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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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取り憑かれしモノを救え―救済の章―

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●狂気の終わり

 どさりと人の倒れる音がした。ミルファが仰向けに倒れていた。
「ああ、ほんとにあの氷精の言った通りだったよ……」
 契約者を侮るな。反芻し、呟く。
「研究開始から六年、結界完成からボクが死ぬまでに二年。八年もかけて作り上げた結界を一日で破壊される」
 本当にままならない。
 空には宵の明星が輝いていた。
 周りは鬱陶しいまでの深淵の闇。そして道しるべのように灯されている戦痕の、ちりちりと爆ぜるようなそれでいて小さくくすぶるような、それでも今から燃え上がるようなそんな火種。
 一つは今にも消えそうで、もう一つは今にも燃え上がりそうだった。
「ああ――ボクの負けか……」
 地面にどうと倒れたミルファは、清々したやりきった表情を浮かべて空を眺めていた。
 真っ暗な夜の闇に、星が煌いていた。
 吐く息は白く。身震いしそうなほどに冷えた外気は、今の今まで行われた魂のぶつけ合いすらも忘れさせる。
「もう、ボクみたいな……悲しい思いはしないで済む、のかな?」
 そう問うた。
「ああ」
 その場に居た誰かが言う。
 それにミルファは、ミルファに取り憑いた怨念は、そうかと言った。
「それなら、もう、“無かった”ことにする必要は――ない、ね」
 ニコリと小さく微笑む。
「でも、ね。ボクは最後まで悪を貫き通すよ。それが死後ボク自身が定めた道だ」
 さあ、勇気ある者達よ――とミルファの口から弱弱しい声が漏れる。
「ボクの宿っていた剣を完全に壊すかい? ふふ、それとも、憂いを断つ為にボクが取り憑いているこの術者すらをも殺すのかい?」
 小さく。力の無い笑みではあったが、それでも怨念は嗤う。愉快そうに。
「全く、どうしてここまで捻じ曲がったものかなー」
 一つ声がした。
 ゆらりと、揺らめく半実体を持つ女性の姿。
 結界が壊れた時点で、もう絶対に会えないと思っていた。
「あ、ああ……」
 薄れる視界の中で確かに見た。
 姉の姿。どこか抜けている印象を与えるそんなゆるい雰囲気。紛れも無かった。
 助けを請うように腕をあげたいが、あがらない。先刻までの戦いで受けた傷と、もういっそ清々しいほどまでにコテンパンに叩きのめされ心がぽっきりと折れてしまっていたのと、そんなのが合わさって、ただ呻くことしかできなかった。
 ここで、どうして涙が溢れてくるのかと、自身に問いたかった。
「うっ……あっ……」
「全く、もう……」
 やれやれと嘆息している姉の姿を見る。傍らにいる人物に何事か耳打ちをしているようで、その人物が一つ頷くと姉が消えた。
 そして、その人物が走りよってくる。
 優しく抱き起こされ、これまた優しく声を掛ける。
「もう、終わりにしよっかー。真正面から戦って負けたんだよ。
 もうこの地を護れるくらいの人がいるのは確かなんだよ。結界も完全に壊されてあんたのその一途な想いは完全に否定されたの。
 だから、おしまいにしよう。悲しい幕引きじゃなくて“私たち”が決別してこの地から離れよう?」
 ぎゅうっと抱きしめられ、耳元で囁かれる言葉。
「約束守れなくてごめんね。でも、あんたはみんなを恨んじゃいけなかったんだよ。
 だって、みんなを生かすために、一人で戦うことを決めたのは私自身だから。
 苦しい思いも悲しい思いも辛い思いもさせてごめん。でも、死んだ私のことをずっと忘れないように生きていてくれたのはありがとう」
 ぽつりと、頬に水滴が当たる。震える腕に力を目一杯込められて。ちょっと苦しいとさえ感じる。
「だから、もうおしまい。私の弟なら、わかるよね?」
 うんっと小さく頷く。
「引導は君が……」
 白黒の双剣を持つ、冷徹な殺し屋に向かっていう。唯一自身の存在を、体を乗っ取ったこの子の存在すらも完全なまでに殺そうとした人に向かって言った。
 冷徹に彼は見下ろすと、剣ある要、自身の魂を封印する透明な宝石に向かって双剣の片方を突き立てた。
 怨念は目を閉じた。
 ぱりんっと音がして、簡単に宝石は砕け散る。
 それに、
「悪いね」
「ありがとう」
 全ての終わりを悟った笑みを浮かべて、短く言葉を発すると、二人は消えた。
 きっと、二人とも救われたのだとその場にいた人間は思っただろう。