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リアクション
十六章 来訪者 後編
刻命城、フローラの部屋。
外の喧騒とはうって変わって、フローラたちはティータイムを嗜んでいた。
フローラが話をしていたのは、今は亡き城主の話。自分が仕えるようになった頃から天寿を全うして死ぬまでの城主の物語。
「極度に人前に出るのを嫌った人でね。自画像や写真も嫌ってね。あまりそういうものは残さない人だった。
正直、私たちもあまりお顔を拝見したことはなかった。それでも、よく出来たお人だったわ。
まるで父親のように私たちを優しくも厳しく育ててくれて。……でも、早かったわね。私が仕えてから四十年……シャンバラ人にしては短命だったほうだと思うわ」
フローラはそこまで語り終えると、悲しげに目を伏せた。
月夜は適度に冷めた紅茶を一口飲み、フローラに質問をした。
「……でも、フローラ達が蘇らせたい人は天寿を全うした、その人の魂をナラカから再び現世に蘇らせる事が可能なのかな?」
「分からないわ。でも、愚者さんに教えてもらった伝承からすると可能なんでしょうね」
「もし、それを可能とするなら代償は相当な物だと思う……。
魔剣を使って蘇らせる方法って何なの? それで、魔剣はフローラ本人やここにいる人達に悪影響を及ぼさないの?」
「多くの者に強く記憶を刻むこと、と愚者さんは言ってたわね。魔剣が私たちに与える影響は……分からないわね」
フローラは目を伏せたまま、ゆっくりと紅茶を口にした。
刀真は紅茶に口をつけず、冷めた瞳でフローラを見つめ問いかけた。
「魔剣で亡くなった人を生き返らせる方法は、多くの人に強く記憶を刻むこと? ……詳しく話を伺っても良いですか?」
「ええ、単純よ。この魔剣を装備して名声でも悪評でも何でもいいから……とにかく刻命城の城主という存在がいたことを多くの人に刻みこめばいい、と私は教えてもらったわ」
フローラのその言葉を聞いて、スコーンを食べていた要の手が止まる。
そして、フローラに少し硬い声で問いかけた。
「ってことは、フローラさん達は名声と悪評……どちらを選ぶんだい?」
「……後者ね。私たちは魔都タシガンに攻め込もうとしてるんだもの」
「数十名の戦力で魔都タシガンに攻め込む、か。……間違いなく、フローラさんたち死ぬよ?」
「覚悟の上よ」
要の質問にフローラは短くそう答えると、空になったティーカップを受け皿の上に乗せ席を立ち、使用済みの食器を洗うためにキッチンへと歩いていく。
その小さな背中に、刀真は冷めた口調で問いかけた。
「貴方達はこの百年間、何処で何をしていたんですか?」
「……どういうこと?」
「そのままの意味ですよ。この百年間何処で過ごして、そんな命を粗末にする暴挙に至ったのか知りたくて」
「……言うわね。私たちはずっとこの刻命城にいたわよ。百年以上……タシガンの霧のように一向に晴れない霧がかかってたみたい心のまま、みんなまるで死人のように生きながらえていたわ。
……今はご主人様が生き返るかもしれない、って希望があるから私たちはご主人様がいたころの私たちに戻っていられるの。
こんな行為ただの暴挙にしか見えないし、他人から見れば笑い話のようなものなんだって頭では分かってるけど……私たちには縋るほかなかったのよ」
食器の洗浄が終わり、水分をふき取ってからフローラは三人のもとに戻ってきた。
先ほどと違うのは、片手に見たことの無い形状をした禍々しい雰囲気の武器を持っているということ。僅かに反れる刀身と柄があるところを見ると、どうやらこれが件の魔剣のようだ。
「さあ、お話はこれで終わり。あなたたちはこれからどうする?」
フローラは魔剣の剣先を要の首元に向ける。
刀真と月夜の喉元に軽く当てられた刃は背後で立っていた死神の従士の鎌だ。
「来訪者、じゃなかったのかよ?」
要がフローラに問いかける。
