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『しあわせ』のオルゴール

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第2章 調査

 音楽が流れる少し前。
「さあて、みんなにおいしい料理を食べてもらおうかねぇ」
 調理室を借りて、大きな鍋の前に立っているのは佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)
 のんびりした口調だが、その表情は曇っている。
 弥十郎の心に影を落としているのは、ひとりの少女。
(あれは、おかしい)
 子供たちが持っている弁当を確認したところ、ひとりだけ、明らかにおかしい弁当の持ち主がいた。
 どう見ても通常の食糧とは思えない色をしたキノコ。
 雑草。
 スノと名乗った少女は、それらが詰めあわされた弁当を嬉しそうに見せてくれた。
 あの笑顔を思い出すと、弥十郎の胸に痛みが走る。
 早く、なんとかしなければ……
 鍋を混ぜる手に力が入る。

 スノの事が気になっているのは弥十郎だけではなかった。
 実際に調査に移している人物もいる。
 黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)もその一人だった。
「あの子自信も気になるが、彼女が持っている箱。あれも調べてみる価値がありそうだな」
「竜斗さんもそう思いますか? 私も、スノちゃんのことが気になっていたんです」
 ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)が、我が意を得たりとばかりに何度も頷く。
「聞けば、塵殺寺院がこの近辺で目撃されたって言うじゃないか。何か関係があると、思わないか?」
「ハルカさんも調査してくれてるそうです。それぞれの情報を照らし合わせてみましょう」
 真剣な表情で、ユリナが何かを見ている。
 視線の先には携帯電話。
 ハルカから送られてきたメールをチェックしているのだ。
 俯き、垂れた黒髪の間から僅かに見える傷痕。
 竜斗はぽん、と恋人の頭に手を置いた。
「傷つけるわけにはいかないからな……誰も」

 ユリナのメールの相手は、ミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)にくっついていた。
「ちょ……ハルカ殿! こうも抱き着かれては動きづらいであろう!」
 ミリーネの声を聞いても椿 ハルカ(つばき・はるか)は全く動じない。
「あら、だってここらで塵殺寺院が目撃されたっていうじゃないですか」
「それとこれに何か関係が?」
「こうやって近くにいれば、ミリーネさんがわたくしを守ってくださるはずですわ♪」
「い、いや、これは近すぎる」
「そうですか?」
「守るにしても、この状況では戦えんではないか」
「守って、くださるんですね。嬉しい!」
「だ、だから動きづらいと……」
 むぎゅうぅう。
 ミリーネに絡む手を更に強くするハルカ。
 しかし、調査の方の手も緩めてはいない。
「箱……音楽……少女…… 汚れた、机? 何のことでしょうか」
 校内の植物に聞き込みをしているのだ。
「ねえ、ミリーネさん。何だと思います?」
 ぎゅうぅうう。
「わ、な、何か柔らかいモノが!」

「幸福、か…… 私にとっての幸福が気になるのか?」
「いや、今はそれどころじゃ」
「私にとっての幸福、それはお前だよ、グラキエス」
「だから聞いてないと」
「愛しいお前だけが私の心を満たす真の幸福だ」
「聞いて……ないか」
「聞いているさ。だがあえて伝えよう!」
 いちゃついている、もとい、調査をしている集団がもう一組あった。
 愛の言葉を囁いているのはベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)
 囁かれているのはグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)
「子供たちから聞いた話では、スノという少女の様子が最近おかしいそうです」
 ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)の言葉に頷くグラキエス。
「最近よく保健室に来る、という養護教諭の話しとも合致するな」
「鏖殺寺院の目撃情報があった場所の近くに、彼女の家はあるそうです」
「これは、いよいよ、だな」
「エンド、その少女を探しましょう」
 ロアは勢いよく立ち上がる。
「もしも関係があるとしたら、彼女も危険です」
「そうしてくれ。俺は、原因となった物を探そう。……一般人と鏖殺寺院が遭遇するのは、出来る限り避けないとな」

   ※   ※   ※ 

 小さな学校の、小さな職員室。
 ここに、二人の人物が訪れていた。
「良い天気ですね。ところで、ここ最近何か変わったことなど……」
「テロリストがこの付近にいるとの情報があった。この学校が狙われる可能性があるので協力してくれないか!」
 ひとまず世間話から落ち着いて話を聞き出そうとしていたアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)の投げたいきなりの直球にがくりと肩を落とす。
(まあ、いずれは伝えなければいけない情報ですしね)
 気を取り直して、目の前でうろたえる教師に言葉をかける。
「ほら、落ち着いてください。子供たちを前に、先生が慌ててどうするんですか」

 スノという少女が最近おかしいという話と「子供たちには被害がないように」との懇願を受け、アキラとアルテッツァたちは教室を後にする。
「うーん、あとは、教室でエサにしているアリスの話を聞くか……ん?」
 アキラが教室に向かおうとしたその時。
 どこからか、美しい音色が聞こえてきた。
「ゾディ! この音、何だかまずい気がするわ」
 ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)が鋭い声をあげる。
「アンタのフィドルで相殺できるかしら?」
「ヴェル、わかりました、やってみます」
 アルテッツァは弦楽器を取り出す。
 豊かな音色が奏でられる。
 曲はヴィヴァルディー四季・冬。
 しかし。
「うはははは…… こっちの曲も、この生演奏も、どっちも素敵だねえ〜」
「……駄目か……」
 目の前で幸せ状態になったアキラを見て、アルテッツァは一層深く肩を落とした。
 それでもアルテッツァたちに効果が及ばなかった所を見ると、多少はガードできたのかもしれない。

   ※   ※   ※

「んんん…… ミリーネさぁん」
 楽しげだったハルカの声が、一層弾む。
「なんだかわたくし、とっても幸せな気持ちになってしまいましたわ♪」
 ミリーネに絡めていた手はより複雑な形で絡み、次第に身体全体へと広がっていく。
 最初は抵抗していたミリーネも、次第にうっとりとした表情になっていく。
(これは……思ったよりも、悪くないものだな)
「ハルカ殿……」
「何でしょうか?」
「……これからは、その、少しならば抱きつかれても……」
「嬉しい♪」
 むぎゅぅううううう。

   ※   ※   ※

『呼び出しをします。呼び出しをします。スノさん、お父さんがお待ちです。屋上まで来てください』
『スノさん、屋上まで来てください』
 鳴り響くオルゴールの音の中、校内放送が流れた。