」
「えっ……」
再び二人の唇が近づいたときだった。
「何をやっているのだ?」
突然近くの茂みからビュリ・ピュリティアが顔を出した。
「わっ!」
「きゃっ!」
あわてて新風燕馬とサツキ・シャルフリヒターが離れた。
★ ★ ★
「はっ、はっ、はっ」
軽快にとはちょっと言いがたいが、確かな足取りで神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)が世界樹の中央階段をランニングしていた。
「まだ、まだまだですわ……」
ちょっとお腹の肉をこっそりとつまんでから、神代夕菜が決意を新たにする。実は、単純にお正月のお餅太りなのである。ダイエットには、世界樹の上り下りが実に効果的……だと思う。
普段横着をして箒で上り下りしている生徒たちが、珍しい人がいるものだと神代夕菜を振り返る。
「ちょっと走りたくなったんですのよ」
「今、箒はメンテナンスに出しているんですわ」
「健康にいいんですのよ」
聞かれもしないのに、適当な理由を披露しながら神代夕菜は階段を駆け下りていった。
★ ★ ★
「うーん」
「何、悩んでおるのだ?」
腕を組んで考えている緋桜 ケイ(ひおう・けい)に、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が、どうかしたのかと声をかけた。
「いや、この間の戦いは、ほとんどイコン戦だっただろう。もし、もう少しイコンの操縦をうまくできていたら、何かが変わったんじゃないかと……」
結局、けんちゃんは救うことができなかった。マスターたちも魔石に封印されたままだ。それが、心残りでならない。
「ふむ。それはそうだな」
悠久ノカナタが、素直に緋桜ケイの言葉にうなずいた。ちょっと素直すぎる気もする。
ただ、本当にその通りで、初戦ではアルマイン・マギウスを大破させられ、続くオプシディアンとの対戦ではセンチネルをぼろぼろにされている。現在、二機ともオーバーホール中で動かすことはできない。
「これじゃあ、せっかくイコンの特訓をしようとしてもなあ。天御柱学院のようにシミュレータがあればいいんだが……」
さすがに、イルミンスール魔法学校にはスーパーコンピュータを使うようなシミュレータは存在しない。現状はお手上げと言ったところだ。
「ふふふふふ……」
「どうしたんだ、カナタ? 何か悪いものでも食って……」
いきなり不敵に笑い出した悠久ノカナタを見て、緋桜ケイが心配そうに訊ねた。
「何を言っておる。わらわの腹はすこぶる丈夫だ。それよりも、こんなこともあろうかと、新型イコンを用意していたのだ」
「おお、あの、間にあってさえいれば、カスタムイコンでも一撃で屠れるという前評判の新型専用機、やっと完成したのか!」
珍しく、緋桜ケイが目を輝かせた。
「見たいか? いや、見たいであろう」
悠久ノカナタの言葉に、緋桜ケイがブンブンとうなずく。
「よし、では、イコン格納枝に突撃だ!」
悠久ノカナタの言葉で、二人はイコン格納庫にある枝まで走りだした。途中で、ダイエット中の神代夕菜とすれ違う。
「あら、あの人たちもお仲間かしら。よおし、頑張りますわ」
ドスドスと走っていく悠久ノカナタを見送って、神代夕菜が気合いを込めた。
イコン格納枝にある格納庫では、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)たちがイコンの整備をしていた。彼らのイコンの近くに、なんだか場違いな姿のイコンがある。
「こ、これは……」
そこにあるエンライトメントを見て、緋桜ケイがちょっと絶句した。
「これで勝つつもりだったのか!?」
「もちろん」
悠久ノカナタが堂々と胸を張る。
「これこそは、模擬戦でメカ雪国ベアに敗北を喫して以来、リベンジを誓って密かに開発を進めていたイコン。見よ! これがわらわ専用機体第1号! グレートとわのカナタちゃんよ! この機体の完成さえ間にあっておれば、あやつらにも引けをとらなかったであろうに……」
「いや、本当にそうなのか。これ、素体ってまさか琴音ロボじゃないだろうな……」
「それ以外に何がある……」
色物機体で、規格外のカスタムイコンに勝てるのかと緋桜ケイは思ったが、さすがに口にはしなかった。なにしろ、見た目はほとんど巫女服姿の悠久ノカナタである。
「何を言うか。このスペックを見るのだ」
ぴらんと、悠久ノカナタがエンライトメント――じゃなかった(筆でバッテンがしてあった)――グレートとわのカナタちゃんとセンチネルとアルマイン・マギウスの比較スペック表を広げた。
