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【神劇の旋律・間奏曲】空賊の矜持

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【神劇の旋律・間奏曲】空賊の矜持
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リアクション

 
〜 第六楽章 stretto 〜
 
 
それぞれが意志と願いを込めて奔走している中
肝心の囚われの女空賊フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)
長く閉じ込められた暗闇から引きずり出され、手首に纏う冷たい鉄の感触に目を覚ました
同じ【ガイナス空賊団】に捕まり囚人に相応しい仕打ちを受けている仲間
リネン・エルフト(りねん・えるふと)達に比べると傷ひとつない姿であったが
その心身は彼女以上に衰弱して疲れ果てていた

ある意味この件の主役とも言える彼女が閉じ込められたのは
拷問具に溢れる部屋でも、薄暗い牢獄でもなく真っ暗な無音の暗室であった
人間は五感……特に聴覚と視覚を長時間奪われると精神に負荷がかかる
通常で2日間あれば並の人間は精神に異常をきたすという空間
そこに彼女は食料も与えられず3日間閉じ込められ、解放されたのである

(この空賊としてはいささか異常な扱いを提案したのは、かの仮面の男
 メンテナンス・オーバーホール(めんてなんす・おーばーほーる)なのであるが、それを彼女が知るはずもない)

自分の存在も希薄になりそうな空間に、思わず感覚を確かめるために自傷行為を働きそうな衝動を抑え
その強靭な精神力と思考で耐え抜いたのだが、その無傷な姿に相反して気力は見事に奪われていた
それでも何とか残っている思考を働かせて、彼女はこれからの事に思考を巡らせる

……おそらく、これから自分が何か身体的な苦痛を与えられるような事はないだろう
自分が最終的に魔獣と戦わされるのは知っている
その肝心なショーのキャストが弱り切っていたら盛り上がる訳がない
客が見たいのは餌と化した無力な姿ではない、ライオンに必死に立ち向かう活きの良いネズミなのだ

でも、これから軟禁レベルの待遇を与えられ、気力と体力を取り戻したとしても
恐らく魔獣と戦うだけの分しか回復はしないだろう……無駄にあがいて体力をそぎ落とせば
待っているのは獣による蹂躙なのである……実に計算された扱いだった

(……しかも、勝手に孤独に果てる覚悟を決めないように、話し相手もついているとはね……)

自分の他に部屋にいる人の気配を感じて首を傾けると
そこには一人の少女が心配そうにこちらを覗いているのが見えた
彼女……カッチン 和子(かっちん・かずこ)もフリューネが意識を取り戻したのに気づき、安堵の声を漏らす

 「よかった、気が付いた……もう起きないかと思った……大丈夫?フリューネさん」
 「何故……私の……名前を……」

フリューネの返答にひとまず安堵し、和子は机に乗っていた食事のトレイを彼女の傍まで持ってきた

 「とりあえず、何か食べないと!
  何も食べさせてもらえなかったんでしょう?スープ位ならゆっくり飲めば大丈夫……手伝うね」
 
 
 
スプーンでゆっくりとスープから口に運んでもらい、ひとしきり飲み終えたところで体の感覚が戻った
そのまま彼女に手伝ってもらって、残りの物を消化し、何とか動けるようになるのに4時間
気力も僅かに戻ったところで、部屋を見渡す余裕ができ、フリューネは状況を観察することにした

両手が拘束されている以外は足も自由だし、拘束具につながれた鎖も長いので移動は可能のようだ
だがギリギリ移動できない扉の傍にレバーがある
どうもそれを稼働させると鎖が強制的に巻き戻り、天井に宙づりにされるのだろう
恐らく、誰かが中に入った時の安全策なのかもしれない

程なくして和子との会話の中で彼女の境遇も理解した
ガイナスが襲った件の船に彼女は友人と一緒に旅行のために乗っていたらしい
姉に連絡をするという名目でその友人が席を離れ、いつまでも戻ってこないのを不思議に思い
席を立ったところで空賊の襲撃に会い、何とか友人の無事を確かめようと奔走していたら
空賊に見つかり、この様に攫われてしまったのだという

