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リアクション
「よう、あんたが愚者かい?」
愚者が感じた気配の一人、片手を上げ知人に挨拶するかのような気軽さで愚者に話しかけた。
「ええ、そうですよ。私が愚者です」
「おお、そうかい。なあ、舞台はイケてるけどよ、ちょっと演出がクドくねえかい?」
「そうでしょうか? 私はこの程度が丁度いいと思いますが」
愚者はアキュートに向けて丁寧に礼をすると、アキュートに問いかけた。
「どうですか? 役者として、この劇に関わってみて」
「あーそれなんだけどよ。あいにく、昔の仕事で、死者の相手は飽きちまったんだ」
アキュートは続いて言葉を紡ぐ。
「それとも全員、不死者なのかな?」
「……全員、生者ですよ。ですが、貴方様の言うことは的を射ている部分がある」
「へぇ、ならそれを教えてくれよ」
愚者はアキュートから視線を外し、刻命城に目を向けた。
「不死者、ならどれだけ楽だったでしょう。種族の差に苦しみ、寿命のせいで離れ離れになった従者たち。
生きる希望を失った彼らは、さながらさ人生という道に迷った子羊のように弱く、臆病ですね」
「ならそんな子羊達に、どんな希望を与えたのか。是非、教えて欲しいね」
「……私は魔剣の伝承を教え、魔剣を授からせたに過ぎませんよ」
愚者のその答えを聞き、アキュートは問いかけた。
「そうかい。それであんたは、どんな役を演じてるんだい?」
「傍観者、ですよ。刻命城の行方をただ最後まで見る傍観者の役です」
その時、愚者は少しだけ悲しそうな目をしたのをアキュートは見過ごさなかった。
クリビアが愚者に質問する。
「私にも一つ教えてください。魔剣で蘇った死者は、再び死ぬことが出来るのですか?」
「……分かりません。あの魔剣のことは人並み以上に知っていますが、それにより蘇った人を私は知りませんから」
クリビアの質問に答えると、愚者は貴方様は? とルーツに顔を向ける。
ルーツは顔を引き締め、愚者に問いかけた。
「聞きたいことはいくつかある。まずはクリビアと同じ魔剣についてだ」
「ええ、どうぞ?」
「その方法は多くの者に強く記憶を刻むこと。それは多くの者を『斬る』という意味なのか?」
「正確に言えば斬る、とは違いますね。……しかし、その行為は一番手っ取り早いでしょう。刻命城が選んだ方法ですね」
「そうか。ならば言い方は悪いが……我だったら相手を選ぶ。何故力のない一般人を連れてこず、戦える契約者達を招いたのかが……」
ルーツは愚者を睨み、言葉を続けた。
「我にも願うなら生き返らせたい者がいる……叶わないことだと思ってるがな。だが、色々考えると愚者の目的がこの城の者達と同じだとは思えない! お前の本当の目的は何なんだ?」
「……同じではありませんよ。私の目的は刻命城の行く先を傍観するだけ。ただ、それだけです」
では、以上ですか? という愚者に、アスカは笑みを浮かべながら近づき、のんびりとした口調で問いかけた。
「愚者さん〜、貴方はタロットとか好き?」
アスカはポケットから一枚のタロットを取り出し、表面に描かれた愚者の絵を見せた。
「好きというほどではありませんね。少しかじっている程度です」
だけども、愚者は何の動揺も見せない。
「傍観者らしいけど……それって『愚者』の行動じゃないのよぉ。
愚者の意味は『無計画な放浪者』又は……『目的を持つ旅人』。何も考えてないようで無計画ではない。つまりちょっとした食わせ者なのよね〜」
愚者は何も言わず、ただアスカの言葉を黙って聞いている。
「最初からおかしいのよ〜この依頼。傍観者と言う割には貴方はメガネ校長の前に現れたぁ。
まるで私達をこの城に誘う為にね〜そして校長から聞いた『ほとんど何もしていない』。……ということは少しは『何かした』って教えてるわよねぇ?」
「ええ。先ほども言ったとおり、魔剣の伝承を教え、魔剣を授からせました」
愚者はあっさりとそう言った。しかし、アスカの言葉を否定したりはしない。
アスカは続けて、今思い出したかのような仕草をしつつ、愚者に言い放った。
「あ、そうそう愚者ってね凄くセンスが悪いのよ〜。派手な衣装に杖と王冠と袋って凄い組み合わせでしょ?
だってその一つの王冠って『権力の象徴』を意味してるのよぉ」
愚者は押し黙る。その表情は無表情だ。
「ねえ、愚者さん」
アスカは構わず、言葉を紡いでいく。
「貴方の正体もそれなりの『権力者』だったんじゃないの〜? この刻命城の……ねぇ」
愚者の顔が一瞬、誰にでも分かるほど強張った。
しかし、愚者はすぐさま表情をもとの微笑に戻して呟く。
「……考えすぎですよ」
「あらぁ、そうなのかしら〜」
「ええ。では、私は人を待たせているのでこれで失礼致します」
そう言って愚者は、逃げるように、闇に溶け込み消えていった。
――――――――――
「あー、愚者さん! こっち、こっちー!」
陽とテディがいる花畑に戻った愚者は、手をぶんぶんと振る陽のもとへと歩く。
「お待たせして申し訳ありません。花を頂いてもよろしいですか?」
「うん。はい、これー!」
陽が即席で造ったのだろう花束を受け取り、愚者はお礼を言った。
「ありがとうございます」
「いいよー、気にしないで。……でもさ、さっき思ったんだけど、この刻命城って不思議だよねー」
「ええ、霧に包まれた孤島など珍しいでしょう」
「ううん、違うよー。だって、タシガンという土地では吸血鬼は貴族階層で、人間は支配対象っていうノリでしょ?
なのに、なんで城主さんがシャンバラ人で手下が吸血鬼なんだろうって思って」
陽が首を傾げながら、言葉を続ける。
すぐ近くで愚者の顔に焦りの色が見えているのに、気づかないまま。
「しかも、そのまた下にいるヴァルキリーや守護天使なんて、数も少ないし古王国時代は王国の支配階層じゃなかったっけ? うーん、不思議だなぁ」
愚者は押し黙り、陽を見つめる。
陽は顔を上げ、愚者の顔を見上げて表情を輝かせながら言った。
「……城主さんって、本当にただのシャンバラ人だったのかなぁ。よっぽどスゴい人だったのかな?
ひょっとしたら城主さんは地球人で、使用人はパートナー達だったりしてね! あっはっはー。ただの思い付きで根拠はないよ!」
「……地球人、ということはないんじゃないですか?」
「だよねー。あっはっはー!」
笑い声をあげる陽に礼を言うと、またすぐに消えていく。
そして、闇に溶け込む直前。小さくほんとうに小さく誰にも聞こえないよう呟いた。
貴方様方がいうことはあながち間違ってはいませんよ、と。