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亡き城主のための叙事詩 前編

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亡き城主のための叙事詩 前編

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「一人にばっかり集中してると危ないよ。レインくん」

 不意に隣から声をかけ、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)がパスファインダーの動きで奇襲を仕掛け拳打を浴びせた。

「……ッ!」

 レインは小さく呻き声を洩らし、光の翼を羽ばたかせ大きく後退。
 颯爽と現れた宵一はこの孤島に行き着いたきっかけは不運による漂流だけれども、空気を読んで他の契約者たちと共に刻命城に侵入するために全力で戦っていた。
 宵一は驚きの歌を口ずさむ。着用者の声と精神状態に共鳴して力を発揮する武装のレゾナント・アームズの拳を、レインに向ける。

「……梟雄に魔銃士。少し分が悪い、退かせてもらおう」
「逃がすか……!」

 レインが空を飛ぶと、宵一もプロミネンストリックで追いかける。
 高い機動性のおかげで、レインにすぐに追いついた宵一は、歴戦の武術による肉弾戦に持ち込む。
 が、レインは赤黒い魔法陣を展開。ヘルファイアを発動。意思を持ったように黒い炎が宵一に襲いかかる。
 宵一は両腕を振るい黒い炎を払うが、その炎はおとり。続いて発砲音が響き、朱の飛沫が込められた銃弾が宵一に飛翔。

「ッ、二段構えか……!」

 宵一は避けられない、と覚悟を決めるが。
 横から飛来した銃弾が、朱の飛沫が込められた銃弾に衝突。弾かれ、軌道を逸らし、宵一に着弾することを阻止した。
 宵一は銃弾が飛んできた方向を振り向く。そこにはライフルを片手で構えたキルラスの姿。

「これでさっき助けてもらった借りはなしだねぇ」
「……すまん、恩に着る」

 二人は言葉を交わすと、二丁の拳銃をこちらに向けるレインと対峙した。

 ――――――――――

「正面からお邪魔します。……でも流石にすんなりと入れては貰えませんよね。力づくは遠慮したい所ですが、致し方ありません。貴方を倒してお邪魔させて頂きます!」

 一ノ宮 総司(いちのみや・そうじ)がそう叫び、鞘から花散里を抜き取る。
 花が散っているように見える美しい刀身が、グレンに向けられた。

「僕と歳兄ぃで前線へ! アキトと湖姐ぇは後方支援を! 行こう、歳兄ぃ!」

 総司は背後の鍵屋 璃音(かぎや・あきと)忍冬 湖(すいかずら・うみ)、隣の土方 歳三(ひじかた・としぞう)に指示を出す。
 グレンはそれを見て、両手を力強く握り締め、堅強な拳を作る。

「鬼人、と僕が呼ばれる所以をその身を持って味わうといいでしょう」

 守ることを考えないことで、人ならざる尋常な速度を得る。神速、と呼ばれるグレンが最も得意な技だ。
 グレンは大地を力強く蹴り、駆ける。残像すら残さない加速。
 グレンは総司との間の間合いを一瞬で詰め、一発でもまともに受ければ死ぬことが確実な豪腕を振りぬく。
 しかし、その拳は歳三の柳葉刀によって受け止められた。

「悪いな、アキトや湖は勿論、総司にも大きな怪我はさせたくねーんだ」

 歳三はそう呟くと、柳葉刀を振るい、拳を弾く。
 拳を弾かれたグレンは、すぐさま次の行動に移り、ムチのようにしなる蹴りを歳三に放った。
 歳三はこれをスウェーで紙一重で回避。掠った部分が蹴りによる風圧で切り裂かれたが、気にせず柳葉刀を構える。

