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【第一章】5

 事件が起こる少し前の事。
 女性陣と別れた後暫くして高峰雫澄は二階をノンビリぶらついていた。
 しかしどうやらこのショッピングモールは館内全体が女性向けらしく、男性に関係あるのは一階の食べ物くらいだったらしい。
 当然ながら陳列された色とりどりの服には全く興味が湧かず、何となく歩いていただけだった所為か少し足が疲れてきていた。
 ――どこか座る所無いかな
 きょろきょろと見回してみると、お目当てのベンチとそれに座る見知った顔が目に入った。
「あ〜、ベルクさん。こんにちはぁ」
 雫澄が向けた柔和な笑顔とは対象的に、ベルク・ウェルナートの顔には眉間に深い皺が刻まれている。
 明らかにご機嫌斜めの様子だった。
 雫澄が断ってから隣に座ると、ベルクは次の瞬間にマシンガンの様に文句を言い始めた。
「なんだって俺が待たされる目に遭うんだっつの。ったく女集団の買い物は長ぇからな。
 こっちは待つのも一苦労なのにそんな事全く分かってねぇんだよ。
 どうせ帰りも荷物持ちとかさせられんだろうし」
 ひとしきり言い終えた所で、「ま、フレイにとってはいいんだろうが」ともごもご付け足す。
 つまりこうして悪態をつきながらも待つのは、ひとえにフレンディスに為なのだろう。
 思わず微笑んでしまった雫澄の様子を見て、ベルクは純粋に驚いているようだ。
「雫澄はよくヘラヘラしてられるな……」
「そうかな? 普通だよぉ?」
「普通じゃないだろ。だってあっちでもホラ」
 そう言いながらベルクが指差したのはベンチの前にある店舗の入り口だ。


「あーだるい」
 言っているのはやはり見知った顔だった。
 パートナールシオン・エトランシュ(るしおん・えとらんしゅ)に買い物に付き合わされている四谷 大助(しや・だいすけ)だ。
 あれでもないこれでもないと手にとっては鏡の前で合わせているルシオンに背を向け、げっそりした表情を浮かべている。
「何でオレがコイツの服選びに付き合わなきゃならないんだよ……
 男性の意見も欲しいとか言って、荷物持ちさせる気だろうが」
 大体のコメントは皆似たり寄ったりらしい。
「はは、ベルクさんと同じだねぇ」
「だろ?」
 二人に聞かれているのを知ってか知らずか、大助は大きな独り言を続ける。
「あぁ…雅羅に会いたい。
 隣にいるのがこんなバカ(ルシオン)じゃなくて雅羅だったら良かったのに」
 大助の言う名前を聞いて、雫澄は先程まで一緒に居たグループの女性陣の顔を思い出していた。
「そういえば雅羅ちゃんならさっきまで一緒に居たなぁ」
「え!? 本当に!?」
 ”雅羅”の名前を聞いた大助が高速でこちらへやってくる。
 そんな大助の迫力に雫澄は少々面食らったが、やはりのんびりと答えた。
「うん、さっき僕のパートナーやジゼルさん達と一緒に上の下着コーナーに行ったんだ」
「う、上に雅羅が!!」
「うん」
「下着の雅羅が!!」
「うん? それは分からないけど」
「ですよね」
「うん、ごめんね」
「くっそ気になる!! そして見たい、いや会いたい!」
 足元で悶えだした大助を前に、ベルクは呆れた様な挑発するような言葉をニヤリと笑いながら落とした。
「……見に行ってくれば?」
「ですよね!!