ガイナスにとらわれた人質(パフューム・ディオニウス(ぱふゅーむ・でぃおにうす))を助けるため
代わりに囚われの身となったフリューネだが、彼女の他にも和子のように襲われ
実際に攫われてしまったという事実は、少なからずフリューネを落胆させた

 「そう……それでも一人を助けられたのなら良かったのかもね
  後は私の戦い……命の最後の一滴まで誰かを救う為に使えたらそれでいい
  悪かったわね……付き合わせることになってしまって」

せめて自分が魔獣と戦う時までに、この少女に何かあったとしても
その時まではこの身を呈しても守ろう……彼女なりの矜持を胸にフリューネは決意する

だが……その様子を何故か納得しない顔で和子は見返す
フリューネがその表情から思考を読めず、不思議に思っていたところで彼女の口が開いた

 「自分の命に代えて……とかせめて私だけでも…なんて思ってない?
  それ……変だよ?何の解決にもなってないと思う」
 「和子?」

部屋の片隅に置かれた簡素なベッドに腰を掛け、和子は俯きながらゆっくり話を続けた

 「あたしのお父さんは、地球で商船の船長をやってるの
  船長には乗り組み員や船を守り、航海の結果に責任があると言ってたよ
  航海の結果と言うのは、他所に被害をださないとか
  最終的に自沈させる決断とか……何ていうのかな
  被害を最小限にする為、どう決断をするべきか責任を持つ……そういう事らしいんだって」

彼女が何を言いたいのか判断できず、そのままフリューネは彼女の言葉に耳を傾ける

 「フリューネさんは立派だと思うけど、でもやっぱり何かおかしいと思う。
  例えば空賊が獲物に襲い掛かる前の時点で発見したら、未然に防ごうとするよね?
  でも空賊が事前に用意していた人質の命を盾にして
  『今から行う空賊行為を見逃したら人質を解放してやる』と言ったら……黙って人質を受け取るの?
  タシガン空峡を飛ばなければ1日に1人人質を解放すると言われたら
  1年で365人の人質を助けるために大人しくしてるの?
  その1年で見逃した間に空賊は悪いことをするんだよ?
  あ……何て言ったらいいのかな……たとえが悪くてごめんね」
 「いや……大丈夫、多分言いたい事はよくわかるから」

目先の天秤に惑わされるな……つまり彼女はこう言いたいのだろう

例え和子を助ける為に命を散らせても、ガイナスの行為が終わるわけではない
一人の命が助かっても多く犠牲が無くなることはないのだ
……自分が一人の身代わりになっても、今目の前で彼女が囚われていたように
それでも……あの時、あの少女を無視してガイナスに戦いを挑む事はできなかったのも事実だ

 「フリューネさんの選択は間違ってなかったと思うよ
  でも、それに慣れて安易に選択して欲しくない……そう思うんだ
  ごめんね、伝説の女空賊さんにこんな事言って」
 「いいわ、今は同じ立場だもの……あなたも私も、ね」

彼女の言葉は暗に『みんなを守れるなら、自分の事は気にするな』と言っているのかもしれない
他人の出来事なら、至極当たり前にやり取りされることが今は重みをもって突き出されている
相棒の天馬とともに空を駆けているなら、否定肯定問わず、迷いのない選択ができたのかも知れない
だが、全てを奪われ、ひとしきり気力も体力も奪われた中……
彼女の言葉は迷いとなってフリューネの胸の中で渦巻いていた

だが、そんな思考の迷宮も突如聞こえた声にかき消される事になる



 「お、いたいた……マジで捕まっていたんだな、フリューネ」

気風の良い声に、和子を庇ってフリューネは身構える
扉を開けて入ってきたのは意外な姿……赤毛の【鋼鉄の白狼騎士団副総長】

 「オルフィナ……なの?」
 「結構な目にあってたって聞いたけどな、元気そうじゃねぇか?」

フリューネの言葉にオルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)は場にそぐわぬ快活な様で答えた
何故彼女がガイナス側と言わんがごとき様で現れたのか、フリューネは思考を巡らせる
【鋼鉄の白狼騎士団】は闇ギルドとも繋がりがある、恐らくはそこの繋がりなのだろう
裏稼業にも手を出してはいるが【義】を重んじる彼女達が単純に自分達の救助をするわけがない

