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 滑りこむようにして放送室に駆け込んだ。
 足はガクガク胸はバクバク息も絶え絶え、閉めたばかりのドアに寄りかかって呼吸を整える。まったく、体育の授業だってここまで全力疾走したことはない。大きく息を吐いて、よし、顔を上げた。少し伸びをして、さて、もうひと頑張りいこう、
「ずいぶん忙しそうですね、放送委員二年生、島井遥さん」
 背後から声がかかった。なにも考えず、ただ、ここまでかな、と一気に気持ちが軽くなった。
 振り返る。開け放たれたドアにいたのは、ルカルカ・ルーとダリル・ガイザックに湯上 凶司とセラフ・ネフィリムだった。
 遥は無駄と思いつつ愛想笑いする。
「なんのご用でしょうか」
「回りくどい話はナシだよ。身元は割れてる、あなたが涼司を脅迫したのも全部分かってる」
 あちゃー、ついに声まで出して遥が天を仰いだ。
「この状況で、校舎内を走りまわるにあたって一番怪しまれないのは放送委員だとはいえ、放送室を取っ替え引っ替え、ご苦労なことだな」
 ダリルが言って、
「ネタは光ってるのよ、ってね」
 セラフのおどけた言葉に、凶司が嫌そうな顔をして睨むようにする。
「バカっぽい言い方するなよ。ともかく、ちゃんと証拠はありますからね、言い逃れはできません」
「もちろん、抵抗もね」
 遥がなにごとか言おうと口を開けると、ドアの向こうからぞろぞろと団体がやって来くるのが見えて、思わず固まってしまった。なにを言おうとしたのかすら忘れてあんぐりと口を開ける。
「うわ、なんですかこれ」
 凶司も驚くその集団は、放送委員に瀬山 裕輝が演説でまとめ上げた一団を加え、さらに『山葉校長をヘタレメガネに戻そう』というノボリを掲げた集団がいて、その上で野次馬が何人も。狭い廊下に、ざっと五十人ほどがぞろぞろと放送室前に集っていた。暇人の集いである。
「いやあ、いかにもなにかありそうだったので、つい付いてきてしまいました」
 クロセル・ラインツァートが、いけしゃあしゃあという言葉がぴったりの笑みを浮かべる。
「それより、犯人はその人なの!?」
「わ、わっ、さゆみ、待って、」
 アデリーヌ・シャントルイユの手を引っ張った綾原 さゆみが、周囲を押しのけ前に出る。ちゃっかりとその後ろから出てきた裕輝が感心したような声を上げた。
「へぇ、女子やったんか、犯人」
「女子であれなんであれ、無断放送は容認されることじゃない」
 青葉 旭に裕輝が「固いなぁ」と頭をかいた。
「オールスターね……」
 困ったようにルカルカがこぼした。
「こういうことになる前に終わらせたかったんですけどね……」
 凶司の恨みがましい視線をクロセルが笑って受け流す。
「じゃあ申し開きを聞きましょうか?」
 呆気に取られていた遥に、さゆみがずいと近づいて詰め寄る。
「そうだな、聞くだけ聞こう。もちろん、酌量の余地はないけれど」
「ちょっとちょっと、旭くん、女子にそれはないんじゃないの?」
 山野 にゃん子が旭を諌めるようにして、それに裕輝も「まあまあ」と止めに入る。
「オレも放送で遊んだしな。ま、ここはオレの顔に免じてっちゅうことで」
 どの顔に免じてだ、と言い争いの始まる中、炎羅 晴々が遥に近づき、その顔を覗き込むようにしてくる。遥がぎょっとして一歩下がると晴々が小さく笑って、
「ちょうど暇だったんだ、だから、うん、暇は潰せたよ。ありがとう」
「はあ、それはどうも」
 遥の返答よりも早く、晴々は興味をなくしたように身を翻した。
「なに、帰るの?」
 その背中にユニ・リヒト・クラーメルが声をかけた。
「うん、もうすぐ昼休みも終わってしまうからね。さ、ピアノ、戻るよ」
「はい、マスター。マスターの言う通りなの」
 ピアニッシモ・グランドが晴々の横について、それから晴々の手を握った。晴々の顔を見て緩く笑う。晴々は小さく鼻をならし、そのまま立ち去っていった。
「なんだったのかしら、あいつ」
「んー多分、本当に暇つぶしのつもりだったんとちゃうんか?」
 優奈がコメントしてからクロセルに向き直って尋ねる。
「それで、うちらはどうするん?」
「そうですね、ちょっとお借りして要求を直接伝えましょうか。そのために放送室まで来たんですしね」
「だめよ、私が先だもの。ライブ、邪魔されてるんだから」
 さゆみが誰にも渡すまいと放送室のマイクを手に取り、クロセルが思いついたようにぽんと音を立てて手を打った。
「なるほど、歌にして要求するというのもいいかもしれません。俺たちも一緒に歌うということでどうです?」
「いや、正直私の歌に変な歌詞つけてほしくないんだけど……でも、一緒に歌うっていう案はいいわね。ね、アディ、一緒に歌おう」
「え、あの、その……」
 アデリーヌが慌てふためき、さゆみが面白がって笑った。
 なにやら自分がすっかり忘れ去られたかのような状況に、遥が困惑して周囲を見回す。実際、何人かは忘れ去っているように思えた。
 苦笑したルカルカが遥に向かって、
「抵抗する気はなさそうね?」
「……そりゃ、もう」
 放送室の中を見て、外を見て。よくもここまで人を巻き込んだと思う。そもそも、初めから抵抗する気もないし、逃げおおせられるとも思っていない。
「……大人しく捕まりますよ。手錠でもなんでもどうぞ」
 悄然として両手を出す。
「ないわよ、そんなの」
 予想外の返答が聞こえた。目を丸くして、後ろで繰り広げられるいくつかの言い争いや野次馬のどんちゃん騒ぎなんかをなんとか耳から締めだして、もう一度。
「ないわよ、そんなの」
「え?」
「涼司の判断よ。今ならまだ一応、洒落で済む範囲だしね。まぁ、強いて言うなら放送委員の制裁を心配すればいいんじゃないかな。こってり絞られて反省しなさい」
「むろん、二度目はないがな」
 ルカルカとダリルの言葉を受けて、遥はむしろ途方に暮れたように、「え? え?」と右に左に視線を動かし、
「あ、うん、そうね、だいたい終わったみたい」
 野次馬の中から声が聞こえた。
「そう、まぁ丸く収まったんじゃないかしら」
 リーシャ・メテオホルンは電話の向こうのマグナ・ジ・アースに事の顛末を報告する。
『そうか。いろいろあったみたいだが、無事に終わったみたいだな』
「終わってみれば、いつもの騒動、ってことね」
『それはどうだろう……』
 いつもの騒動。その言葉が、すとんと胸に落ちた気がした。なるほど。この程度のことでは、事件ですらない、と、そういうことかと遥は納得した。なんだか悔しいような気もするけれど、かといってもう一度同じようなことを起こそうとも思えない。なんといっても、この後放送委員の制裁が待ち受けているのだし。


