シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

要求を聞こう!

リアクション公開中!

要求を聞こう!

リアクション




「……今はやらせておこう。先に犯人だ」
 放送委員に対して、涼司が匙を投げた。放送委員にかかずらってもいられない。優先順位である。もっとも、優先順位と言えば聞こえはいいが、実態は目を逸らしているだけに近い、というのは校長室にいる誰もが思っていることだ。とはいえあんな面倒くさそうな連中に絡まれたくないのも誰もが同じで、結果、満場一致で放置を決め込んだ。
「ですね、僕はもうあんなのに関わりたくありませんよ」
 凶司はノートPCを広げ始める。
「そもそも、僕の武器はこれですしね」
 鮮やかな手つきでキーボードを叩いて、さて、
「監視カメラの映像のチェックから始めましょう。校長室の来訪者から容疑者を絞り込みます」
「俺も手伝おう」
 ダリルが凶司の手伝いを申し出る。
「ああ、助かります。とりあえず、ここ三日分くらいから始めましょう」
 それじゃ、とセラフが立ち上がった。
「置いておくって言っても、丸っきり放っておくってわけにもいかないしねぇ、あたしは放送委員の連中をそれとなく見張っておくわ」
 凶司が振り向いて、
「それは助かるが、いいのか?」
 セラフはものすごく嫌そうに顔をしかめてみせた。
「嫌に決まってるじゃないよぉ。ただ、なぁ〜んかねぇ、怪しい気がするしねぇ」
「確かに放送委員なら放送室に入って不自然ではないから、真っ先に疑うべき対象ではあるか」
 ダリルが同意して、セラフがそうそうと頷いた。
「というわけで、まぁ、見るだけね、見るだけ。怪しいやつでもいれば報告するわ」
「分かった。くれぐれも慎重にな」
「分かってるわよぉ。あたしだって、もう絡まれたくはないしねぇ」
 ひらひら手を振ってセラフが校長室から出ていった。廊下からは放送委員が起こしたと思しき騒動がかすかに伝わってくる。
「ルカはボールをサイコメトリで読み取ってみるね」
 ルカルカが手の中のゴムボールから犯人の姿を読み取ろうとした。物品から過去の出来事を知ることもできるサイコメトリによって、犯人の姿を一発で判明させることができるかもしれない。
 涼司は見守っていることしかできない。涼司が動けば目立って犯人を刺激することになるし、かといって校長室でできることもない。もどかしげに見守っているばかりだ。
 涼司が息を吐いたそのとき、校内放送用のスピーカーが、これから校内放送を始めますよ、と言わんばかりのわずかなノイズをもらした。
 そして、チープなレトロゲームのBGMみたいなピーヒャラしたイントロが流れ出した。それに続く声は変声機によってくぐもった声。

『はい、どうもみなさん。お昼の放送、第一回目の回答発表をさせていただきます』

 軽い口調に忌々しさを憶えて苛立つ。加夜の「落ち着いてください、涼司くん」という言葉がなければ苛立ちを爆発させていたかもしれない。
 放送が続ける。

『ありがたいことに、この短い間にいくつか回答が来ているのでそれらを発表したいと思います』

 まったく、と涼司はスピーカーを睨みつけるようにする。

『まずはこちらから、「山葉校長は今後一年、シャツとメガネを着用すると公約せよ」』

 がつん、と涼司は盛大な音を立てて机に頭を打ち付けた。

『ええと、なになに、「今こそ皆に愛されたヘタレメガネに戻るべきです! ヘタレメガネじゃない山葉君なんて山葉君ではありませんッ!」。だそうですよ、山葉校長。一種の熱烈なファンですかね、いやー愛されてますねー』

 机の上に突っ伏した涼司は「ヘタっ……」とショックを受けたように硬直して動かない。この時点で致死量であるが、白々しい棒読み口調はなおも続く。

『さらにもう一通。お、これも同じような要求ですね、「半裸カッコ悪い! シャツくらい着ろ!」。うんうん、半裸はないわー。もう一通行きましょう、「あれはすでにセクハラ。もっと校長らしい格好をしてほしい」。あとあとこれも、「今の山葉校長の悪人面すぎるのでメガネあった方がヘボそうでいい感じだと思います」。などなど。まだまだありますね。組織票ってやつですか、いや、全く問題ないですよ。じゃんじゃか送ってください』