その思考を読み取ったかのように、快活だったオルフィナの顔が一変して険しくなった

 「!! やっぱりあなた……あうっ!!」

彼女に話をするべく放たれた声が急に苦痛に止まる
前触れもなくオルフィナが倒した扉のレバーによって鎖が巻き上げられ
和子共々フリューネは引き上げられ、足がつくギリギリまで吊り上げられた
オルフィナの鋭い眼光と沈黙はそのまま続く
共に吊り上げられた和子が心配そうな眼差しをしつつ、苦痛で声も出せない中
フリューネはオルフィナの意図を探るため、必死に思考を巡らせた

恐らくガイナス側の意図は彼女にも言い渡されているはず
心境はさておき、それを破る【鋼鉄の白狼騎士団】ではない
なら何か対話をするため……否、ならばこの様にされる理由もない
自分達に対する多くのアクションを出来るだけ思い浮かべていく

(考えろ、相手はオルフィナ・ランディだ……彼女の行動パターンは多くない……多くない?)

そこまで考えて、彼女にだけ……彼女の存在意義を示す……とある性癖に行きつき
深刻だったフリューネの顔が変な汗とともに真っ赤に染まった
それを見てオルフィナの顔が陽気な【いつもの】笑顔に変化する

 「くくくく……あっはっはっはっは、多分考えてることはアタリだよ
  その顔……丸わかりだぜ?
  やっぱりフリューネも、こうなるとそう言う事考えるんだなぁ」

笑いながら、至極【いつも通りに】彼女が無駄のない動きで歩み寄ってくる
気力も疲れもすっかり吹っ飛んだ様子でフリューネが言葉とともに抵抗を試みるが徒労に終わる

 「ちょっと!?今はそんな時じゃないんじゃない?無駄な体力とか失うわけには……ねぇ!?」
 「いやいや、むしろ気力体力充実するかもしれないぜ?」
 「そんな筈ないから!ちょっとどこ見てるの……ほら、そこにもう一人いるんだから!
  ……ってなに和子もガン見してるの!良い子は見ちゃダメ!ダメだって……ひゃぁ!?」
 「…………うわぁ……女の人とオンナノヒトだぁ……」
 「だから見るなぁ!!いうっ……変なとこ触らない!ちょっと顔近す………ああんっ」
 「へっへっへっへ〜意外と可愛い声を出すんだな、お前♪
  っていうかこの鎖ほんと動けねぇんだな、宙づりプレイって初めてだけどいいなコレ☆
  今度、エリザベータにもやってやろっかなぁ〜」

 「お・こ・と・わ・り・で・す」

ごいぃぃぃぃぃぃぃぃん!!
新たなる声にあわせ鳴り響いた派手な音とともに、急にオルフィナの動きが止まる
不自然にフリューネに絡みついていた身体が無言のまま床に這い落ちると
その奥からぜぇはぁと荒く殺意に満ちた吐息とともに槍を持つ戦乙女の姿があった
彼女……エリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)が息を整える中
扉の向こうから新たな影が姿を見せる

 「もう……進んで彼女の見張りをやるって言ったと思ったら……
  エリザベータ、悪いけど……これ部屋の外にお願い」
 「わかりました、セフィー」

ぞんざいに片足だけ持ってゴミのようにズルズルと引きずられ
エリザベータによって運ばれるオルフィナを見送った後、最後の来訪者がフリューネの方を向いた
【鋼鉄の白狼騎士団・総長】セフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)である

