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サクラサク?

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サクラサク?
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第2章

 その頃。
 オーディション会場の喧噪から遠く離れた母屋の一室では、鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が、じめじめとしていた。
「せっかく、兵学舎のみんなと慰安旅行に来たのに」
 鬼龍 黒羽(きりゅう・こくう)に呼びかけられても、畳に体育座りでうつむいたまま、動こうとしない。
「貴仁ー、いくら好きな人に恋人できたからって、落ち込んででもしょうがないよ?」
「……」
 グサリ。
 黒羽の言葉が、ハートの傷を抉る。貴仁は、失恋したばかりなのだ。
「ほら、みんな一緒に温泉に行くって言ってるし、僕たちも一緒にいこ? ね?」
「ここから動きません……」
「こんなに誘ってるのに……どうしても、部屋から出ない、って言うなら……」
 こうなったら、力尽くでも、と黒羽が身構えたとき、優しげな男の声が聞こえた。
「おや、まだお部屋に居たんですか? お友達は、みなさん、お風呂の方へ行かれたようですよ」
「君は……?」
「僕は、隣の部屋の者です」
 と、アクロ・サイフィス(あくろ・さいふぃす)が微笑む。
「連れは、三人とも女性でして……僕は、男ですからね、さすがに一緒というわけにはいかず、お隣さんを誘いに来ました。ここの宿に詳しいそうですね? 露天風呂が有名だそうですが、いろいろと、教えていただけませんか?」
 丁寧な口調で尋ねられては、貴仁も、黒羽にしたように、邪険な扱いをするわけにいかなくなった。
「ええ、まあ……俺のうちで、温泉宿に泊まりに行くって、ココが定番になってきましてね……」
 などと言いながら、自分の行動を少し反省しつつ、タオルと着替えを用意し、アクロ、黒羽とともに、男湯へ向かう。

