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【神劇の旋律・間奏曲】空賊の矜持

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【神劇の旋律・間奏曲】空賊の矜持
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リアクション

 
 
仲間のフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)と共に囚われの身でありながら
親愛なるフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の救出を試みて失敗した天空騎士
リネン・エルフト(りねん・えるふと)は気がついたら強められた拘束と共に別の場所へ運ばれ
そのままフェイミィ共々監獄のような部屋に放り込まれていた

慎重にも魔法により強制的に弛緩されていた体がようやく動くようになり
乱暴に扱われた事による体の痛みを堪えて身を起した時、部屋の奥で第3者の気配を感じ身構える
だがその行動に対してその気配の主が放った声は弱々しいものであった

 「そう警戒しなくてもいい……こっちはあんた程動く事もできないんでね
  来て早々すまないが……水を飲ませてくれないか……」

口調こそ男勝りであるがその声は女のものだった
薄暗闇にリネンの目が慣れ、よく声の主を見るとその体は与えられた傷にまみれ
纏っている服も薄汚れてボロボロであった

動くのも難しそうな彼女の目線を辿ると、壁際にあるテーブルの上に水瓶が見える
リネンは未だ足の感覚が麻痺している体をそこまで移動させると
手入れなどしていないであろう、水垢で汚れたそれに添えてある柄杓で水をすくい取り
再び傷だらけの先客の傍まで移動する
身を抱き起こしてゆっくり口まで水を運んでやると、ようやく少し元気が出たのか
彼女の口調が僅かばかり力強くなった……それでも話すのはやっとの様子ではあったが

 「助かったよ、仲間が増えるのは心強い者だが……
  ここに入れられたということは、脱出に失敗でもしたのか?リネン・エルフト」
 「!?……なぜ私の名前を」
 「タシガンの空を知ってる者なら……当然の知識だぜ
  あのフリューネと肩を並べる者なら、大概同じ位有名人扱いだ
  しかし……空にまつわる大物を捕まえたという話は……噂には聞いていたが
  まさかあんただったとはね……どういう失敗をしたんだ?」
 「話してもいいけど、物を尋ねる前に大事な事があるでしょう?
  そんな体で悪いけど、あなた何者?」
 「なに只のしがない先輩さ、ここにいる事も、やろうとした事も……こんな姿でいる事に対しての」

そう言って部屋の先住人〜瓜生 コウ(うりゅう・こう)は自嘲気味な笑みをリネンに
引き続き意識を取り戻したフェイミィに向けたのだった

コウの話によるとここは抵抗や脱走を試みた者が入れられる部屋らしい
【人身売買】もある程度行う【ガイナス空賊団】が襲撃の際捕まえた獲物が入れられるのが
リネン達が最初にいた牢獄で、大概の一般人は抵抗などを試みる筈も無いので比較的作りも簡素らしい
二人が容易に脱出できたのもそういう理由だったのだろう
そしてそういうある程度の抵抗を行う者は、その力を殺ぐ為にこの部屋に連れてこられるという
この部屋がどういう目的の物なのかは、部屋にある調度品、そしてコウの姿を見れば一目瞭然であった

置かれてある道具は、全てヒトというものを傷つける事に特化したものだ
しかも最小限の労力で最大限に痛覚を刺激するよう試行錯誤が成され、使い込まれた印象ですらある

 「……まぁやられる事は見ての通りさ
  そしてここで行われる事にどう耐えたかで、この先が決まるらしい
  仕打ちに耐えかねて服従を誓う奴、商品として調教された奴、魔獣のお披露目の相手をさせられる奴
  色んな奴がいたみたいだがね……まぁ半分は壊れ物さ」

久しぶりに饒舌に話したせいか、咳き込みながらも彼女の話は続く

 「まぁあんた達程の名の知れた連中は、密かな楽しみにしたって何の得も無いだろうからな
  仲間に引き込まれるか、一番最後かどちらかだろうな……下手に扱わないだろう」
 「けっ、そりゃ御厚意痛み入るって感じだぜ」

コウの話を聞きながら、苛立ち紛れにフェイミィは腕の拘束具を床に叩きつける
乾いた金属音と共に床を僅かに削るそれは、最初につけられた片手それぞれに装着するものでなく
両手の自由をしっかり奪うものであった、鍵だけでなくボルトを打ち込んである辺り厭味な程厳重だ
その隣で、静かに話を聞いていたリネンが自分に言い聞かせるように呟く

