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終身名誉魔法少女豊美ちゃん! 『私、お母さんになりますー』

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終身名誉魔法少女豊美ちゃん! 『私、お母さんになりますー』

リアクション

「な、なんだって!? 豊美先生が母親!?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですかー。……エヴァルトさん、何か変なこと思ってませんよねー?」
「いや、そんなことはないぞ。……考えてみれば、イルミンスール魔法学校長も母と呼ばれてるしな。うん、何も問題はないぞ」
 うんうん、とエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が納得する。尤も、豊美ちゃんに杖を向けられては納得せざるを得ない、というのが正しくもあったが。
「よし、そうと決まれば鵜野さん」
「?」
 名を呼ばれて、讃良が無垢な表情をエヴァルトに向ける。思わず抱きしめたくなりそうな感情に気付かないふりをして、エヴァルトが言葉を紡ぐ。
「俺が、魔法少女の戦い方というものを見せてあげよう。まぁ、どっちかと言うと男児向けの内容だけどな」
「……大丈夫なんですかー? いつかの時みたいなのは止めてくださいね?」
「だ、大丈夫ですよ、多分……。
 お兄ちゃんはちょーっと、頑張り過ぎちゃうだけなんです。私も頑張りますから、お願いしますっ」
 不安げな豊美ちゃんを、ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が説得する。
「豊美ちゃん、ここは見守りましょう。
 色々な経験をさせることは、讃良様にとっても有益なはずです」
「……そうですねー。じゃあ、お任せしましたー」
「よし! そうと決まれば早速準備だ!
 ミュリエル、ファニ、おまえ達にも出てもらうぞ!」
「は、はいっ! 魔法少女としてがんばります!」
「え、ちょ、私は別に出るつもりなんて……きゃーー!」
 ぐっ、と拳を握るミュリエル、一観客のつもりでいたファニ・カレンベルク(ふぁに・かれんべるく)を引き連れ、エヴァルトはステージへと向かう――。

「ヒャッハー! テメェらのぱんつはボッシュートだぁ!」
「やめて返してよー(うぅ、どうして私がこんな……パンツは元から履いてなかったけど!)」
 いかにもな風貌の無法者が、棒に色とりどりのぱんつを引っ提げて闊歩し、ファニが被害者役として後を追う。
「おぉ!? これは上物の匂いがプンプンするぜぇ〜。
 俺様はようじょのぱんつが大好物なんだぁ〜」
 無法者が目を付けた先には、エキストラとしてステージに上がった讃良の姿があった。欲望むき出しの表情を浮かべた無法者が讃良に近付こうとして、

「待てぇいッ!」

 逆光の向こうから声が響く。
「な、何だぁ!?」
「己の欲望のままに、人が見られたくないと思ってるものを無理に見ようとする無礼……その行いを恥と知れ!」
「だ、誰だテメェ! ツラ見せやがれ!」
 喚く無法者に、腕組みをしたエヴァルトはフッ、と口を歪ませ、
「貴様に名乗る名は無いッ!」
 ビシッ、と決めたものの、背後に控えていたミュリエルにツッコミを入れられる。
「お、お兄ちゃん、ちゃんと名乗らないと。ほら、向こうで豊美ちゃんが怖い顔してます」
「そ、そうか、それはマズイな……とうっ!
 ティールセッター!」
 宙に躍り出るエヴァルト、そして地上に着地する時には既に変身を終えた姿になっていた。
パラミティール・ネクサー!!
 下劣な行い、断じて許さん! 覚悟しろ!」
 そして、棒をナイフに持ち替えた無法者と、エヴァルトの戦いが開始される。
「ミュリエル・ザ・マジカルアリス! 悪い人達はやっつけます!」
 続いてミュリエルも変身を果たし(着ている服がそのまま戦闘服に変化していった)、まずは讃良ちゃんを安全な場所まで避難させる。
「もう大丈夫ですからね。後は私と、お兄ちゃんに任せて」
「うんっ!」
 頷く讃良、前方では戦闘が佳境を迎えようとしていた。
「テメェ、いい加減にしやがれ!」
 翻弄され続けて不満が頂点に達した無法者が、大振りの攻撃を繰り出すもエヴァルトに避けられ、大きな隙を晒す。
「ミュリエル!」
「はい! マジカル・サンダー!」
 エヴァルトの合図で、ミュリエルが電撃を無法者に向けて放ち、直撃を受けた無法者は身体を震わせてその場に崩折れる。
「これで決める! バラテッカァァァ!!」
 すかさず、エヴァルトが両肩の装甲を展開して放つ大技、『バラテッカ』で無法者にトドメを刺す。
「……成敗ッ!」
 掛け声と共に爆発が生じ、煙が晴れた先に無法者の姿はない。
 二人の活躍? によって、平和は守られたのであった――。