フローラの代わりに答えたのは、死神の従士だった。
「あいにく状況が変わってね。悪いとは思ってるよ、お客人」
三人は眼前で剣を向けるフローラを睨む。
フローラは先ほどとはうって変わった、感情が消えた冷たい瞳をしていた。
「このまま帰るのなら危害を加えない。ただし、歯向かうというのなら消えてもらうわ。選びなさい、来訪者」
――――――――――
悪魔の従士から逃げ回っていたアキラとアリスは、少し変わった扉をピッキングで開けて中へと入っていた。
「ったく、なんだよなんだよー。えらい簡単に入れてくれたと思ったら、日記とか物色してると追いかけてきやがって」
「まァまァ。それよりも、アキラ。ココなんか変じゃなイ?」
「変って、まぁ……ここだけ何か薄暗いしなあ」
二人は明かりの点いていない部屋を把握するため目を凝らした。
そこは今までの部屋とは少し変わっていて、見るだけで高級だと分かる調度品が綺麗に整理されていた。
「んー、もしかしてここって主の部屋かな?」
「分からないケド。そうかもネ。ここだけベッドとか家具も高級品だシネ」
アキラとアリスはお互い顎に手を当てて、首をかしげた。
「……ま、探してみればなんか見つかるかもしれないし」
「そうだネ。人物像や当時の暮らしぶりが伺えるものを探してみるネ」
二人は手分けして部屋を捜索するが、肖像画や手記などは出てこなかった。
数十分後――少しばかり飽きてきたアキラはアリスに声をかけた。
「何か見つかったー?」
アリスは小さいという特徴を生かし、目線が低いので普通の人が発見できないようなものを探していた。
「うーン、何もないみたいだネ――ン?」
アリスは言葉を遮り、一番下の本棚に並べられた分厚い本の下敷きになっている古びた一枚の紙を見つけた。
埃をかぶっているところを見ると、大分昔のものなのだろうか。アリスはその紙を引き抜き、アキラに渡した。
「アキラ、これこれ」
「……ん、何だこれ? メモ? なになに――……」
『これを他の者が探し当てたとき、私はおそらくこの城にはいないだろう。
手紙で済ます愚かな私をどうか許して欲しい。……刻命城の主を務めてはや四十数年。多くの者に恵まれ、素晴らしい人生だった。
ここで■はい■■の■■を■■■ためこ■■を■■■■と■■。こ■■見■■■■は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――』
「んー、文字化けが酷くて読めないなぁ」
アキラはため息を吐きながら、手紙を読んでいく。
ほとんどが文字化けのせいで読めなかったが、最後の欄だけは辛うじて読むことが出来た。
『追伸、もしこの手紙を見つけたのが刻命城の者ではないのなら。
それは余程差し迫った状況なのだと思う。どうか私の我がままなのだが、出来れば地下室へ訪れてくれないだろうか。
殺してしまった侵入者は私たちのうちで手厚く火葬を行ったが、身内のものが亡くなった場合私たちは棺に納め刻命城の地下室に保管することになっている。
……死してもこの身と魂は刻命城に在り、ということでね。地下室への行き方はここに記そう。もし訪れれていただければ、その状況を打開するためのヒントを得られるだろうから。
刻命城城主――レムリス・アルデバランより』
読み終えたアキラに、再び彼の肩に乗っかったアリスが問いかけた。
「地下室ネエ……アキラ、行くノ?」
「せっかくヒントがあるって書いてあるんだし、行ってみるべきじゃない?」
「うン、ワタシもそう思うネ。……でも、ナニか変じゃなイ?」
「何が?」
「上手く出来すぎているというカ。ワタシは誰かの手の平で踊らされているキブンだヨ」
アリスは先ほどと同じ仕草で首を傾げる。
そんなアリスを見てアキラは人差し指で軽くこつんと額を押した。
「いたイ」
「まあそんなに難しく考えることはないんじゃないかな。ヒントをくれるって言ってんだから踊らされてもいいんじゃない?」