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第一章 『見せろ! 芸人魂』


 サルヴィン川の支流の一つ。
「ちょ、待ってよ!? 心の準備がまだだよ!?」
 その川上で唐突に切られた火蓋。
「あらあら、可愛らしい声をあげますわね」
 口元を扇子で覆い、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は目を細くして早々と流された桜井 静香(さくらい・しずか)を眺める。
「岩が!? 水しぶきが!? 衣装が重いよ!?」
 悲鳴染みた静香の叫びが辺りに響く。
「うふふ、さすが静香さんですわ」
 ご満悦のラズィーヤ。一頻り堪能しすると、後ろを振り返る。
「さあ、ごらんの通りですわ」
 そこには激流下り参加者が思い思いの衣装を身に着け勢ぞろいしていた。
「この川を下り、無事に会場までたどり着いた方には、空京TVがパラミタ全土に皆様の華やかな姿を放映してくださるそうですわ」
『おぉぉ!!!』
 そこかしこから上がる鬨の声。テレビに映りたい一心な空京TV屈指のひな壇芸人たち。飢えた獣の様に目を血走らせ、自分が目立つためにと周りを睨む。
「静香さんを先に行かせてよかったですわ」
 この中に放り込まれたとしたら、まず標的にされていただろう。
「でも、それはそれでいいかもしれませんわね……」
 どこまでもサディスティックなラズィーヤだった。



「始まりました激流下り! 実況担当のウォーレン・シュトロン(うぉーれん・しゅとろん)だ! よろしく!」
 整った容姿と顔にあるペイント。カメラ映えしそうな彼は右手にマイクを携え、テンション高くルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)の担ぐカメラにかぶりつく。
「校長の意地か、桜井静香が先頭! その後方は混戦を見せているぜ!」
 カメラが参加者でごった返す川へ向く。
「と言っても、まだスタートしたばかりなので混戦なのは当たり前だけどな」
 自分の台詞にツッコミを入れるウォーレンに、
「おぬし、順位は関係ないじゃろ?」
 ルファンは尋ねた。
 女性と間違えてしまう美形。こちらも映ればいい絵になるだろうが、やる気満々のウォーレンに任せている。
「その場のノリだよノリ。このほうが盛り上がるだろ?」
「まあ、そうじゃな」
 撮影しながらの合いの手。カメラを揺らさずにいられるのは、普段から落ち着いた物腰で過ごしている賜物か。
「流れの速い上流! 序盤の戦いをどう切り抜けるか! その行動に注目だ!」
「そう言うが、川の流れに任せて姿勢を保てばよいのじゃろ?」
「チッチッチ。おまえは芸人魂を分かってねぇな」
 指を振ると同時に水柱が一つ上がった。
「早速か! カメラを近づけるぜ!」
「ふむ、心得た」
 【神速】で向かった先では、ひな壇芸人がボートから落下していた。
「出番は待ってちゃ回ってこない! 自分から取りにいかなきゃな!」
「かくも厳しい世界じゃのう」
 少しでも出番を勝ち取るため、相手を蹴落とす。減らせる人員は居ないか、また自分がそうされないために必死の形相に満ちるひな壇芸人たち。
 だが、芸人だけが参加者ではない。
「先手必勝!」
 上原 涼子(うえはら・りょうこ)がカメラの前を横切り、
「え!? うわばぁ!」
 オールにしている棒を使って芸人の乗ったボートをひっくり返す。
「甘いよ! そんなんだから、司会者になれないんだよね!」
 お雛様の衣装に身を包んだ涼子は言い放つ。幼い頃から琉球空手を習い、戦いの厳しさを肌で感じてきた。先ほどのきつい台詞も、過酷さを知らしめる一種の優しさだろう。それがテレビ放映に当てはまるかどうかはさておいて。
「涼子殿、私も加勢します」
 騎士道精神か、主の意向に倣うサー・ガウェイン(さー・がうぇいん)。随身の格好をした騎士は背後から攻めてくる芸人のボートをひっくり返す。
「背後はお任せください」
「ガウェイン、よろしくね!」
「契約者も参戦してきたぞ! おもしろくなりそうだぜ!」
 テンションを上げる実況。
 対して身体能力から違う契約者相手にしり込みしてしまう芸人たち。闇雲にやられ役を買って出るヤツは居ない。
「懸命な判断、と言った所じゃな」
「もっとドンパチやろうぜ」
 ウォーレンの期待とは裏腹、場を支配するのは静かな争い。
「こう待ち構えられちゃ、下手に手出しできないよね」
「その分安全に下れるわけですが、このまま行かせてはくれないでしょう」