「まさか参加させられることになるとは思わなかったけど、結構面白かったね!
 ……そういえばあのチンピラさん、誰だったんだろ?」
 舞台袖で推移を見守っていたファニが、はて、と首を傾げる。覚えのない顔だったなぁ、と思いつつ、ま、いっか、と思考を切り替え、エヴァルトとミュリエルの元へ向かう――。
 
「はーい、ちゃんと列に並んで、私に付いて来てね」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)の先導の下、子供たちがあっちこっちに視線を運び、キラキラと目を輝かせながら進む。子供たちは朱里、ピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)ハルモニア・エヴァグリーン(はるもにあ・えばぐりーん)が慰問に訪れた保育園の所属であった。『豊浦宮』主催でイベントが行われると聞き、縁のあった子供たちを引率してきたのである。
「朱里、大丈夫か。辛かったらいつでも言ってくれ」
「うん、ありがとう、アイン。子供たちと演奏する時に、お願いね」
 気遣いの言葉をかけるアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)に微笑む朱里の腕には、二人の子供、ユノが抱かれていた。
「あっ、そっち行ったら危ないよ!」
「こっちじゃなくてあっちですよぅ」
 ……とはいえ、かなりの大所帯である。ピュリアもハルモニアも懸命に子供たちを引率しようとするが、なかなか言うことを聞いてくれない。別に子供たちが朱里たちのことを嫌っているわけではなく、単に子供とはそういうものなだけであるが、引率する方は大変である。
「朱里さーん、お迎えに来ましたー」
 そんなわけで到着が遅れていた所に、豊美ちゃんと讃良ちゃん、さらにはネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)常葉樹 紫蘭(ときわぎ・しらん)小野 小町(おのの・こまち)遠藤 聖夜(えんどう・のえる)は別行動をしていた)が手伝いにやって来た。
「ごめんね、手伝わせちゃって」
「ううん、同じ魔法少女同士、助け合わないと。子供たちの引率は任せて、ステージの準備してきちゃって下さい」
 礼を言い、一足先にステージへと向かう朱里を見送った所で、ネージュは背後からただならぬ気配に身震いして振り返る。
「ふふ……ふふふ……あぁ、ちっちゃな子供がいっぱい……夢の国はここにあったのですわね……」
 紫蘭がなんというか、天に昇りそうな夢見心地な表情を浮かべて子供たちを見つめていた。
「紫蘭ちゃん……なんか怖いよ。ほら、紫蘭ちゃんも魔法少女になるんでしょ? だったら恥ずかしいことしちゃダメだよ」
「ね、ねじゅちゃん!? ……わ、分かってます、大丈夫ですわ。やましいことなんてこれっぽっちも考えておりませんでしたわ」
「……とりあえず、鼻拭いた方がいいと思うな。いい? あたしから離れないでね」
 紫蘭に鼻血を拭かせ、ネージュは子供たちの引率に当たる。不思議とそれまで騒がしいほどだった子供たちが、幾分素直に列を組んで目的地へと歩き出した。
「ネージュさん、子供の扱いが上手なんですねー」
「子供の相手はイナテミスでも獣人の村でもしてきたから。こっちがちゃんとした態度を示せば、子供の方もちゃんと分かってくれるの。
 別に魔法を使わなくても、このくらいのことは出来ちゃうんだから」
 そう口にするネージュは、以前こことは別の場所でやはり豊美ちゃんや他の者たちと魔法少女として活動した時に『魔法を駆使するだけが魔法少女じゃない』と口にしていた。もしかしたらそれは異端かもしれないが、そもそも魔法少女の定義がちゃんと定まっていない(豊美ちゃんは「皆さんに幸せをお届けするのが、魔法少女なんです」と言っており、そしてその手段は魔法に留まらない)以上、異端だと非難されることはないだろう。
「はー……まほうしょうじょはまほうをつかうもの、とおもってました。でも、おねえさんはまほうをつかわなくても、りっぱなまほうしょうじょなんですね」
 讃良にもネージュの行動、思いは伝わったようで、納得した表情を浮かべていた。
「あの、讃良ちゃん、と呼んでいいかしら? その、もしよかったら、ちょーっと、ちょーっとだけぎゅーっと……」
「? はわ!」
 直後、背後からちょっとだけと言いながら全力で抱きつきにかかった紫蘭によって、讃良ちゃんがもみくちゃにされる。
「豊美お姉様、よろしいのですか? かの者からは不埒な気配がいたしますが……」
「あはは……ま、まあ、悪気はないようですし――」
「紫蘭ー! いい加減にしないと怒るよー!」
「ねじゅちゃん、落ち着いて、おち――きゃーーー!」
 小町と豊美ちゃんが話をしている間に、紫蘭の振る舞いに怒ったネージュが『お仕置き』を加える。
「ご、ごめんなさいですわ……」
 その後は紫蘭も反省したようで、ちゃんと子供の面倒を見始めた。その成果が認められ、紫蘭も晴れて魔法少女として認められたのであった。