「確かに、機甲でセンチネルに、エネルギーでアルマインに劣っている以外は遥かに高性能……。嘘だろ……」
意外や意外、これはもしかするといけるかもしれない。
「嘘ではない。後は、パイロットさえ完璧なら、このグレートとわのカナタちゃんは無敵なのだ! どうだ、この力、受けてみせるか? ……ということで、特訓するぞ!」
「特訓って、何をやるんだ!?」
「そうだのう、模擬戦というわけにもいかぬから、ドライブ代わりにアトラスの傷跡まで飛行訓練というのはどうかな。ちょうどいい気晴らしにもなるであろう」
「まあ、やるしかないか……」
悠久ノカナタの言葉に従うと、緋桜ケイは一緒にエンライト……もとい、グレートとわのカナタちゃんに乗って世界樹を飛びたっていった。
「なんだか凄い格好のイコンでしたわね。あたしたちのE.L.A.E.N.A.I.とは大違いですわ」
グレートとわのカナタちゃんを見送ったユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が、スフィーダの上でメンテナンスハッチ内の機器を調整しながら言った。
「ボクたちのイコンは、カームリィ・ウインドのデータを元に再設計しただけの物ですから。見た目はノーマルと変わりませんけれどもね。要は中身ですよ、中身」
非不未予異無亡病近遠が、コックピット内のデータを修正しながら言う。
Existence like an electronic neutrino,and influence、通称E.L.A.E.N.A.I.は、「電子ニュートリノの様な存在感と影響力」という意味を込めて非不未予異無亡病近遠が命名したものだ。第三世界で発見されたスフィーダの設計図を元にして現実世界で組み立てられた物であるが、さらに非不未予異無亡病近遠たちの手によってカスタマイズされている。
複雑な変形機能と、人形となったときの容積を確保するために、飛行形態時の胴部はリフティングボディともなっており、翼と一体化した二機のブースターが上部に配置されている。人形時にはこれが背部ブースターパックとなり、胴体部が複雑に変形する。そのフォルムは、S−01よりも遥かに人の姿に近い物となっていた。
「気をつけるのだよ。いくらメンテナンス用に水平においているからと言って、それなりの高さはあるのだから」
イコンから滑り落ちはしないかと、イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が、はらはらしながらユーリカ・アスゲージたちを見守っていた。
「心配無用ですわ」
ちょこちょことイコンの上を走り回りながら、ユーリカ・アスゲージが答えた。
「大丈夫です。事故のないようにアルティアが祈っておりますから。初飛行の際も、ちゃんと祝福いたしますわ」
アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が、両手を組みあわせて言った。
神頼みと言っても、パラミタの場合は本当に効果があるので無下にはできない。
「いずれにしても、現実世界でのスフィーダの力は未知数……、いいえ、ボクたちが導き出すものですからね」
「じゃあ、そろそろ変形テストをいたしましょう」
そう言って、ユーリカ・アスゲージがコックピットに乗り込んだ。彼女はサブパイロット席だ。メインパイロット席には、非不未予異無亡病近遠が座る。
「変形テスト行います」
コックピットを閉じると、E.L.A.E.N.A.I.がフィールドを発生して浮かびあがった。基本的に、人形に変形するイコンは浮遊状態でないとバランスがとれない。
格納庫の中空に浮いたE.L.A.E.N.A.I.がゆっくりと変形を始めた。実際の変形は高速で行われるが、今はその必要がない。今大事なのは、その手順だ。
機体下部の脚部がのびると、ノズル部分が開いて足となる。機体が起きあがりつつ、機首基部が開き肩と腕部分に変化していった。そこへ機首がスライドして頭部となり、同時にブースターがせり上がって背部におさまる。
各部装甲のスリットが開き、駆動部が自由度を増した。E.L.A.E.N.A.I.が、格納庫のフロアに降り立った。
「おお、転ばずに立ったのだ」
イグナ・スプリントが、ほっとしたように言った。
「始まりでございますね」
未だ祈りながら、アルティア・シールアムが言った。
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