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パラミタ百物語 肆

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パラミタ百物語 肆

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百物語

 
 
「ありがとうございました。これで、百の物語が語り終えられたことになります」
 最後の蝋燭を段において、巫女さんが言った。
「さあ、これで道は開かれました。これも、皆様のおかげです。百の物語が、ナラカへと届き、道を繋げ、名もなき亡霊たちを呼び寄せたのです。後は、それにふさわしい衣を纏って百鬼夜行を繰り広げるだけ。ほら、聞こえてきませんか?」
 意味ありげに巫女さんが言うと、何やら廊下の方から木の軋む音が響いてきた。
 その音が、だんだんと増えて大きくなっていく。
 たくさんの、何者かの足音だ。
「何か来るですぅ!」
 フィーア・レーヴェンツァーンが、新風颯馬の後ろに隠れた。
「えっ、きゃあ!」
 そのフィーア・レーヴェンツァーンの足を何かふわもこした物がつかんだ。視線を落とすと、畳から手が突き出している。
「こいつめ!」
 ローザ・シェーントイフェルが、ブーツでその手を踏みつけてフィーア・レーヴェンツァーンを自由にした。
 畳の一つがボンと跳ね上がると、床下から着ぐるみが次々と這い出してきた。
 全員が、すぐに防御態勢を取って広間の中央に固まる。
「もうやだ。帰る!」
 とんでもないことになり始めたので、広間の角にいた木曾義仲だけは一目散にナラカへと逃げ帰っていった。
 足音が戸の前までやってきて、もの凄い勢いで戸が開いた。
 廊下にあふれかえった着ぐるみたちが、中の人がいたら絶対にできないような形に捻れ、霧笛のような身体に響く叫び声をあげた。
「ぬいぐるみが、ぬいぐるみが襲ってくる!?」
 迫ってくる着ぐるみたちを見て、笹野朔夜が叫んだ。
「だから、私のせいじゃないって言っているでしょが!」
 新風燕馬(笹野桜)が言い返す。
「そうじゃないって、敵だ!」
 笹野朔夜が言い返した。
「馬鹿な、ゆる族の亡霊だとお!」
 突然現れた着ぐるみの亡霊たちを見て、ゆる族である雪国ベアが叫んだ。
「こんなときこその、陰陽師です!」
 東朱鷺が叫んだ。
「いいだろう。ここは僕が押さえる」
 冬月学人が、迫ってくる着ぐるみ亡霊たちを退散させていった。
「あなたたちのせいで、予備を使うことになってしまったんです。許しません!」
 浄化の札をばらまきながら、神代夕菜が叫んだ。
「巫女だって、やるときはやるでございます」
 九十九天地も、浄化の札で着ぐるみたちを追い払う。
「どれ、やっと俺のフラワシの真の力が出せると言うもんだ」
 緋山政敏が、自身のフラワシに命じた。重厚な仮面を被ったフラワシが剣を抜く。
 まずは、自分の活躍を見てくれる巫女さんたちにアピールとばかりに、九十九天地に殺到しようとしていた着ぐるみたちを切り伏せた。
 押し寄せてくる着ぐるみたちをなんとか押し止めはするが、どこからわいてでてくるのか、ゆる族の亡霊らしき者たちはいっこうに途絶える様子が見えなかった。
 だんだんと、一同が広間の奧へと追い詰められていく。
 すでに廊下は着ぐるみたちで一杯で、広間も彼らで埋められていくではないか。
 次第に、その物量に建物の方が耐えきれなくなってきた。はたして、彼らに重さがあるのかは謎だが、社殿がもう持たないのは明白だった。それどころか、不気味な地鳴りのような音がさっきから大きくなってきていた。