「みんなー、準備はいい?」
 朱里の声に、たくさんの「はーい!」という声が響く。ステージには朱里、ピュリアとハルモニアに、保育園の子供たちがカスタネットや、身近にあるものを利用して作った楽器を手に立っていた。
「ほら、お母さんの晴れ舞台だ」
 観客席からアインが、ユノを抱っこしてステージに立つ朱里を見せる。身振り手振りから、母親を応援しているように感じられるユノの目の前で、演奏が開始される。
「はい、ここのパートは元気よく!」
 ピュリアが言葉のみならず、ステージをあっちへこっちへと飛び跳ねることで合図をすれば、子供たちも身体を大きく揺すって楽器を叩き、明るく楽しい感じを表現する。
「ここのパートは優しく、穏やかにですよぅ〜♪」
 今度はハルモニアが、ペットの動物たちと共にゆっくりと、まるで母親が子供を抱いてあやすように身体を揺らすことで合図すれば、子供たちはそれを感じ取って小さく楽器を叩き、静かな雰囲気を表現する。個々を見れば音は外れ、てんでバラバラな演奏かもしれない。けれども指揮する朱里は、それでいいと思っていた。
(みんなの個性が集まって、一つの大きなものを作る。それがとても、貴重な経験になるのだから)
 ふと、朱里の視線がある一点を向く。そこには子供たちに混ざって楽器を演奏する讃良の姿があった。

「朱里。僕は讃良と、度々噂に出てくる怪事件が無関係とは思えない」
 ここに来る前、アインとした話の内容が思い出される。讃良がアインの言う通りの人物ならば、最近空京の街を騒がせている事件の黒幕は、讃良本人ということになる。

(……でも、今は、邪気なんて感じられない普通の子供。
 私は信じてあげたい。子供を授かり、育てる一人の母親として)
 彼女がこのイベントを楽しみ、そしていい思い出が作れるといい、そう朱里は心に思うのであった。

「決して優雅ではありませんが、不思議と心に響く演奏ですわね、豊美お姉様」
「そうですねー。何より、皆さんとても楽しそうですー。
 楽しんでやっている人を見ていると、こっちまで楽しくなりませんか?」
 豊美ちゃんの言葉に小町が同意の感想を漏らした所で、演奏が終わり朱里と子供たちは盛大な拍手に包まれる――。