「俺はかつて鬼の副長と呼ばれた。同じ『鬼』の名を冠する者同士、一戦と洒落込もうぜ?」

 歳三は誘うような笑みを浮かべ、グレンに言い放った。
 グレンもそれを受け、不敵に笑う。

「鬼、か。いいでしょう。この名の重みを背負った者同士、死闘を繰り広げましょうか」

 グレンは鳳凰の拳を素早く構え、歳三に向けて左右の拳を放つ。
 風を巻き込み発せられたその二つの拳を、歳三は受太刀で受け止め威力を幾分か削いでからスウェーで回避。
 歳三はそれを繰りかえす。グレンの拳をいなし、必殺の一撃を叩き込むためにタイミングを見計らう。

「今からそんな防戦一方で大丈夫ですか?」
「ああ――機が熟すのを待っているだけだ。おまえが気にすることじゃねぇ」

 そう言いながらも歳三は焦っていた。
 掠める豪腕はその拳圧だけで自分の身体に切り傷を生む。風を纏ったような蹴りは、触れるだけで骨が軋む。
 綱渡りのような回避を行いつつ、歳三はそれでも、タイミングを計っていた。

「一気に決めますよ……!」

 興が冷めたようにそう言うグレンは、深く呼吸を吸い込み体内に気を溜める。
 刺々しかった雰囲気も、どこか凪のように静かなものになる。歳三は悟った。
 これが、拳王を極めし者のみが放てる閻魔の掌の構えであると。歳三は固唾を飲み込み、集中した。グレンの一挙手一投足に。

「――死んでください」

 グレンはノーモーションから、貫手を放つ。亜音速を超えたその突きは、打から刺に変わる。
 まるで槍の突きのような鋭さを持った貫手は、歳三の心臓に向けて一直線に奔り。

「これを待ってたんだよ……!」

 歳三はスウェーでどうにかこれを回避。拳の風圧で片腕が少し切り裂かれてしまったが、その痛みに耐え懐に潜り込む。
 歳三の柳葉刀の刃に聖なる力が集まる。放つのは伝説の英雄が編み出したと言われている奥義、レジェンドストライクだ。

「はぁぁああ!」

 裂帛の気合と共に聖なる光の一閃が、グレンに叩き込まれた。
 グレンの身体は切り裂かれ、怯む。その一瞬の隙を後衛で弓を引き絞る璃音は見逃さなかった。

「此処に用が会って来たんだ、通らせてもらうぜ!!」

 大気を震わす咆哮と共に璃音はポイズンアローを放つ。
 鏃に毒を塗った矢は、グレンに向けて一直線。グレンは残心で素早く身構え、この矢が自分に刺さる前に矢羽を掴む。
 片方の手が塞がれている間に、湖がボウガンに轟雷閃を発動、雷を纏ったボウガンで、雷電を帯びた矢をグレンに放つ。

「さすがに、両手が塞がるのは不味い、か……」

 グレンはそう判断すると、龍の波動による遠当てで、雷電を帯びた矢を迎撃。
 強烈な闘気を浴び、跡形もなくなった矢を見てから、先に後衛の二人を沈めようと両脚に力を溜める。
 が、大地を蹴る前にガードラインで立ち回っていた総司が花散里の剣閃で行動を中止させた。

「御免なさい。アキトと湖姐ぇには手出し無用でお願いします」

 静かにそう呟きながら、総司は花散里を続けて振るう。
 グレンは紙一重でそれを避け続け、総司が歳三と同じ奥義を発するタイミングを待つ。
 やがて、その時は訪れ、花が散っているように見える美しい刀身に聖なる光が集束すると同時に鳳凰の拳を構えた。
 神速の動きで行動をしているグレンのほうが、総司より僅かに速い。グレンは左右の拳を奥義が放たれるより先に叩き込もうとし。

「そういう危なっかしい事は、するもんじゃないよ!」

 叱咤と共に放たれた湖の矢が、腕に刺さり拳を放つのが遅れる。
 総司は同じレジェンドストライクで、歳三が切り込んだ傷と同じ場所同じ太刀筋で、聖なる一閃を放った。

「……ッ!」

 傷口が深くなり、グレンから呻き声が洩れる。
 総司はその隙に素早く後退。額に浮かぶ大粒の汗を手の甲で払った。