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SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

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SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ
SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ SPB2022シーズン vsシャンバラ・ハイブリッズ

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【八 移動日も戦いは続く】

 続く交流戦第二戦は、ヴァイシャリー・ガルガンチュアの本拠地グレイテスト・リリィ・スタジアムで開催される運びとなっている。
 第一戦と第二戦の間には一日置かれてあり、この中一日が、移動日として充てられていた。
 移動日とはいっても、両チームとも午前中にはヴァイシャリーに到着していた為、午後からは室内練習場やグラウンドを用いての前日練習が予定されていた。
 まずSPB代表チームであるが、こちらは投手陣は調整の為、ブルペンでの投球練習のみが予定され、野手陣は完全なオフとしてスケジュールが組まれていた。
 しかし、一部のメンバー、特に第二戦で出場が予定されている者達は呑気に休んでいる気分にはなれず、自主的にグラウンドへと姿を現し、前日練習に身を投じる姿が幾つも見られた。
 例えば、プロとしての実績が全くないロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)、或いは昨季はほとんど二軍暮らしが続いた御神楽 陽太(みかぐら・ようた)などは、強い危機感を持って練習に汗を流していた。
 三人とも、それぞれのチームで秋季キャンプから自主トレ、更には春季キャンプと過ごしてきて、プロとしての体作りと技能向上はそれなりにこなしてきている筈だったが、矢張りレギュラーシーズンでの試合経験という面では不安が強いらしく、いくら練習してもし足りないという思いが強い。
 だがこの中では、少なくとも二軍戦でそれなりにプレー経験がある陽太が頭ひとつ分、抜きんでているといっても過言ではない。
 その為、ロザリンドやさゆみが、何かにつけて陽太にアドバイスを求めてくる。これまでチーム内では格下扱いしかされてこなかった陽太は、ふたりから頼られるという状況が妙にこそばゆく思え、今ひとつ練習に集中出来ていなかった。
「やっぱり、二軍戦っていってもプロ同士の戦いな訳だし、アマチュアレベルとは全然違うんだよね?」
「えぇ、まぁ、それはそうですね。注目度は低いですが、こちらは内容も結果も重視されるので、一瞬たりとも気が抜けませんよ」
 両翼ポール間の走り込みの最中、陽太は隣を走るさゆみの問いかけに、幾分自信なさげに答えた。
 一軍経験が少ない為、二軍との決定的な違いというものがまだ余り分かっておらず、下手なことをいえば後で笑われるかも知れなかったのである。
 ところが、そんな陽太の不安など知ってか知らずか、今度は逆側を並走するロザリンドが、核心を突くひと言を放ってきた。
「では、一軍は矢張り何といっても結果ありきで、途中のプロセスはあまり重視されない、ということになるのでしょうか?」
 これは、ある意味正しいともいえるし、間違っているともいえる。
 実力者揃いのチームであれば、とにかく結果だけが重要であるし、若手を育てながら勝利を目指すチームであれば、ワンプレーの精度も重要視される。
 ガルガンチュアの場合、実力者が多く集められている反面、ロザリンドやさゆみのようなプロ経験皆無の選手も少なからず存在しており、必ずしも結果だけが重要視されるという訳でもないであろう。
 そういった意味の回答を陽太が口にすると、ロザリンドとさゆみは、揃って気合の入った表情で面を引き締めた。
 やがて、走り込みを終えた三人は、生きた球を見て目を慣らしておこうという話になり、その足でブルペンへ向かうこととなった。
 丁度、カリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)がグラブとタオルを抱えてブルペンへ入ろうとしているところに出くわし、肩を並べて一緒に向かう。
「君ら、熱心やなぁ。うちの妹らなんて、球場横の中華料理屋で腹一杯、肉まん食うんやーゆうて、こっちに顔も見せへんわ」
 カリギュラがいうところの妹達とは、春美とあゆみのことである。
 実はこの肉まんツアーには、何故かブリジットやハイブリッズ側の正子なども加わっているらしいが、他の野手陣も同じような調子で、完全オフを満喫している模様であった。
「ブルペンには、どういった方々がいらっしゃるんですか?」
 ロザリンドがカリギュラの長身を覗き込むと、カリギュラは右手の指を折りながらひとりずつ、名前を挙げてゆく。
「えーっと、葵ちゃん、ショウ君、隼人っち、それから捕手で真ちゃん、サナギ君、輪廻君っちゅうところかなぁ。後は、打者役で鯉君がおるぐらいやで」
 カリギュラは軽い調子でそういってみせたが、よくよく考えれば、いずれも一軍常連の結構な面子である。
 陽太もロザリンドもさゆみも、何故か妙な緊張感を覚えてしまった。