 ガウェインの言うとおり、芸人たちの目の輝きは死んでいない。激流に流されながらもけん制が続く。
 そうしながら、涼子は気になっていることを口にした。
「にしても、この格好は胸が窮屈ね」
 着物で幾重にも押しつぶされる豊満な部位。宿命と言うべきか、特権と言うべきか。限られた人にしか分からない苦労である。
「涼子さん、その台詞は羨ましいです」
 ワタワタとバランスを取りつつ、何とか涼子の隣にイカダを並べた三人官女姿のレイリア・シルフィール(れいりあ・しるふぃーる)。褐色肌の儚げな少女の呟きは大半の女性の代弁だった。
「いつもキャミばっか着てるせいかな」
「涼子殿はその、もう少し、清楚な服装を心がけていただきたい」
 若干のテレを含ませ、ガウェインが忠言する。
 男兄弟が多い家庭で育ち、周りの視線をあまり気にしない涼子。
「だって、動きやすいんだもん」
 そこで気付く。契約者といえど、運動が苦手なレイリアが今ここに接触してくるのはいささか無用心ではなかろうか。
「今だ! あいつなら!」
 三人の斜め後方から芸人が突っ込む。
「しまった!」
 死角になりやすい場所なうえ、激流で対応が遅れるガウェイン。涼子も芸人との間にレイリアを挟んでしまい、直接守ることが出来ないで居る。
「レイリア! 何とか避けて!」
「えっ、そんな、急には!?」
 慌てて避けようとするが、間に合いそうにない。
「これは契約者が脱落か!?」
「そうはさせない」
 言葉と共に飛んできたのはただの石ころ。だが、それは狙い違わず芸人の顔に当たる。
「イテッ!」
 その一瞬が命取り。揺れるボートの上でバランスを崩す。
「やばい、舵が!?」
 そのまま倒れ川の中。
「サンキュー! 十蔵さん」
「何々、お安い御用だ」
 腕組みしつつ頷く五人囃子、筧 十蔵(かけい・じゅうぞう)。顔の傷痕が精悍さに磨きをかけている。
「ありがとうございます」
「助太刀、感謝します」
 礼を言うレイリアとガウェイン。
「まだまだ始まったばかりだ。気を引き締めていこう」
「目指すはひな壇でのアピールだもん! こんなところで落ちてられないよね!」
 一致団結。体勢は磐石だ。
「見事な連携じゃな」
 感想を口にしたルファンの視線の先に一際大きな水柱。
「今度はあっちだ!」
 ウォーレンとルファンが未だ水しぶき飛び散る箇所へ駆けつけと、
「あははは、テレビで見るより迫力あるぅ!」
 大笑いしているお雛様。手に持つ不釣合いな二丁の拳銃が硝煙を上げる。
「飛び道具のお出ましだ! けど、あれは誰だ?」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)よ! あたしの美貌を知らないなんて失礼ね!」
「これは失礼申した。水着の印象が強いもので分からなかったのじゃ」
「水着で認識されているのね……」
 セレンフィリティの隣にいるお内裏様、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が諦めの嘆息を漏らす。元々はセレンフィリティに水着で過ごすことを強要されていたのだが、ここまで知れ渡ったとなると、今更普通の服装には戻れないだろう。
「セレアナもビキニにしなさいよ」
「それは遠慮するわ」
「残念ね」
「残念だぜ(じゃのう)」
 実況者までが落胆する。男の性というやつか。
「でも安心して。あたしはずっとビキニでいくわよ! もちろん、今日もビキニを着用しているわ。濡れても平気! 水場はお任せ! よろしくね!」
「その発言はちょっと危ないわ」
 カメラに向かって決めるセレンフィリティに、ツッコミを入れるセレアナ。
「さあ、次よ! セレアナ、操舵をお願いね!」
 勘違いされそうな言葉の羅列。そこに含まれる意味など気にもせず、セレンフィリティは【陽動射撃】を開始。
「ほらほら! 逃げないと当たっちゃうわよ!」
「あ、あぶねぇ!」
「左だ! 左に舵を!」
 芸人たちは悲鳴を上げ進路を変える。当たらないように加減された銃撃は芸人を川縁へと追いやる。そこは岩肌が見え隠れする危険な場所。
「ちょっ、まっ!?」
「止まれ! 止まってくれ、ないわー!」
 岩に進路を妨害され、数名が転覆する。
「狙い通り!」
「流石ね」
 器用に指を鳴らすセレンフィリティと称賛するセレアナ。
「さてと、急流のうちに距離を稼ぐわよ」
「そういえばセレンフィリティ、参加の目的は?」
「TV出演! 目指せ芸能界!」
「それも水着なのね?」
「もちろんよ!」
 その時にまたビキニを強要されるのだろうか、セレアナは妥協させる算段を脳裏に宿し始めた。