 そして校長室。涼司は盛大にため息をついて、事態が収束しつつあることに安堵の表情を浮かべた。
「お疲れ様です、涼司くん」
 火村 加夜の労いに、涼司は首を振り、今度は顔を曇らせて遠い目をした。
「事件は終わっただろうが、むしろ個人的にはこれからが戦いだからな」
「そうですね、涼司くんにたくさん要望が来てましたもんね。どうでしょうか、ちょっとだけでも要望に応えてあげたら。新しい制服を着てみたり」
 加夜のにこやかな提案に、涼司はじろりと睨んでしかめ面を作る。
「まさかあのアンケート……」
「ち、違いますよ。一度だけでも要望に応えてあげたらみなさん落ち着くんじゃないかと思っただけです」
「いいや! 決して要望には応えない。断固として拒否する!」
 これは意地になっているな、と加夜はふっと息を吐いた。涼司くんの新しい制服姿、見たかったのに。
 校舎内にチャイムが響く。長かった昼休みが終わる。ひとつの騒動の終わりを告げる鐘だった。。


担当マスターより

▼担当マスター

浦苗 棉

▼マスターコメント

このたびはシナリオのご参加ありがとうございました。浦苗 棉です。
山葉校長の人気が窺い知れるアクションが多く、楽しく読ませていただきました。
みなさまの個性豊かなアクションを活かしていけるよう、これからも精進していきたいと思います。
またお会いできる日を楽しみにしています。