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リアクション
●クレセント家の、とある一日。
ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)とアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)の二人はこの日、日用品の買い出しに出ていた。
二人が連れているのは、居候の佐野 悠里(さの・ゆうり)。二人は、「悠里」という名前しか告げれていないけれど。
「悠里ちゃん、何か必要なものは有りますか?」
ルーシェリアが、隣を歩く悠里に問いかける。
「とりあえず、お洋服とか、歯ブラシとか……そのへんは買うつもりでいるですけど、必要な物があったら何でも言って下さいね」
「はい、お母さん」
「その、お母さん、っていうの、慣れませんねえ」
ハキハキ答える悠里に、ルーシェリアは恥ずかしそうに照れ笑いを返す。
本人の談に寄れば、悠里は未来のルーシェリアの子どもであり、様々な事情があって未来から身ひとつでやってきた、らしい。だから、せいぜい兄弟程度にしか歳の離れていないルーシェリアの事を「お母さん」と呼ぶ。ついでに、アルトリアの事は「師匠」と。
果たしていったいどこまで真実なのかは、ルーシェリアも今のところ半信半疑というところだが、しかし彼女がどういうわけか、自分を知っていて、頼って来たということは紛れもない事実だ。
「でも、お母さんはお母さんだもの」
「そう言われてもですねぇ、実感もありませんし、お父さんのことは教えてくれないんでしょう?」
「ごめんなさい、未来のお母さんから口止めされてるから」
謝る割には口を割る気もなさそうで、ルーシェリアはおとなしく引き下がる。
確かに、未来が分かってしまっては面白くないけれど。しかし、気にならないと言ったら嘘になる。
悠里の髪は、ルーシェリアと同じ美しいブロンドだけれど、その瞳は黒。
黒い瞳というと、真っ先に浮かぶのは、恋人の顔。
もしかして、ね。とは思っているけれど、聞いたところで教えてくれそうにはないし。
そうだったらいいなぁ、くらいに思っておくことにしている。
「それで悠里殿、何か必要なものは」
「あ、そうだったね師匠。えっと……学校に行くときの筆箱と、あとノートが足りないの」
「じゃあ、文房具屋さんにも寄りましょうねえ」
はーい、と元気に歩き出す悠里とルーシェリアの後ろで、アルトリアは「師匠」と呼ばれたことにむずがゆさを感じている。
別に嫌な訳では無いし、呼ばれ方にこだわりがあるという訳では無い。けれど、まあ、慣れない、というか。
何事か話しながら進んでいく二人に遅れまいと、アルトリアは一歩後ろに従って歩いて行く。
何故師匠と呼ぶのか、と初めて呼ばれたときに聞いてみた所、「師匠は師匠だから」との答えが返ってきた。どうやら、未来で自分は彼女に何かしらを教えていたらしい。
――仮に悠里殿がルーシェリア殿のお子さんで、自分が悠里殿に色々教えているのが事実だとしたら、少なくとも悠里殿がこの年になるまで、自分はルーシェリア殿の元に居るという事か。
目の前を歩く二人の背中を眺めながら、アルトリアはぽつぽつとそんなことを考える。
悠里の父親の事は分からないけれど、どうやら悠里の態度から察するに、自分とルーシェリア、そして悠里自身とは、仲良くやれている様だ。
そのことが少し嬉しくて、悠里が言っていることが本当であれば良い、と思わずには居られない。
結局買い物は一日がかりで、洋服から文房具から、洗面用具にあれにこれに、細々した物をどっさりと買い込んで帰途に着く頃には、すっかり日が傾いていた。
「今日はありがとうございました、お母さん」
「そんな、いいですようお礼なんて」
「師匠も、すっかり荷物持ちさせちゃって」
そう言って悠里はアルトリアを振り向く。その両手には、沢山の紙袋が握られている。
とはいえ悠里の両手にはそれを上回る量の紙袋があって、アルトリアに全て押しつけている訳では無い。
「いいえ、もともとそのつもりで着いてきたのですし。そちらも持ちましょうか」
「大丈夫、自分の荷物は自分で持たなくちゃ」
そう言って再び前を向く悠里の足取りは、流石に一日歩き倒して疲れ気味だけれど、しかしその表情は満足そう。なんだかんだ言って、年頃の女の子だ。お買い物というだけでテンションが上がっているのかも知れない。
上機嫌で帰り道を行く悠里を見詰めながら、ルーシェリアはふふ、と楽しそうに笑う。
「悠里ちゃんが本当に私の子どもだとしたら、誇りに思えるくらいしっかりした子に育ってるですねえ」
「そうですね」
ルーシェリアの言葉に、隣を歩くアルトリアも頷く。
「きっと、誰だか分からないですけどお父さんや、アルトリアちゃんがしっかり教えてくれたですねぇ」
「なっ……自分は、そんな」
「だって、師匠ですもんねぇ」
「ルーシェリア殿まで!」
ニコニコと笑うルーシェリアに、アルトリアは恥ずかしそうに頬を染める。
「お母さーん、ししょー、何してるの? 早く帰ろうよー」
「はいはい、今行きますよぅ」
そんな二人を、少し先から悠里が振り返って呼ぶ。
ルーシェリアはそれにゆったりと返事をして、歩を早めた。
夕焼けに照らされた三人の影が、長く長く伸びている。