 ブルペンではカリギュラが説明した通り、秋月 葵(あきづき・あおい)鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)のペア、葉月 ショウ(はづき・しょう)とサナギのペア、風祭 隼人(かざまつり・はやと)と輪廻のペアでそれぞれバッテリーを組み、投球練習に勤しんでいた。
 そしてオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が打者役としてバッターボックスの位置に立ち、葵の投げる球が真一郎のミットに収まる瞬間に、バットを振る仕草を見せてタイミングを計っている。
 交流戦という、いわばお祭り興行的な試合であっても、前日練習ではシーズンさながらの真剣みを帯びた熱気が漂っており、これがプロか、とロザリンドやさゆみなどは舌を巻く思いだった。
 中でも圧巻だったのが、葵と真一郎のペアであった。
 カーブを覚えて投球の幅が広がった葵に対し、真一郎は、
「はい、次は3ボール1ストライク、一三塁、打者は左のアベレージヒッター」
 などといった具合に、一球ごとに異なるシチュエーションを設け、単に投球数を稼ぐだけの練習ではなく、しっかりと意味のある投球を要求するという高い意識の中での練習を実践していた。
 ワイヴァーンズでのブルペンでは、なかなかこういう頭を使っての練習は今までしてこなかった為、葵にとっても真一郎とのバッテリーは、例え練習であっても相当に意味を持つものとなっていた。
 本来は、小さな体に似合わず力でねじ伏せる投球をモットーとする葵であったが、真一郎とのペアで、野球が考えるスポーツであることを、改めて認識させられる思いであった。
「ねぇ、あたしのカーブ、どうかな?」
「良いですね。速球と同じフォームで来るから、この球速差は打者にとっては脅威ですよ」
 真一郎のお墨付きを貰って、葵は益々上機嫌である。
「よぉっし……明日は絶対良いとこ見せて、開幕投手の座は頂きだよ♪」
「……お手柔らかに頼みますよ。初戦はうちと当たるんですから」
 気合を入れる葵に対し、真一王はマスクの奥で苦笑を浮かべた。
 既にレギュラーシーズンんスケジュールは発表されており、葵のワイヴァーンズが開幕戦で当たるのは、真一郎の属するワルキューレとなっているのである。
 本来であれば敵同士のふたりが、この日はブルペンでペアを組んでいる。交流戦ならではの光景であるといって良い。
 一方、輪廻とペアを組む隼人は、更に磨きがかかったキレと、初速と終速の差が極めて小さくなった球速を見せつけるかのように、直球をズバズバと投げ込んでいる。
 今回隼人は監督に対し、勝負どころではオール直球勝負を挑ませて貰えるよう頼み込んでおり、既に了解を取り付けている。
 肝心なところでは変化球は用いず、直球のみの勝負で観客を沸かせよう、というのが彼の狙いであった。
 尤も、シーズンの為に他の球種を隠しておく、という効果も同時にあるのは否めなかったが。
 すると、そこへ打席を移動してきたオットーが、隼人の直球を何球か見逃してから、僅かに首を傾げた。
「少し、リリースポイントを変えたか?」
「いや……そんなつもりはないんだが」
 オットーが戸惑ったのも、無理はない。隼人は本人もいうように、リリースポイントは変えていないのだが、球速とキレが格段に向上した為、従来のタイミングではバットに掠りもしなくなっていたのである。
「成る程……この速球なら、正子さんを抑えられるかも知れないな」
 裁をリードした際に本塁打を打たれた輪廻が、思い出すような調子で小さく呟く。これに対し隼人は、幾分意外そうな面持ちで眉をしかめた。
「おいおい。直球勝負は抑えるか、でかいのを打たれるかの二者択一だ。今からそんなことを考えたって、あんまり意味ないぜ」
 昨季はチームのエースとして、最多の7勝を挙げた隼人である。その言葉の端々には絶対的な自信の他に、何ともいえぬ説得力のような重みがあった。
「まぁ、それもそうか……どうやら、相手がアイドルチームの混成部隊だからと、変な方向に考え過ぎていたのかも知れない」
 輪廻が苦笑気味に唇を歪めると、隼人の隣で投球を終えたショウが、何かを思い出したような仕草を見せて、小さく唸った。
「そういえば……明日のハイブリッズの先発は、泉美緒って話だったな」
 すると突然、オットーが目の色を変えて獰猛に吼える。
「な、何ぃ!? そそそそそれは、本当か!?」
「あぁ……予告先発って訳じゃないけど、間違いないらしい」
 ショウの応えに、オットーは更に意味不明の咆哮をあげていたが、その一方で、ロザリンドが微妙な顔つきで視線を僅かに逸らせていた。
 その面には、心配げな色が浮かんでいる。