 「どちらにしても屈するのは御免だわ……フリューネを助けるまでは倒れるわけにはいけない」


(「当然よ、ここであなた達にくたばって貰う訳には行かないわ。みんなの為にもね」)
 「!?……誰だ」

突然聞こえた第3者の声にリネン達は扉の方を警戒する
気力を振り絞って集中すると、扉の奥で確かにヒトの気配を感じる
しかし扉の狭い窓からは何も見えない……いや、見えなくしてるのか手だけが姿を見せひらひらと泳いだ

(「今はヒミツ。変に顔バレしたら下手打ったとき巻き込まれるでしょ?
  安心して、あなた達と私の目的は同じだから。今は誰か一人でもあの女空賊さんを助けられればいい
  それが優先事項じゃなくて?」)

疑念は残るが、ここで姿を隠し自分達を騙すメリットはガイナス側には確かにない
それに、自分達と違う慎重さは何となく好感が持てる、どのみち後が無い状態なら信用するのも一興だ
そう判断してリネンはその密やかに聞こえる声に返答した

 「………わかった。それでそんな奴が何の用だ?」
(「もちろん、目的を確実に達成するための打ち合わせをする為
  ここで下手に抵抗されて余力まで尽きられたら、たまったもんじゃない
  悪いけど、あなた達にはそこで大人しくしてもらいたいのよ。痛いのを我慢してもらってね」)
 「!!……ふざけん……」

叫ぼうとするフェイミィを手で制するリネン
その様子を察して、上機嫌に声の主は話を続けた

(「ありがと……一応そこの暴れん坊さんの為に言っとくけど
  抵抗しての脱出なんて恐らく無理、そこのボロボロの先客さんが良い例……違う?」)
 「ご挨拶だな……これでも色々手は打ってあるんだ……
  まぁ、実行する前に体の方が力尽きてこのザマなのは認めるよ。確かに逃げる力は無い」
(「そういう事、そんなありふれたケースの手はとっくに打ってるに決まってる
  でも、今回連中にとって、たった一つだけイレギュラーが存在してるのは判るでしょ?」)
 「イレギュラー……?何だよもったいぶりやがって、何だそりゃ?」

再び遠まわしな会話の流れに苛立ちを露にするフェイミィ
だが言葉の意味を慎重に探っていたリネンが、気がついた様に声を出した

 「もしかして……フリューネの捕獲?」
(「ご名答☆
  予想もしてない大物が釣れて連中だって浮き足立ってる、慎重を装ってはいるけど
  かつて無い出来事にどう動くかは向うだって経験した事はないはず……そこが唯一のチャンス」)

その言葉にリネン達二人だけでなく、コウまでもお互いの顔を見合わせる
そこからが肝心というように、扉の向うの密やかな声色がやや真剣味を帯びた

(「二日後に裏のコネクションを巻き込んで大規模な【魔獣ショー】が行われる
  そのメインイベントにフリューネは登場させられる事になっているわ
  事を起すならその一点突破、状況は困難な分、連中が破綻した時の建て直しも難しいわ」)
 「成程ね……私達はそこまで大人しくしていればいいのね」
(「そういう事……理解が早くて助かるわリネン・エルフト」)

そこまで話していた中、奥から新しい足音が加わるのを全員が聞きつける

(「どうやら今回はここまでみたいね……次は細かい段取りを話しましょ
  そこの先客さんが言った【打ってある手】というのも聞きたいし……じゃあね」)

言葉と共に扉の向うの気配が消えたのをリネンは感じ取った
とにかくまだ終わってない……その事実を確信し、彼女の瞳に新たに決意の光が灯った



 「おい、いつまで食事の配給をやってるんだ!役に立たないと売り飛ばすぞ!
  ゴミはゴミなりに役に立つらしいからな!」

交代して入ってきた牢番が、目の前でオロオロしている囚人メイドに声を荒げる
その声にビクッと身を震わせ、泣きそうになりながら彼女は言葉に返答した

 「す、すみません!まだ全然道が覚えられなくて……」
 「またか……百合園の娘もピンキリだな、ったく
  ああ、その奥にある部屋は食事は要らないからな!血の気の多いのがいるから弱らせるんだと
  早く終わらせて戻れよ……アネさんが探していたからな」
 「か、かしこまりましたっ!」

牢番がそのまま通り過ぎるのを見送り、彼女……伏見 明子(ふしみ・めいこ)は顔を上げる
先程までのおどおどした態度が嘘のように、不敵な笑みが薄暗がりの灯に浮かび上がった

 「……これで、こっちの準備はととのったって感じね
  あとはみんながリミットまでに動いてくれるのを信じるしかない……か
  さぁってと……場合によってはひと暴れ、かなぁ
  まぁ暴れるなら……とことん派手な方がいいけどね♪」