 そして、イベントは大盛況のうちに終了となり、魔法少女たちは後片付けに追われる。もちろん、豊美ちゃんも例外ではなかった。
「おかあさま、まほうでぱぱっとおかたづけ、しないんですか?」
「うーん、それでもいいかもしれませんけど、こうやって身体を動かして何かをするというのも、いいと思うんですよ」
「あまり無理をなさると、明日筋肉痛になりますよ。……あ、豊美ちゃんの場合は明後日――」
 無粋なツッコミをする馬宿を静かにさせ、豊美ちゃんが讃良ちゃんと片付けに奔走する。
「ふわぁ……」
 讃良ちゃんが欠伸をする。朝起きてから今までずっと起きっぱなしだったのだから、眠くなるのも仕方ない。
「あらら、讃良ちゃんお疲れですか。うーん、でも私がここを離れるわけにはいきませんし……」
「あっ、豊美ちゃん! どうしたの? なんか困ってそう」
 豊美ちゃんが困った顔を浮かべていた所へ、ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が豊美ちゃんの姿を見つけてやって来る。
「ユーリカさん、実はですね……」
「ふんふん、そっかそっか。それじゃ、讃良ちゃんの子守りは二人に任せていいかな? あたしは豊美ちゃんの手伝いに行くから」
 ユーリカの問いに、【分御魂】 高御産巣日大神(わけみたま・たかみむすびのかみ)【分御魂】 神産巣日大神(わけみたま・かみむすびのかみ)が心得た、とばかりに頷く。ちなみに今日は、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)はお留守番であった。
「ありがとうございますー。ではユーリカさん、行きましょうかー」
 豊美ちゃんが礼を言い、ユーリカと共に歩き出す。
「ユーリカさん、魔法少女だったんですねー……って、私がこう言うのもおかしな話ですけど」
「素朴な疑問なんだけど、豊美ちゃん以外の人が魔法少女に認定することってあるのかな?」
「うーん、詳しくは知りませんねー。私は別に、私だけが認定出来るーなんて思ってないので、行動が相応しければその方を魔法少女として見るようにしてますー」
「行動が相応しければ、って辺りが難しいわね……」
 そんなことを話しながら目的の場所へ向かっていく二人を見送り、讃良の子守りを請け負った何やら荘厳な雰囲気を醸し出す二人が、讃良を慈愛の眼差しで見つめる。
「娘子よ、おぬしは悪くない。少なくとも、おぬしにだけ非があるわけではない」
「貴殿がかつての様に振る舞えぬ……それは仕方のない事だわ。
 ここで、安心できる所で……羽根を休め、心の澱と受けた業を少しずつ洗い流しなさい。いつか、本当のおのれを取り戻せるように……」
 もしかしたら彼らには、讃良が何者なのかが見えているのかもしれない。だがそれを彼らが知っていても、当の本人が自ら辿り着かなければ意味がない、そう思っているのかもしれない。
「すぅ……すぅ……」
 二人の思いを知ってか知らずか、安らかな寝顔を浮かべる讃良。
 果たして、彼女は何故生まれ、そして何故パラミタへと導かれたのであろうか。それは大した理由ではないかもしれない、あるいは理由など無いかもしれない。
 だとしても、彼女はこれからの歩みの中で何かを知り、そして何かを決断する時が来るだろう。その決断がどんな結果をもたらすのかは、彼らすら知り得ないであろう――。

「はー……今日はなんだか、密度の濃い一日だったなー……」
 イベントが終わり、だんだんとまばらになっていく人影を見つめながら、結は物思いに耽る。
(魔法少女……か。あんなに多くの笑顔を見たのは、今までなかったかも。
 もしかしたら魔法少女は、たくさんの笑顔を生み出すことが出来るのかもしれない、な)
「結ー、おまたせー!」
 後片付けを手伝っていたプレシアの声に呼ばれて、結がそちらを振り返る。
「……あのね、プレシアちゃん。私も……魔法少女、頑張ってみようかな、って思うんだ」
「えっ、ホント!?」
 やったー、と喜ぶプレシアを見、結は心に呟く。
 こんな楽しそうな笑顔が見られるなら、魔法少女を頑張るのも悪くはないな、と。

 ……そして二人はその足で豊美ちゃんの元に赴き、改めて魔法少女として頑張ることを決意するのであった――。