 「不様なものね……強者であっても状況によっては弱者へと追い遣られてしまう
  でも……それも立派な生存戦略よね。フリューネ」

ほんの少し前の騒動とは代わり、毅然と向き合うセフィーのその態度が
【傭兵騎士団の団長】と【一匹狼の女空賊】同志の事だと理解し、フリューネの態度も一変する

 「悪いけど、私が部屋を出るまで鎖は降ろさないわ……依頼と立場が違う以上
  今回ばかりは私達は相容れない……あなたはどこまで行っても敗者なの、わかる?」
 「……………」
 「聞いたわよ?一人の人質を出されて身代わりでそうなったんですってね
  一般人を戦に巻き込みたくない、というあなたなりの意志なんでしょうけど
  ……知っていた?その身代わりになった女の子、何故かあの時貨物室にいたらしいわね
  一般客は客室にいなければいけないのに……一体何してたのかしらね?」
 「……………え?」

思ってもない事実に、束の間の言葉の反芻の後、フリューネが驚きの声を上げた

だが冷静に考えれば、あのタイミングで人質になっている事もおかしいといえばおかしいのだ
なぜなら、自分は客席の安全を優先して迎撃しているのだから……
その様子に溜息をつきながらセフィーは話を続ける、その瞳にはかすかな軽蔑の色が浮かぶ

 「……つまり、あなたは裏に生きる者の失敗の身代わりになったって事
  安易な選択でみじめな有様ってわけ……結構な正義ね、安っぽくて反吐が出るわ!」
 「そんな!そんな言い方はない……」
 「外野は黙ってなさい、噛み殺すわよっ!」
 「あうっ!!」
 「和子!?……セフィーっ!!」

思わず口を出そうとした和子だが、そんな彼女の脇にセフィーは言葉と共に蹴りを叩き込む
装甲を付けた鋼の衝撃に和子の顔が苦痛に歪む
怒りのままに声をあげ、セフィーに向かって動こうとするが
吊り上げられ、体力すら残ってないフリューネは吊るされた鎖を鳴らす事しかできず
そんな姿をみて、尚更セフィーの嘲笑は増すばかりであった

 「ほら、あなたの安易で甘すぎる判断で、こんな手を伸ばせば届く人さえも救えない
  それが今のフリューネ・ロスヴァイセって事、誇り高く矜持なんて掲げない事ね」
 「……あなたはそんな私を笑いに来たの!?何なの……何のつもりなのよっ!!」

悔しさに叫ぶフリューネの顔が涙で歪む
いつもならそんな涙も見せない彼女なのは十分セフィーも理解している
それ程までに彼女の意志と掲げた矜持は堅く、雄々しく、誇り高く……弱さなど見せるはずもない

だが気力のすべてを奪われ、言葉通り目の前の誰かを助けることも出来ず悔しさに叫ぶしかできない
そんな彼女の泣き顔……それが彼女の本当の叫びなのかもしれなかった

 「………そうね、そんな今のあなたの顔を見る為にやってきたの。笑うつもりもないけどね
  それが見れただけでも満足だわ……邪魔したわね」

扉の前まで引き返し、レバーを反対に倒す
宙吊りから解放され、自由になったフリューネだが立ち上がる事も出来ないでいる
ただ嗚咽と共に床に崩れたままの姿を見て、心配した和子が寄り添っている
それを一瞥し、最後に言葉を残してセフィーは立ち去った

 「どうすればいいかなんて知らないわ
  でもわかってるでしょ?……あなたが足掻く姿を見ていてあげる……じゃあね」


 「………ええ…ええ……わかってるわ、このまま終わるわけには……いかない」

涙を拭くこともなく、誰も見た事のない姿でフリューネは彼女の去った扉を見つめる
気力も力も奪われ、相棒の天馬も不在……愛用の武器すらない……それでも

 (生きる……生き延びて、この子も……全てを助け出す……わたしはっ!)



それは誇りも矜持も打ち砕かれそうな彼女の瞳に灯った硬い意志
姿は見ずともそれが灯った事は長い付き合いで手に取るようにわかる

 「ショーは二日後だそうですよ……大丈夫でしょうか?彼女……」
 「心配ないわ、灯はつけたもの……それがあればみすみす終わる彼女じゃない
  それが【フリューネ・ロスヴァイセ】よ」

エリザベータの心配げな声にセフィーは迷いなく答えるのであった