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リアクション
第1章 カフェ・ディオニウス
「いつ来ても、ここのコーヒーは格別ですね」
カップを手に、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は涼しげに微笑む。
コーヒーの香りと、ファウストのBGMが流れる落ち着いた空間。
カフェ・ディオニウスは今日もたくさんの客で賑わっていた。
「ほんと、そうだね! それにBGMもいいよねー。クラシックって食わず嫌いだったけど、ストラトスの曲はすごいと思うよ」
レポートを書いていたカッチン 和子(かっちん・かずこ)が顔を上げて同意した。
「まぁ。ありがとうございます」
カウンターで洗い物をしていたトレーネ・ディオニウス(とれーね・でぃおにうす)は笑って返事をする。
ただにこりと笑っただけなのに、周囲の空気が変わるほどの妖艶さがその笑顔には含まれていた。
「はいはーい、パフュームちゃんのデザートのお味はー?」
「こら。催促なんてはしたない事しないの」
片手を上げて振り回すパフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす)の頭をこつりと叩くシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)。
カフェ・ディオニウスには三姉妹が全員揃っていた。
それだけで、周囲にぱっと花開いたかのような明るさになる。
「もっちろん、さいこーでしゅ!」
「ええ。わたくしも大好きですわ」
シフォンケーキをつつきながらぱたぱたとピンクの羽を羽ばたかせるチョコ・クリス(ちょこ・くりす)に、チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)、も同意する。
「わーい、うっれしー。これオマケしちゃう!」
二人の前にハーブクッキーを差し出すパフューム。
「おねーしゃん、ありがとーでしゅ♪」
「わ、いいな! んじゃあたしもあたしも大好き!」
「んじゃって何さ! もー美羽ちゃんにはあーげないっ!」
「えー、冗談だよぅ」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の言葉にパフュームは大げさに唇を尖らす。
「まぁまぁ。詩穂もパフュームちゃんのデザートは大好きだよぉ」
「私もです。皆さん、トレーネさんのコーヒーもパフュームさんのデザートもストラトスのBGMも全部含めて、このカフェが大好きなんですよ」
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がパフュームの肩を叩き、杜守 柚(ともり・ゆず)が笑顔で砂糖たっぷりのコーヒーをかき混ぜる。
「というかパフューム。あなた肯定の言葉しか受け付けるつもりないでしょ」
「ばれたか」
シェリエの言葉にぺろりと舌を出すパフューム。
笑顔が店内に広がる。
「ところで、ストラトスといえば」
アルテッツァがふと思い出したかのように口を開いた。
ストラトス、の言葉に三姉妹が僅かに反応したように見えた。
「今度、ストラトス・ティンパニのお披露目会があるんでしたよね」
「そうそう。そこの主催のオッサン、変な趣味を持ってるって有名よ」
アルテッツァの言葉にゴシップ誌を取り出したのはヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)。
「なになに? ケモ耳、眼鏡、巨乳、メイド……うっわー、キテるわー」
雑誌を覗き込み肩を竦めるパピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)。
「それでも、このような方々はお披露目会で厚遇されるというんですね……そうだ」
アルテッツァは三姉妹を見ると手を叩いた。
「もしよろしければ、ボクの我儘に付き合って頂けませんか?」
三姉妹たちに何事か相談を持ちかけるアルテッツァ。
「面白そうだね! トレーネさんたちさえよければ行っておいでよ。留守番はあたしに任せて!」
アルテッツァの話を聞いて真っ先に反応したのは和子。
彼女は以前からこの店でアルバイトすることを夢見ていたのだ。
「そうね……」
トレーネは僅かに考え込むような素振りを見せてから、微笑んだ。
「お願い、しようかしら」
◇ ◇ ◇
「いい機会が出来たわ。アルテッツァさんには悪いけど、お誘いを利用させてもらってお披露目会に潜入しようと思うの」
店の奥。
三姉妹たちにメイドの扮装をしてもらい、お披露目会への同行を誘ったアルテッツァたちは、OKを貰うと早速衣装選びに出発した。
少しの間、店番を和子に任せ、三姉妹とその協力者たちは内緒の相談タイム。
「いいなぁ、メイド服。詩穂はね、眼鏡をかけて、耳生やして行くよ」
「わ、私も恥ずかしいですが、メイド服で行きますね……」
詩穂と柚たちがわいわい相談をはじめる。
「なら私も、眼鏡っ娘になりましょう」
しゃきーん! と眼鏡を装着するフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)。
髪形もポニーテールにすれば、どこからどう見ても立派な眼鏡っ子だ。
「うーん、怪盗なんてあまり気がすすまないんだけど、事情が事情だし、しょうがないよね」
「セクハラおやじを懲らしめてやりましょう」
「それじゃあわたくしたちは……ふふ」
頷き合う白波 理沙(しらなみ・りさ)と白波 舞(しらなみ・まい)を見て、意味ありげに微笑むチェルシー。
「パフュームちゃんは猫耳が似合うかな?」
「トレーネとシェリエは、巨乳分は問題ないよね」
「ちょっとちょっと、あたしはー!?」
「……ふっ」
相談会議はいつの間にか、衣装合わせの場になっていた。
◇ ◇ ◇
「……まさか、こんなに早く連絡を頂けるとは思いませんでした」
レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)は電話の相手に感謝の言葉を告げる。
新聞に出した、怪盗と連絡をとりたいという意志を伝える広告。
その携帯から聞こえてきたのは、よく通る美しい女性の声だった。
「用件は、なに?」
「ティンパニは自分に相応しい主人を希望しています。あなた方は、それに見合う存在なのでしょうか?」
彼女は、パートナーの大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)らの総意で、怪盗に質問していた。
特に、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)の強い意志を受けて。
素晴らしい楽器が、それを生かすことのできない存在の手に落ちているのは許せない。
ならば自分が、もしくは怪盗がそれを盗むことに何の罪があるのだろうか。
「……その楽器が奏でるべき曲を、私達は知っています」
静かな、しかし決意に満ちた声が返ってきた。
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