 青く晴れた空の下、眩しい陽の光にキラキラと湯を輝かせている浴場では、男たちが、つかの間の休息を楽しんでいた。
「おー……ここの露天風呂はやっぱすげぇなー」
 遠い山の桜を背景に、白い湯気を上げて滾々と湧く湯の豊かさに、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が、感嘆の声を上げる。
 今夜は、中庭の桜の木の下で、祭りが開催されるそうだが、それに参加するつもりはない。一緒にやってきたガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)と、ゆっくりまったり過ごすつもりだ。
「中々いい風呂っぽそうですな」
 遠い山の桜を眺めるラルクの隣で、ガイも、ぽっかりと浮かんだ白い雲を見上げる。
「女将さんは、テレビの取材がどうとか言っていたが……」
「けど、男湯には、レポーターもカメラも来ないそうですぜ。日が落ちる頃の女湯で撮影するとか」
 この春に開いているのは、旅館に併設されている露天風呂。冬には、アシハラザルやアシハラビッグフットに占領されて大変なことになっていたが、今は、修復も終わり、男湯と女湯の間は、高い塀でしっかりと分けられている。
「そんじゃあ、一献やるか?」
「お、いいですね。そんじゃあ、乾杯」
 ラルクにお猪口を差し出され、ガイが、日本酒を飲み干す。
露天風呂に盆を浮かべたふたりは、もちろん、マナー違反なタオルなど撒いていない。
「はぁーやっぱ、温泉の中での酒はいいなー!」
「それに、景色もいいですし。山桜というのも、綺麗なものですな」
 手の届かない遠くで咲いている桜も、湯につかってゆっくりと眺めると、なかなか風流だ。
「ガイも温泉好きで助かったぜー。他の奴は、あんま温泉、興味ないんでな」
「そうですな。俺も温泉に浸かってる時が、至福の時ですからな」
「ひとりで来るのもありっちゃありなんだが……まぁ、人がいた方がいいしな」
 ほろ酔い気分を満喫すれば、次に気になるのは、夕食のことだ。
「あーこの後のメシ、楽しみだなー! やっぱ、旅館に来たら、風呂とメシだよなー」
「おっと、そうでしたね。いや、風呂がこんなに素晴らしいんですから、きっと、料理も期待できやすぜ」
「はぁ……風呂あがったら、まず、牛乳買って飲んで……マッサージあるんかなー」
「この後が楽しみで仕方ありませんねー」
 そんな会話を交わすラルクとガイの近くで、同じように盆を浮かべて、のんびりと露天風呂につかっているのは、清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)のふたり。
「冬に、風船屋さんの所で、猿退治した事もあったっけ。だから、今回はのんびりしようと思うんだ」
 そう言いながら、山桜の淡い桃色の花を楽しんでいる北都は、未成年なので、盆に載せているのは冷たい麦茶だ。
「北都は、温泉好きですね」
「うん、温泉に浸かりながら、杯を傾けるって風流だよねぇ」
 ラルクとガイが醸し出している、いかにも大人の男という雰囲気を、少しうらやましく思いながら、北都が頷く。
「私も好きですよ、温泉。裸の付き合いが出来ますし」
 北都と一緒なら、という条件は、口に出さずに堪えたクナイに、北都が、
「お酒、飲む?」
 と、尋ねる。
「クナイ、あんまり強くないから、少しだけ……よければ、僕がお酌するよ。美人でなくって申し訳ないけどさ」
「北都だからこそ嬉しいんですよ。誰のお酌よりも一番いい」
 注文するとすぐに届けられた日本酒を、北斗が、徳利からお猪口に注ぐ。それを見ているうちに、クナイの頬が、淡く染まりはじめた。
 お酒にではなく、北都の姿に酔ってしまいそうだ。
 そんなクナイの心を知ってか知らずか、北都は、露天風呂にやってきたアクロ、貴仁、黒羽の集団に声をかける。
「君たちも、未成年? だったら、冷たい麦茶はいかが? オレンジジュースの方がいいかな?」
「他の人との交流も大切……ですね。ええ、分かって居ますよ」
 初対面の相手と親しく言葉を交わす北都に、クナイは、少し不機嫌になったが……、
「部屋に行けば、二人きりだし。今はちょっと我慢してね」
 と、囁かれれば、「風呂上がりに部屋に戻った後が本番ですね」と、頬を弛めずにはいられない。
 酔った勢いで押し倒したとしても、途中で酒が回ってダウンして、翌朝、悔しい思いをするのがお約束……だとしても。
「あれ? 顔が赤いよ。どうしたの?」
 ブクブクと湯に沈みそうになっているアクロに、北都が尋ねる。
「クナイみたいにお酒飲んでるわけじゃないのに……のぼせちゃったのかな?」
「いや、その……女湯に行った連れの気配が……」
「そういえば、なんだか賑やかだけど、あれって、お友達の声?」
 と、黒羽も尋ねるが、アクロは、さらに湯に沈んでいく。
「僕には、聞こえてませんよ、ええ、キコエテマセントモ……」
 たぶん……いや、絶対にあれは、シベレーとフィンとルカ母さんの声だ。
 確信しつつも、あえてスルーする。
 フィンやルカ母さんが、もし、シベレーに余計な事をしたら、後で、ふたりを説教ですね、などと決心しながら。

「あれ、まあ、こんなところに、チンパンジー……?」
「わしは……」
「あ、いや、違う、人間のお客さんや……うち、何を言うとるんやろ、えろうすんません……さあ、どうぞ、風船屋名物の露天風呂をお楽しみください」
 音々を惑わせたモヒカン頭のジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)は、露天風呂でも、ちょっとした物議を醸す存在となった。
「ねー貴仁……お猿さんが混じってるよ」
「な……! よく見てください、人間じゃありませんか! 言葉だって、ちゃんと話してます」
「あーホントだー」
「クナイ、見てよ、お猿さんが、チンパンジーの周りに集まってる」
「中心にいるのは、人間ですよ、北都。なぜか、猿たちに好かれているようですが……いや、あの風貌では、不思議でもなんでもないのかもしれません……」
 周囲の注目を集めながらも、当のジョージは、湯に浮かべた酒を飲みつつ、ゆっくりとくつろいでいた。