 再び、視線をグラウンドに戻す。
 SPB代表チームの練習は、ほぼ終わりに近づきつつあった。
 最後までグラウンドに残っていたレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)クリムゾン・ゼロ(くりむぞん・ぜろ)の三人が、エチケットとして練習後のグラウンドを整備していると、ハイブリッズの選手が何人か、ちらほらと姿を見せ始めている。
 レティシアがふとセンターバックスクリーンの時計に視線を向けると、ハイブリッズの練習時間に差し掛かろうという頃合いであった。
「あ、見て見て。あのひとって確か、パラ実の……」
 トンボを引く手を止めて、ミスティがひとりの女性を小さく指差した。
 いわれるがままにレティシアとクリムゾン・ゼロがその方向に視線を転じると、熾月 瑛菜(しづき・えいな)の姿が、そこにあった。
 本来は音楽を主戦場としている瑛菜が、何故か野球という場違いな世界に足を踏み入れているというのもおかしな話であったが、ここのところ、天は二物も三物も与えるのが通例となっているようで、瑛菜の場合、野球もそこそこ無難にこなしているようである。
 その瑛菜と一緒に居るのは、同じくハイブリッズメンバーとして選手登録されているローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)のふたり。
 いずれも瑛菜と同じく、SPB傘下のどの球団にも所属していないアマチュア選手だが、それでも瑛菜を助けたいという思いからハイブリッズに参加し、第二戦でのベンチ入りが予定されていた。
 レティシア達が大体の整備を終えてトンボを用具室方向へ運ぼうとしていると、瑛菜達の方も気づいたのか、ゆったりとした足取りで近づいてきた。
「やぁ、ご苦労さん。そっちはもう終わりかい?」
「はい〜……っていってもぉ、軽く汗を流しただけですけどねぇ〜」
 本来であれば、こと野球に関してはレティシア達の方が圧倒的に実績は上なのだが、どういう訳かこの場に於いては、瑛菜の方が妙にどっしりと落ち着いた雰囲気を見せている。
 これがパラ実で培った精神力か――などと感心したレティシアだが、一緒に居るローザマリアやエリシュカも殊更緊張した様子を見せていないところを見ると、単純に性格的な部分が大きいようにも思われる。
 それでもローザマリアなどはプロ選手への敬意は忘れておらず、レティシア達からトンボを半ば強引に奪い取り、自分達が片付けようという意思を見せた。
「それは、こっちが貰っておくわ。プロのひとに何から何までやらせるのなんて、幾らなんでも失礼だし」
「うゆっ♪ 試合のない時はエリシュカ達に、ぜぇんぶお任せ、なのぉ♪」
 ローザマリアからトンボの一本を受け取りながら、エリシュカが太陽のように明るい笑顔をレティシア達に向けた。勿論瑛菜も例外ではなく、ローザマリアからトンボを一本受け取っている。
「そういえば、ちらっと噂に聞いた話ですけどぉ、ハイブリッズに参加してらっしゃるひとの中から、これはと思われるひとに対してはスカウトが声をかけることもあるらしいですねぇ〜」
「へぇ、そうなんだ。まぁでも、あたしはその気はないけどね」
 瑛菜の素っ気無い返答に、レティシアだけでなく、ローザマリアやエリシュカなども、どこか納得した様子を見せた。
 矢張り瑛菜は、音楽の世界が最も相応しい、という思いが誰の胸にもあったのだろう。
「でも、何であたしがこのチームに呼ばれたんだろうね?」
 小首を捻る瑛菜に、レティシアとミスティは乾いた笑いを浮かべた。
 ハイブリッズのチーム編成を考えたのが、あのサニーさんであるということは、最早公然の秘密と化して、代表チームの間では知らぬ者はいない。
 他の誰かが考えた、というのであればすぐに名前が出せるのだが、下手にサニーさんと関わるとろくなことがないというのも一種の常識である為、レティシアにしろミスティにしろ、はっきりとその名を口に出来なかったのである。
「ま……瑛菜が出る以上は、私も全力でやらせて貰うわ。もし直接対戦することがあったら、その時はお手柔らかにね」
 ローザマリアが差し出す右手に、レティシアが素早く反応して軽く握り返した。
 昨日の敵は今日の友、の逆も然りであり、明日の敵は今日の友、といえるのだが、野球に限らず、スポーツにはその傾向が強いといって良い。
 戦争ではなく、あくまでルールに則った勝負の世界には、お互いを称え合う精神が、様々な友情やドラマを生み出すというのは、決して珍しいことではなかった。