「これが、目的だったのか。この亡霊たちで何をしようとしているんだ」
 巫女さんにむかって、緋桜ケイが言った。
「同じ巫女として、なんでこんなことをしたんです」
 月詠司も、巫女さんを問い質す。
「うんうん、すっかり巫女が板についてきたわね。その調子よ」
 月詠司の凛々しい巫女姿を見て、シオン・エヴァンジェリウスが満足そうにうなずく。
「私たちは、あなたのようになりたくはないから……」
 月詠司の身体に寄生している蟲たちを見て、巫女さんが答えた。
「いや、これはですね……」
 なんとか弁明しようとするが、端から見てちょっとおぞましいというのは否定のしようがない。
「そう、朽ち果てるに任せたくはないから、中に入る人を呼んだのです。そのための方法が、この場所で行う百物語。皆様のこの世ならざる思いが蓄積し、それはこの世界の理を突き抜けてナラカへの道を作ったのです。細い細い、まるで糸のような道を……」
「やはり、繋がってしまったんですね」
 鬼龍貴仁が言った。
「ええ。そして、これから始まるのです。百鬼夜行が!」
 歓喜に満ちた顔で、巫女さんが言った。
「ええい、正体を現すのじゃ!」
 医心方房内が巫女さんの腕を巫女服の袖ごとつかんで、思い切り引っぱった。
 びりっ。
 何かが裂ける音がして、その手がそのまま千切れた。巫女服が引き下ろされ、巫女さんの上半身が半裸になる。
 悲鳴をあげて、医心方房内がその手を投げ捨てた。
「この手は、作り物?」
 まるで手袋のようにしぼんで畳の上に転がった腕を見て、玉藻前が言った。腕がもげたというのに、血は一滴も飛び散っておらず、肉片も見あたらない。
「あら、嫌だ。やっぱりほつれていたのですね」
 腕がなくなったので衣服を直すことができず、巫女さんが困ったように頭を巡らせて千切れた肩先を見つめた。その背中で何かがキラリと光った。
「チャック?」
 マティエ・エニュールが、巫女さんの首筋を見つめて言った。
「なら、中の人の正体を……」
「エロ神様、危ない!」
 そのチャックに手をのばそうとした医心方房内を押しのけて、信者が飛び出した。そして、代わりにチャックを引き下ろす。
「まさか、こんな……」
 チャックの奥を覗いた信者の声が途中で途切れて、巫女さんが爆発した。
 固まっていた一同がなんとか爆発をやり過ごすものの、社殿の屋根に大穴があく。同時に、ついに建物が土台ごと崩れ始めた。いや、社殿のあった崖自体が崩れ始めたのだ。
「逃げろ!」
 なんとかビデオカメラを回収した樹月刀真が叫んだ。
 建物が崩れながら、落下を始める。
 外で待機していたペットたちが、異変に気づいて広間に飛び込んできた。それに巻き込まれる形で、乗り物なども室内に雪崩れ込んでくる。
「こっちです!」
 光竜『白夜』を呼んだ九十九昴が、ツァルト・ブルーメたちを拾いあげて崩壊する屋根の間から外へと飛び出した。
「ははははは、人々の安全は、このクロセル・ラインツァートにお任せを!」
 落ちてくる建物の破片や石は、ジェットドラゴンに乗ったクロセル・ラインツァートや鬼龍貴仁らが排除して皆を守る。
「ふう。まったく、夕菜さんは世話が焼けるです。やっぱり、私がついていないと……。後で、お礼にアイスを奢ってください」
 空飛ぶ魔法↑↑で神代夕菜を掬い上げて、ノルニル『運命の書』がちょっと自慢げな顔をする。
 同様に、ソア・ウェンボリスと悠久ノカナタも、空飛ぶ魔法↑↑で、宙に投げ出された者たちを拾いあげていった。
「お、重いい〜」
 綺雲菜織をつかんだ彩音・サテライトが、なんとか空中で身体を支えた。
 支えのない建物と、その中に現れた着ぐるみ亡霊たちが、あっけなく崖を滑って崩れ落ちていく。
 宙に逃れた一同は、唖然としながらそれを見下ろした。