 某ビール会社の抽選で「名湯の旅お二人様ご招待」を見事に当てた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、日本式の風呂に馴染みのある讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)を誘ってやってきた。
 毎日ビールを飲み、こつこつとポイントシールを溜めて応募した懸賞だ。せっかくだから、いつも一生懸命戦っている顕仁に、風船屋の有名な露天風呂の風情を味わせてやりたいし、ゆっくり休ませてもやりたい。
 そう願いながら、湯に浸かり、遠くの山桜を楽しんでいる。
「『願はくは花の下にて春死なん』は、西行の歌やったな」
「我の桜の歌は『朝夕に花待つころは思ひ寝の 夢のうちにぞ咲きはじめける』じゃ」
 泰輔も顕仁も、祭りに関わる気はない。
「なにやら騒がしい箇所があるようだの。今回はよき休暇のために来たのじゃから、つまらぬ騒ぎにはなるべくなら関わり合いにはならぬ」
 そう言って、まったりのんびりを貫くつもりでいたのだが……、
 ガサガサ
 露天風呂に向かって枝を伸ばした木の枝に、何やら不穏な気配が。
「あれ、子供や。危ないなー、って、自分の責任で、あんなとこ上ったんやろか?」
 ガサガサガサ
 激しく揺れる枝から、ひょっこりと顔を出したのは、古風な衣装に古風な髪型が、可愛らしく整った顔によく似合っている小さな女の子。特殊な波動で、老木の桜の開花を遅らせている元凶の英霊、平清盛だった。
「こっちの方、にぎやかだなあ。何があるのかな? あっ、お風呂だ。ええと、拾ったあの本に載ってた『露天風呂』だな。いいなあ、気持ち良さそう。私も仲間に入れてくれないかなあ」
 うらやましそうに見下ろしているのは男湯で、前を隠した泰輔が、
「女の子……女の子やん。は、もしかしたら覗きか!?」
 などと騒いでいるが、女の子としての自覚がいまひとつの清盛には、何のことか、さっぱりわからない。
 が、騒いでいる泰輔の隣にいる銀色の髪の長い男には、確かに見覚えがあって……、
「あ、あの人は……もしかして……」
「昔、なにやら出会った覚えがあるような……」
 と、こちらも、まじまじと女の子の顔を見た顕仁が、その正体に気付いて息を呑む。
「清盛か!」
 讃岐院は、別名・崇徳院。生前、保元の乱で清盛の与した実弟白河帝に敗れ、讃岐に流された恨みは、今だ晴れていない。
「……好かぬ、な。が、今日は愛しい泰輔との、他のパートナー抜きの逢瀬。知らぬふり、知らぬふり」
 だが、清盛の方は、懐かしそうに手を振っている。
「おーい、おーい、私だ! 忘れたのかあ〜?」
「なんや、あの女の子……」
 そんな清盛の態度に、さらに誤解を深めた泰輔は……、
「薔薇学にきてから、よぉ若い女の子の覗きに合うけど、あんな子供まで……それはいくらなんでも、どんなに子供であっても、犯罪は犯罪や!」
 でりゃー、と、風呂桶を投げつけた。
 敵認定を完了しているので、その攻撃は、容赦ない。
「またけったいな同人誌のネタを拾うつもりやな!? どこの大人に頼まれた、白状しいやっ!!」
「おおっ! 最近は、こんな遊びが流行っているのか。よし、負けないぞ〜!」
 こちらも、何を勘違いしたのか、はしっ! と、飛んできた風呂桶を掴んだ清盛が、男湯めがけて、勢い良く投げ返す。
「うわあ、なにごとですかあ!」
「クナイ、大丈夫?」
「オレンジジュース、オレンジジュース……」
「ウッキー!」
 貴仁、黒羽、北都、クナイ、ジョージが、波打つ露天風呂から避難して、
「攻撃……ですか?」
「こんな場所で、襲撃か?」
「油断できませんなあ」
 アクロ、ラルク、ガイが、お盆を盾代わりに構える。
「お邪魔虫は、許さーん!」
 シャンプーやら石鹸やらの飛び交う騒ぎの中心は、泰輔。パートナーの顕仁は、
「……知らぬふり……」
 と、じっと耐えていたが……、
「……知らぬふり……にも、限度があるわぁぁあ!! 子供のなりをしておるからとて、我の怒りを逸らすことができると思うな、清盛ぃ! おのが身が振り巻く気配に気づかぬか!?」
 ドッカーンと、効果音がつきそうな怒声の爆発に、
「うわああ〜」
 と、バランスを崩した清盛は、バサッバサバサッと枝を折りながら、女湯の方へと墜ちていった。