 っていやいやいやいやいや」


 同じ頃、ベンチからやや離れた場所にルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)佐野 和輝(さの・かずき)の姿を見つけて居た。
「和輝さん!」
 店内の照明を受けて輝く金のポニーテールを揺らしながらこちらへやってくるルーシェリアを見て、和輝は凭れていた壁から背中を離した。
「ルーシェリア……、買い物か?」
「はい。下着を買いに来たですが、和輝さん発見ですよぉ。
 和輝さんの方はどうしたですぅ?」
「俺はアニスとスノーを待ってるんだ。
 二人がその……下着売り場に行ったから」
 和輝が待っているのはパートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)スノー・クライム(すのー・くらいむ)の二人だった。
 日用品の買い物に来た最後に、二人が三階に寄りたいと言いだした為和輝は一人で待っていたのだ。
「そうだったですかぁ。
 ならこんなところで待ってるより、どうせなら入っちゃったらいいんですよぅ」
「それはまずいだろ」
「心配しなくても私もいるですし。やっぱりアニスさん達もいたですから」
「なら上に行って二人と合流してきてくれ。
 俺はここで待ってるから」
「……仕方ないですぅ」
「ああ、じゃあまた後で」
 渋々エスカレーターを上がって行くルーシェリアを見送ると、和輝はまるでそこが定位置かのように、再び壁に凭れ息を吐いた。


 一階でも女性達を待つ男性の姿があった。
 特に中央に位置するセルフサービスの飲食コーナーは、下着売り場に行った配偶者や恋人、パートナーを待つ男性の姿で溢れていた。
 通常のショッピングモールならば店内でも特にうるさいはずのセルフサービスコーナーも、人待ちの一人の客ばかりのこのビルでは逆に静かな位だった。
 影月 銀(かげつき・しろがね)は静かに佇み、ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)の帰りを待っていた。
 椅子とテーブルだらけのコーナーに居て尚立っているというのは
 他人からすれば「あの人座ればいいのに」と思せる様な光景だったが、それを言うのは野暮だというくらい妙に決まっていた。
 何をしても許される。つまりイケメンであった。
 近くの椅子に座る武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)もまた、龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)武神 雅(たけがみ・みやび)を待っている。
「これ……いや、こっちかな?」
 言いながらテーブルの上には綺麗に並べた何枚ものカードゲーム用のカードを手にとっては、戻したり束にしたりしている。
 そんな彼を横目に、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は空いているテーブルに買ってきたばかりのドーナツが乗ったトレーを置いた。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が戻ってくるのはまだまだ後の事だろう。
 コハクがセルフサービスコーナーの中央の柱に掛けられた壁掛け時計の針をぼんやり眺めながら早速一口目を口に運ぶと、じんわりと甘い味で口内が満たされる。
 誰か話す相手が居れば「美味しい」と素直に口にしたところだ。
 ――美羽が戻ってきたらもう一個買って二人で食べようかな。
 一口目からそんな事を考えていると、目の前に人の姿が飛び込んできた。
「ここいいですか?」
「ふ、ふぁひ」
 コハクはドーナツを口に含んだままだったから、間抜けな声で応対してしまった。
 どうやら隣の椅子を使っていいか了解を得たかったらしい男性は、一目で職業が分かる服装をしていた。
 ――あ、執事さんだ
 ピンを付けた白いラペルに白い縁どりがされた黒のジャケット、それに白いベストと黒のスラックスをパリッと着こなしている彼をコハクが見ていると、その男性椎名 真(しいな・まこと)と目が合って微笑まれる。
 少々不躾だった視線にも関わらず、涼しげに笑顔を返したのは流石だとコハクは思う。
 ――上にご主人様……いや、この場合お嬢様っていうのかな……がいるのかな?
 なんて想像していると、逆にこちらが質問された。
「誰か上に行ってるんですか?」
 未だにドーナツをもぐもぐしたままのコハクが頷いて答えると、真は微笑って片手に持ったジュースを傾ける。
「俺もそうなんですよ」
 真が待っているのは、双葉 京子(ふたば・きょうこ)の事だった。
「女の子の買い物って長いからね」
 コハクが言うとそれに反応したのか牙竜がこちらを向いた。
 ――あ。この人もそうなのかな
 コハクが振り向いた事で三人の視線が合う。
 もしこのまま同じ様な時間が続けば、同じ立場の者として彼等は楽しく話しでもしたかもしれない。 
 しかしそうはいかなかった。
『お客様にお知らせ致します。只今館内に武器を所持した強盗団らしき集団が侵入し……』
 館内放送が強盗事件の発生を告げると、静かだったセルフサービスコーナーもざわつきはじめる。
「京子ちゃん!」
 反射的に小さく叫んだ真が立ち上がると同時に、銀や牙竜そしてコハクも動きだしていた。