 メーターが振り切って一周したようなものなのかもしれない。突っ伏していた涼司は突然起き上がってスピーカーに向かい吠えた。
「ダメか!? ダメなのか!?」
 沈黙。
「だってメガネって邪魔だぞ!? あとこの格好、ピアニストみたいでカッコよくないか!? なあ!?」
 沈黙。
 答えないスピーカーに代わって、校長室にいる面々に返答を求める視線を向けた。全員すぐさま目を逸らして、各々捜査に集中している素振りを見せる。
 傍らの加夜に目を向けた。
「……ダメか!?」
「え、えーと、どう、でしょうね。私からはなんとも」
 あはは、とごまかすような笑いに放送が被さった。

『これも紹介、「山葉校長も新しい制服を着用してください。そして制服の前は留めて欲しいです」。うん、やっぱりみんなあの格好はないと思ってるんですねー。どうでしょう、山葉校長はこの機会に自らの格好を改めてみては』

 加夜は、「ダメか……ダメなのか……」と肩を落として本気で落ち込んでいる涼司を、曖昧な笑みを浮かべて慰める。今の回答は私のものです、とは間違っても言うまいと固く誓って。

『アンケートの回答はまだまだ受け付けております。お気軽にお送りください』


 クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が教室の一室で快哉を叫んだ。
「いようし! いいですよいいですよ、よくぞしっかり放送してくれた! 我らの賛同者はまだまだ必ずいるはずです。こうして放送されたことでさらに増えることでしょう。どんどん増やしていきましょう。多くなれば多くなるほど無視できないのですから。というわけで、この機会をフルに生かして我らの主張を広く浸透させていこうではありませんか!」
 クロセルが拳を天に突き上げると、教室に集った生徒の喝采が外にいる生徒の注目を集めるほどに響いた。「山葉校長を昔のヘタレメガネに戻そう」というスローガンの元に集った生徒はちょうど一クラス分ほど。さらに増えることが期待できるのだから、これはもうちょっとした集まりである。
 このちょっとした集まりをまとめ上げたクロセルは上記の主張を常日頃から抱いている。その主張を大っぴらに本人に突きつける機会をくれたのだから、クロセルとしては放送ジャック犯だかなんだか知らないが、このような放送に感謝して小躍りでもかましたい気分だった。
「にしてもあれやねー今の山葉校長の格好に不満を持つ人、やっぱり結構いるんやね」
 奏輝 優奈(かなて・ゆうな)が感心したように言った。作ってきたドーナツを集まったみんなでつまむよう出したところ、あっという間になくなってしまい、改めて人数を実感する。
「トーゼンよ。シャツなしで前全開よ? 半裸よ? 学校の校長がそんなだなんて、信じらんないわ。恥ずかしすぎ」
 腰に手を当て、憤慨の意を目一杯表すのはユニ・リヒト・クラーメル(ゆに・りひとくらーめる)。優奈がうんうんと頷く。
「生徒の模範となる為にもとりあえず服を着て、それからメガネも」
「あたしはメガネはどうでもいいけど、優奈が言ってるならまぁ、そっちの方がいいのかな」
「絶対メガネの方がええと思うんや。メガネは譲れへん」
 優奈とユニの会話に、クロセルが口端を上げてドーナツを手にとった。
「そのための俺たちですよ。さっきも言ったように、声が大きければ無視はできないものです。人を集めていきましょう」
「なんだか署名みたいやね」
 でも、とそこでユニが声を落として、
「いいの? 爆弾って、本当にあるんでしょ?」
 クロセルや優奈、ユニは涼司から知らされて、この蒼空学園で実際にはなにが起こっているのか知っている。なるほど確かにこの状況は涼司のあの格好を止めさせるチャンスではあるだろう。しかし、数人が校長室に集まって犯人を捕まえようと動き出しているのも知っている。協力するなりなんなりしなくていいのだろうか。それに、犯人の思惑通りというのも癪な話だ。
「大丈夫ですよ」
「問題あらへんよ」
 クロセルも優奈もあっさりと言い切った。まさか全て犯人の思い通りになってほしいというわけでもないだろうが、いっそ冷淡にさえ思える二人の態度にユニは眉をひそめた。
「このくらいのことじゃ、事件にもなりませんよ」
「直接捜査するだけが爆弾への対処ってわけでもあらへん」
 涼しい顔の二人にユニは若干戸惑いつつも、「まぁ、優奈がそう言うなら」と引き下がる。
「でも、みんなには言ったらあかんで。パニックになる」
「ヘタな行動起こさなければ今はまだ犯人も遊んでいるみたいですしね」
 状況で遊んでいるように見えてもなんだかんだそれなりに考えているのだと知って、ユニは感心したように頷いた。
「さて、まだまだ送って、どんどん発表してもらいましょう」
 クロセルがスピーカーを見上げてニタリと笑った。